第5話 商店街へ
「あん時のこたぁ今でも恩義に感じとります。ここで助けてもらえなけりゃ、俺ぁ名前も分からねえガキ扱いで共同墓地の中ですから」
俺がこの酷い仕事を中々辞められない理由のひとつがこれだった。
当時の俺は田舎から出てきたばっかりで、途中で道にも迷った為に食料も無くなり、この都市につく直前で道の真ん中に力尽きて倒れていたのだ。
領都から帰ってくる途中のオシタラカンのとっつぁんや、トマンネーノのおやっさんが見つけてくれなければ、俺の2度目の人生はそこで終わりだった。
今でも『行き倒れのケンチ』と言えば、街の商店街でもちょっとした有名人だったりする。
俺は差し入れを出した背囊はとっくに脇へ置いて、直立不動の状態でうちのおやっさんへ神妙な顔を向けていた。
「今日のことを考えりゃあな、お前はここへ来るのが運命ってやつだったのかもしれねえ。ところでこの酒、本当に美味えな。ケンチ、どこで買ってきたんだ?」
トマンネーノのおやっさんは、さっさとグラスを取り出して、マーちゃん特製の安酒を飲み始めてしまっていた。
「あんまりよく覚えてねえんでさ。流しの行商人が良さそうな酒を持ってたんで、その場で手早く買った次第でして。それよっか、今回の件はどういう扱いになりそうですかい?」
流しの行商人というのは、特定のルートを移動しない奴らのことなのだが、実は最近では見たことがなかった。俺たちと巡礼さん以外は、旅行のような距離の移動は難しいからだ。
今回の俺が気にしているのはこの能力について教会に報告が上がり、所属先が変更になるなどの指示が下るのかどうかだった。さすがに異端認定は無いだろう。今回の俺たちは上手くやった。
「その事なんだがな、俺としちゃあ特に何かあるとは思ってねえ。後から教会のお偉いさんが北か南へ行ってこいって言ってくるかもしれねえ。帰ってこねえ奴が多いのはうちも変わらねえから、俺だってお前がここで続けられるように頼むことはするぜ」
今の仕事を続けるなら、俺はここから離れたいと思っているわけじゃない。おやっさんの言葉はありがたいものだった。
「ありぁとうございやす。俺が気になってるのはそんだけです」
「そうかい。まぁそんなら俺も何か言うことは無え。これからも今日みたいな調子でよろしく頼むぜ。あと、くたばるんじゃねえぞ」
俺はトマンネーノのおやっさんに頭を下げてから、組合長室を出て階下に戻った。
そのままの足で解体所に出向いた俺は、オシタラカンのとっつぁんとデコの所へ顔を出した。
2人とも、俺が卸した物の出荷準備が終わった頃だろう。
俺の卸した物の鮮度は異常に良かったはずだ。弩貝の場合は少々特殊で、爆発物を生む体液の所為で腐りにくいという性質がある。
解体所もある程度は仕切られており、一番奥のブースには2人の姿以外が無いのは都合が良い。
「とっつぁん、さっきは碌な挨拶も出来ねえですんませんでした。これ、つまらねえ物ですが差し入れです」
俺はオシタラカンのとっつぁん達にも、おやっさんに出したのと同じ物を差し入れた。
デコがいるので、固めのパンにベーコンと葉野菜、トマトとタマネギのサルサを挟んだやつも一緒にだ。こういう野菜類なら普通にある。
2人は既に知っているから、アイテムボックスから出したんだが、デコのキラキラした目が気になって仕方がなかった。
ついでに50センチぐらいの茶色い『ひのきの棒』が混ざって出てきたんで、これはそっと脇によけておいた。『ひのきの棒スーパーショーティ』に違いない。
「気ぃきかしてもらってすまねえな。こいつは美味そうだ。ご馳走になるぜ。お前もこういう風になっちまうんだなぁ。10年なんてあっという間だぜ」
「ケンチさん、ありがとうございます。僕はお茶を入れてきますよ」
ひのきの棒の始末が上手くいかないで困っていたら、ベルト固定型専用ホルダーが出てきたんで何とかなった。
今日はとっつぁんやデコの話に、これ以上付き合う余裕もない。
「2人とも悪ぃな。今日はこれから商店街へ顔を出してこなきゃぁならねえんだ。2人でゆっくりやってくれ」
俺はマーちゃんとの約束を果たしに、組合事務所を出ると商店街に足を向けた。
もちろん受付カウンターに寄って、引換証と交換で金貨3枚と銀貨182枚を受け取った後でだ。
神によって、反射シールドに守られている丸っこいトカゲのマーちゃんではあるが、今はステルスモードになって俺の頭の上に乗っかっていた。
ちなみに、この『トカゲ姉さん』を組合や教会に紹介するのは大陸公用語を修得するまで延期になった。最後の手段でもある。
「実に興味深いな。ここにある品物をひとつずつもらって行きたい。あれは防具の店ではないのか?」
「あそこは『防具店スハダカン』ってんだ。良い店なのは違いねえし、フルプレートでも売っちゃぁくれるけどよ……。今日はあそこには用はねえ。隣が『武器屋ザンダトツ』であっちは『雑貨屋デアイパチキ』な」
マーちゃんは念話、俺は黒のフェイスマスクをして小声で話していた。俺は念話を聞くことは出来ても、念話を話すことは出来ないからだ。
服装についてはいつもの綿シャツに革の上下とショートブーツだ。
腰に50センチの棒が提がってるし完全に不審人物だが、未知の言語を呟きながら歩いているのがバレれば、衛兵じゃなくて教会から怖いお兄さんたちが来てしまう。
「ケンチ、雑貨屋デアイパチキに寄っていきたいのだが良いかな? まずは雑多な物を取り扱う店を見て、それから専門店に行ってみようかと思う」
「分かったぜ。あそこのオッサンは偏屈だが品揃えは良いんだ。マーちゃんが持ってるランタンや寝袋もあそこで買った物だ」
俺たちは、雑貨屋デアイパチキまで急ぎ足で近寄り入り口をくぐった。
この店は全体的に薄暗くて、通路の両脇には怪しげにしか見えない品物が覆い被さるように積んであった。
そして店の一番奥では、口から血を流したデアイパチキのおっさんがカウンターからはみ出して倒れていた。
「おっさん! 何がどうしたってんだ!?」
俺はおっさんに駆け寄り様子を見てみた。客とケンカして、頭突きで負けたわけじゃないのは確かなようだ。
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