一緒に幸せに
結婚式の当日はどこまでも青空の広がる晴天で、たくさんの人がお祝いに集まってくれた。
とはいっても、実際に集まっていたのは結婚式の会場である聖レティオーネ教会からお城まで続く沿道の話で、婚儀そのものへの出席者は僕たちの家族と、ほんの少しの招待客の方たちだけだったのだけれど。
なにせ、エルヴィラだけではなく、アルデンシアの方でまで盛り上がっているというのだから、全員を招待するとなると、それこそ国土の大半が必要になってしまう。比喩ではなく。
待ちきれずにシャイナの控室の前をうろうろとしていたら、
「兄様は鬱陶しいからどこかへ行っていて」
とシェリスに追い出されてしまったので、仕方なく庭へと降りる。
お嫁さんの部屋から新郎を追い出すなんてひどい話だと思う。
たしかに、着替えを覗くなどできるはずもないし、部屋のすぐ外に人の気配が、しかも、落ち着かない様子で歩き回っている足音なんて聞いていたくはないだろうけれど。
「クリストフ。準備が終わって私たちが呼ぶまで兄様をこの部屋に近づけないように見張っていて」
「承知いたしました、義姉様」
そんなわけで、僕はクリストフ様の見張り? の下、お城の庭へと降りると、ローティス様とジーナが一緒に会話に花を咲かせていた。
「ユーグリッド様」
僕が出てきたことに気がついたジーナが、明るく手を振ってくれる。
「本日はおめでとうございます。このようなところにいらして構わないのですか? シャイナ姫のところへいらっしゃらなくても」
うろうろそわそわしていたから追い出されました、なんて格好悪くて言えない。
しかし、僕が浮かべていた曖昧な笑みからジーナはおおよそのところを察したらしく。
「私も是非シャイナ姫の晴れ姿を拝見したいのですけれど、案内してくださいますか?」
男性相手だったらあまりシャイナを(親族以外には。いや、本当は親族であっても)見せたくはないなあ、なんて心の狭いことを考えていたけれど、ジーナが相手だったらまあいいかと思える。
最悪、ジーナだけが部屋に引き込まれて、僕は扉の外で待ちぼうけ、なんてことにもなりかねないと思うけれど。
「そろそろ支度もお済のことと思いますし、大丈夫なのではないでしょうか?」
そうだね。
これはジーナを案内するためだから仕方のないことなんだ。
僕としてはシェリスや母様たちの言いつけを破ることはとても不本意だったのだけれど、隣国の公女様の頼みでは仕方ない。
僕が自分をそう納得させていると、ジーナは何がおかしかったのか、くすくすと肩を揺らしていた。
「ユーグリッド。もう準備は出来ているようだ」
控室の扉の外では、父様とメギド様が、僕ほどあからさまではなかったけれど、期待しているような瞳で待っていらした。
ジーナとローティス様が父様とメギド様に華麗なお辞儀をして、クリストフ様が丁寧に父様に挨拶をして、5人で僕のことを見詰めてくる。
「父様。あの、もう少し離れていてくださいますか。出来れば扉の前から退避していてくださると助かります」
そう告げると、その場にいた全員が憐れみの込められた視線を向けてきた。
「ユーグリッド。国王となるからには、もっと心を広く持たねばならん」
「娘の晴れ姿を拝むのは父親として当然の権利だと思うが。ユーグリッド殿も子を、それも女の子を持てば理解できるようになるだろう」
「そもそも、私が頼まなければ、ユーグリッド様はシャイナ姫のお部屋に入れていただけないのですよね?」
「この後いくらでもおふたりの時間はあるのですから、構わないですよね」
「義兄様。義兄様お1人では、きっとこれ以上進むことが出来ませんから」
おっしゃることはもっともだと思うけれど。
でも、クリストフ様とローティス様には、いずれそれが自分自身にも帰ってくることだと、分かっているのか、いないのか。
もっとも、それはまだしばらく先になるだろうけれど。すくなくともシェリスがその気になるか、クリストフ様がある程度まで成長なさるまでは。
まあいいか。シャイナが僕のお嫁さんになることは変わらないのだし。
改めて扉と向かい合い、控えめにノックする。
「シャイナ。僕だけど、入っても構わないかな?」
返事はすぐにあった。
少しくぐもった「どうぞ」という返事が聞こえたので、深呼吸をしてから意を決して扉を開く。
「ユーグリッド様。いかがでしょうか」
扉を開けた瞬間に、真っ白なドレスに身を包んだシャイナの姿が目に飛び込んできて――
「あの、ユーグリッド様。どうして扉を閉めてしまわれたのですか」
私達にも見せてくださいとジーナに頼まれたのだけれど、いや、どうしようというか、僕もどう言ったものかと悩むのだけれど。
「これまでのすべてが夢のような気がしてきた」
父様とメギド様は揃って吹き出され、クリストフ様は肩を竦められ、ローティス様は困ったような顔を、ジーナは怖いような笑顔を浮かべていた。
「ユーグリッド様。早くお入りになってください。私達も見たいのですから」
「あっ、ちょっと、ジーナ――」
背中を押されて、半ば無理やりのような形でシャイナの前に進み出てしまう。
「兄様」
準備が良過ぎるシェリスにハンカチを差し出されたので、目元をぬぐう。
「シャイナがこんな格好じゃなければ、シャイナの胸の中で泣かせて貰えばいいじゃないって放り投げるところなんだけれど、今日は兄様とシャイナの結婚式なのだし、大目に見てあげるわ」
しっかりねと告げられて、改めてシャイナと向き合う。
「今までで一番綺麗だよ」
「ありがとうございます。ユーグリッド様も素敵ですよ」
だめだ。感動するとまた涙がこみあげてくる。
「しっかりなさい、ユーグリッド」
僕はシャイナの前で膝をつくと、ほっそりとした手を取った。
「シャイナ。シャイナがお嫁さんになってくれて、本当に嬉しく思っているよ。必ず、幸せにするから」
「いいえ、ユーグリッド様。少し違います」
シャイナは真っ直ぐに綺麗な宝石のような紫の瞳で僕を見据えて。
「私の幸せは、隣でユーグリッド様が喜んでいてくださることですから、一緒に幸せになりましょう」
やっぱり、シャイナの方が、僕よりもずっと格好良かった。
たくさんの祝福の中、結婚式が始まる。
真っ白なドレスに身を包み、裾の長いベールをかぶり、この期に及んで仏頂面のメギド様と腕を組んで現れたシャイナは、本当に女神さまのようだった。
真っ白な頬は、ほんのりと朱色に染まり、宝石のような紫の瞳にも、花びらのような唇にも、きらきらとした歓びの光が満ち溢れていて。
誰もがシャイナに見惚れていたけれど、1番見とれていたのは僕だっただろう。
緋色の絨毯を踏んで、しずしずとシャイナが近付いてくるたびに、僕の心臓も高まった。
最後には微笑まれたメイド様から、しっかりとシャイナを受け取る。
シャイナが僕を見つめて微笑み、僕も微笑み返した。
厳粛な空気の中、ヴェールをそっと持ち上げて、祭壇の前で、健やかなるときも、病めるときも、晴れの日も、雨の日も、いつまでも貴女を愛をもって真心を尽くしますと、苦しみも喜びも2人で分かち合いますと誓い合い、指輪を交換する。
シャイナの瞳は、喜びにはちきれんばかりの光であふれている。
あの日、出会ってから、随分と長い道のりを経てきたけれど、僕はようやくただ1人だけを――この上ない幸福感と共に手にすることが出来たのだった。




