第27話 あんりとかんな
「だからね、環奈ってばいっつも世話がかかるっていうか、子供っぽいっていうか。いつも私のケーキ食べるし。まぁそれは良いんだけど」
「へぇー。あんりもちゃんと先輩やってんだね」
今日はいつもより大学が早く終わってバイトまで時間があるので、帰り道に美紀と駅前のカフェに寄っている。
「あ、そういえば美紀に会ってみたいって言ってたから、今度紹介するね」
「なんか環奈ちゃんって楽しそうな子だね。あんりの話聞いてたら私も会ってみたくなった」
「まぁ……確かに楽しい子ではあるかな」
砂糖でコーティングされたドーナツに齧り付きながら環奈の顔を思い浮かべると、やっぱり笑顔で楽しそうな顔をしていた。
なんだかんだあの笑顔が可愛くて、あたしもついつい甘くなっちゃうんだよなぁ……。
「それでさ、環奈って人前とかでも手を繋いできたり、ハグしてきたりするんだよね。なんか懐き方が大型犬みたいだなぁって思う」
「え?ハ、ハグしてくんの?」
「そうそう。まぁ別に良いんだけどさ」
でも人前は少し恥ずかしいかな。大分慣れてきてしまってる自分も怖いけれど。
「ふーん……。環奈ちゃんって恋人いるの?」
「恋人はいないけど、好きな人はいるんだってさ」
環奈の言っていた好きな人の特徴を思い出す。
優しくて、頼り甲斐があって、わがままを聞いてくれて、厳しくしてくれる人。
部活やってたって言ってたし、元々先輩だった人とかかな。だったら環奈よりも背が高くて、すっごいイケメンとか?
まぁなんにせよ、環奈だったら告白しても成功しそうな気がするけど。
「好きな人って?」
「私も知らない。学校の人とかなんじゃないの?」
ドーナツの最後の一口を食べて、アイスコーヒーを流し込む。お互い空になったお皿を下げて、お店から出た。
「あんりは環奈ちゃんの事どう思ってるの?」
「どうって?」
「いや、だって手を繋いだりハグしたりって、二人とも恋人みたいじゃん」
「……えっ?」
急に変なこと言うからビックリする。なんていうか、環奈とは同じアルバイト先の先輩後輩っていうか、友達っていうか。そんな感じだと思ってる……けど。
「や、やめてよ。環奈とはそんなんじゃないって言うか、なんてゆーか……」
「なんてゆーか?」
「確かに環奈といると楽しいよ?でもそれって美紀とだってそうじゃんか!」
「いや、私は彼氏としか手を繋いだりハグはしないけど。しかもさ、環奈ちゃんの話してるとき、あんりの顔すっごく嬉しそうなんだよね。なんでだろーね」
いや……いやいやいや。違うでしょ。
確かに美紀とは手を繋がないしハグもしない。ケーキをあーんして食べさせる事もない。
でもだからって……。
「わ、私は、綾香さんの事が好きなんだよ?綾香さんと環奈はタイプも全然違うし」
「タイプ違うのは関係あんの?」
「あるでしょ。綾香さんは優しくて綺麗で、大人って感じ。環奈は子供っぽいとこもあるけど、背が高いからハグする時は包まれるようで気持ち良くて、手を繋ぐ時はしっかりと繋いで私が人に流されないようにしてくれるし、笑顔が可愛くてなんでも許してあげたくなるし、美少女だから真面目な顔も見てて飽きないし」
「わかった。わかったからあんり。一回落ち着こう」
「落ち着いてるわよ」
なんであたしが落ち着いてないみたいな言い方。
まぁ、確かに綾香さんとは距離感ずっと変わらないけどさ。
ちゃんとあたしの憧れの人なんだから。
「とっ、とにかく、環奈とはそんなんじゃないからね!じゃ、あたしはバイト行くからね」
そう言って手を振って、美紀とは別れた。
改札を抜けてホームへ降りる。二月に入ったばかりの今日はすごく寒い。
こんな時、環奈がいてくれたら手を繋いでもらえるのにな……、と考えて頭を振る。
さっきの美紀との会話のせいで、今まで何とも思ってなかったはずの行動が恥ずかしくなってきた。
「おかしいな……」
環奈の手に比べると一回り小さな自分の手を見つめて呟く。
いつからあたしの中でこんなに環奈の存在が大きくなったんだっけ。
