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涙が零れてしまっただけです

さてさて、旅の始まりが近づいてきた頃。

明日は年に一度の流星群の見られる“流星夜”の日なんだそうだ。


この世界では、流れ星自体は珍しいものではなくて、晴れた夜空をしばらく眺めていたらだいたい数個は視界で星が流れる。しかし、流星群は先ほども言ったように年に一度、しかも空を覆うほどの数多の大きな流れ星が夜通し天上を流れるのだそうだ。その日は“流星夜”と呼ばれ、この世界の人たちにとって聖なる特別な日で、前日から2日間、世界中で朝から夜が明けるまで賑やかに盛大に祝われるらしい。


以上、いつも通り私の部屋に朝餉を持ってきてくれたメイドさんが教えてくれたことである。クリスマスみたいな感じですかね。


ちなみに魔王討伐チームの皆様は本日、祭典に招待されていて、祭典での用が終わった後も皆様で祭りを楽しむそう。


「街は彩られて催し物やお店がたくさん出回って賑やかですよ。私は明日、ユリノ様と一緒に行こうと誘われまして…とても楽しみですわ。今日でも明日にでも、貴女も行かれてみてはどうですか?」


メイドさん、とても嬉しそうだ。


『いえ…街に行ったことがないので迷子になったら困りますから』


行ってみたいのは山々だけど、行ったところでお金も、一緒に行く人もいない私がのこのこ出て行ったところで楽しめる気がしない。彼女も、その私の思考を察したのだろう。透き通るアメジスト色の瞳をほんの少し気まずそうに揺らして一言


「そうですか…」


と、言って私の食べ終わった朝餉の片づけを始めた。


うーん…ここは嘘でも『そうですね』とか言うべきだったかな。せっかく嬉しそうだったメイドさんのテンションを下げてしまって申し訳ない…けど、時既に遅し。


そこで私は重大なことに気がついた。


『あっ!それじゃあ明日メイドさんがお祭りに行かれるということは、私のご飯、もしかして無かったり…します?』


人間腹が減ってはなんとやら。飯の確保は生きるための最優先事項である。


「あぁ、朝はちゃんと私がお持ちしますよ。昼食と夕食は他のメイドにこちらにお持ちするように頼んでおきますね」


よかった…!私はまだ餓死せずに済みそうです。



*****



そんなやり取りをした次の日。私の元にはいつものメイドさんより若干幼そうな、可憐な感じのメイドさんが昼食を持って来てくれた。大きな丸い琥珀色の瞳に栗色の髪を編み込んで結いあげている。しかしそんな可憐さとは裏腹に、彼女の私へ向ける眼つきはやや冷ややかである。


私、関わったことない人にも良く思われてないんだろうなぁ…


無言で並べられた食事を一人で黙々と平らげた後、先ほどのメイドさんが頃合いを見計らって片付けに来た。


いつものメイドさんは、片付ける時に私が食器を重ねようとすると「私の仕事ですので」と断られる。しかし日本の庶民としてはそうしてしまうものなのだ。今いらっしゃるのは私と居るのが不服そうなメイドさんだ。こうすれば少しでも早く片付けられるだろう。


そう思って食器に手を出そうとしたところで


「余計なことはしないでください。雑に扱うと食器に疵をつけてしまうかもしれませんし、万が一割れてしまった時、例え貴女が割ったとしても責任を取らされるのは私になります。そのような事になってしまっては迷惑です」


私の方を見ようともせず素っ気なく拒絶された。


せっかく親切心でやったのに…とか、不快感が無いことはない。おそらく、このメイドさんが私に嫌がらせに近い意味合いでそんな態度を示したこともわかっている。

でも、私がそうしようとするといつも断られたのはそういう意味だったのかとやっと理解できた。私の常識がここでの常識とは限らない。何かあった後では遅いのだ。そうなる前にきちんと教えてくれたメイドさんには感謝するべきだろう。


と言うか、そう結論付ける方が個人的に少しでも快適に過ごせる。うん。人間、大切なのは感謝の心ですよね!


