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悪い癖でも恋をする  作者: ココハル


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16/21

第16話 マフラー記念日

 出勤してから、もう何人分のパスタを作ったか覚えていない。


 ランチタイムも来客が多かったが、ディナータイムは異常だ。お店の前に行列が出来ていて、あと何回フライパンを振り続けるのだろうかと考える。


 それでも、今日仕事が終わったあとのことを考えると心は軽い。

 今日はクリスマスイブ。サチの家へお泊まりをする日だ。それだけでこの忙しい日々を乗り切れる。


 隣を見るとサチもサラダを作ったり、ハンバーグを焼いていたりと忙しそうだ。

 ふと目が合うと、ニコッと柔らかな笑顔を向けてくれた。今の笑顔でさらにやる気が漲《みなぎ》る。


 このレストランはオープンキッチンというほどは開いてはいないが、それでも店内を見渡せるくらいのカウンターがあり、そのカウンターからホールへ料理を渡すようになっている。


 そのカウンターから客席を覗くと、数人のホール係がいる中で一際輝く二人がいる。


 あんりちゃんと環奈《かんな》ちゃんだ。

 あんりちゃんがアイコンタクトをして、環奈ちゃんがそれに応える。

 環奈ちゃんはまだこの仕事を始めて一ヶ月も経っていないのに、かなり優秀だと思う。

 あんりちゃんの教え方も上手なんだと思う。


 ふぅ、と息を吐き自分の仕事に戻る。まだまだやるべき事は山積みで、私はまたパスタを茹で始めた。

 

 


 「お疲れ様でしたー」

 客足がほとんど落ち着いた頃、私とサチはまだ残っているスタッフたちに挨拶をしてレストランを出た。


 「ほんと疲れたね」

 「うん、疲れた。でも今日サチとお泊まりできるから、頑張れたよ」

 「わたしも一緒。早く帰ってお家でのんびりしようね」

 

 私達は帰り道にあるカフェでケーキを二つテイクアウトした。ご飯は賄《まかな》いで済ませたので、帰って料理をする必要はない。

 というか、今はフライパンをもう握るつもりはない。


 いつもの交差点を二人で曲がる。

 少し歩いて大通りから路地に入って進むと、サチの家が見えてきた。

 階段を上がって二階、一番奥の部屋へ行きサチが鍵を開ける。

 サチがささっと玄関へ入り、私に振り向く。

 

 「綾香《あやか》、お疲れ様でした。おかえりなさい」

 「うん、ただいま。サチもおかえりなさい、お疲れ様でした」


 二人で目を合わせて、ふふっと笑う。

 疲れなんて無かったように消えていく。

 本当に、幸せだと思う。いつもこうやって、サチの待ってくれる家に帰りたいと思う。

 そうすると、ずっと笑顔で過ごしていけそうな気がする。


 私は今までも、今この瞬間も、きっとこれからも、サチに恋をする。

 この想いは伝わってほしいと思っている。

 でも伝わってほしくないとも思っている。

 

 抱きしめたい。サチに触れて、キスをしたいと思う。

 でも、今この玄関で広がる幸せが、これから起こるサチとの日常が壊れてしまうのなら、私の気持ちは心に秘めたままでも良い。


 胸が苦しい。

 どうしようもなく心の中の感情が溢れそうになるのを抑えて、私は部屋へ入った。




 テーブルにケーキの箱を置いて、持ってきたリュックを下ろす。

 「紅茶淹れるから、ソファに座ってて」

 「ありがとう」

 私は白猫のぬいぐるみがくつろぐソファへ座り、白猫を抱きしめる。


 やっぱりふんわりといい香りがして、幸せな気持ちになる。

 白猫の手をパタパタと動かして待っていると、紅茶を持ったサチがテーブルに座る。


 「その子、気に入った?可愛いでしょ。でも紅茶が入ったから、こっちにきてね」

 と言われ私もテーブルのイスに座る。

 

