第2話 25年ぶりのお茶漬けの味
「あの……あんたは転生を知ってんのか?」
俺が、前世の記憶を持っていることについては誰にも話したことがない。故郷の村の勉強の先生である変り者の爺さんにもだ。
そんな奴がいるっていう噂も聞いたことはなかったが、実際には何人かいるのだろうと思う。そういう痕跡がこの世界にはあるのだ。
「ん? ああ、以前ここにな、自分のアイテムボックスから入りました、という男が来たことがあるのだ。その男は日本に暮らした記憶を持っていた。こことは別の世界と繋がった時の話だ」
目の前のトカゲさんはまたも驚くべきことを言った。別の世界、アイテムボックス、日本の記憶、全部が俺にとって衝撃的な話だ。
俺と似たような奴が過去にもいたってことになる。
「そういえば名乗っていなかったなケンチ殿。私の名は『マンマデヒク』。マーちゃんと呼んでくれ。敬語や変な気づかいは無用なのだ」
トカゲさんの名前はマンマデヒクというらしい。マーちゃんね。親しみ易い名前だがタダ者ではないだろう。10万年ってどこの惑星系の公転基準なんだろうか?
でもとにかく、話を進めないといけない。
俺はこの際なので、洗いざらいマーちゃんに今までの25年間と日本でのことを伝えることにした。
ここの出入口は俺のアイテムボックスなので、利用させてもらう以上はマーちゃんに事の次第を知っておいてもらわねばならないと思ったからだ。
それに秘密が他人にバレるようなことも無いだろう。
「マーちゃん、で良いんだよな? 取りあえずは、俺の事情ってのも話さなきゃならねえと思うんだ。聞いてくれるかい?」
ついでに、ここに生物とか金属とか、収納して良いか聞いてみないといけない。
「それは是非聞きたい。ただ話を聞くだけなのも何だ。何か食事をご馳走しよう。腹は減ってないか? つまらない物だが『お茶漬け』ぐらいならすぐに出せるとうちの料理担当が言っている」
俺から話を聞いてほしいという提案をしたら、マーちゃんからは考えもしなかった魅惑の申し出があった。
「マーちゃん、本当にありがてえんだけど米があんのか? 緑茶とか醤油とか味噌もあんのかよ!」
俺はブルブルしながら聞いてみた。いつか見つけたら、有り金を叩いて買ってみようとは思っていた。
日本の食材だ。ここは海外じゃないし、もう帰れない場所だ。記憶があるというのは、時に残酷なのだと俺は身に染みて思った。
それがここにあるっていうのだ。『お茶漬け』は俺にとってパワーワードだ。
「取りあえずは何でも大量にあるし、作ることも出来るのだ。土地も資源もあるからな。喜んでもらえそうで何よりだ。今から席を用意するから待っていてくれ」
マーちゃんはそう言って、収納口の近くに立っていた俺をフロアの真ん中に誘ってくれた。500メートルは歩いたがほとんど気にならなかった。
導かれたその場所では『黒クモさん』という、体高4メートルになろうかという蜘蛛型ロボットが、地面に簀の子と絨毯を置き、その上に置くためのちゃぶ台と座布団を持って俺たちを待っていた。
「すげえロボットだ。アレがお手伝いさんなのかよ?」
『黒クモさん』は全体的にパーツが太く、重厚な印象があったが器用そうだった。
6本の脚は『N』字型の関節で、2本の作業用アームも同様だ。3本の指で座布団を敷いて、ちゃぶ台を簀の子と絨毯の上に置いてくれた。
それからすぐに2メートルぐらいの黒いマネキンみたいなのがやってきて、配膳を始めた。こちらはアンドロイドで、名前は黒子さんというらしい。
ちゃぶ台の上には茶碗と、湯呑み、おかずの皿が2つ、小鉢が一つ、醤油さしまでもが置かれた。
茶碗には真っ白いご飯。米だ。これに緑茶がかけられ、湯気が立ち上っている。2つの皿には卵焼きと菜の花の辛子和え。小鉢には昆布とかつお節の佃煮が入っていた。湯呑みには冷たい緑茶。箸もある。
「用意が出来たな。ケンチ、まずは食べてみてくれ。味には自信があるのだ。再現は完璧だぞ。化学的な変化がほとんどないから素材も新鮮なはずだ」
マーちゃんに勧められるままに俺は箸を手に取った。
「いただきます」
周りからはおかしいと言われる習慣だが、俺はこれを言うことを忘れられない。
ちょっとだけ茶碗からお茶をすすって、その後は米と一緒に食べてみる。米をしつこいくらいに噛み締めて飲み込んだ。
その後は夢中だった。
佃煮と一緒に食べてみる。卵焼きに醤油をかけて食べてみる。菜の花の辛子和えにもそうした。
佃煮の塩辛さと醤油の風味がたまらない。
菜の花の辛子和えのシャキシャキとした歯ごたえと、舌にくる辛子の刺激は心地よかった。
どうしよう、ものすごい勢いで食が進む。途中から涙がアゴを伝ってちゃぶ台の上にボタボタと落ちていた。
「マーヂャン……あり、あでぃがどぉぉ……ごじ、ごじぞうざまで、じだ……」
お茶漬けをお茶碗に4杯もお代わりした後で、今まで抑えていたものが一気に決壊してしまい、涙と鼻水だらけになった俺は、お礼の言葉もまともに発音出来ない有り様になっていた。
食事が終わり、充分に落ち着いた後で、俺は今までの25年間の事や日本での事をマーちゃんにかい摘んで説明した。
「なるほどな。聞いたところでは中世というよりは近世ヨーロッパに近い社会体制のようだ。
食べ物やその他については任せろ。風呂とかトイレも用意出来るぞ。
私は繋がった世界の観察と物品の収集をしているのだ。趣味でな。今回も観察や採取は捗りそうで良かったのだ。移動については頼んだぞ」
俺の説明を聞いたマーちゃんは、ただのアイテムボックスでは得られない様な協力を申し出てくれた。
マーちゃんが今いるこの場所から外の世界に出る為には、俺のアイテムボックスの収納口を経由するしかない。
俺はマーちゃんのための移動役であり、ここの現地語である大陸公用語の通訳もしばらく必要だろうと思う。
その代わりに、俺はマーちゃんによって文明的な生活を送らせてもらえる。
もちろん俺としても、マーちゃんから要望があればそれには応えなくちゃならないだろう。
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