『勝手なことをして申し訳ありませんでした。教えていただいてありがとうございます』


一人で納得して下げた頭を上げた時、初対面のメイドさんは微かに目を見開いていた気がした。




その夜。いつもは夜に部屋を出ることなんてないけれど、そんな見事な流星群ならぜひとも見てみたかったので、少し早めの夕餉を食べ終わった私は、日が沈みかけて薄暗くなった頃合いにお城の屋上に出てみた。さすがにその“流星夜”の夜に部屋を出て理不尽にあやしむ人はいないだろう。


そこに人の姿は全くなかった。

少しひんやりしているけれど、寒いというほどではない。さわさわと近くの森の木々を揺らす風と、それが奏でる音が心地いい。辺りを見渡すと、遠くにやけに明るい場所があるのが見えた。あそこに街があるのだろう。活気が何となく伝わってくる気がする。


盛況であろう街の明かりをぼんやり眺めているうちに空は暗くなり、キィィィンと音が聞こえそうな目映い光に世界が照らされた。何事かと思い反射的に頭上を見上げた私は一瞬、息をするのを忘れた。


まるで空にある全ての星が流れているみたいだ。


今まで見てきたどの夜空よりも綺麗で、ただただじっと、ひたすらに見入った。

しかし“すごい”とか“綺麗”だとか、頭の中で何度も繰り返しているうちに、高ぶった感情は少しずつ落ち着いていき…なんだか無性に泣きたくなった。


元の世界では馴染みのない日本人離れした周囲の顔立ち、元の世界ではありえない現象やその光景、それらは確かに美しくて、感動を覚えるほどだけど、けれど…それらはここが異世界だということを良くも悪くも私に少しずつ、でも確実に思い知らせていた。


こっちに来てなんだかんだ思いつつも、泣いたことはなかったことに気が付く。


せっかく泣きたい気分になってきたのだから、自分を憐れむ涙を流すのもいいかもしれない。今なら流星群の感動も相まって、無理に絞りだそうとしなくても泣ける。此処に誰もいなくてよかった。睫毛の手前で揺れていた涙を堪える理由がないから。


パチンと一度瞬きしただけで瞼の堤防が決壊する。


私としては、ほんの数滴零れるだけだと思っていた。しかし意外にも涙はその後もどんどん流れてきて止まらない。元の世界に帰れないことに対してか、自分が必要とされていないことに対してか、それとも自分が思っている以上に流星群に感動しているのか…何に対する涙を流しているのか自分でもよくわからなかったけれど、流れてくるものは仕方ない。泣けるうちに泣いておこうと、特に拭うこともなく流し続けた。


しばらくボロボロと流れていた涙も止まり、幾分スッキリしたのと同時に泣きつかれた後特有の放心状態だった私は、背後からのコツコツという足音で我に返る。振り返った先には第三騎士さんが一人。


「ここで見てもいいかな?」


誰も来ないと思って思いっきり気を緩めていたところにいきなり足跡だけが聞こえたから文字通り飛び上がりましたよ。ビクッと。あぁもう驚かさないでください。

っていうか、貴方の方が立場上だからむしろ私の方が許可が必要な気もしますけどね。


彼は私の横で柵に頬杖をつき、遠くに見える賑やかな街明かりの方を見渡していた。


泣き顔を見られていたかと一瞬、しまったと思った。しかしもし見られていたとしても別段困ることはない。それにこの人なら泣いている時すぐ声をかけてきそうだ。たぶん今来たばかりなのだろう。それにしても彼は年に一度の特別な日に、何故こんな所に一人でいるのか。


