第18話 金貸しネーラーニ
俺たちは目的の事務所の門の前で立ち止まった。
マスクと帽子を取り、マーちゃんに用意してもらった蒸留酒とベーコンのジャーキィが、カバンに変わらず入っているかどうかを確かめる。
大商会の系列事務所としては大きくも小さくもないが、それでも一般的な家庭用家屋の4倍はあるのではないだろうか。
俺にしてみれば、武闘派商人伝説の主人公の終の住処としては小さいと感じられた。
「ようこそおいでくださいました。ケンチさん、あなたがここに来られたと言うことは借金の取り立ての件で何かあったのですな? あのお若い方々は無事ですか?」
玄関先で俺に声をかけてくれた人物は清潔感と礼儀正しさがあっても、執事としては鋭利な気配の持ち主だった。失礼ながら老人と呼んでも差し支えない年齢なのにだ。俺がここに初めて来たときに怯んだのも、このような顔でこのような視線だった。
「ジットナーさん、ご無沙汰しとります。今日はおっしゃる通りの用件で来ました。
ヨッシュア達なら五体満足で生きてますよ。ただ……斬られました」
俺の返答を聞いたグルジオ・ジットナー執事は、それで皺と整った髭のある顔をしかめたが、流石と言うべきかすぐに表情を元に戻した。
「では旦那様にお話を聞きたいということでよろしいですな。こちらへどうぞ。お荷物はお預かりします」
俺は投げナイフとひのきの棒のベルト型ホルダーと、土産の入ったカバンをジットナー執事に手渡すと、そのまま彼に着いて広くも狭くもない廊下を渡った。
「そのカバンの中に土産の酒と干し肉が入ってます。後でネーラーニさんに渡してくだせぇ。それから今回の仕切りはアッコワの兄貴ですが、荒事になるかもしれやせん」
俺はそれだけは言うと、ジットナー執事に応接室へ通された。変な話だが、見慣れた部屋なのに高そうな内装に改めて溜め息が出た。ここの主はかつて15歳のクソガキをここで出迎えたのだ。
その頃からすると、すっかり渋い銀髪のイケオジになってしまったジットナー執事は、俺の言葉に対して何も返さなかった。
椅子の後ろに立って待つことしばし、部屋の中にとうとうここの主が入ってきた。後ろからはジットナー執事がワゴンを押して続いていた。
ネーラーニのおっちゃんが手で座るように勧めてから、俺は目の前のソファーに腰を落ち着けた。いつもの流れだ。
俺が差し入れた酒がグラスに注がれ、ネーラーニのおっちゃんの前にジャーキィとサルサの様なものが乗ったクラッカーの皿が置かれた後、ジットナー執事は礼をして退出した。
「久しぶりだな、ケンチ。と言ってもお前とは息子よりも頻繁に顔を合わせてる気がするがな。あと……いつも持ってくる酒と違うようだ。フフフフ……とうとう俺は自慢話の代金を回収できそうだぜ。これ美味えな」
引き締まった身体に長い紺色のローブを着た目の前の老人はそんなことを言った。
酒は一番安いやつよりは少しだけ上等な物でマーちゃん製だ。そりゃ高級そうに見えるだろう。
この長い白髭と短い白髪の御仁が、昔の俺が憧れたリソック・ネーラーニその人だ。もう65歳ぐらいになるのではないだろうか。昔は安い酒と安い肴を持って話をねだりにいった。よく相手にしてもらえたものだと思う。
「おっちゃん、今日は依頼の件で来たんだ。実はな俺の前に請け負ったうちの若えのが斬られた。金を借りた奴らがやったわけじゃねえが、無関係とも思えねえ。そんで話を聞きに来たんだ」
ネーラーニのおっちゃんは鋭い目を細めたが、そのまま話を始めた。
「お前は俺が金貸しを始めてからの話を聞いてるから分かるだろうが、相手は一目見て察せるような訳ありだった。
ところで隣のクルトスワロー王国の領地で、御家騒動が起きたのを耳に入れたことはあるか?」
クルトスワロー王国はこの公国の東隣の国だ。
ちなみにこの公国の西隣は荒野で国も何も無かった。西隣は真っ当に育つ作物もほとんどなく開拓も出来ない。北と南は山と海だ。
クルトスワロー王国といえば、軍務大臣でヨバンサード侯爵でもある『セーイズィ・トマシーノ』が台頭してきてキナ臭いことになっているのは聞いたことがあった。
「ヨバンサード卿が盛り上がって、敵対派閥の連中がダメになってんのなら聞いたこたぁあるぜ。まさかそっからなのかよ?」
俺は本当に心底うんざりした。あいつらは、神が人類圏の拡大に苦心されている間にいったい何をやっているのだろうか。自分達の刹那的な願望を追うのは、この街の破落戸と大差ないことに気がつかないらしかった。
「かもしれねえというだけだ。まだどこのお貴族様かは分からねえ。だがな公国も頼らず、教会にも相談出来ねえならそういうこったろうよ。それからジットナーに聞いたが、ヨッシュアの小僧を斬った用心棒については俺も知らねえ」
ネーラーニのおっちゃんはそう言って酒を飲んだ。意外と気に入ってもらえたようだ。
「分かった。おっちゃん、今回はそのつもりでやらせてもらうぜ。それからよ、先に金を俺が出さしてもらうぜ」
俺はネーラーニのおっちゃんの前に金貨1枚と銀貨53枚を置いた。
これが今回の1年間の利息も含めた貸し付け金額の合計だったはずだ。利息分は銀貨3枚だけだった。
「ケンチ、俺も金貸しの端くれだ。回収を頼んだのは俺の方だ。この金は引っ込めとけ。お前に支払ってもらう謂れは無え。このネーラーニを何だと思ってやがる!」
俺は久しぶりにおっちゃんに怒鳴られてしまった。
「俺だってな、おっちゃん。今回の件で取りっ逸れるようなヘマはしねえつもりだ。でもこいつは引っ込めておくぜ。そんじゃ俺はこれからもうちっと調べに行ってくるよ」
俺はおっちゃんの前から退出しようとしたが何故か止められた。
「ケンチ、待ってくれ。最後に話を聞け。
この部屋がいつもより少し明るい気がするんだよ。お前の方から光が射してるように見えるんだ。そいつは『戦いの神』が仰せの殴打の光かもしれねえ。殴打力ってやつだ。
お前は今の稼業を辞めて、聖職者になった方が良いかもしれねえ。そして二神にお仕えすることになるかもしれねえ」
俺はおっちゃんの話を聞いて、その件で腑に落ちることがあった。
ラシーズ店長が見たのはその殴打の光ではなかっただろうか。
伝説では『戦いの神』の使徒『殴打公』はその光を背負って運命を切り開いたのだ。
俺はその場で立ち尽くして、おっちゃんの言葉の内容を反芻していた。何故、大陸公用語では『殴打』のことを『オーダ』というのだろうと思いながら。
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