第25話 恋人の証
「ちょっと遅くなっちゃったな……」
気温は低く、雪でも降ってしまいそうな夜道を小走りで進む。
水色のマフラーを掴んで息を吐くと、白い息が街灯の光る空へフワフワと消えていく。
今日は昔仲の良かった岬と久しぶりに遊びに行っていた。
岬は昔と変わっておらず、当時のようにはしゃいで、楽しく過ごせたと思う。
ランチを食べて街を巡り、カフェに行って話し込んだ。
けれど、少し帰る時間が遅れてしまった。
せっかくサチが夜ご飯を作って待ってくれているのに、失態だ。
ちゃんと謝らないと。
いつもの交差点を家とは反対方向へ曲がり、サチの家に向かう。
息が切れそうになりながら階段を上がり、奥まで進んでチャイムを押す。
「はーい」という声が聞こえてガチャリと玄関が開くと、サチが出迎えてくれた。
「ほんっとーにごめん!」
開口一番に謝る。
「全然良いよ。それより、走って帰ってきたの?ゆっくりで良かったのに」
遅れてしまった私を責める事なく、しかも気遣いまでしてくれて……本当に優しい。
「おじゃまします」と入ると、良い匂いがする。
「カレーの匂いだ!」
というと、サチは優しく笑った。
「綾香はお昼、何食べた?カレーだったら大丈夫かなって思ったんだけど」
「お昼はピザを食べたよ。カレー食べたい!」
「今から準備するから、綾香はソファに座ってて。少し休んでね」
そう言われて、荷物を置いてソファへ座る。
いつものように白猫のぬいぐるみを抱えて、呼吸を整える。
一人でのんびりしているのも落ち着かず、程なくしてカレーとサラダをテーブルに持っていくのを手伝い、二人でテーブルの椅子に座った。
「いただきます」と二人で言って、カレーを食べる。
美味しい。
どうやって作ったのかは分からないけれど、サチが作ってくれたと思うとどんなカレーよりも美味しく感じると思う。
「本当に美味しい。ありがとう、サチ」
「良かった。それより、今日はどうだった?楽しめた?」
「うん、すっごく楽しかったよ。岬って、本当に昔と変わってなくてビックリしたよ」
「そうなんだ、なにしたの?」
ランチのお店の事や、カフェのケーキが美味しかった事、どっちもお店の雰囲気が良かった事を伝える。
「今度サチとも行きたいなーって思った。デートした時にでも行こうよ」
「うん、行こうね。あとは、あの、何か変わった事とかはなかった?」
変わった事……なんだろ。
特になかったけどなぁ。
「うん、変わった事はなかったと思うけど。どうして?」
そう聞くと、サチの目が少し泳いだような気がした。
「いや、その……別に深い意味はないって言うか、なんて言うか。あのね、私も今日街まで出かけたんだ。それであんりちゃんと環奈ちゃんとばったり会ったから、それで綾香も何かあったかなって」
なんか……。
怪しいっていうか、焦ってるって言うか。
サチ、何か隠してることでもあるのかな?
