55.ステージの礼儀作法
「次世代の妖術の開示という言葉に魅力を感じてもう1年は経とうとしているのか・・・」
広い体育館の真ん中に一人・・・・小林は正座しながらしみじみとする。
「先生が研究している資料を見ながら、マジックショップでもアルバイトさせてもらったり手品を披露しにホッピングの仕事をしたり楽しかったわ」
※ホッピング テーブルホッピング、俗にテーブルをマジックして回るマジシャンを指す
体育館の舞台上に億一と先生が姿を見せる。
「先生が書いている新生妖術の開示がテレビに取り上げられるとは思いませんでしたね」
小林が珍しく目を輝かせ先生を見つめていると、億一が恐る恐る小林に話しかける。
「こ、コバちゃんってもしかして、先生がどういう人が全然知らなかったりする・・??」
「え、どういう人って・・・どういう。」
億一はため息を漏らしながら、即座に切り返し先生を指さす。
「控え居ろう!この方こそ、日本のフーディニー!比企田天在の娘、比企田先生よ!!」
「じゃじゃーん!!拝みひれ伏しなさい!糞小林!」
先生もノリノリで億一に合わせポーズを取る。
「天在??・・・石田天海ではなく?」
「こ、、こばちゃん。。なんとなくはわかっていたけれど、本当に手品の世界を見も知ら
ず入ってきたのね。。」
「あの、えっと。。とりあえず高校のクラスで誰もしていない趣味を持てたらいいなと思って。バンドはやっている人がいたし、他に何かないかなで・・・たまたま自分の使う沿線の駅で手品と歴史を交えた講義があると聞いて・・・」
小林は申し訳なさそうに続ける。
「そこで講義を聞いて、手品って面白いんだ!この面白いを仕事にできたらいいなと思ったんです!」
小林の元気な笑顔にすぐさま先生が水を差す。
「面白い、楽しい。ストレスがないなら仕事にしようと思ってんじゃないの?何かをして対価をもらうっていうことは犠牲も伴うことを意識しているかしら?」
「いえ、そのうまく言えませんが。これが俺だぞ見てくれ!という形に作れる世界な気がして・・・」
舞台上で準備を始めた億一が不思議そうに呟く。
「だったら人前に出ることをしたらいいのに」
「そんなことないわよ、億一。人前に出たくないけど、人を楽しませたり喜ばせたいと思い、それを仕事にしたい人はいるわ」
舞台の床にガムテープを貼っていた億一がふいに立ち上がり先生に言い寄る。
「でも、私よりコバちゃんのほうが手品の技術も知識も吸収力も上なんですよ?」
「昨日の手品のイベントどうだった?帰りに良いものを見たという印象は全て億一ちゃん、あなたのものになったじゃない?手品をただ演じたらいいわけではない、億一、頭のいい貴方ならもう分かっているはずよ?」
「種が全ての手品、コバちゃんのように手品に詳しい人が観客にいたらと思うと私、普通のマジックでお金をもらっていると思うと恥ずかしくて・・・」
先生は何も言わず、ステッキを億一に手渡す。
「普通のマジック?確かに玄人が見たら面白い要素も必要よ?でも商業的に成功させないと話にならない。世の中に自分の名前を残したいなら・・・・今はそういう時代なの」
「見た目は一般受けする、中身はディティールがある、考え込まれた奥深さ、こいつ手品の歴史を知っていてわざとここを持ってきてるんだな、これを殺してこいつを生かすのか、これは全てのサブカル、歌、ダンス、話芸、剣技・・・そうね、スポーツにさえ通用するわ。昔の物、古典はダサい、いいえ、基礎体力よ。基礎知識があってこそ」
・・・長々と先生の愚痴が続く。
コホンッ!
億一の咳払いがこの場の空気を少し変える。
「ミュージックスタート」
一度舞台は暗転し、数秒後に軽快な音楽が流れ始める。
暗闇から少し明るくなった舞台には黄青赤と派手なスポットライトが億一を照らす。
億一が左手に持つステッキから手を放す・・・回転しながら左手に吸い付いて離れない。
右手も同じようにステッキが手とステージを垂直に浮いているように回転する。
中指をステッキに押し付ける、上下に手をやるもステッキがくっつき離れない。
中指についたステッキを床につける、ふと億一が目をやるとステッキは一人でに左右に
浮き、勢いよく踊り始める。
右腕の下を右回り左回り、左腕の下も右回り左回り。
「億一ストップ!」
先生の声で億一はステッキを手に取り不満そうに先生に目をやる。
「言ったはずよ?ステージ上では床に貼られた位置のみ足移動していいと」
小林が座っている位置からは見えないが、ステージ上にはステージ中央にいくつか目印になるテープが貼られている。
「上座から登場、バミリ1、観客へ前方、一例。バミリ2に下がる、ステッキを取りに3へ、カタカナのレを意識して、体重はつま先側にかけて。客席に倒れるように意識!手は肩より前に出す!!!」
先生のダメ出しに何も言えず一億はステッキを握りしめる。
「せ、先生、億一もステージの振る舞いに関して最近まで素人なんでしたし、十分上手く演じているように思いますよ」
あまりフォローなどしない小林だったが、強い口調の先生をなだめたいがため、反射的に口が動いてしまった。
「食べるため、寝床を確保するため必死だった。旅芸人は普通に暮らしてなどいけない人たちが仕方なく生きるために続けていたこと」
「・・・・本当はただ、普通に暮らしたかった、見世物にされたくなかった。そんな人がどれだけいたでしょう。・・・・今は・・・。皮肉ね、人に見られたい、自分を表現したい、これしか手段がない。中身はどうやら同じ悲しみなのにね」
億一が口を開く
「有名人になりたかったんです。なんとなくです。死んだあと名前が残りそうだし。楽しそうだし。自分がちっぽけじゃないって、ちっぽけじゃないって。生きる意味はあるんだよって自分にご褒美を上げるために」
億一がステージで、ステージ下で先生が泣き始める。
小林は冷静に待つ。10分ほどだろう。
「そうよ、億一。恵まれた時代、恵まれていない時代。自分が生きている時間のせいにせず、私は私だ!!見せなさい、残しなさい!!貴方を!!」
ステージ上で先生と億一が抱き合う。
「先生、私!頑張ります!有名になるんです!」
一億と先生が強く抱きしめ合う・・・
「あ、でも億一、三方礼、逆だったわよ、いい?ロベールウーダンがわざわざ燕尾服にマジシャンのイメージを変えて、ヨーロッパの夜から始まるマニュピレーション、中世ヨーロッパイズムの鳩出し・・・・」
小林にはよく見えなかったが、億一は数秒前から意識を失って先生に倒れ込んでいたように見えたという。




