第3話 嫌な予感はよくあたる
「はぁー、つまんないなぁー」
大学の講義が終わり、あたしは大きなため息を吐く。夏から秋へ季節が移り変わるこの季節はなんだか浮かない。
と言っても、冬は冬で浮かないし、春もダメ。夏なんてもってのほかだ。
つまりあたしは恋人が欲しい。それはきっと、季節の意味を全て書き換えてくれるような魔法のように思える。
好きな人はいる。でも叶わない。
と言っても恋人がいた事なんて人生で一度もないし、叶うなんて未来も想像できない。
「なに?あんりにしては元気無いじゃん」
「あんたはいいよね、彼氏がいてさ。私だって恋人といちゃいちゃしたいのに…」
私に恋人がいないのは、私のせいだ。頭では分かっているが、友達の美紀へ八つ当たりをする。
「バイト先の先輩にアタックするんじゃなかったの?」
八つ当たりをされた美紀がめんどくさそうに頬杖をついて聞いてくる。
それでも、あたしの愚痴に近い話をいつも聞いてくれる良い友人だ。
「綾香さん…綾香さんに会いたいよー!!」
美紀の隣でしか叫べない言葉を口に出す。
「なんなの…まだ言えてないわけ?」
「いや、そりゃ言えないでしょ…。あたしがビアンだって知ってるのだって、人生で美紀だけなのに。好きな人になんて伝えられないよ」
「この間はもう伝えるんだって息巻いてたのに」
「だーかーらー、そんな簡単じゃないんだってば。ドン引きされたら、あたしもう生きていけないし…」
マイノリティである事を想い人へ伝える事はそう簡単なことではない。故に、恋人を作るのはさらに難しいのだ。
ジュースのパックに刺さったストローをズズッと吸い、美紀は真面目な顔をして優しい声をだす。
「あんりの好きな人は、あんりがビアンだって分かったらドン引きするような人なの?」
美紀と同じジュースにストローを刺しながら、想像の中の綾香さんへ想いを巡らす。
綾香さんはいつだって優しい。今のバイトが続いているのだって綾香さんのおかげだ。
落ち込んだ時は慰めてくれる、楽しい時は一緒に楽しんでくれる。休憩室でのオアシスだ。
「しない…と、思いたい…ってか、綾香さんはそんなヒドい人じゃないし!…って、思いたい…って感じ」
美紀の優しい声に釣られて、私も本音を漏らす。美紀の前ではいつも弱音を吐いてばかりだ。
「自信ないなぁ。じゃあさ、今度普通に2人で遊びに行ってみたら?デートみたいな感じで」
「いや、無理無理!無理だってぇ…デ、デートって…そんなの、勘付かれたら終わる!」
「勘付かれないと意味ないじゃん。あー、じゃお家デートは?ほら、お酒飲みながら映画とか、ご飯とか」
「もっと無理でしょ!?お家デートでお酒飲んで…って。映画見てお酒飲みながらご飯食べて、そしたら酔ってきて良い感じ雰囲気に…」
「おーい、帰ってこーい」
自分に都合の良い妄想から引き剥がされる。
綾香さんに会いたい、抱きしめてもらいたいし、甘えたい…。
妄想の綾香さんはいつだって伝えられない本音を受け入れてくれる。
「で、どーすんの?」
「どーすんのって、家は誘うの難しいよ。あ、いや、待って…うん、いやどうだろう。いやでも。うーん」
「なんか良いアイディア浮かんだの?」
「うーん、これは良いかも…うん」
「なんだコイツ…」
大学を出てバスに乗り、美紀と分かれて電車に乗って帰宅する。奴は彼氏とデートらしいから私は今日も1人だ。
でも、今日の美紀には感謝しなきゃダメだろう。美紀のおかげで良い案が浮かんだのだ。
綾香さん…、私頑張ります!
***
次の出勤で私はすぐに行動を起こした。綾香さんと一緒の出勤だったのはラッキーだった。
仕事が終わった後、早速作戦を実行する。
「綾香さん、お疲れ様です!」
「お疲れ様、あんりちゃん」
「綾香さんの作ってくれる賄いパスタ、今日も美味しいです!本当、料理が上手ですよね」
「そう?適当に余った材料で作ってるだけだよ。でも、褒めてくれてありがとう」
綾香さんがふわりと優しく笑う。
今日も綾香さん、綺麗だな…。
いやいや、今は作戦中だ。よし、言うぞ!
