第91話 完璧な日常
国際中央網接続から、三日。境界域の発生は、ほぼゼロだった。
『本日、揺らぎ発生件数:0』
管制室の表示が更新される。誰も驚かない。それが“普通”になり始めている。
「……すごいな」
若い観測員が呟く。
「もう三日連続だぞ」
ミアが笑う。
「これが統合ってことね」
声は明るい。空気も軽い。以前の緊張感はない。監視は続いている。
だが、危機ではない。確認作業に近い。エルドはモニターを見る。
波形は滑らかだ。揺らぎの兆候すら、ほとんどない。
予測値も低い。異常なし。完璧な状態。
(……問題はない)
そう結論できる。誰が見ても。カルディアが入室する。
「状況は」
「安定しています」
ミアが答える。
「発生ゼロ、継続中です」
「そう」
カルディアは短く頷く。端末を開く。数値を確認する。その動きに迷いはない。
「同期率は?」
「現在、94%です」
別の観測員が答える。カルディアの目がわずかに動く。
「順調ですね」
満足ではない。確認。その程度の反応。エルドはその言葉を聞く。
「同期率?」
口に出る。ミアが振り返る。
「あれ、知らなかった?」
「聞いてない」
「国際接続で追加された指標」
モニターに新しい数値が表示される。
『同期率:94.2%』
「各地域の波形がどれくらい揃ってるか、って指標」
ミアが説明する。
「高いほど安定してるってこと」
エルドは画面を見る。確かに、波形は似ている。いや、
(似すぎている)
その感覚が一瞬だけ浮かぶ。
「問題あります?」
ミアが聞く。エルドは首を振る。
「……いや」
問題はない。数値も正常。異常もない。むしろ理想的だ。
カルディアが言う。
「同期率は重要です」
視線はモニターのまま。
「ばらつきが減るほど、演算は安定します」
正しい。完全に。
「目標は?」
誰かが聞く。
「100%に近づけることです」
カルディアは迷わず答える。エルドの視線が止まる。100%。完全同期。
それは、
(完全な均一)
そのイメージが浮かぶ。だがすぐに消える。問題はない。今のところ。
午後。街を歩く。人々は安心している。ニュースは明るい。
『揺らぎゼロ、記録更新』
『世界は安定へ』
笑顔。日常。恐れはない。それは、確かに正しい未来だ。
屋上。風は穏やかだ。ノアが先にいた。
「どうだ」
エルドは少し考える。
「……何も起きてません」
「そうだな」
ノアは頷く。
「完璧だ」
その言葉に皮肉はない。ただの事実。エルドは空を見る。静かだ。あまりにも。
ノアが言う。
「静かすぎるな」
短い一言。エルドは何も返さない。ただ、頭の片隅に残る。モニターの数値。
『同期率:94.2%』
その数字が、なぜか少しだけ、引っかかっていた。
揺らぎゼロの三日間は、誰の目にも「完璧」でした。
それでも一つだけ、主人公の頭から離れない数字があったようです。




