第13話 孤児院に行かな……
「お前は若いからまだ分からねえかもしれねえが、このシャツはな……俺の魂でお守りで、そして俺の目標でもある。俺の女房のことは知っているな」
スハダカンの親方は、俺の煽りを聞いても怒らなかった。むしろ語り始めてしまった。
悪質な時間稼ぎか何かではないか、という勢いで自分の職人としての夢を語ろうとしていた。
ちなみにこの山賊オヤジの奥さんは別に亡くなったわけでもなく、今でも元気で病気や酷い怪我とも無縁の人だ。美人でもある。
「親方、その話を聞くのは何回目か俺も覚えてねえ。ついでにピタピタのプレートメイルは売れねえと思うぜ。奥さんは裁縫師で親方は鎧鍛冶だろうがよ。着る方の身にもなってくれや。夜の衣装じゃねえんだぜ」
スハダカンの親方の語りを俺は遮った。
俺は、商店街のおっさん連中のことを悪し様に言いたいわけではない。
「軽く、薄く、動きやすく、そして命を守る。俺はそんな鎧をいつか造りてえんだよ。夢が無けりゃ俺たち職人は生きていけねえ」
俺に遮られても、親方はめげずに話を再開してしまった。
「親方、いつも試作してるアレじゃ肘も膝も曲がらねえし、転んだだけで穴が開くだろぃ。俺は本当に何も知らねえんだ。デアイパチキのおっさんに聞きゃあ良いだろうが」
この話はたまたま居合わせた人間に聞くのではなく、本人に聞くべき話ではないかと思う。俺はそんな感じのことを返した。
世間の目が多い中で、こういうやり取りを続けていては、俺のここでの外聞はどんどん酷いことになっていきそうだった。
「デアイパチキの奴にはまだ話を聞けてねえんだ。昨日は半日も妙な霧だか煙に覆われてただろ? それで今朝からあいつは仕入れに出てる。店の物がほとんど売れちまったんだとよ」
親方から良いニュースと悪いニュースが出てきた。
在庫が粗方売れたのは良いニュースだ。半日も店があの霧に閉じ込められていたことと、しばらくは店が開かないのは悪いニュースだ。
しかも原因は全部俺たちだった。
「それにしてもよ、何で親方はおっさんの病気が治った原因が知りてえんだよ」
仕方がない。話を進めないと俺はここから脱出できそうになかった。
「ケンチ、普通はそれを真っ先に聞くもんだろ。お前ら若い奴らは会話の順序ってものをたまにすっ飛ばしやがる。憎まれ口が最初ってのは損するだけだ」
このクサれ山賊モドキは、どうして質問に説教で返すのだろうか。会話の順序を完全に粉砕した後で、何故かやれやれといった顔をしていた。
「親方、確かにおっさんの病気が良くなったみてえなのは俺も知ってる。なんか原因を知ってるか聞かれたら、それを知りてえ理由を聞くのが流れなのも分かるぜ。
そんじゃあ改めて、理由を教えてくれよ」
俺はMPが減った感覚というものを感じた。あと何回『冷静沈着の術』が使用可能なのだろうか。スタミナが減らないのがせめてもだった。
「ケンチ、俺の考えではデアイパチキを治したのは神の奇跡だ。出来れば俺もそいつにあやかって、このシャツみてえな鎧の製法を授かりてえんだ」
スハダカンの親方の俗な理由については今ので理解した。
神々は確かに現世利益てんこ盛りなので、願うこと自体は罪にならない。
たとえ、親方の乳首が透けてるシャツがベースでも、神は特に気にされないだろう。
「親方ぁ……そりゃ気持ちは分かるけどよ、神々がくださるのは剣やこん棒を跳ね返す服の方じゃねえかな。そっちの方が便利だろ」
俺はより強力で便利な奇跡と思われる方を伝えた。奥さんの方が出来た人だ。
「そんな……俺の、俺の鎧だって着やすいと思うぜ。夏に蒸れないような機能を願ったら鎧の方が優れてるんじゃねえのか?」
親方は、俺の返しに予想以上のショックを受けたようだった。言うことがかなり怪しくなってきた。
「夏に涼しくて冬は暖かで、ついでにすぐに脱げる機能がついてたとしてもだぜ、同じ機能の服で足りるじゃねえか。それから俺はゴーリ教会の正会員だけどよ、雑貨屋で神様は見なかったな。誓ってもいい」
たとえ親方の夢が今ので壊れたとしても、俺は後悔しないだろうと断言出来る。腕の良い息子さんもいる。跡取りのオトクカンは、俺と同年代で父親よりも固定客が多かった。
「そうか……さすがにお前じゃあ神もお話にならねえよな。御姿を見たら嫌味から入りそうだ」
少なくとも俺は、神に対してクソ珍妙な夢の実現を願うことは絶対にしない。これでも聖職者の端くれだ。
親方の戯言は聞き流しておいた。
「ケンチ、邪魔して悪かったな。パン屋に行くなら急いだ方がいい」
スハダカンの親方は、そう言って肩を落として去っていった。
もし今日中にパンが買えなかったら、俺はマーちゃんに頼んで『スハダメイル試作38号』をインゴットに戻してもらうことを心に誓った。誰の所為だと思ってんだ。
とにかく気を取り直して俺は進むしかなかった。
神よ、何故にあなたは忠実なる信徒に苦行を課されるのか。
これは神の試練というより、警告か何かではないだろうか。孤児院へ行くと俺は死ぬのだろうか。
太陽はじわじわと沈む方向に動いていた。
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