第5話 白に浮かぶ水面
真っ白か…柄物か…あるいは透明か。
食器はある意味では人の様だと思う。
色も形も、大きさも。無数にあるのに、どれも違う表情をしている。
故に、優柔不断な私は簡単には選び難く。
私は食器コーナーで延々と時間を浪費しているのだった。
何となく、あんりちゃんには柄物が良いかな、とか。大原さんは絶対真っ白だよね、とか。
でも、よく考えたら、わざわざ二人に別々の食器を用意するのもおかしいよね?とか。
答えなんてどこにも無い問答を繰り返す。
とはいえ、いい加減お店にも迷惑なので、結局真っ白な食器だけを必要個数分、必要な形分、カゴに入れて会計をした。
あとはスーパーに行って買い出しだ。
こっちは買う物が明確に決まっているので楽だ。
食器選びは久しぶりで楽しかったけれど、時間が掛かったし少し疲れたので、簡単に済む買い出しを終わらせたらすぐに家に帰る。
あとは約束の時間に二人が来るのを待つだけだ。
換気扇の下へ行きタバコに火をつけ、ビールを飲む。二人はタバコを吸わないだろうし、煙も嫌がるだろうから今のうちに吸う。
ビールは、休みの日くらい早い時間に飲んだって良い。
誰に向かってでもない言い訳を、頭の中で並べる。
本当は、ウチに人が来ることに緊張しているんだろう。それも可愛い後輩と、あの大原さんが、だ。
部屋は綺麗にしたし、食器も買った。普段はこの時間までダラダラと干してある洗濯物も、今日ばかりは全部無い。
だが、私は時計の針を早める様に、再びタバコに火をつけた。
***
チャイムの音で目が覚める。
どうやら少しソファで眠っていたらしい。ビールを飲んで睡魔に襲われたのだろう。
だが、おかげで緊張のまま時間を待つ事は無くなった。
ドアを開けると、大原さんとあんりちゃんが立っていた。二人はどうやら外で待ち合わせてきたらしい。
二人とも買い出しの袋を持っていたので、ビニール袋を受け取って中へ招く。
「寒かったでしょ、どうぞ入って」
昼はまだ暖かいが、朝晩はすっかりと寒くなっていた。
「おじゃましますー。綾香さん、今日はお招きありがとうございます!」
「山本さん、こんにちは。おじゃまします」
「二人ともいらっしゃい。買い出しもありがとうねー。そしたら、料理作る前に早速乾杯しちゃう?」
私はどうしても、浮かれている自分と向き合っていたくないらしい。
気持ちを誤魔化せるのなら、お酒でも良い。それに少ししたら段々気も紛れて、落ち着いてくるはずだ。
「そうしましょー!あ、あたしワイン飲みたいです」
「じゃーわたしはレモン酎ハイにしようかな」
何となく、二人が選んだお酒は逆の様なイメージがあった。けれどまぁ、実際何を飲むかはイメージではなく好みの問題なのでこれはこれで面白い。
人の内面だって、見かけでは何を考えているか分からない。アタシだって、女子会をして内心ドキドキしているなんて、誰にだって気付かれないだろう。
「かんぱーい」
大原さんが買ってきてくれたおつまみを軽く食べながら私はいつものビールを飲む。
お酒を飲むといつもの癖でタバコが吸いたくなるが、今日は我慢だ。
「ところで、今日はどんな料理を教えてくれるんですか?」
「あんりちゃんがパスタ教えて欲しいって言ってたから、まずはパスタと、あとはサラダとかカルパッチョ、ステーキを作ろうと思うよ」
「やったー」と二人が一緒になって喜んでくれた。
今日はあくまでも女子会だから、あまり手間と時間のかからない料理をチョイスした。それでも女子会のつまみとしては十分だろう。
ふと、キッチンに置き忘れていた灰皿を大原さんが見つけた。
「あれ、山本さんってタバコ吸うの?」
「えっ、意外です!全然イメージと違いますね!」
「そうなの、まぁ気晴らし程度だけど…」
間違いでは無い。きっと私は気晴らし、正確に言うと寂しさや孤独、心の乱れを紛らわせるためにタバコを吸っている。
吸い始めたきっかけは単純で、大学時代に気になっていた人が吸っていたのを見て真似をした。
