第15話 希少な後輩
見たところ、ヨッシュアは剣で鉄鎧の上から斬られたようだった。胸の辺りをバッサリとだ。
「俺が診る。マッティー、そこをどいてくんねえか」
そう言って俺はヨッシュアの傍らに屈み込んだ。
鎧も脱がされていないヨッシュアだったが最低限の止血は間に合っていそうだった。近くにいる仲間の少女マッティーによる『治癒の術』の効果だろう。
こいつらはまだ全員が16歳か17歳だ。授かったばかりの治癒の術の為に、人体の構造と医術を勉強し始めたばかりのマッティーにしては上出来だった。それぐらいに傷が深い。
もし腹腔に血がたまっている場合には抜かないといけない。敗血症はこっちの世界にもあるからだ。
俺は自分の術の効果とマーちゃんの光る輪っかの力を信じて、ヨッシュアの鎧を脱がせながら、こいつの傷と体内に力を注いだ。
マッカスとマッティー、残りの一人である攻撃型魔法使いの少女イテラが見守る中、腹腔内にこぼれた血はふさがりかけた傷から排出された。肉体組織の傷も、俺の術とマーちゃんの受けた加護により急速に塞がったのが分かった。
心臓も力強く動いている。ヨッシュアの良いところは性格と頑丈さだ。それとモテる。
「フゥゥゥ……間に合ったみてえでヤレヤレだぜ。どうしたんだよ、お前ら呆けた顔して」
ヨッシュアの治療が終わった後で、周囲にいたパーティの3人に視線を戻したところ、全員が見開いた目を俺の方に向けていた。俺の頭より少しだけ上だ。
「すまんケンチ。隠れたままだと効きが悪くてな。緊急事態であるし、治療の為に仕方なく隠蔽を解除したのだ」
俺の頭の上でマーちゃんはそう言った。俺に届いたのは肉声だった。
探索者の大半は俺クラスの破落戸か、もしくは俺以下のゴミで構成されている。
ごく稀に『街角の素肌鎧鍛冶』の様に職人になり、世界の均衡について考えずに釣り合わない美人の嫁さんと結婚して、敬虔な見習い聖職者の道行きを邪魔してくれるような不逞の輩もいるが、そういうヤツのほとんどは探索者だと言い切って良い。
だが世に神々の威光の届かぬ場所なし。
俺のいる業界にも腐らずめげず、優しさと勇気を忘れず、悩みながらも神よりの使命を帯びることを恐れず、それ故に神から多くの恩恵を授かる者たちは若干であるが存在するのだ。
前置きが長くなってしまったが、俺の目の前にいるのはそんな超希少な少年少女たちの4人組で、この俺ですら助けてやらにゃあと気合いを入れる程度に真っ当な、正式名称『勤勉なる信徒による探索者組合』の未来の表看板なのだった。
「みんなとりあえず落ち着いて聞いてくれ。俺の頭の上にいるこの御方はマンマデヒクっておっしゃるんだ。御使い様だ。朝のお祈りの際に俺のところに光臨された」
俺は嘘は言ってないし、こいつらには言いたくない。
マーちゃんはいつもの通りに、雲間から差し込むような細い光を身体中から発し、頭上の葉っぱのさらに上に光輪を置いて、俺の頭の上にモッチリと乗っかっていた。
「あのケンチさん……ヨッシュアを助けていただいてありがとうございます。それからマンマデヒク様も……」
最初に再起動が終わったのは意外なことに普段は無口の炎の魔法使いイテラだった。仲間たちを前線に送り出し『爆燃の術』や『眠りの術』で強力なサポートを行う遠距離担当だ。
「若いのに礼儀正しいのだな。私のことはマーちゃんと呼んでほしい」
マーちゃんは柔らかいアルトボイスで厳かにそう言った。大陸公用語の発音は完璧だと言っていい。周りに人がいない状況で良かった。
「俺からもお礼を言わせて下さい。助けていただいたヨッシュアです。ケンチさんも、駆けつけてもらったみたいで、ありがとうございます。情けないことに騎士崩れみたいな奴にやられてしまって」
優等生のようなお礼を言ったのは起き上がったヨッシュアだった。まだふらついているようだ。
変な空気になってしまったが、ヨッシュアも復活したようなので、とりあえず全員を組合事務所まで送ることにした。
「俺はここにいる全員を信用してる。だから今日見たことは黙っててもらいてえんだ。いつか伝えられる時が来たら、そん時は俺やマーちゃんからトマンネーノのおやっさんに話すようにする」
俺はそう言って、パンの入ったカゴを全部アイテムボックスにしまってもらうようマーちゃんに頼んだ。
俺の新しい能力には驚いていたが4人は何も言わなかった。神妙な顔で聞いていた。
完全に空になった大八車の上に、ヨッシュアと止血のために疲れきったマッティーを乗せて、俺たちは大通りに戻ることにした。
ヨッシュアのケガは致命傷だったように見えた。マッティーがいなかったらこいつは死んでいたはずだ。
「マーちゃん、こりゃあ神からの警告かもしれねえ。今日は孤児院に顔を出すのは諦めるぜ」
大通りに出る前にマーちゃんにはそう伝えた。
「私もそれは考えた。だが見方を変えると、スハダカン氏の願いを諦めるよう促し、ヨッシュアの命を救うための遠回りであったかもしれん。パンは腐らないように保管するから心配は無用だぞ」
例の空間には、化学変化が全く起こらない驚異の保管スペースがあると以前に聞いたことがある。今回はそこにしまってもらえるらしい。
「ケンチさん、孤児院に行くところだったんだな。それでパンがたくさん積んであったのか。その……本当にありがとう。ところで何でマスクなんかしてんの?」
申し訳なさそうに言うマッカスは孤児院の出身だった。口調が昔に戻っていた。
斥候向きの能力を授かり、一歩引いたところでパーティを支える参謀役のマッカスにも、このヤクザ者の冒険談を楽しみにした時代があったのだ。
「このマスクはマーちゃんに関係してる。秘密を守るためにどうしても必要だ。
ところで俺からも聞きてえんだが、ヨッシュアは何で斬られたんだ?」
ヨッシュアは鉄鎧を斬られていたのだ。相手は相当の手練れであるに違いない。
大通りに出る前に、簡単にでも聞かせてもらわないといけない。
「ネーラーニさんのところからお金を借りて、1年の間に銅貨1枚も返さない人がいるんです。たまたまアッコワさんから俺たちに話が来たんで、事情を聞いてこようと思ったら用心棒みたいな人がいて……相手の用心棒もどうしてか知らないけど逃げました」
俺に答えてくれたのは荷車の上のヨッシュアだった。
リソック・ネーラーニのおっちゃんが教会に相談するとは相当のことだ。
教会は一般の信者たちの相談を常に受けている。
それで借金の取り立てや、その他の相談事が下部組織の探索者組合に下りてくることがあるのだ。
この案件は、俺がケツ持ちをやらなければならないかもしれない。
※お読みいただきましてありがとうございます。




