第22話 重なるお願い事
目が覚めると、繋いで寝たはずの手は既に離れていた。
私は大きなベッドの壁側にいて、サチはこちらに顔を向けて静かな寝息を立てて眠っている。
ブラウンのカーテンの隙間から射す光は薄らとしていて、多分いつも起きる時間よりはまだ少し早い。
目を擦りながら昨日の記憶を辿ると、ぼんやりとした意識が徐々にはっきりとしてくる。
もしかすると夢だったのではないかと疑う。
本当に夢だったとしても、驚かないくらいの出来事だったと思う。
それでもキスをした唇の感触はしっかりと覚えているし、手を繋いで寝た事だって覚えているから夢じゃない事は分かる。
隣にいるサチを眺める。
年が明けて深夜にベッドに入った後、私達はキスをして手を繋いで寝た。
目が覚めたら手が離れていた事は残念だけれど、起きてすぐにこんなに可愛い寝顔が見れたから良しとする。
顔に少しかかった髪を耳にかけて、綺麗でサラサラの髪の毛を指で梳きながら、起こさないようにゆっくりと頭を撫でる。
それでも少し気になったようで、「う……ん……」と呻きながら、顔を上に向けた。
眠っているサチを起こさないように、ゆっくりとベッドから出て洗面所へ行き、歯磨きをして顔を洗う。
部屋へ戻ると、サチは目を開けて布団に包まっていた。
「目が覚めた時さ、隣に綾香がいないの寂しかった」
「ごめん、まだ寝てると思って」
「もう一回ベッドに入ってよ」
そう言われてベッドに入り直すとモゾモゾと動いて、私の胸元に顔を付けて思い切り抱きしめられた。
顔の前に頭が来て、綺麗な髪の毛からいい香りがする。
「昨日のことがね、夢だったら嫌だなって思ってた」
「それ、私も起きた時に同じこと思った」
そう言いながら、サチの頭を撫でる。
「もう一回寝たい」
「いいよ、もう少し寝よっか」
寝起きのサチはなんだか子供っぽくて可愛い。
私もサチの体を抱きしめて目を瞑った。
***
「ね、初詣どうする?」
「さすがに人多そうだよね。どうしよっか?」
サチが焼いてくれたトーストとベーコンエッグをトレーに乗せてテーブルに運び、いただきますと一緒に言って、トーストを齧る。
「近くの神社、有名だもんね」
「うん。何年か前に初詣に行った事あるけど、すっごく多かったよ。まぁでも、それもなんか元旦って感じがして悪くはなかったけど」
今の家に引っ越してきて最初の年に行った初詣を思い出しながら、サチの入れてくれた紅茶を飲む。
「……それって、一人で行ったの?」
真剣な顔で聞かれる。
サチは基本的に笑顔だけれど、たまに急に笑顔が消える事があって、何か悪い事を言ってしまったかなと思う事がある。
「そ、そうだよ?」
「そっか。じゃあ人多いかもしれないけど、今回は一緒に行ってみようか」
すぐに柔らかな笑顔に戻る。
やっぱり笑顔が可愛くて綺麗で、ドキッとする。真剣な顔も好きだけれど、やっぱり私に向けられる笑顔はもっと好きだし、もっと見ていたいと思う。
「うん、そうしよ」
トーストを食べ終えてハムエッグにフォークを刺しながら、今朝になって何件か元旦の挨拶のメッセージが届いていた事を思い出した。
「そう言えば、朝起きたら何件か挨拶のメッセージ来てた。サチもメッセージきた?」
「うん、何件かね」
そう言えば私はサチの交友関係を全く知らない。前に中学生の頃の友達とは疎遠になったって言ってたけれど、今はどんな友達がいるんだろう。
「友達?」
「そうだよ。でも東京から帰ってきてから、まだ会ってないんだよね」
「会わないの?」
「うん。まだ今はいいかな」
せっかく帰ってきたんだから友達と遊べばいいのに、なんてぼんやり考えながら、お皿を空にする。
まだ残っている紅茶を飲み干して食器をシンクへ置いて、換気扇の下で二人でタバコに火をつけた。
2本の煙がゆらゆらと換気扇に吸い込まれるのを眺めながら、タバコを吸う。
ふぅ、と煙を吐き出して、綺麗に洗われた灰皿に灰を落とす。
「綾香はどんな人からメッセージが届いたの?」
「千秋さんとか、あんりちゃんとか、両親とかかなー」
「そっか、私も店長とあんりちゃんからきてたよ」