出会ってまだ二ヶ月くらいしか経っていないのに。休日の度に一緒に過ごしてるからか、随分と長く一緒にいるように感じる。
電車に乗って、数駅。アルバイト先のレストランがある街で電車を降りた。
空からは、パラパラと雪が降っている。
寒さから逃げるように階段を降りて改札を抜けて、地下街へ続く道を歩く。
すると後ろから元気な声が聞こえてきた。
「あんりさーん」
紺色のマフラーを巻いた環奈が小走りで私の横へ来て、並んで歩きだす。
「寒いですね、見ました?ちょっと雪降ってましたよ」
「そうね、ホント嫌になっちゃう」
はぁ、とため息を付くと、環奈が私の手をとって繋いできた。
どくん、と心臓が鳴る。
環奈とは今までだって手を繋いできたのに、さっき美紀がおかしな話をしたせいで変に意識してしまっている。
「私は寒いの好きですよ。って言うか好きになりました。こうやってあんりさんと手を繋いだら一緒に暖かくなれますから」
なにそれ……。ちょっと今そういう風に言うのやめてよね。
冷たい風に当たっているはずなのに顔が熱い。
平静を保たないと。
「もう、お店の手前までだからね。ほんとしょーがないんだから」
「はーい」
「今日は暇だねー」
「そうですね……」
今日はお客さんがかなり少なくて、やる事がない。
清掃もしたし、今は注文もない。
キッチンの綾香さんと大原さんも暇そうにしてる。
「ねぇ、環奈」
「なんですか?」
「好きな人に告白しないの?」
「いやー、どうでしょうね。タイミングがあればしたいと思いますけど、振られたらその人との関係が変わっちゃうじゃないですか。それが怖くて」
それもそうか。
私だって綾香さんに告白して失敗したら、気まずくてバイト来にくくなっちゃうかもだし。
「そんなにその人と仲良いの?」
「まぁ、そうですね。私はめっちゃ仲良いと思ってますけど」
そんなに仲良いのか……。なんか、気になっちゃうな。いや!これは嫉妬とかではなく。
多分……。
もう、絶対に美紀のせいだ。
私だって環奈とめっちゃ会ってるし、仲良いし、とか訳わかんない事考えちゃうから。
「あたしよりも仲良いの?」
何言ってんだあたし!
変な事聞いちゃったよー。
「あんりさん、難しい事聞いてきますね」
ほら、環奈のこと困らせたじゃん。
「でもその人、好きな人がいるんですよ」
「そ、そうなの?それって環奈のことじゃなくて?」
「多分、違います。だから中々自分の気持ちを伝えられないんです。まぁしょーがないんですけど」
そう言うとお客さんが入ってきて、環奈はすぐに案内に向かった。
「結局、最後まで暇でしたね」
「暇疲れしちゃったよー」
いつものように二人でレストランを出る。
今日はなんだかずっと考え事をしていて、仕事が暇で良かった。
早く帰ってゆっくりお風呂にでも入りながら気分転換したい気分。
それで明日は休みだったはずだから、もうずっと寝てようかな。えっと明日、休みだよね。
カバンを漁ってシフト表を探すが、ない。
「あれ……ごめんあたしシフト表忘れてきちゃった」
「私持ってるんで出しましょうか?」
「いや、すぐそこだし、取りに行ってくる!ちょっと待ってて」
ぼーっとしてたらホントろくなことがないなぁ。ちゃんとシャキッとしなきゃな。
レストランへ入ると、まだキッチンで作業してた店長に事情を説明して事務所へ向かう。
扉に手をかけた時、中から綾香さんと大原さんらしい話し声が聞こえてきた。
何か喋ってる。
いきなり入っても大丈夫かな。
なんとなくそう思い、耳を澄ます。
「いいじゃん、わたし達付き合って一ヶ月以上経ってるんだしさー」
「いやでもまだ恥ずかしいって言うか…」
え……、な、なに?
今、なんて聞こえた?
付き合ってるって?綾香さんと大原さんが?
「じゃ、まずは家のお風呂から慣れていかないとね。今晩一緒に入る?」
「え、うん…頑張ってみる……」
あー……そういう、ことね。
なんだ、そっか。
ドアノブに掛けた手から力が抜けて自然と足が外へ向き、あたしはぼんやりとした頭でレストランから出た。




