第28話 あんりと環奈 2
レストランから出ていく時、店長が何か言ってた気がしたけれど、その声はあたしの後ろを通過していって頭に入ってこない。
来た道をトボトボとただ引き返す。
……なんだ、そっか、そうだよね。
二人って付き合ってたんだ。
おかしいと思ってたんだ。
ずっと、二人とも距離感近かったし。
大原さんと初め会った時、嫌な予感がしたんだよね。まさか二人が付き合うだなんて思っても見なかったけれど。
でも、大原さんと付き合ったんだったら、本当はあたしにもチャンスがあったんじゃないの?
だって、女性が相手でも大丈夫だったって事でしょ?
いや、でも大原さん美人だしね。
あたしじゃどっちみちダメだったんだ。
……なんか、うまくいかないな。
好きな人に恋人ができるなんて、そんなことはもう慣れてる。
今回だって今までの失恋に一つカウントが増えるだけじゃん。
……だけど、やっぱり慣れないし苦しい。
このバイトに入って、綾香さんの優しさに触れて、好きになって、ずっと想い続けてきた。
でも、それも今日までなんだね。
どうせこんな気持ちになるんだったら、ちゃんと告白して気持ち伝えれば良かったな。
偶然とはいえ、あんな盗み聞きみたいな事して失恋するなんて、情けなさすぎる。
あーあ。
好きだったなぁ、綾香さんのこと。
あ、環奈がいた。
こんな落ち込んでたらダメだよね。
元気出さなくっちゃ。
「えっ、あんりさん。どうしたんですか?」
「……大丈夫、だから、ご…ごめんね」
「なんでそんなに泣いて……。ちょっとこっちのベンチに座りましょう」
肩を抱き寄せて近くのベンチに座らせてくれた。もう、あたし情けないなぁ。
環奈にはちゃんとした姿見せなきゃいけないのに。こんな泣いた顔なんて見せたらダメなのに。
「ごめん……こんなに、泣いて…るのなんて、おかしい…よね。ホントに、ごめんね」
「いいんですよ、大丈夫ですから。私、そばにいますから」
そう言って、環奈はあたしを周りから隠すように抱き寄せて頭を撫でてくれた。
こんなに泣いてても、何も聞いてこない。
その優しさに甘えてあたしは涙を流し続けた。
少し落ち着いてきて、頭もはっきりとしてきた。
でも、どうしよう。
こんなに優しくしてもらって、泣いてる理由言わないわけにはいかないよね。
環奈にカミングアウトかぁ……。
ビックリさせちゃうな。でも、どっちみち大学入ったら言うつもりではいたんだけどさ。
「ありがとう、環奈」
「大丈夫ですか?まだゆっくりしててもいいんですよ」
「うん、でもね、ちゃんと話そうと思って」
そういうと、環奈は真剣な表情であたしの顔を見た。
環奈は優しくてかっこいいな。
「あのね、嫌いにならないでほしいんだけど」
「絶対になりません」
即答してくれるんだ。
それだけ言ってくれるなら、安心、かな?
「あたしね、今失恋しちゃったんだ」
「失恋……ですか?」
「どこから話せばいいか分からないんだけど、わたしさ、綾香さんの事が好きだったんだよね」
怖くなって下を向く。
環奈があたしをどんな目で見るのかが、怖い。
緊張で手が震える。
「あたしさ……レズビアン、だから。ごめんね環奈、黙ってて」
離していた体が環奈にもう一度強く抱きしめられて、ゆっくりと頭を撫でられる。
どうしよう、泣いちゃいそう。
「そ、それでね、偶然なんだけど、さっき事務所の前で、綾香さんと大原さんの会話、聞こえちゃって……。二人、付き合ってるんだって、分かって。あたし、あたし……」
さっき出し切ったと思った涙はまだもう少し残ってたみたいで、環奈の胸でまた泣いた。
環奈はまたあたしが落ち着くまでずっと頭を撫でて、背中をさすってくれた。ホント優しい。
でもいつまでも泣いてられないよね。
なんとか、元気出さなきゃ。
「ごめんね、環奈。こんな事言われても困っちゃうよね。あたしはもう大丈夫だから。ありがとう」
笑いかけながら、大丈夫だとアピールする。
けれど、環奈は真剣な表情を崩さない。
「……あんりさん。私の話も、聞いてくれませんか?」
「う、うん。分かった。どうしたの?」
「私はあんりさんの事、初めて会った時から好きでした」
……え?
な、なに?どういうこと?
「えっと、え?それは、あたしも環奈のことは好きだけど……」
「違います。私はあんりさんの事が恋愛対象として好きなんです」
うそ……。
環奈が?あたしを?
ちょっと状況が飲み込めない。
だって好きな人いるって言ってたし……。
って、え?あれってあたしの事だったの?
