第6話 雑貨屋デアイパチキ
「ケンチ、けっこうな緊急事態だ。私の見たところでは『食道ガン』ではないかと思う。ガン細胞は小規模の物が他にも転移しているようだぞ」
透明化している頭上のマーちゃんからは衝撃的な念話が飛んできた。
おそらく透視系の術で、デアイパチキのおっさんの体内を覗いたのだろう。身体を維持する仕組みを観察し、相手の内面をも愛するマーちゃんならではの方法だ。
「俺の3つ目の切り札は『治癒の術』なんだが、ガンを取り除きながら傷を塞いでいくとなるとここじゃ無理だな」
実は俺は『治癒の術』を授かった時に聖職者としての道が拓けている。
探索者として限界を感じたら、教会に頼めばふたつ返事で『施療院』に連行されるが、おっさんを担いで今から行っても面倒を見てもらえるだろうか。
「ケンチ。デアイパチキ殿は秘密を守ってくれそうかな? 前に言っていた精霊とか聖獣とかのネタが通用するなら、私が今の状態を何とか出来るかもしれない」
マーちゃんからは非常に迷う提案が飛んできた。
このおっさんには世話になったし、何より一般人だ。教会の教えでは『手を差しのべるべき人々』に含まれている。
デアイパチキのおっさんに信仰心があれば、マーちゃんの秘密を存在も含めて黙っていてくれるだろう。そうでない場合には最後の手段で、この街のもう一人のボスである『デチャウ司祭様』に全てを話すしかない。
性格が悪く、神にすら不満しか言わない同業者を助けるのは御免だが、おっさんのような御人は助けたい俺はため息を吐いた。
「マーちゃん、身勝手なお願いなんだがデアイパチキのおっさんを助けてくんねえかな? もし、秘密がバレた時は俺も何とかするし、ダメならマーちゃんの好きな様にしてくれ」
俺はフェイスマスクを引き下げながら頼んだ。
ありがたいことに、マーちゃんは俺の勝手なお願いをきいてくれるようだ。姿を表してから『黒子さん』を呼び出した。白衣姿だ。
都合の良いことに他の客はいない。
「私の頭上の輪なのだが、どうも治癒の効果があるらしい。ガンの活動が鈍ってきたし、内臓の動きが良くなってきたのだ。ガンは『転送の術』で取り出しながら組織を再生する手順でいく。このままで試してみるのだ」
マーちゃんがそう言うと、出てきた黒子さんが、デアイパチキのおっさんを仰向けの状態にしてカウンターの裏に寝かせた。
おっさんの身体は多少は緩んでいたが逞しく、ローブを着てるだけでも重そうだ。
俺はといえば、このままでも無用心なので店の入り口を閉めに向かった。丁度あった札を閉店にしてから、扉に閂をかけてカウンターへと戻った。
「どんな感じだ、マーちゃん。俺に手伝えることがあったら何でも言ってくれ」
デアイパチキのおっさんは顔をキレイに拭かれて、ついでに顔色が良くなっており、さらには呼吸が安定しているようだった。広い額に苦痛のシワが無く、茶色い眉毛も今は下がっていた。
「もう、ほとんど終わった。魔法の神には感謝しなければならん。この頭の上の輪っかの力が想像以上に回復に手を貸している」
マーちゃんの超高速複合手術は俺の予想を上回った。店の入り口を閉めに行って、出来るだけ落ち着いて歩いて戻って来たところでこれだ。
「後は再発防止の為にこれを飲むことをお勧めする。『細胞修復薬エターナルボディ』だ。人生の終わりまで概ね健康に過ごせるだろう」
「マーちゃん、それよぅ……寿命が4桁近くまで伸びたりとかしねぇよな? おっさんもいい歳だし、そういうのだきゃぁ不味いぜ」
「人の限界を超えることはないから問題ないと思うぞ。この環境での限界は128歳を上回らないのではないかな」
ちょっと心配になってくる年齢限界だが、それぐらいなら表彰されて終わるだろう。
そこで気がついたのだが、デアイパチキのおっさんが目を開いてこちらを見ていた。
「ケンチ、今度は強盗みてえなカッコして店に何のようだ……。それに俺は確か倒れて、それから……そんな!? ケンチよぅ……そちらは御使いなのか?」
おっさんは、混乱から立ち直ってマーちゃんを認識してしまった。雲間から差し込むような光と輝く粒子を全身から発して、頭上に光る輪っかの浮いてるマーちゃんをだ。丸っこいトカゲで、頭の茎から葉っぱが伸びてるのはどうでも良いに違いない。
「おっさんは血ぃ吐いて倒れてたんだ。それですぐにはどうしようもなくてな。こちらは朝のお祈りの時に俺の前に降臨されたマンマデヒクって御方だ。
首から下げてるこの顔覆いは埃対策だ。最近は煙いだろ?」
俺は一言も嘘を言ってない。能力を授かったのは朝で、マーちゃんと出会ったのも朝で、マーちゃんが光りだしたのも朝だ。後半は季節の挨拶ってやつだろう。
俺はデアイパチキのおっさんに、この事は黙っていてほしいことを頼んだ。もちろん病気が完治したことは一緒に伝えた。
「デアイパチキ殿、はじめまして。私はマンマデヒクという。どうか気軽に、マーちゃんと呼んでいただきたい。今の発音は間違っていなかったかな?」
驚いたことに、マーちゃんが話したのは大陸公用語だった。最後のだけ日本語だった。既に映像データからの学習を開始していたのだ。記憶力はコンピュータ並みなのだろう。
「そうだったのか。ありがてえ……マンマデヒクよ、この事は誰にも申しません。俺がこんなふうに助けて貰えるだなんて……この俺が」
おっさんは感極まって泣き始めてしまった。無理もないだろう。おっさんが信仰心のある人で助かった。
俺たちは安心したが、それは油断だったかもしれない。
俺の気配感知も、うちの御使い様の全方位センシングもこの時は偶然に働いていなかった。
「ただいま戻りました。表の入り口がしまってたんですけど、どうしたんです?
あっ、ケンチさんいらっしゃい。強盗みたいな格好してどうしたんですか? 店長は泣いてるし……。それにトカゲ!?」
雑貨屋デアイパチキの見習い、今年からここで働いている孤児院出の『チョップ』が店の裏口から戻ってきてしまった。茶色い髪と目のすばしっこそうな15歳の少年で、もちろん俺の顔見知りでもある。
これはダメ元で頼んでみるしかねえ……。
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