『お祭りに行かれないのですか?』


「昨日楽しんだからね」


いつも通り半分隠れた横顔のために表情はわからなかった。けど口元は弧を描いている。


『今日は皆さんお仕事なくて、街にでも行かれているのだと思ってました』


「まぁ、だいたいはね。それでも最低限の警備や維持管理とか、国政に関することとか、全てを停止するわけにはいかないだろう?こういう日でもたくさん仕事はある」


まぁ…そりゃそうか。昨日も今日も、お城の中はいつもよりもガランとしていたから気がつかなかったけれど、彼の話だと今日もお仕事に追われていた人はけっこう居たらしい。


『一人でいらっしゃるの、珍しいですね。お仕事ならもう終わっている時間でしょう。こんな大切な日なんだからご友人や恋人や家族と過ごされたりしないんですか?』


「そりゃ一人で居ることだってあるさ。恋人なんていないし。それに実家はここから離れた町にあるから、たまにしか帰れないよ」


ははっと笑っている。自嘲の笑い方ではなくもっとサバサバした、嫌味のない笑みだった。


ほほう。“恋人なし”というのは意外だ。女性が放っておかないだろうに…それともこの人の理想が高いのかしら。まぁ興味深くはあるけれど、私には関係のない話だからどうでも良い情報である。


それよりも、彼がここに来たということは他の人、つまり討伐チームの方々なんかもここに来る可能性があるということだ。自分を良く思っていない人たちが来ることを知っていて留まるほど私の心は強くない。チキンハートですが、何か?


『それじゃあ…そろそろ私、部屋に戻りますね。おやすみなさい』


いつもの得意技“さっさと退場!”をキメてそそくさと立ち去ろうと、くるりと出入り口の方へ向かおうとした。けど、それは彼の言葉により断たれてしまった。


「あー…他の奴らはみんな祭りに行ってるから来ないと思うよ。少し話でもしないか?」


あら珍しい。特に断る理由もなかったのでその誘いに乗らせてもらうことにした。

というか、私がここを離れようとした理由を見事読まれている。

ただ…私の勘。この人、私の監視役として今日ここにいるんじゃないでしょうか。私への受け応えに少々言葉を選んでいるというか…はぐらかしているというか…そんな気がする。それが正しければ第三騎士さん、私の見張りで年に一度の大切な日を棒に振ったって訳か。御愁傷様です。


さて、こっちは特に話題など見当たらない。しかし引き留めたのは向こうなのに、彼からも一言も言葉が紡ぎだされない。何か話があるのではないのだろうか。


「………」

『………』


と、ここで気がついた。

―――… あ!監視役だから私が部屋に戻るのも見張ってなきゃいけないけど、流星群も見たいってことか!だからここに私を留まらせたかったのね。

つまり彼にも特に私と話したいことはないんだろう。

そう結論付けた私は、特に会話がなくても不自然ではない程度の距離を開けようと、柵の端の方まで移動しようとした。


「どうしてそんなに壁を作っているんだ?」


ふいに遠くを見たままの第三騎士さんがポツリと、しかしはっきりと言った。

いつもの子供に語りかけるような口調とすこし違っている気がする。


私は数歩移動したところでピタリと足を止めた。


『壁?』


もちろん自覚はあった。でも“この世界の人たち、特に魔王討伐に関わる人たちと親しくなるなんて無理だろうから何かトラブルを起こす前にこっちから回避してる”…なんて本人たちに言えないよね。よし、はぐらかそう。


『……や、嫌だなぁ。確かに暗い性格ではありますけど別にそんな…』


「…」


『そんなつもり無いですよ』と続くはずだった言葉は、遠くを眺めていた横顔を真っ直ぐこっちに向けた彼の無言の圧力によって遮られた。若干目が細められている。


……。下手に言葉があるよりもよっぽど困る。笑顔でさらっと流せないじゃないですか!! さらに美形は無条件にこっちが悪いような気分にさせられる。

瑠璃色に近い彼の瞳は星明りしかない今はもっと濃くて黒に近く、逸らされる気配はない。


仕方ない。討伐チーム云々じゃなくてもっと根本的な部分、私が人づきあいが苦手になったきっかけを聞いてもらおう。友達にも話したことのない…いや、話すことのできなかったこと。ずっと、誰かに聞いてもらいたかったこと。私の過去を知らず、関係のない人だからこそ話せることだってある。