「あ、そう言えば岬からも来てたんだった!それで、今月会おうって話になったんだ。楽しみだなー」
岬とは街中でバッタリ会ってから、まだ一度も会っていない。
なんだかんだ都合が合わなかったけれど、丁度休みが一緒になる日があったから良かった。
「……そうなんだ。いつ会うの?」
「うーんと、再来週だね」
「そっか」
タバコを吸い終わって洗い物を済ませたあと、二人でお出かけの準備をして時間はお昼前くらい。
私達は初詣へ行くために家を出た。
家から歩いて十分くらいのところにあって、この辺りでは結構人気の神社だ。
なんで人気があるのかはよく分かんないけれど。
神社へ着くと、やっぱり大勢の人がいた。
参拝する列、お守りを買う列、おみくじを買う列と、色々な人の列で敷地内が埋まっている。
私達もお賽銭を出して、参拝の列に並ぶ。
「綾香は前に来た時、なんてお願いしたの?」
「えっ、言うの?恥ずかしいよ……」
「どうして?知りたいなぁ。そんなに恥ずかしいお願いしたの?」
意地悪な笑顔を向けられる。
サチの前で言うのは……っていうか、誰の前でも言うの恥ずかしいお願い事なんだけど。
「……恋人が、できますようにって」
「なにそれ、可愛い」
ふふっとサチに笑われる。
「だから言うの嫌だったのー」
「でもさ、そのお願い事叶ったね」
「……うん、そだね。でもさ、何年も前だよ?それって有効なの?」
元日特有の、周囲の騒がしさに負けないように喋っていると、ふいに声をかけられた。
「あーっ、綾香ちゃんに大原ちゃんじゃん」
振り返ると、シルバー色の短髪がよく目立つ千秋さんがいた。
「あっ!千秋さん、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」
二人で挨拶をすると、千秋さんがハハハと笑った。
「二人とも真面目だねぇ、あけましておめでとう。なに、今きたの?」
「はい、今丁度来たところです。お一人ですか?」
「いや、違うよ。もう一人いるけど、今お守り買いに行ってて、待ってたところ」
あ、彼女さんと来てるのか…と思い、ハッとする。
そう言えば、千秋さんには報告した方がいいよね。あんなに親身になって相談聞いてくれたんだし。
そう思い、サチへ耳打ちする。
「ねぇ、千秋さんに私達のこと言ってもいいかな?前に相談聞いてもらってたし」
「うん、もちろん良いよ」
サチから了承を得て、不思議そうな顔をしている千秋さんに、周りに聞かれないように少し小さな声で伝える。
「あの、千秋さん。実は私達、付き合う事になりまして」
と言うと、千秋さんの顔がぱぁっと明るくなった。
「えー!そうなの?え、いつ?」
「えっと、昨日からなんですが」
「おめでとう、二人とも。なに、どっちから告白したの?」
色々聞かれて、答えて。
三人で笑って喋っていると、お守りを買ってきたであろう人が合流した。
「ごめん、お待たせ。お知り合い?」
「そうそう。職場の子たち。あ、こちらは私の彼女です」
そう言うと、サチがビックリして声を上げた。
千秋さんに相談したとは言ったけれど、千秋さんもビアンだとは言ってなかったから、そりゃビックリするよね。
「あれ、大原ちゃん知らなかったのか。ごめんごめん、ビックリさせちゃったね」
「いえ、こちらこそ、驚いてしまってすみませんでした」
「いいのいいの。今度さ、良かったらこの四人でご飯でも行こーよ。じゃあ、そろそろ私達帰るから」
人に流されるように別れて、私達も前に向き直す。並んだ列はまだ半分くらいで、参拝できるまではもう少しかかりそうだ。
「わたし、すっごいビックリしちゃった」
「ごめんね、私は知ってたんだけど、千秋さんのこと勝手に喋るのもどうかなって思ってたから……」
「謝らないで。綾香はすごく、誠実だと思うよ。そうゆうところ、すごく好き」
「あ、ありがとう、ございます。私もサチの事がすっごく好きだよ」
顔が熱くなる。
こうサラッと言われると、すごく照れちゃうな……。なんか、なんかドキドキしてきたぞ。
参拝の順番になり、お賽銭を入れて二人で綱を揺らしてカランカランと鐘を鳴らす。
