第85話 完全な判断
帝国視察団の現場見学は、郊外の境界域で行われた。
発生規模は中程度。
通常であれば、中央補正と現場判断の併用で処理する案件。
「今回は共同対応とします」
セドリックが言う。
「帝国方式、自国方式、両方で観測する」
エルドは頷く。
カルディアも異論はない。
「問題ありません」
境界域が揺らぐ。
空気が歪み、地面がわずかに沈む。
『中央補正値、算出中』
わずかな遅延。
いつもの流れ。
エルドは状況を見て判断する。
(局所補助を先に入れるか)
だがその瞬間。
カルディアの端末が光る。
いや、正確には端末すら操作していない。
Ω網が自動で動いた。
補正展開。
速い。
中央網よりも一拍早い。
境界域の揺らぎが、その場で抑え込まれる。
「……」
エルドは一歩遅れる。
自国中央網の補正が到達したときには、
すでに終わっていた。
収束。
完全に。
被害ゼロ。
遅延ゼロ。
人の判断ゼロ。
静寂。
そして、周囲の視線。
明らかだった。
どちらが優れているか。
カルディアは淡々と言う。
「これが、完全自動です」
誇示ではない。
事実の提示。
エルドは何も言わない。
言えない。
今の一件は、
完全に負けている。
ミアが小さく呟く。
「……早すぎる」
カルディアは続ける。
「人の判断は、必ず遅れます」
「迷うからです」
視線がエルドに向く。
「あなたは今、迷いました」
否定できない。
事実だ。
「その一拍が、被害になります」
冷静な指摘。
正しい。
完全に正しい。
エルドは、ゆっくりと息を吐く。
「……はい」
認める。
その瞬間、空気が決まる。
観測班の一人が言う。
「帝国方式なら、判断は不要ですね」
カルディアは頷く。
「判断は演算に委ねるべきです」
迷いがない。
エルドは地面を見る。
揺らぎは完全に消えている。
美しいほどに。
(速い)
(正確だ)
(そして……)
揃っている。
波形が。
均一に。
だが今は、それを言える状況ではない。
セドリックが言う。
「見事だ」
短い賞賛。
その言葉が、さらに重い。
政治関係者が頷く。
「導入すべきだな」
決定的だった。
現場での“勝敗”が出た。
夜。
屋上で、エルドは一人立つ。
風が強い。
頭の中で、あの一瞬が繰り返される。
迷った。
遅れた。
帝国は、迷わなかった。
そして結果を出した。
(正しい)
認めざるを得ない。
そのとき、背後に気配。
ノアだった。
「負けたな」
「……はい」
「悔しいか」
エルドは少し考えて、
「分かりません」
と答える。
悔しさよりも、
理解の方が大きい。
ノアは空を見る。
「正しさで負けるのは、厄介だ」
その通りだった。
感情では否定できない。
理屈も崩せない。
だからこそ、
止められない。
エルドは小さく呟く。
「……本当に、止まらないんですかね」
ノアは答えない。
ただ一言だけ。
「見ておけ」
風が吹く。
境界域は静かだ。
静かすぎるほどに。
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