 胸がドキドキしてきて緊張するけれど、私は意を決してリュックからリボンのついた手提げ袋を取り出して、サチに渡した。


 「サチ、いつもありがとう。これ、クリスマスプレゼント、なんだけど…」

 サチはプレゼントを受け取って、でも驚いたような顔をして私を見る。


 「え、いいの?本当に、貰っちゃっていいのかな。えへへ、ありがとう綾香」

 すごく嬉しそうに笑ってくれるサチを見て、安心する。

 でも中身が気に入ってくれなかったらどうしよう。

 

 「開けていい?」

 「もちろん。気に入るかは分からないけど…。あ、気に入らなかったら引き取るから…その時はごめんなさい」


 と予防線を張るとサチが怒った顔をした。

 「絶対に返さないよ、綾香から貰ったものはなんだって嬉しいんだから。あと、謝るの禁止!」

 そう言って袋を開ける。


 ブラウンカラーのチェックのマフラーが出てくる。まさに、緊張の瞬間だ。

 「すっごく嬉しい。マフラー欲しいと思ってたから。本当にありがとう、綾香」

 満面の笑みでマフラーを巻く姿を見て、ホッと一安心した。


 「それじゃあ、わたしからも…はいっ、クリスマスプレゼント!」

 テーブルの下から可愛いリボンがついた手提げ袋が出てきて、サチが私に手渡してくれた。


 「えっ……。え?私に?いいの?」

 と聞くと、私がプレゼントしたマフラーを巻いたサチがニッコリと笑った。

 私もプレゼントを貰えるだなんて一切考えていなかったから、動揺する。


 「じゃあ、開けるね」

 袋を開けると、水色のマフラーが出てきた。

 「えっマフラー!すっごく可愛い、サチありがとう、私も巻くー!」


 感動する。デザインは違うけれど、お互いが同じ日に送り合ったマフラーを身につけるとか…。

 これってもう、念願のお揃いじゃない?

 あの時、自分用にマフラーを買わなくてよかったと心底思う。


 「ね、綾香。一緒に写真撮ろうよ。今日はクリスマスイブだけど、私達にとってはマフラー記念日だね」

 と笑いながらスマホのインカメラを私達に向けてボタンを押す。


 よく考えたら、初めての写真だなと思った。

 これから、家でもサチを眺めることができると思うと、これもまた私にとっては大切なプレゼントになる。


 「サ、サチ!その写真、絶対に私にも頂戴」

 「分かった。送っとくね」

 すぐにスマホが短かく鳴り、メッセージを開いて写真を保存した。

 

