第16話 8日目の雨
組合事務所まで、ヨッシュアたちを連れての道行きは、面倒な邪魔が入ることもなく終わった。
ヨッシュア達を乗せた大八車を引いて、比較的賑やかな大通りを静かに進んだのが良かったのかもしれない。往来の人々は誰もこちらに視線を向けなかったし、誰かと偶然に接触してしまうことも無かった。
途中で復活したマッティーが、大八車の上で顔を赤くしながら手で覆っていたが、きっとヨッシュアが近くにいたからだろう。やはり年頃のお嬢さんなのだ。
後ろを歩く残りの2人は、そんな彼女に気を利かせたのか俯きながらついてきていた。
防具店の近くを通りかかった際には、中から天然モヒカンが出てきて、こちらに近づいてこようとしたのだが、背後に現れた親方の息子から膝の裏に蹴りをもらい、裸絞めで意識を失ってから店内に連れ戻されていた。
跡継ぎのオトクカンは父親よりも固定客が多いし、母親に似ていい男なのでモテる。いつかこの借りを返さなければならない。
この街には偏屈と破落戸、訳ありと半裸しかいないように思うときがあるが、思いやりのある普通の人たちが住む普通の街なのだと実感できる時もあるのだ。
こうして俺たちは、組合事務所の入り口まで無事に戻ってきた。気が付けば夕方だ。
「おおっ、期待の新人君たちじゃねえかよ!お前ら、ケンチみてえな奴までアゴで使ってんのか。それに、ガキ2人とジジイしかいねえ所に行って返り討ちにあったみてえだな。だらしのねゲベッチッ」
草臥れた鎧の奴が、ヨッシュアたちに絡んできたのは到着してすぐのことだ。
そいつが両目と鼻の中間に、振り下ろされたひのきの棒の先端を食い込ませて、2メートル程の後ろに退場したのもすぐのことだった。
「ケンチさん、ここまでありがとうございます。ところでいつも思うんですけど、あの対応で良いんですか?」
大八車の荷台から降りたヨッシュアがそう聞いてきた。リーダーだけあって、道中もこの金髪の男だけは路上にいる知り合いの少女たちにこっそり手を振っていた。かなり血を失ったはずだが足取りもしっかりしている。
「俺ぁな、いつも信徒であることを忘れたこたぁ無え。良いことをしても戻ってこねえこともある。往来で汚えことを喚きちらしたら、時間差無しで返ってくることもある。
雷か隕石が降ってくる前に、俺たちゃ改めなくちゃならねえ」
俺は静かにヨッシュアに告げた。先のあるこの男の瞳から視線を逸らさずにだ。まばたきもしなかった。
「そうなのかもしれません。ケンチさんの言葉が間違ってるとは思いません。
でも言いたいことを言って生きるのも、ここじゃ自然なことなんじゃないかって思うときがあるんです」
ヨッシュアは俺にそう返した。17歳が達していい境地ではないだろう。業界はこういうところが厳しい。
「そういう考え方もあるな。そこについては俺もグダグダと言わねえ。それよっかアッコワの兄貴んとこには俺もついていくぜ。何があったか報告はしなきゃならねえ。もう抜く物を向こうが抜いちまったしよ」
俺は今からやること込みで、ヨッシュアにそう返すほかは無かった。
4人共もう自分の生き方を決めてしまったのだ。
入り口から逸れて建物の裏手に回り、そこで誰も見ていない隙にアイテムボックスに大八車をしまわせてもらった。
4人組は先にアッコワ兄貴のところに向かわせ、俺は後から入り口を抜けて受付の一番奥に向かった。
俺たちはその後、別の部屋にまとめて通されてから、今回の一件の報告を行うことになっったのだ。
「ケンチ、今回はこいつらが世話になったみてえだな。
それと昨日はお前に棒で殴られて、施療院に担ぎ込まれた奴が10人もいるんだが、そういうのはホドホドにしとけよ」
アッコワ兄貴の冷たい印象の顔は、今日のところは俺に呆れた風に見えた。溜め息を吐きながら言われた。
霧の中でどついた連中はそんなにいたらしい。ジーズの奴らを入れると14人。さっきの入り口の奴は15人目だったのだ。
「兄貴、ヨッシュアについては当然のことなんで連れてきただけです。
棒で何とかって話は言いがかりじゃねえんですかい? 回り中が霧まみれでしたぜ」
俺は言い訳したが焦っていたのだろう。余計なことを言ってしまった。
「俺は霧がどうとかはひと言も言ってねえぜ、ケンチ。雑貨屋で棒を振り回してたなぁやっぱりお前だったか。今回だけはお咎めなしにしといてやる」
アッコワ兄貴にバレてしまった。今回の救出で相殺してもらえるらしい。善行もえらい早さで返ってきた。
希少なうちの4人組からは、半眼で見られていたが仕方がない。
4人組から経緯の説明が行われ、俺がそれについて補足したところでアッコワ兄貴への報告は終わった。
「ヨッシュア、お前らはこの仕事から外れろ。こっからはケンチに任せる。こいつは向き不向きの問題だ。ケンチもネーラーニのオヤジとはもう10年の付き合いだろ。お前が行ったほうが良い」
アッコワ兄貴から言われ、ヨッシュア達も何か言いたそうではあったが、それでも彼らは黙って頭を下げると帰っていった。
借金回収の依頼については俺が引き継ぐことになった。
今日は教会暦805年3の月1日だ。
俺がマーちゃんと出会ってから8日目になる。毎日こそこそと日記を書いていると、こういうことはすぐに分かるんで便利だったりする。
「そのリソック・ネーラーニ殿は金貸しなのだな。金を返さない相手は逃げたりしないのだろうか? 用心棒が居ても、大勢の取り立て屋が来たら限界があるだろう?」
いつも食事に使う東屋で座っていたら、うちのトカゲ姉さんからそんな質問が飛んできた。
強くも弱くもない雨が降り注ぐ中、俺はここでマーちゃんと、静かで穏やかな暮らしを永遠に近い年月にわたり、続けることを想像してしまい返事が遅れた。
視界の隅では黒子さんが、ちゃぶ台の上にシャケの切り身の皿を置いたところだった。
「もし逃げられたら、ネーラーニのおっちゃんには追跡出来ねえかもな。だが探索者組合と教会は違うぜ。各国の各都市に回状が送られる。そんでそいつらはお終えだ」
教会こみの組織力は、こういうところが怖いのだ。だから教会のシノギに横やりを入れるような奴らは、現状とは違う政治理念や、教会に対する恨みというものを持っているのが大半だったりする。
「ありがてぇ、いただきます」
いつものように感謝の挨拶をし、ご飯とダイコンの味噌汁を食べながら俺は内心で溜め息をつくしかなかった。
今日は、ネーラーニのおっちゃんに会いにいかねばならない。碌でもない話が聞けそうだった。
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