第17話 飲酒カルボネーゼ
寝室へ入ると、前に泊まりに来た時と同じくリビングとは少し違う大人な雰囲気でまとめられており、大きなベッドが置いてある。
ここには白猫はいないし、カーテンもピンクではなくブラウンだ。
前回、私はベッドの壁側で寝た。そしてそれを覚えてくれているサチが言う。
「綾香は今日も壁側で良い?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃ、入ろっか」
二人でベッドに入り込む。
リモコンで電気を消して、真っ暗になる。
さっきのソファでの出来事が衝撃的過ぎて、この状況がまだ普通に思えてしまう。
それにしてもこのベッド、やっぱりサチの良い香りがする。アロマキャンドルも良いけれど、この香りの方が私はずっと癒やされそうだ。
「ねぇ綾香、さっきはビックリさせてごめんね?」
「え、どうしたの?大丈夫だよ?」
「本当に?無理してない?」
「全然、全然無理してないよ!あれくらい、いつだって良いよ」
どうやら私はこれから心臓を鍛えなければいけないようだ。
「えへへ…良かった。ならさ、これからもまたああゆう事するかもしれないけど…いい?」
「い、いいよ。サチのお願いなら、私なんだって聞いちゃうよ」
心臓からドキドキと音がする。
あんなの、私にとってはご褒美でしかない。
…緊張しすぎてタバコに逃げちゃったけど。
「ならさ、今からのお願い聞いてくれる?」
「うん、いいよ。どうすればいい?」
「今日は、手を繋いだまま寝たい」
「分かった。いいよ」
可愛すぎて心が苦しいけれど、これはきっと幸せの証だ。私だって、サチといつまでだって手を繋いでいたい。
サチの手を探して繋ぎ、さっきのようにサチがまた指を絡ませてきて、恋人繋ぎになって向かい合う。
人生で初めて恋人繋ぎをしたけれど、こんなに心地いいものだとは知らなかった。繋ぎ方が変わるだけなのに、心まで繋がっている気持ちになる。
「あとね、もう一つ聞いてもいい?」
「いいよ、どうしたの?」
「……南條さんと、また親友になるの?」
「えっ、岬と?どうして?」
「うーん……。今の綾香にとっての一番は、わたしがいいなって思ったから」
どうしよう。
サチが愛おし過ぎて苦しい。気付かれないように小さく息を吐いて、呼吸を整える。
「そんなの、サチは私の一番に決まってるじゃん」
「ほんと?」
「ほんとだよ。絶対。約束」
「そっか…なら良かった。安心した」
聞きたい。
私はサチにとって何番なのか知りたい。
「……サチはさ、わ…私の事。一番だって、思って、くれてるの?」
「当たり前だよ。絶対に一番だよ。じゃないとこうやって手を繋いだりなんてしないよ」
「そ、そっか。ありがとう…ございます」
嬉しい。こんなに嬉しいことって、人生でなかったかもしれない。
でも。
ふと、何かが心に落ちてくる。
それってどういう意味の一番だろう。
いや、どういう意味も何も、友達って意味だよね。私とサチじゃ、想っていることが違う。
それはもう分かっていること。
このままでいい、このままで。
それでも。
落ちてきた何かはインクのしみのようにすぐに広がった。
期待なんてしなければいいのに。
誰かを想っても、報われないのに。
私の"悪い癖"…。
私の本音を、本心を。
本当の想いを知られたら、サチからも気持ち悪がられるのだろうか。
繋いだ手をぎゅっと握られる。ドロドロの沼の中へ沈んだ体を引っ張り上げられるように、サチへ意識が向く。
「綾香、どうしたの?大丈夫?」
「え…ごめん、なにか変だった?」
「変だったというか、真顔でぼーっとしてたから」
「あぁ、うん。大丈夫、大丈夫だよ」
ブンブンと頭の中の雑念を払いのけ、今はサチの手の温もりと、一緒のベッドで寝れる事を喜ぼう。
「もしね、もし綾香に悩みとか考え事があるんだとしたら、私に相談してくれたら嬉しいな」
「うん、ありがとう。何かあったら相談するね」
今は言えない。でも、いつか。
いつか言える時がきて、それをサチが受け入れてくれる未来があればいいなぁ、なんてぼんやりと考えた。
「じゃあ、そろそろ寝ようか」
「うん、おやすみサチ」
「おやすみ、綾香」
しっかりと握り合った手は、私の意識が消えるまで解けることはなかった。
***
「サチー、そろそろお腹空かない?」
「うん、空いたかも」
「じゃどこかいいお店でも探して入ろっかー」
五連勤が終わった次の日、私達は繁華街へ遊びにきていた。
お昼前からのんびりと歩いて、二人で一緒にコスメを見て、洋服を見て回った。
