第12話 孤児院に行かなくちゃならねえ
俺は以前、精神力(MP)が減るのは辛い目にあった時と、大きな怪我や病気をした時だけだと思っていた。
ところが、この歳まで生きてから状況が変わってきた。
守るべき秘密があって上役に会わねばならない時、お世話になった人を助ける時、雰囲気の怪しげな勘の良い店長と話す時、マーちゃんの不思議道具の後始末をしなければならない時にも、俺の精神力(MP)は大きく減ることになった。
この世界の魔法はスタミナ(HP)を消費して使うが、もしMP消費であったなら俺は面倒事に首を突っ込めないだろう。
「マーちゃん、俺ぁ今日はもう駄目だ。帰ってのんびりしてえ気分だぜ。用事を済ませるのは明日にしてえ」
俺は空の大八車を曳き、背中に背囊を背負いながら頭の上に乗っかっているマーちゃんに愚痴をこぼした。
「デアイパチキの問題も解決した。今日は薬屋ラシーズで色々と買えたし、私としては戻ってもかまわないぞ。商店街には明日また来よう。パン屋や織物屋や孤児院が急に消えるわけではないだろう?」
マーちゃんは、柔らかいアルトボイスの念話でそんなことを言ってくれた。
うちのトカゲ姉さんが何かした場合には、店でも2秒で消えるのではと思ったが、それについて俺は何も言わなかった。
「ありがとうよ。それによ、ゴキブロアーから出てきた濃霧なんだが、まだ全然消えてねえだろ? あそこから先は白くて何も見えねえ。あそこを通らねえと孤児院に行けねえ。あれってどんぐらいで消えるかマーちゃん分かるかい?」
念話は聞けるが、念話で話せない俺は極力小さい肉声で、先ほどから疑問に思っていることを聞いてみた。
「アレは虫除けなのだ。出来るだけ効果時間が続くように作ったから半日はあのままだろうな。視界が悪いし、荷車を持っていくと接触事故が起きるかもしれないのだ。今日は孤児院行きを諦めて帰った方が良いだろう」
そう言うマーちゃんの意見を採用し、その日は別の道からそそくさと家に帰ることにした。
本当は現場の後始末をした方が良いのだが、あそこに『吸い取るさん(≧▽≦)』を出すわけにもいかない。
余談ではあるが、雑貨屋の前で俺をコケにしてきた4人組である『ジーズ・ギヨーデと仲間たち』についてはきっちり落とし前をつけてきた。俺が奴らを見かけた時には、まだラリっていたので、棒でブチのめしてから施療院に運んでおいた。
一夜明けての翌日の朝のこと、俺たちは日課を済ませ本日の予定について話を詰めていた。
今日は教会暦805年2の月28日で、マーちゃんと出会ってから7日目ということになる。
俺は鍛練をサボっているため、食事のカロリーを減らしてもらった。
今朝の食事は、ハムのホットサンドとセロリ、コーヒーのみである。
「マーちゃん、今日こそ俺は孤児院に差し入れを持っていくつもりだ。昼過ぎにしようかと思う。
そこでだ、今日だけは申し訳ねえんだが、寄り道無しで孤児院まで付き合ってもらえねえかな。途中でちゃんとパン屋と織物屋には寄るから、欲しい物があったら俺が買う。そこは安心してくれ」
俺は一気に言いきった。その後でセロリをかじる。マヨネーズが美味え。
「分かったのだ。今日は往来への興味を極力抑えるようにしよう。それに織物屋とパン屋も楽しみにしている」
マーちゃんがそう言ってくれて俺はホッとした。
「俺のわがままに付き合ってもらってすまねえ。ついでなんだが、持ってたら籠を貸してもらえねえかな? パンを持って行くのに必要なんだよ」
昨日の俺は冷静でないところがあったのだろうと思う。パンを入れる籠を忘れてしまっていた。
「懐かしい藤で編んだカゴならある。大八車に乗るサイズで10個程度だな」
マーちゃんは快くカゴを貸してくれた。
孤児院に向かう時間を昼過ぎに設定したため、空いた時間で俺はマーちゃんの大陸公用語の習得を手伝った。
教科書と辞書を買ってから2日目だというのに、日常会話についてはほとんど問題ないレベルまで来ていた。
「そんじゃ行きますかね。マーちゃん、俺の頭の上でもどこでも良いんだが乗る前には言ってくれよ」
一声かけると、俺は大八車にカゴを積んでアパートから出発した。
格好はいつもの如く、革の上下に茶色いニット帽と黒いフェイスマスクだ。
念話は聞けるが、念話で話せない俺にとって、口を動かしているのを隠すマスクは必需品になりつつある。
金も腰のベルト付きケースに入れて持って出た。
太さ5センチ、長さ50センチの『ひのきの棒スーパーショーティ』については使い勝手が良く、街内のメイン武器になってしまった。
俺は力強く足を踏み出した。今日は大丈夫だ。
「親方……頼むからよ、そこを退いてくんねえか? 俺はこれから孤児院に差し入れに行かにゃならねんだ。あんたの言うようなことは雑貨屋じゃあ起きなかったぜ」
俺は大八車を曳く足を、商店街の通りの途中で止めざるをえなかった。
『防具店スハダカン』の親方が俺に因縁をつけて来たのだ。そのことは身に覚えがあるので、実は言いがかりでもなんでもない。
「ケンチよぅ。俺はただ、あいつの病気がどうやって治ったか知らねえかと聞いてるんだ。2日前の夜に、お前が雑貨屋から出てきたのはここじゃみんなが知ってる」
スハダカンの親方は、頭の中心にだけ毛が残った茶色い天然モヒカンのようになっている頭と顔にシワを寄せながら、俺に秘密を白状しろと迫ってきたのだった。
鍛冶仕事もやるからか、たくましい175センチメートルの身体は鉄のバリケードよりも厄介そうだ。
「スハダカンの親方。病気を治すコツってのはな、まずはピタピタで透けてる半袖シャツを着ねえことだ。金は持ってんのに、1年中それで通してる御仁は特に危ねえ。俺は親切で言ってんだぜ」
秘密を守る必要のある俺は、もちろん素直に答えてやる義理はなかった。
どうしてこう、どいつもこいつも俺の善行の邪魔をしようとするのか。
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