「今度綾香さんのおうちであたしに料理を教えて下さいよ。綾香さんみたいに美味しいパスタが作れるようになりたいです!」
言った、言ったぞ。綾香さん!一緒にパスタ作りましょう!
「そりゃあ、あんりちゃんがウチで一緒に料理をしてくれたら楽しいだろうけど…ウチ部屋が散らかってるからなぁ」
「散らかってても気にしないのに…」
「私が気にするの」
「ちぇー」
ガーン、と言う音が実際に聞こえた気がした。
喉まで出かかった、<ならウチではどうでしょう?>という言葉は、ウチが実家なので飲み込んだ。
でもまだまだ、こんな事ではへこたれない。
明日も綾香さんとシフトが被っているので、もう一度聞いてみよう。
***
次の日、お店に着くと店長に呼ばれた。
店長は綾香さんよりも少し年上の女性で、シルバーカラーのショートヘアな上に耳にピアスがいっぱい付いたバンドマン風なスタイルでカッコいい。ダウナーな雰囲気も相まって男女問わずモテそうだ。
「おはよう、あんりちゃん。今日から新人さん増えるから。まぁキッチンだから、あんりちゃんとは基本仕事は被らないと思うけど…一応ね」
キッチンか。綾香さんと同じだ。
「へぇー…。どんな人なんですか?」
「それがね、すっごい美人さん。モデルさんかと思うくらい。びっくりしたよ」
……嫌な予感がする。
昔からあたしの嫌な予感は良く当たる。大抵ロクな事にならない。
「そうなんですか。分かりました」
素っ気なく返事をすると、
「いやー、あんりちゃんなら気になると思って。ね?」
と、ニヤニヤした物知り顔で言われた。
店長…あたしが綾香さんの事好きだって気付いてんのか?ん?んん?
「別に?気になりませんし」
と嘯いて、あたしは逃げるように更衣室へ入った。
「おはようございます」
綾香さんが出勤してきた。
今日も作戦続行だ。今回はうまくいくといいけれど。
「綾香さん、おはようございます」
「あんりちゃん、おはよう。今日は早番だったんだね」
「そうなんですよ、今日は学校が休みですから。それより聞きましたか?さっき店長が言ってたんですけど、今日からキッチンに新人さんが入るって」
あたしはあまりいい予感がしないけれども……。
「聞いたよ、どんな人なんだろうね」
「すごい美人さんらしいですよ。面接の時にビックリしたって店長が言ってました」
「あんりちゃんみたいに可愛い子が増えたら、お姉さん困っちゃうなー」
「そんな…私は可愛くないですが…。綾香さんこそお綺麗です!あと昨日も言いましたけど、今度料理教えてくださいね。絶対!」
「うんうん、また今度ね」
そう言って綾香さんは更衣室へ入っていった。
料理を教えてもらう作戦、上手くいかないな。
あと、なんだか仕事以外で会う事を避けられているような気も…でも可愛いって言ってくれたし!
料理上手で優しくて、綺麗な綾香さん。
こんな人が私の恋人になってくれたなら、きっと魔法のように世界が一変するだろう。
とりあえず今日は、一緒に出勤できた事を楽しんで仕事しようっと。
***
人の活気も落ち着いてきた頃、私は休憩に入った。確か今、綾香さんも休憩中だよね。ラッキー!
「綾香さん、お疲れ様でーす。ってあれ?この方は?」
「初めまして、大原佐知子と言います。今日から働かせて頂きます。よろしくお願いします」
「あんりちゃん、お疲れ様。聞いてよ、大原さん私の同級生なの。びっくりしちゃった」
……あたしの嫌な予感はよく当たる。
「へぇー、すごい偶然ですね。お二人は仲良しだったんですか?」
「いや、話した事はなかったの。ほら、大原さんすごい美人で住む世界が違うっていうか」
「いやだから、普通だよ?みんなと一緒の世界だよ?」
店長が言ったとおり、すごく綺麗な人だ。
住む世界が違ったって言うのも、あながち嘘ではないだろう。
そして、この綾香さんの嬉しそうな顔…。
いやいや、何言ってんだろう。
そりゃ普通に同級生と会えて嬉しいって感情はあるよね?!
「……」
あたしが!あたしが…綾香さんをその気にさせるんだから。絶対!
と、心の中で宣言する。
でもその日はもう、あたしは上手く笑えなかった。きっと起こりもしない嫌な予感に支配されているんだろう。
ただそれだけ。そう思う事にした。