お互いの服をコーディネートして、試着し合って服を買ったり。雑貨屋さんへ寄った時は、アロマキャンドルの匂いはあれがいい、これがいいなんて話した。
私にとってはデートのような、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていき、夜ご飯を求めて、一層気温が低くなった街を歩く。
私とサチは、お互いが贈り合ったマフラーを首に巻いている。それがなんだか嬉しくて、マフラーの端をぎゅっと握る。
「寒いね、今日なんか風強くない?」
「そうだねー。あ、ねぇ綾香。はいっ」
そう言って、手のひらを差し出して見せてくる。
「なになに?」
「寒い時は、手を繋げば寒くなくなるよっ」
「そ…そうだねっ」
そう言ってサチの手を握る。
初めて外で手を繋いだ…。
なんだか私の胸についている心の箱を開けて歩いているみたいで恥ずかしいというか、照れるというか。
ソワソワしながら歩いていると、サチのコートのポケットの中に、繋いだ手を引っ張り込まれる。
「こうやったら、もっと暖かいでしょ?」
そう言って、サチがポケットの中で手を絡めてきて恋人繋ぎになる。
あ…あの、これはもうカップルがやる事なのでは…?と言いそうになったが、口に出すとこの手が逃げていってしまいそうなのでやめた。
クリスマスも過ぎてお正月が近くなりイルミネーションは随分と少なくなったけれど、私の心は明るくてときめいている。
いつもサチのおかげで私は幸せになれている気がする…っていうか、いつも手を繋いだり肩に頭を乗せてきたり、腕を組んできたりするのってサチからなんだよね。
なんか、そんなの不公平だ。
私からもしたい。でも、怖い。
いや、いつもサチから色々してくれるんだから、私からアクション起こしたって大丈夫だよね?!
「ここなんてどう?」
「えっ?!な、何がですか?」
「何がですかって…ふふっ。夜ご飯だよ?ここ、良さそうじゃない?」
わ、笑われた…ぼーっとしてて夜ご飯の事忘れてた。恥ずかしい。
サチが見つけたお店はイタリア料理屋さんで、パスタやピザが豊富にメニューに並んでいる。
私たちは二人ともパスタを選んで、そしてワインも注文した。
「やっぱさ、普段仕事でパスタ作ってると他のお店のパスタも気になるよね」
「分かる。ついつい頼んじゃう。あ、そうだ、またサチのパスタ食べたいと思ってたんだけど、今度作ってよー」
そんな会話をしながら待っていると、料理とワインが到着した。サチがボロネーゼ、私がカルボナーラだ。
「いただきます」と二人で言って食べる。
「わっ、美味しい。綾香、これすごく美味しいよ。食べてみて」
「え、いいの?じゃあ…」
といってサチのお皿に手を伸ばすと「違うよ?」と言われて、サチは自分のフォークでクルクルとパスタを巻いた。
「はい、あーん」
えっ……。いや、いやいやいや。えっ?
そんな事…こんな公共の場でしていいの?
というか、サチはいいの…?
躊躇ってサチの目を見ると、顔は笑っていたが目が真剣だったので、恥ずかしさと嬉しさが入り混じった変な感情を押さえつけて、あーんとパスタをもらった。
ドキドキして、もう味なんて正直分からない。
でもサチから口に運んでもらったパスタは、一段と美味しい気がした。
「うん、美味しい」
と言いながらワインを飲んで心を落ち着かせる。すると、サチがジーッと私を見ている。
「えっ……どうしたの?」
あれ、私なにか反応間違えたかな。変な挙動は起こしてないはずなんだけど…。
「くれないのかなって」
「えっ?何を?」
「わたしにもあーん、してくれないのかなって」
……はい?
いや、でもそりゃそうか。サチは私にパスタをくれたんだから、私もお返ししないとね?
でもさ、あーんし合うってさぁ…もう恋人じゃん!
いいのかな…。
いやいや、でもだって、サチから言ってきたんだから、いいも何もないよね…うん。
サチの目は笑っておらず、私の反応を待っている。もうやるしかないっ。
「じゃあ…あ、あーん」
「あーん。うん、美味しい」
とニッコリと笑ってくれた。
私は受け入れてもらえた安堵でホッと息をつき、自分パスタをクルクルと巻く。
ふと、巻いているフォークを見て、これって間接キスなんじゃ…と気付いてしまった。
え、いいのかな…と思いサチを見ると、さっき私に使ったフォークでパスタを食べている。
そうだよね、私が意識しすぎなんだよね!
友達…友達…と自分に言い聞かせながら、緊張を紛らわせるためにワインをぐっと飲み込んだ。




