第20話 釣具屋ディマンデッセ
「こいつはご丁寧に名乗ってもらっちまって痛み入りやす。そう言やぁ、ドアーニオの旦那はこんな所に何の御用でござんすかね? ここなんざ何も無えでしょうに」
飾り気の無い言葉なのに朗々と名乗ったドアーニオの旦那に、ここに通りがかった理由を聞いてみた。
この御仁はどういう男なのか俺の方の興味もわいてしまったのだ。
「俺は今しがた言ったように暇でな。ここの水路には魚もいるのだ。そいつらを釣りに来た。小さくとも酒の肴にはなる。飲み屋で揚げてくれるのだ。ケンチ、貴公はどうしてここに来たのだ?」
意外なことにスローライフというものを楽しんでいるような御仁だった。よく見れば釣り道具を背負っている。
逆に聞かれたくないことを聞かれた。
「旦那、ここぁ街が力入れて掃除してる水路だ。小魚ぁ元からそんなにいやしませんぜ。何も釣れやしねえとこだ。何だったら釣れる所に案内しやすぜ。俺も今日は界隈をブラついてただけでしてね」
取りあえず俺はごまかした。
ドアーニオの旦那は「では頼もうか」などとあっさり言うので、そのまま外壁に近い方へと向かうことになった。
ドアーニオの旦那を外壁のすぐ内側の水路に案内したまでは良かった。
ここは魚も比較的多いし、酒場で揚げてもらうには申し分はないだろう。今日は俺のアイテムボックス内と違って雨も降っていなかった。
ところがタイミングという物が良くなかった。
外壁の内側の一番上から、名前も知らない仲良し32人組が男女の別無く横並びでぶら下がっていた。割と壮観だった。全員の血が抜けて肌は真っ白で、服は乾いた血で茶色だった。
よりにもよって一番の釣りポイントのド真ん前で、たまに漂ってくる臭いと共にロケーションを最高の雰囲気にしてくれていた。
おそらくでなくとも、ここにぶら下がっている奴らは犯罪者だろう。それがバレて捕まった後で、こうして死刑になってここで晒されているというわけだ。
「旦那、申し訳ねえ。別の場所にしやしょう。ここは普段はこんなんじゃねえんだけどなぁ。見たとこ1日か2日前からだ……何をやらかしたんだか」
さすがにこれは申し訳なくなって旦那には謝った。
「これは壮観だな。だが、今の私には相応しいのかもしれん。構わん、ここで釣ろう」
そう言うと、背負っていた細長い袋から組立式の釣竿を出して、折り畳み椅子と魚籠も置いてから釣りを始めてしまった。
「折角なんで俺もお付き合いしやすよ。そこの店で釣竿を買ってから、茶か何か買ってすぐに戻りやす」
「ケンチ、貴公も変な男だな。私の従者ではないのだ。あまり気を遣うな」
かなり変わった旦那だったが、このままここに一人置いておくというわけにもいかないため、付き合いで釣りをすることにした。
ここには知っている釣具屋もあるため、そこで釣り道具を買ってくることにしたのである。
「マーちゃん、本当に済まねえが今日はここで釣りをして行くことになっちまった。今から近所の釣具屋に行くんだが欲しい物があったらまとめて買うからこっそり教えてくれ。それとお茶か何か無えかな?」
外壁に近い雑貨屋まで、約50メートルというところだが、マーちゃんに対して簡潔に用件を伝えた。
「ドアーニオ氏は腕は立つようだし、こちらに一瞬だけ視線を向けた。殴打の光が見えるのだろうな。釣具とお茶の件は分かったのだ」
マーちゃんから許可をもらい、俺は手前にある『釣具屋ディマンデッセ』に突入した。
「邪魔するぜ、ディマンデッセ! 釣具一式を売ってくれ。場合によっちゃあたくさん買ってくかもしれねえ」
立て付けの悪い扉の方は蹴りでどうにかした。ちゃんと横からだ。引き戸なんだよ。
店の奥に向けて言い放つと通路の商品を物色した。
「ケンチ! ここはお前の求めるものは何も無いぞ。外にあるのはすでに死体だし、ここにあるのは釣具で、しかも今日はまだ客が誰も来ていないのだ!」
店の奥からは悲しい現状と俺への非難を同時に伝える声が響いてきた。
ここの店主『オレーノ・ディマンデッセ』は声が怒っている風でも顔は無表情だった。
「あのな、釣具が要らねえんなら、俺だってこんな遺跡の隅に立ってるような奴がやってる店にゃあ来ねえよ。今、選んでんだ! 持ってくから会計を頼んだぜ!」
こいつの店で自慢になるのは『ウラン』で出来てる竿しかないが、ウランというのは葦と竹を足して割ったような水辺の植物のことである。
正直なところ川釣りの竿は全部このウランで出来ていたので、自慢できる品なんぞ1本たりとも無かった。
マーちゃんからレーザーポインタの光による催促もあって、組立式の釣り竿10本と他の道具も選んでカウンターへ持っていった。
「全部で銀貨4枚で何とかなんだろうよ。こんだけまとめ買いするんだからよ、足が出た分はいいから負けろぃ。どうせ表はあんなだしよ、今日明日は客なんざ来ねえぜ」
俺は外壁に吊るされた犯罪者の死体の今後も含めて、ディマンデッセにこれでどうにかしろと迫った。急いでいた所為もある。
先進的なリールなんかも付いてない川釣りの竿とその他もろもろだ。木製品の値段はそれほどでも無かった。
「ケンチ、正直な話これだけ買ってくれると助かる。その金額で手を打とう。お前さんのことを誤解してたよ」
買い物は『俺&ディマンデッセ』史上最速で終わった。
店の外に購入物を全部運び出した俺は、これまた早々《はやばや》とアイテムボックスにマーちゃんの求めた物を仕舞い込んでから、ドアーニオの旦那の所まで戻った。
「旦那、お待たせしやした。何か釣れましたかい? それからお茶ですがどうぞ」
急いで戻った俺は自分の釣りの準備をしながら、マーちゃんに出してもらった木の水筒のお茶を木のカップに入れて旦那に渡した。緑茶を出すわけにもいかないので、この街でも流通してる紅茶みたいなやつだ。
「これはすまんな。遠慮無くいただこう。それにしても流石に上手い接近であった。酒場で貴公のことを悪し様に言っておった輩は全員ケガが治りきっておらなんだ。ずいぶんと自由に生きておるのだな」
この旦那が言っているのは雑貨屋の一件の連中かもしれないし、そうでないかもしれない。
そして後ろから接近する気配をこの旦那は探っていたらしい。
「そいつは誤解ってもんですぜ。そいつらだって誰にやられたか分かったもんじゃねえ。俺がやったことにしとくと安心するんでしょうよ。知ってる強え奴が街の中だけみてえな破落戸しかいねえんですよ」
「ハハハハハ、中々に惚けるのが上手い男だな。そこまで辛辣に言うてやるな。仮に貴公でないとしてもだ、同じことは出来るのであろう?」
どうやら俺の噂というのはこの旦那の耳にまで入るものらしい。
そして相手の力量に注意を向けているのは、こっちの方だけではないようだった。
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