「ちょ……え?前から言ってた好きな人は?」
「そんなの、あんりさんの事に決まってるじゃないですか」
衝撃が凄い。
相変わらず真剣な表情であたしを見つめる環奈の手は少し震えている。
本当なんだ。
ならあたしもちゃんと答えないと。
でも、なんて言えば……
「私は、最初はあんりさんに一目惚れでした。けど会うたびに好きになっていって、今ではあんりさんがいないと私、ダメなんです。なので、私と……私と、恋人になってください」
顔が熱い。
頭が回らなくって、うまく言葉が出ない。
「あ、あのね、環奈。気持ちはすっごく、すっごく嬉しいの。……けど、あたし。なんて言えばいいか分からなくて。あたしはずっと綾香さんが好きで。でももうダメになっちゃったんだけど。だから、そのまだ自分でもよく分からなくてね」
「知ってます。お返事、ありがとうございます」
環奈の顔を見ると、涙が流れていた。
ズキリと心が痛くて、苦しい。
でも環奈の目からは涙はどんどんこぼれてきて、あたしはハンカチを出して涙を拭う。
「知ってるって……なら、どうして」
「だって、好きな人が一人で、悲しんでいるの、嫌ですから。これで私もあんり、さんと一緒、ですね」
環奈は涙を流しながら笑顔を作った。
心が、気持ちが、一気に突き動かされる。
あたしのために、あたしを守るために、大切にしていた気持ちを、大切にしていた秘密を打ち明けてくれたんだ。
自分が傷付いてまで、あたしと一緒に泣いてくれている。
環奈の気持ちに胸が詰まる。
また涙が出そうになるのを必死で堪える。
あたしは今まで、人を想ったことはあっても、人に想われる事なんてない人生だった。
こんなに想ってもらえるなんて……なんて温かくて、心が溢れそうになるんだろう。
人から好きだって言われて、そして、こんなに大切にしてもらえるなんて、初めてだ。
環奈の想いを心の底から大切にしたいと思う。
あたしはきっと、この環奈の温かさを壊したくないんだ。
環奈を泣かせたくない。
環奈に失恋なんてさせたくない。
だから今度はあたしが立ち上がって、あたしのために泣いてくれた環奈を抱きしめる。
言葉にできない想いが湧き上がるのを感じる。
あたしだって環奈のことが大切だった。
この気持ちが、綾香さんへ向けていた想いと同じくらいに、いやもしかしたらもっともっと育つかもしれないって、そう思った。
「環奈、ホント馬鹿だね」
「す、すみません」
「あたしさ、今、失恋したばっかりだよ?それでも、いいの?」
今度はあたしが頭を撫でて、背中をさする番だ。
こんなに愛情をくれた環奈に、あたしも、あたしの愛情で返したい。
「……へ?」
「環奈が、こんなにあたしのために泣いてくれた事、すっごく嬉しかった。でもそれだけじゃない。あたしも、きっと環奈のこと、本当は前から気になってたのかもしれない」
「それは、どういう……」
「ハグするときはドキドキしたし、環奈の笑顔も、真剣な顔も、気の抜けた顔も。色んな表情が好きだったから。あとたまにかっこいいところも好き。なんだかんだ、ずっと目で追ってたような気がする」
「あんりさん……」
「でもね。今の今まであたし、環奈にしっかり向き合ってなかったから。だから、これからはちゃんと環奈と向き合って、今からもっともっと、好きになりたい。そう思ってる」
抱きしめる腕に力を込める。
わたしは環奈がぶつけてくれた想いを、これからずっと、大切にしていきたい。
今日貰った優しさを、ずっとずっと抱きしめていきたいと思う。
「それって、つまり、その、告白の返事はオッケーって事……ですか?」
「こんなあたしでも良ければ、だけど」
環奈が思いっきり立ち上がって、力一杯あたしを抱きしめる。
「こんなあたしなんて言わないで。私、どんなあんりさんでも大好きですからっ!ずっとずっと、大切にしますから!」
「ちょっ、苦しい……」
「す、すみません、つい」
「もう、身長差、考えてよね。あと、仕事以外の時は、敬語じゃなくていいから」
「えっ……いいんです、じゃなくて、いいの?」
「うん、じゃないと対等じゃないでしょ?あと、もう、こ……恋人……なんだからね」
顔が熱い。
恥ずかしいけれど、でもとっても嬉しい。
環奈の顔を見上げると、少し赤くなってる。
「顔、赤くなってるよ」
「あんりさんも」
互いを見つめて、笑いあう。
あたし、やっぱり環奈の笑顔が大好きだなぁ。
「ねぇ、あんりさん」
「……さん付けも、いらない」
「あんり」
ちょっと……顔を見つめられて名前を呼ばれるの、やばい、かも。
どうしよう。
こんなにドキドキするの、人生で初めて。
どんどん熱くなってくる。
「な、なに?」
「大好きだよ」
「う、うん。ありがと」
そう言い終わると、抱きしめられたまま環奈の顔が近付いてきて、唇同士が触れ合った。
一瞬、何が起きたか分からなかった。
けれど……あたし環奈にキスされたんだ、ってすぐに理解した。
やばい、どうしよう。
顔が燃えるように熱くなる。
「かか、か、環奈……あんた、こんな所でっ」
「へへ……私もちょっと、緊張しちゃった」
えへへ、と環奈が真っ赤な顔で笑う。
周りを見ると人通りは少ないけれど、チラホラと歩いている人が普通にいる。
「あ、あたしの初めてのキス、公開してんじゃないわよー!」
「でも、私も初めてのキスだったし、おあいこって事で。それに普通に抱き合ってたし、いいかなーと思ったんだけど」
そうだった。色々あって周りが見えてなかったけど、普通に抱きしめあったりしてた。
「もう、まったく。今のは許すけど、次からは人前でキスは絶対ダメなんだからね!」
「はーい。でも、あんりとのキスすっごく良かったから、あとでもう一回したいなー」
「そりゃまぁ……あたしも、だけど。ひ、人がいない所でだよ!もう行くよっ!」
そう言って目を赤くした私達は、手を繋いで帰り道を歩き出した。