「そうなの?と言うか、あんりちゃんと環奈ちゃん本当に仲良いね」
「そ、そうなの!三人でカフェに行ったんだけどね、あんりちゃんがケーキ食べさせてあげててね、それで……」
「うん、それで?」
「それで、なんて言うか。ふ、二人とも可愛かったなって」
なんだろう。
これ絶対何か言えないこと、あるよね。
聞いてもいいのかな。
そう思いながら空にしたお皿を二人でシンクへ持っていく。
「そう言えばね、今日新しい紅茶買ったんだ。今から淹れるから、ちょっと待ってて」
「楽しみー、ありがとう」
なるほど、紅茶を買いに街へ行ってたのか。
なんて考えながらテーブルで待っていると、すぐに紅茶を淹れて持ってきてくれた。
一口飲むと、すっきりとした味でカレーの後でも飲みやすくて美味しい。
「美味しいね」と感想を言って、気になる事を聞いてみる。
「ねぇサチ、私に言いにくい事ある?」
率直に聞くと、サチが目を伏せてセミロングの綺麗な髪の毛先に触れる。
そんなに言いにくい事なのかな、と不安になるけれど、聞かなければ始まらない。
「え……、言いにくい事?うーん、なんだろ。ちょっと、分かんないな」
誤魔化してる。
サチって分かりやすいんだなぁ、と思う。
「もし私がなにかサチを悲しませるような事してたり、怒っちゃうような事してたら言って欲しい。必ずなおすから。そうじゃなかったとしても、隠し事は無し、でしょ?」
「……うん」
「ね、なんでも言ってよ」
少しの沈黙の後、サチが目を伏せたまま喋る。
「あのね。大した話じゃないんだけど……。今日あんりちゃんと環奈ちゃんに会ったって言ったでしょ?」
自分で言ってってお願いしたのに、怖くなってきた。
「う、うん」
「それでね。二人がね、今日綾香が知らない人と歩いてるの見たって言ってて。わたしはね、もちろん南條さんだって話聞いて分かったよ?」
そうだったんだ。
でも、それの何が言いにくい事なんだろう。
「それで、環奈ちゃんが……二人が手を繋いで歩いてて恋人みたいだったって言ってて。なんでかなぁって……思って」
記憶を掘り返す。
……確かに、一瞬だけど手は繋いだ。
最悪だ。
こんな事でサチを悲しませてしまった。
「で、でもね。わたしが考え過ぎてるんだろうなって分かってるの。友達同士なんだから、手を繋ぐ事くらいあるのかなって。それに、見間違いだったかも知れないし……」
「本当にごめん!」
「えっ」
ちゃんと説明しないと。
このままじゃサチに嫌われちゃう……。
それだけは絶対に嫌だ。
「あのね、一瞬なんだけど手を繋いだのは本当なの」
「そう、なんだ」
「でも違うの、手を繋いで歩いてた訳じゃなくて。大きい横断歩道を渡ってる途中に信号が点滅してね、そしたら岬が早く行こうって私の手を引っ張って、それで……。でもすぐに離したんだよ。言い訳に聞こえるかも知れないけれど」
早く誤解を解きたくて一気に説明してしまって、伝わっているか不安になる。
「……なんだ、そうだったんだね。良かった、安心した。ちゃんと説明してくれてありがとう、綾香」
「私の事、嫌いになった……?」
「なってないよ、本当だよ。でも、二人が恋人みたいだったって言われた時は、嫉妬しちゃったけど」
サチがいつもの優しい笑顔で笑う。
「逆の立場だったら、きっと私も嫌だなって思うから。本当にごめんなさい」
「ううん、もう大丈夫だよ」
私の罪悪感はまだ消えないけれど、サチは話を終わりにしてくれた。
ほんと、気を付けないとダメだな……いきなりの事だったとしても、次からはちゃんと断らないと。
サチから嫌われたら、私二度と立ち直れないと思うし……。
絶対、悲しませないようにしようと思った。
「そう言えば、南條さんとはどんな話をしたの?」
「えっとね、恋人ができないんだーって言ってたり、最近仕事辞めたって言ってたからウチのレストラン紹介したり、あとは」
「南條さん、ウチのレストランで働くの?」
サチが真剣な表情で聞いてくる。
「えっと、多分。岬はレストランのバイト乗り気だったけどね。とりあえず千秋さんに連絡したら、面接するって言ってた」
「……そうなんだ、それならまた賑やかになりそうだね」
確かに。
環奈ちゃんが入って随分と賑やかになったけれど、そこに岬が加わるとどうなってしまうんだろう。
まぁ賑やかなのは好きだから、楽しくなりそうだと思うけれど。
「あ、そう言えば、さっき言ってた話もうちょっと詳しく教えてよ」
「さっき言ってた話って?」
「あんりちゃんが環奈ちゃんにケーキ食べさせてあげたって話」
サチはふふっと笑って紅茶を一口飲んで、笑顔で話してくれた。