無理に言わせようとする貴方が悪いのさ!逆にこっちの聞いてほしいことを勝手に話してやる。


『小さい頃は、それなりに一緒に遊ぶような子たちもできていたんですけど…そのうち我儘な性格が災いして、気づけば嫌われていまして…』


上手く整理できていない内容をポツリ ポツリと話していく。


『それに加えてある時、それでも仲良くしてくれていた子たちとも、今まで何を、どんなことを話していたのかわからなくなってしまったんです。急に。人とどうやって接すれば良いのかわからなくなってしまって…』


中学生の時の話だ。


『それでどんどん自分の周りに人がいなくなっていって…焦って無理やり人のいる所に入ったり、周りと合わせようとしたりしても上手くいかず…“うざい”とか“気持ち悪い”とか言われてよけい疎まれてしまって…。それで諦めたんです』


クラスで浮いてしまい、休憩中も教室の移動も…いつも一人だった。

誰かにとって「一緒にいたい」と思われるような存在にはなれなかった。


『幸い、いじめを受けることはなかったのでホッとする次第ですが…それでも、そのときの事は今でも若干トラウマでして…誰かと一緒にいると何か粗相をしたり、話が弾まなくて相手を不快にさせてしまい、嫌われてしまうんじゃないかと怖くなってしまいまして…』


これが私の人づきあいが苦手な大きな理由。


『まぁ、それから進学してまた新しく友達もできましたけど…それでも、仲良くなった特定の人としか上手く付き合えなくて…その子たちが他の子と話しているときは一人でいるより他なかったなぁ…』


だから周りから疎まれる視線も、無関心な空気も、私にとっては日常だった。


『でも…それが私の“普通”でしたから。それで人と打ち解けるのが苦手なんです。だから、ここが異世界だからとか、そういうのばかりじゃないんです。私の態度が不快に思われてしまったなら、すいませんでした』


こんなことを話せば、いかにも同情を誘っているように聞こえるだろう。実際そういう気はなくはない。だからこそ友達には言えなかった。


相手の顔を見ると言葉につまってしまいそうだったので、表情を確認することはなかったが、それまで黙って聞いてくれていた第三騎士さんがようやく口を開いた。


「別に、君の態度を不快に思ったりはしてないよ。無愛想だと思うことはあったけど。ただ、少し話てみてもなかなか馴れないようだから、何かあるのかと思ったんだが…そんなことを聞いて悪かったな」


サラリと「無愛想」とか言っちゃったね、ナチュラルに。

しかしスルーできなかったからとはいえ、本音を回避して結果的に自分の話したかったことを聞いてもらったのだ。どちらかと言えば得しているのは私の方である。


『いいえ、別にこのことを話すことが辛い訳ではありませんし…誰かに聞いてほしかったことなので、騎士さんに聞いてもらえてスッキリしました』


「それならいいんだが…今後も何かあったら話を聞くくらいはできるよ?それと、俺は“騎士さん”じゃなくて クィント な」


そう言って優しい笑顔と手を差し出してくれた。


そうしてこの世界で2人目の味方(?)を手に入れて数日後に魔王討伐の旅がはじまった。


道中で戦闘になる度に、戦う術のない私はいつも何かの影に隠れて見つからないように、攻撃が当たらないようにひたすら気配を消しながら祈ってやりすごした。それで無事だったのは奇跡ではないかと、我ながら呆れて笑ってしまうけど、とりあえず自分が無事ならそれでいい←

チームの皆様はやっぱりエリート揃いなだけあって、出会った魔族や魔獣はほとんど問題なく倒していき、魔王様の元へ辿り着いたのは約1年後のことだった。



はい、もう魔王のもとへ辿り着きました(^□^;)

そして主人公は祈りすぎ。

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