いつかテレビで見た二礼二拍手一礼を思い出しながら、ぎこちなく真似をする。
二回お辞儀をしてパンパンと手を叩き、お願い事をする。
サチと、ずっと仲良くしていけますように。
最後に一礼をして、列から外れる。
「綾香はどんなお願いしたの?」
早速、興味津々な顔をしてお願い事を聞いてくる。やっぱり恥ずかしいから言いにくい。
「内緒っ」
「えーっ?わたしは、これからもずっと綾香と仲良しでいたいなぁってお願いしたんだけど」
「ホントに?私も全く同じ事お願いしてた」
嬉しい。
気持ちが繋がってるみたいで、早速お願い事が叶った気分になった。
今日、本当に来て良かったと思う。
千秋さんにも私達の事を報告できたし、帰る前に引いたおみくじは二人とも大吉だった。
すごくいい年になりそうだな、なんて考えながら人集りを掻き分けて神社を出て、二人でゆっくりサチの家へ歩いて帰った。
少し遅くなったお昼ご飯は帰りにコンビニで買ったお弁当で済ませて、その後は映画を観た。
普段観ないサスペンス映画だったけれどすごく面白くて、二人であーでもない、こーでもないと言いながら笑い合って観れて楽しかった。
「夜ご飯どーしよっか?」
「うーん、サチはなにが食べたい?」
「お雑煮作る?材料なら一応買ってあるんだけど」
「え、食べたい!一緒に作ろうよ」
ソファで並んで話す。
晩御飯のメニューが決まり、そろそろ作ろうかという頃にスマホが光る。
私のスマホだ。
その画面はメッセージではなく電話の着信画面になっていて、岬と書かれている。
「岬から電話だ。ごめんサチ、電話に出てもいい?」
「……うん、いいよ」
ソファに座ったまま電話に出ると、やけに陽気な岬の声が聞こえた。
「あけましておめでとう綾香!」
「あけましておめでとう、岬。どうしたの?元気いっぱいだね」
「そりゃー新年だからねっ!ごめんね急に電話して、今なにしてたー?」
岬は電話口から声が丸聞こえになる程の明るい声量で喋っている。
「今はね、サチの……いや、大原さんの家にいるよ」
「えーっ!そうなの?てかサチって呼んでるんだ。本当に仲が良いんだね!ってか、それ本当に大原さん?」
やっぱりまだ疑ってる。
まぁもちろん冗談なのだろうけれど、私も今朝は夢かもと思ったし、気持ちは分かる。
でも今はしっかりとサチの気持ちが伝わっているから、不安はない。
「もー、本当だってば。まぁ、気持ちは分かるけども」
「だよねぇ……私達、ずっと一緒だねって言い合った仲なのに、一人で先に行っちゃうんだね……シクシク」
「なんだよそれー」
大袈裟に冗談を言い合いながら一頻り笑って、岬の声を聞きながらサチを横目に見ると、テレビに映り続ける映画選択画面を真顔で見ていた。
長電話になるとサチに悪いと思い、本題を聞く。
「で、どうしたの?もしかして、私の声が聞きたくなっちゃったとかぁ?」
「いやー、それがそうなんだよね。特に要件は無くて。新年だし、ただなにしてんのかなーって思って!挨拶も兼ねてね!」
本当に用はなかったらしい。
でも、なんとなく岬と仲が良かった頃の雰囲気を思い出すようで懐かしい。
「そっか、じゃまた再来週ね!岬に会えるの楽しみにしてるー」
そう言って、電話を切った。
「騒がしい人でごめんね、岬って本当に昔と変わってないんだ。まぁ私もかもだけど」
「全然、大丈夫だよ」
サチはまだテレビ画面を見つめている。
さっきまでと少し、様子が違うような気がする。
「どうしたの?具合悪い?」
そう聞くと、ようやくテレビ画面から目を離して少し俯いた。
「あのね、綾香。……ううん、やっぱりなんでもない」
何か言いかけてやめた。
気になる。どうしたんだろう。
本当に具合でも悪くなったのだろうか。
「サチ、隠し事は無しだよ?お腹でも痛くなってきた?」
「大丈夫、だよ。あのほら……そろそろお腹空いたなぁって、思っただけ。お雑煮、作ろう?」
確かにお腹は空いてきた。
でもなんとなく、それだけじゃないような気もしていて。
だけど私はこれ以上サチに聞くことはできず、二人でキッチンへ向かった。




