第19話 凄腕の男
ネーラーニのおっちゃんは、今回の話題と関係無いことを突然言い始めてしまった。こちらが辞去するというタイミングでだ。
おっちゃんの言う『殴打公』だが、この言葉で使徒を呼んだのは困った時の聖人ターケシ・ゴーリその人である。
『殴打の聖人』も『殴打の使徒』も『殴打職人』も、書物には『殴打公』の言い換えとして記載される。
ちなみに統治者や貴族を意味するロードであるが、大陸公用語でも『ロード』なのだった。
大陸公用語では、何個かの言葉が地球の言語と似ている。転生者としての俺の先輩達はいくつかの単語を残すだけで、この言語を徹底的に地球側に寄せてしまうことはやらなかったようだが、メートル法はやってしまった。
それから『殴打の光』という物が漏れているのも無視できない話だった。
ラシーズ店長が、俺の頭上に乗っていたマーちゃんに気がついたと思ったのは早とちりだったらしい。彼はマーちゃんが全身から発するようになった光の方を感じ取ったのだ。
ネーラーニのおっちゃんは勘違いしている。
殴打力に護られているのはマーちゃんなのだ。光は彼女が発しているのである。
魔法の神に祈っていたので俺も勘違いしていたのだが、トカゲ姉さんの守護を始めたのは『戦いの神』だったようだ。
過剰な火力を由としないマーちゃんは、通常兵装として地球由来の武器である『ひのきの棒シリーズ』を採用している。最小クラスのスーパーショーティから、封印中のファイナルディザスターやゴッズジャッジメントという、原材料が『ひのきの一族』なのか何なのか想像したくもないクラスまで存在するのだ。
今回はこれらの開発規模と、使用頻度の多さが良くも悪くも注目を浴びてしまったのだろう。
俺はこの件について、新しい言い訳を考えなければいけないらしかった。
「おっちゃん、俺も聖職者になろうと思ったこたぁあるぜ。でもよ、俺を施療院にブチこんでコキ使おうと、手ぐすね引いて待ってやがる助祭様もいるんで今は勘弁してくれ。そんじゃ、俺は行くぜ。また来らぁ」
そう言って、その日はネーラーニのおっちゃんの元を辞去した。
「この光は戦いの神が授けてくれたものなのか。野生生物相手だと困ったことになる。出来れば光量と威力について微調整が出来るようにしてほしい」
おっちゃんの屋敷兼事務所から出たところで、頭上のマーちゃんからは困ったという念話が響いてきた。
「今日の晩から祭壇を2つに増やして、マーちゃんは戦いの神に祈るようにするしかねえな、こりゃ」
俺もそう言うのが精一杯だった。大陸公用語でだ。日本語を使い続けるのは危ない。
俺たちがそんな風に話ながら、道を折れて外壁の方向に進んでいる時だった。
4人ぐらいの子供達が、街に設けられた生活用水路の脇を駆け抜ける最中、その中の1人が転んでしまった。地面についた肘と膝から血が出ている。
肘と膝から血を流して、泣き始めてしまった子供のところへ、俺は出来るだけ早足で近付いて声をかけた。
「こいつは派手に転んじまったな。どれ、見してみろぃ」
多分だが5歳ぐらいだろう。きょとんとした顔で俺を見上げていた。
俺は顔に『私は破落戸です』と大書きされているが、マスクのお陰か子供がさらに大声で泣き出すことはなかった。
傷口を生活用水路の水で洗ってから、治癒の術できれいに治してやる頃にはその子は泣き止んでいた。
「おっちゃん、ありがとう」
「もうこんな場所で走んじゃねえぞ。地面が濡れてるとこもあっからな。あとこいつを持ってけ」
5歳の男の子から見たら、俺はおっちゃんだろう。前世を足したら中年だ。
カロリーフレンドのメープル味を4箱渡してやると、その子供は俺に手を振って仲間の所へ戻って行った。ビニールで中も包装されていないのはこういう時に便利だ。
「見事なものだ。貴公は施療院の者か。ずいぶん綺麗に治るのだな」
そんな声が俺に向かって出し抜けにかけられた。横からだ。俺にとっては気配も足音もなかった。
「こいつは……恥ずかしいところを見られちまった。俺ぁ探索者をやっとります。あんな所の先生方みたいにゃぁいきやせん」
俺はその男にそうやって答えるのが精一杯だった。動揺を隠せていたかどうかは怪しいところだ。
茶色い長髪を後ろに流したその美丈夫は、そのまま歩いて近付いてきた。簡素な革鎧に茶色い旅用の服、腰からは直剣をさげている。
「何が恥ずかしいものか。なかなか出来ることではない。言われて見れば探索者のようだが、貴公はいつもその顔覆いと帽子をしておるのか?」
その長い茶髪の男は、俺に関心をもったような表情を顔に貼り付けて聞いてきた。俺の顔の見た感じは確かに怪しいだろう。
先程の子供に余計に泣かれなかったのも、逆により怖がられた所為だったかもしれないのだ。
「旦那、こりゃ失礼しやした。俺ぁケンチっていいます。ここの組合の者です。近頃は霧や煙が街中に出やがるもんで、そんでこんな格好をしてるわけでさぁ」
俺はそう答えながら、目の前の旦那を観察した。
とにかく隙の無い御仁のようだ。危ない雰囲気もあるが、悲しいことに組合のゴミどもより100倍も品がある上に、真っ当な感性の持ち主に見えた。
「そうか。私も耳にしたが、奇怪なこともあるものだ。雑貨屋は無事だったらしいな。そう言えば名乗っていなかった。
『アシッメオ・ブーケタン・ドアーニオ』という。恥ずかしいのは私の方だ。今は無職でな」
目の前にいる旦那から、それを聞いた俺は嫌な予感がした。相手が凄腕なのは見ただけで分かった。この御仁なら、月も出ていないような暗闇の道を歩いてもどこにもぶつかるまい。
自身が仕えていた領地を離れてから、それほどの期間は経っていないだろうという若さに見えた。
それでも、そんな境遇にあって腕前を落とさないような御人のことを、俺は嫌いになれそうになかった。
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