第10話 恐怖の福の神
「ケンチ、種類が多すぎて選びきれんし効果がわからん。この手の草は薬効があると意外に高い気がする。何か適当にお勧めを購入したいのだが頼んでもらえないだろうか?」
ラシーズ店長の一言に俺が冷や汗をかいている間、マーちゃんは何を買っていこうか悩んでいたようだ。
うちのトカゲ姉さんは、昨日渡してしまった『部屋用芳香剤サイケデリク』について全く何の心配もしていないようだった。
話し声を聞かれないように、俺は店の奥にいるラシーズ店長から離れて、陳列された商品を選んでいる振りをしながらさりげなく入り口の前まで戻った。
「分かったぜ、マーちゃん。今の売れ筋商品を5種類ずつ頼んでみることにすらぁ。200グラムずつで良いかい?」
声を思いっきり小さくして俺は答えた。
今の配置なら骨伝導かなんかで聞こえるだろう。
重さについてはこの世界のメートル法で定められた内容になる。この世界にキログラム原器になる物を持ち込んだ奴がいるのか、水1リットルの重さを1キログラムにしたのかは俺にも分からない。俺じゃ情報に触れられない。
「5種類ずつと言うと、薬品と調味料と香辛料ということで良いのだな? 分量はそれで構わない。交渉を頼んで良いだろうか」
念話で返事がきたので、頭に手をやる振りをしてマーちゃんを軽く指で叩いた。買いますの合図だ。
「ラシーズの旦那。今日は調味料と香辛料と薬を買うぜ。今の売れ筋を5種類ずつ頼みてえ。量は200グラムずつだ」
店の奥に戻って店長にそう伝えた。
俺の様子が怪しかったのかもしれない。ラシーズ店長は呆れたような顔で俺を見ていた。
「理由を聞きたいところだよケンチさん。こっちも商売だから、もちろん買ってくれるのはうれしいよ。昨日、ケンチさんがデアイパチキに行ってそこで何かが起きたとしても」
そう言ってラシーズ店長は俺を問い詰めるような目で見た。
そういう目で見ながら秤を用意して、店の陳列棚から瓶や束を持ってきて販売の準備を始めた。
俺の方はといえば、このズットニテルの外区にある商店街が思ったよりも協調性のある社会で、噂の伝達が妙に早いということに慄然としていた。まだ昼前だ。
今朝のこの界隈で何があったのだろうか。
「なぁ、ラシーズの旦那。俺は前からあんたは只者じゃねえと思ってる。みんながここに流れてくる理由はあんだろうが俺は気にしねえことにしてる。俺も『行き倒れのケンチ』って呼ばれちゃいるが、商店街じゃぁその事件の理由を聞かれたことはねえんだぜ」
俺はそう言って相手の出方をうかがった。ラシーズ店長の方は驚いたようだ。
「つまりケンチさん……今回は私の過去を引き合いに出さないといけない程の理由なんだな。それならこれ以上は聞かないよ」
店長はそれっきり黙って商品の用意に集中してしまった。俺は失敗したかもしれない。
その後は気まずくなったものの、頼んだ商品は全部買えて、説明までしてもらった。
薬についてグラム売りしてない物は10回分ずつになった。傷用軟膏、腹痛薬、熱冷まし、せき止め、惚れ薬だ。
調味料は青実油(オリーブ油)、辛実、棒辛実油(ラー油)、ウサンクサ草油(ゴマ油)、穀物酢になる。
香辛料はセシウム(胡椒)の値段が大分下がったようだが一番高かった。他はよく分からん粉末だ。
俺は店の外でマーちゃん達にそっと背囊と金を出してもらい、店内に戻ってからその中に全部の商品を入れた。
お会計は銀貨10枚と銅貨40枚だった。
背中に背囊が加わったが、俺はまだ空の大八車を曳いて出来るだけ急いで雑貨屋デアイパチキに行ってこなければならない。
「ケンチさん、またあなたは孤児院に差し入れを持っていくんだねぇ。聞いた話だと、あなたも矛盾した人だ。あなたの優しさは街の困った少年達や孤児達には向くのに、同業者にはほとんど向かないそうだね」
「そいつはな旦那、自分の生き方を決めた奴とまだ決めてねえ奴に対する違いだと思うぜ。それよっか俺も今日の予定は決まってるんだ。そんじゃ世話んなったな」
ラシーズ店長の言いたいことも分かるが、別れの挨拶をした俺は雑貨屋デアイパチキへ急いだ。地域の治安と心の平穏が危ないかもしれない。
「なぁ、ラシーズの旦那。あんた何でついてくんだよ。さっき別れたばっかりだろ」
「さっき言ったでしょう。デアイパチキの様子を後で見に行きたいって。行く方向が同じなんだよ」
大八車が通りの地面をわたる音がうるさくなってしまったが、今はそれを気にしている余裕もなくなってきた。
ラシーズ店長は何故かこのタイミングで、雑貨屋の様子を見るために店を素早く閉めて俺たちについてきてしまった。
雑貨屋デアイパチキの前はいつもは空いていて通り易いのだが、今日については普段見られない光景の為に異様な雰囲気が漂っていた。
「おおッ、みんな見ろや。アレはケンチ殿だぜ、ガハハハハァ。
昨日は手ブラで帰って来たんだってな、ケンチよぅ。いくら恥ずかしいからってマスクまでするこたぁねえだろ。ウヒヒヒヒ」
雑貨屋から出てきて、笑いながら俺に話しかけてきたのは同業者だ。既に手遅れかもしれない。そいつらは4人組だったが、店内で購入したらしい商品を持って全員が笑いながら行ってしまった。
「彼らは知り合いかい? ずいぶんと陽気な感じだな」
ラシーズ店長は雑貨屋の前が客で混んでいる様子を見て驚いていたが、取りあえずという感じで俺に聞いてきた。この人の声は、高くも低くもなく穏やかにこちらまで流れてくる。
ちなみにマーちゃんは、ラシーズ店長がいるせいか先程から妙に静かだ。
「まぁ、知ってるちゃぁ知ってる奴らだ。いつもは、陰に籠った嫌ぁな目で人を見て鼻で笑うような奴らなんだがよ。こんな場所で、あんな大声で笑うようなこたぁしねえはずなんだが……」
「酒でも入ってるんじゃないのか。それより店から妙な香りがするな。私も色々な葉っぱを巻くが、これは扱ったことがない匂いの何かだ」
ラシーズ店長からは不穏な単語が聞こえてきた。この旦那はひょっとすると耐性があるのかもしれない。
店の前の連中も、目付きが怪しい奴がかなりの人数いて暴動が起きる可能性を考えてしまった。
「これはマスクを取らない方が良いようだなケンチ。マスクは毒ガスにも対応出来るようにしてある。
店の売り上げに貢献できればと思ったのだが効き目が強すぎたようだ」
ここに来てようやく、事態を重く見たらしいうちの御使い様から念話が飛んできた。
俺が無事なのは、会話をごまかすためのフェイスマスクのお陰だったようだ。
※お読みいただきましてありがとうございます。