 すごく嬉しい。写真を撮れたことも、サチがプレゼントを喜んでくれた事も、私にプレゼントをくれた事も。お互いのプレゼントがマフラーだった事も、全部全部嬉しい。


 「じゃ、ケーキ食べようか」

 「そうだねっ」

 そう言って、二人でマフラーを外してケーキを食べた。



 お風呂に入ったあと、髪を乾かしてリビングへ行くと、サチがガサガサと何かの箱を出していた。


 「なにそれ?」

 「これはね、キャンドルウォーマー。最近買ったんだけど、今日のために使わずに取っておいたんだ」

 「キャンドルウォーマー?」

 「うん。アロマキャンドルをね、火で溶かすんじゃなくって、ライトの熱で溶かせるの」


 箱から出てきたその物体は、なんだかお辞儀した卓上ライトのような見た目で、そのライトの真下にアロマキャンドルを置いて使うらしい。


 「綾香、ソファに座ってて」

 「うん」と言われるままにソファに座ると、サチが電気を消した。

 そしてすぐにキャンドルウォーマーを付けると、下に向いた暖色のライトがぼんやりと空間に広がる。


 ライトは真下のキャンドルに向いているので、普通の間接照明のように明るくはないが、それがまた心地良い。


 サチが私のすぐ左隣に座る。

 二人で映画を見た時を思い出して、緊張する。

 ぼんやりとした灯《あか》りの中、沈黙が続く。

 何か喋りたいけれど、言葉が出ない。


 「ねぇ綾香。手、繋いでいい?」

 ドクンと心臓から音がして鼓動が早くなる。


 でも、少し前にもサチが熱を出した時に手を繋いだし、それくらい変な事じゃない。

 大丈夫。サチから言ってくれたんだから。

 それに私に断るという選択肢は最初から無い。


 「もちろん、いいよ」

 そう言って、サチの手を掴んでゆっくりと握る。胸がドキドキと言う音を出しているのが聞こえて余計に緊張する。


 サチの方を見ると、サチもすぐ近くでこちらを見ていて目が合う。

 大きな瞳。柔らかな髪。整った輪郭。

 綺麗な鼻筋に、柔らかそうな唇。その全てで視界が埋まる。


 きっと今、サチの視界に埋まっているのも私だと思うと胸が高鳴る。

 このまま、サチの瞳に住んでいたいと思う。


 ダメだ。こんなの、意識するなって言う方がどうかしている。

 さっきまで、心にしまっておこうと決めていた気持ちが顔を出しそうになり、目を逸らして顔を前に向ける。


 すると握った手がもぞもぞと動いて、指を絡めて握ってきた。心臓がドクドクと脈打つ。 

 恋人繋ぎになった手を優しく握り返すと、それより少しだけ強く握り返され、私の肩にサチが頭を預ける。


 思わず「えっ」と声が出そうになり、言葉を飲み込む。多分、今私の顔は真っ赤だ。暖色のライトで良かったと思う。


 今日のサチは一体どうしたんだろう…。いつもと少し様子が違う気がする。

 心配になってきて、「サチ、何かあった?元気ない?」と出来るだけ優しい声で聞く。


 「……ううん、そんな事ない」

 と返事が返ってきて、空いた手で私の腕を抱きしめるように腕を組んだ。二人の距離は無くなり、私の体の左半分はサチのものになった。

 

 握っている手の親指で私の親指を撫でてくる。

 その指は第一関節から付け根をゆっくりと行ったり来たりしている。


 サチの髪から優しいシャンプーの香りがして、理性が溶けそうになる。

 心臓の音がサチに聞こえてしまうんじゃないかというくらい、うるさく鳴っている。


 苦しい。

 蓋をしている気持ちが湧き上がってくる。

 今すぐ私の恋を打ち明けたくなって、抱きしめたくなって、キスをしたくなって、サチの全てが欲しくなる。

 

 それでも沈黙は続く。

 こういう時、どうすればいいのか私は知らない。サチの気持ちも分からない。私は自分を抑えるので精一杯だ。


 すると、アロマキャンドルの香りが漂ってきた。口を開くなら今しかない。


 「な、なな…なんか、アロマキャンドルの良い香りが、す、するね?」


 緊張で声が震えてしまった。

 恥ずかしい。

 

 「そうだね。ラベンダーの香りらしくって、心が落ち着いて、リラックスできるらしいよ」

 「そ、そうなんだ…リラックス、うんリラックスね…」


 リラックスできるわけがない。

 どうしよう。このままだと心臓が持たない。

 タ…タバコ…。そうだ、タバコを吸って落ち着こう。うん、そうしよう。


 「あ、あのさ…タバコ、吸いたいなって。タバコ、吸わない?」

 するとサチの頭が持ち上がって、こちらをじっと見てくる。


 顔が近い。い、一体どうしたら…。

 狼狽《うろた》えていると、サチがニッコリと笑って、「いいよ」と言ってくれた。


 ソファから立ち上がり、手を繋いだまま換気扇まで行くと、そこで手が離れてサチがタバコを出して私に一本くれた。

 

 薄暗いので、換気扇についているミニライトをサチが付けてくれた。サチの綺麗な顔がソファにいた時よりよく見える。

 換気扇を回し、タバコに火をつけて、煙を吐き出す。


 サチと近くで吸ってはいるが、さっきみたいに体が密着していないので、少し落ち着いてきた。

 なんだ、さっきのは夢だったのか?

 あんなにサチと密着して…。思い出すとまた顔が熱くなる。

 

 「そろそろ、寝る?」

 明日は二人ともお昼からの出勤だからまだ起きていても良いけれど、ベッドに入ったところですぐに寝れる気はしない。


 なぜなら寝床はサチと同じベッドだからだ。

 それならもうベッドに入ってしまった方がいいかもしれない。

 

 「うん、そうしよっか」

 そう返事をして、歯磨きを済ましてから寝室へ入った。

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