話しかける事も、触れる事も、笑顔が向けられる事もなかった私が、唯一その人と自分を重ねられるのではないかと考えての事だった。
それで気持ちを落ち着かせようとして定着した、くだらない習慣だ。
と、せっかくの楽しい女子会でそんなことを話す訳もなく、私は料理に取り掛かった。
***
「そろそろ、あたし帰りますね!この歳になって恥ずかしいんですが、あまり遅くなると親がうるさくて…」
あんりちゃんが、赤らめた顔で帰る準備を始める。
「もう帰るのー?あでも、あんりちゃん電車だもんね、分かった。大原さんはどうする?」
「んー、もう少しいてもいいかな?」
想定外の言葉に、心臓が高鳴る。
「もちろん大丈夫だよ、大原さん家近いしね。それなら駅近いしあんりちゃん送ってくるから、部屋で待ってて」
なんでもないような顔をして、なんでもないような返事をした。
平然とした顔を出来ていたのか不安だったが、バレてはなさそうだ。
「え、部屋で待ってて良いの?なら、そうしようかな。えへへ、ちょっと酔っちゃったから」
なんでもないような顔は保てているだろうか。
こんな天使のような人とこの後部屋で二人きりになって、私の心は大丈夫だろうか。
「あんりちゃん、今日はありがとうね。あんりちゃんのおかげで楽しかったよ」
街灯の照らす夜道を歩きながら、あんりちゃんを駅へ送る。少し歩けば電車の駅があるとはいえ、小柄で顔を赤らめたあんりちゃんを一人で帰らせるわけには行かなかった。
「送っていただいて、ありがとうございます。ご飯も美味しかったですし、私もすっごく楽しかったです」
少し間をおいて、あんりちゃんが続けて口を開く。
「あ…あの、綾香さんは今、好きな人っているんですか?」
驚いて足が止まるのを、顔が歪みそうになるのを必死で堪える。
好きな人…真っ先に浮かぶのは大原さんだろうか。でもこの気持ちは昔抱いていたものだし、それも愛だと断定してしまうのは、やっぱり怖い。
憧れの対象だという感情もあるので、できればそちらを優先させたい。
想っていたって、どうせ叶わない。
『キモい。キモい、キモい、キモい!!』
頭の中がぐちゃぐちゃになるのが分かる。酔っているからか詰る声が、余計に響くような気がする。
「綾香さん…?大丈夫ですか?顔色が悪いですよ。少し休みますか?」
「だ、大丈夫。ちょっと飲みすぎちゃったかな。心配してくれてありがとう」
そのまま吐き出すように言葉を繋げる。
「それで、好きな人は今はいないよ」
***
「ただいまー」
「山本さん、おかえり」
たった今、意気消沈で帰ってきたのが嘘のように鼓動がスピードを早める。
それはただの挨拶なのだけれど、この部屋では聞くことのなかったやり取りだし、私はつい同棲しているカップルのようだなと思ってしまった。
「一人で待たせてごめんね、飲み直す?」
「うん、もう少し飲もうかな。あ、でもね、その前にコレ見て」
大原さんはカバンからタバコを取り出した。
「え?!大原さんタバコ吸うの?!」
「そんなに驚くとは思わなかったや」
アハハと笑う大原さんとカバンから出てきたタバコの印象が大きくかけ離れていたので驚いた。
「だって、その…」
イメージと違うと言いかけてやめた。
最初の一杯目で感じた事が頭によぎったからだ。人のイメージなんて、他人によって想像された勝手なレッテルに過ぎない。
「山本さんと吸いたかったから」
「そうなの?換気扇の下でも良い?」
二人でビールを開けて、タバコに火をつける。
このルーティンをまさか大原さんと行う日が来るとは全く想像もしていなかった。
人生って何が起きるか分からないなぁ…と思いながら大原さんを見ると、美しい横顔に吐き出した紫煙が惑い、この上なく妖艶に感じた。
「わたしね、離婚したの」
「…え?」
「東京から帰ってきた理由。ほら、まだ言ってなかったから」
そう言って柔らかく笑った大原さんの笑顔は、まるで心に巣喰う自己嫌悪を隠す私と、同じもののように感じた。




