第15話 街中エンカウント
「二十三日から二十七日まで出勤、か…」
休憩室に張り出してあるシフト表を見ながら呟いて息を吐く。
毎年の事だから分かっていた事だし、そもそも恋人はいないから関係がないと言われれば、そうとしか言いようがない。
今までは確かに本当に関係はなかった。
でも、今年はサチがいる。
私の片思いとはいえ、友達としてでもいいから出来れば一緒に過ごしたかった。
ガチャ、と音がして事務所兼休憩室のドアが開き、サチが入ってくる。
「お疲れ様でした。綾香、どうしたの?」
「お疲れさまー。いや、大した事じゃないんだけど、もうクリスマスだなと思って」
サチもシフト表を見て、「あーこの五連勤ね」と呟く。
私とサチの出勤は二十七日まで一緒だ。
この連勤は二人でひたすらフライパンを振ることになりそうだ。
まぁサチと一緒にいれるから、まだいいけれど。
「そうだね。レストランといえばクリスマスの出勤は欠かせないよね。名物みたいなものかな」
「去年なんて私、出勤から退勤までずっとパスタ作ってたからね。もう腕がパンパンになったよ」
その時は少しの間パスタを見たくなくなった記憶がある。
するとサチが「うーん…」と考え込みだした。
そして手をパンっと叩き、閃いた顔をした。
「だったらさ、二人だけの楽しみ、作らない?」
とイタズラっぽい顔で微笑む。
「楽しみ?でもお休みないよ?」
「うん、だからね。二十四日のクリスマスイブの夜に、ウチに泊まりに来ない?」
ドキっと心臓が大きな音を立てた気がするほど、心が喜ぶ。
そんなの、行かない訳がない。
前にお泊まりをしたのは一ヶ月ほど前で、そろそろどうにか理由をつけてお泊まり会をしたいなと思っていた。
「絶対行く!そんな楽しみがあったら、この五連勤なんて余裕になっちゃう」
「じゃ、決まりね。あと、連勤明けの二十八日も遊びに行かない?打ち上げしようよ」
「え、それも絶対行く!すっごく楽しみ」
クリスマスの五連勤が忌むべきものから、感謝すべきものになるとは思いもしなかった。
明日は休みだから、サチへのクリスマスプレゼントを買いに行こう。元々プレゼントは用意する予定だったが、なんだかんだでギリギリになってしまった。
何を買うかはずっと悩み続けている。
***
これで本当に良かったのだろうか。
平日でも相変わらず人の多い繁華街を一人歩きながら、たった今買った物が入っているリボンの付いた手提げ袋を見る。
中身はサチへのプレゼントとして買ったチェック柄のマフラーが入っている。
茶色系で統一されたチェック柄で大人っぽいサチに良く似合いそうだと思って買ったけれど、考えみたらサチの好みの色やデザインなどはよく知らない。
それどころか誰かへのクリスマスプレゼント自体初めて買うのだから、喜んでくれるのか不安でしょうがない。
同じチェック柄で色違いのマフラーも売っていて、一瞬私も買おうかと思ったけれどやめた。
冷静になった今ではやめて良かったと思っている。恋人でもないのに、そんな出しゃばった真似をしてサチにドン引きされたくはない。
「あれ?綾香?」
ぼんやりと考えながら家へ帰る方向へ歩いていると、誰かから声をかけられた。
辺りを見回すと、大きなサングラスをした女性がこちらに手を振っている。
「あー!やっぱり綾香じゃん、久しぶりー!」
白いブラウスに紺色のロングスカート、そして綺麗な茶髪のロングヘアが緩く巻かれていて、すごく美人そうな雰囲気のある人だ。
こんな綺麗なお姉さん、知らないけどな…と思って近づくと、サングラスのせいでやっぱり分からない。
「ごめんなさい、ちょっと分からなくて…」
と正直に言うと、その女性は「あ、ごめんごめん」と言いながら大きなサングラスを取った。
「私だよ、岬」
「えっ?!岬じゃん!久しぶり!」
その綺麗な女性は、中学生の頃に一番の仲良しだった人で、南條 岬だった。
「何年振りだろうね、びっくり。ってか岬、綺麗になりすぎじゃない?本当に誰か分かんなかったよ」
「そんな事ないよー、綾香だって…いや、綾香はあんまり変わってないか」
「なんだよー、私だって成長したってば!」
まるで仲が良かった十代の頃にタイムスリップしたようで、何年も会っていなかったとは思えない程スルスルと会話が出てくる。
懐かしいやり取りをしていると、ふとサチの家で見た卒業アルバムの事を思い出した。
「そう言えば少し前に卒アル見ててさ、今岬何してんのかなーって思ってたんだよね」
「そうなの?ってか、なんで卒アル見てたの?私卒業してから一回しか見てないよ」
「ほら、中学生の頃同じ学年に大原さんっていたでしょ?今大原さんとすっごく仲が良いんだよね。それで、大原さんの部屋で卒アル見てた」
「えっ?!」と言いながら、怪しげに私を見る岬。うん、気持ちは分かる。私だってなんでサチと仲良くできてるのか、今だに分かんなくなる時あるし。
「綾香…頭でも打って幻覚でも見えるようになったの?だって、私たち陰キャでしょ…あんなキラキラした人と近くにいたら消滅しちゃうでしょ?」
「いや…まぁ、確かに。会うたび消滅しそうだなとは思ってるけど。ってそれ言うんなら岬だってそんなに輝いてさ、一体どうしたのさ」
「まぁ私も成長したって事カナ」
誇らしげな顔で言った岬は、見た目は随分と変わったけれど喋り方や仕草はあの時と変わらずで、やっぱり一緒に話してて楽しい。
思い出話や現状について喋りたい事は山程あったけれど、程なくしてお互いの連絡先を確認し合い岬と別れた。
家に向かってゆっくりと歩く。
実際に会って話すと卒業アルバムを見たときよりも、より鮮明に岬との思い出を頭の中で巡れる事に気付き、歩調に合わせるようにじっくりと懐かしい気持ちに浸る。
家について鍵を差し込み玄関を開ける。
中に入って早速ビールを取り出し、換気扇を回してタバコに火をつけた。
ふぅ、と煙を吐き出し岬との会話を思い出す。
サチと仲良くしてるって言った時、岬は驚いてた。……すごく分かる。やっぱり釣り合ってないって自分でもそう思う。
けれど、釣り合ってなくても良い。
この恋は実らなくても、私の片想いでも。
それでもこの気持ちは大切にするって決めたんだ。
ベッド脇に置いてある置き時計に目をやる。
十五時七分。
サチに会いたい。
クリスマスプレゼントを買ったからなのか、さっきサチの話を岬にしたからなのか、すごく会いたくなっている。
でも、用もないのにいきなり休みの日に連絡すると迷惑だろうか。
ゆらめく煙を目で追いながらぼんやりと考えていると、スマホが短く鳴った。
見るとサチからメッセージが来ていた。
<今から会えない?>
書いてある文字にドキっとする。嬉しい。
今からサチに会える事も嬉しいけれど、なんだか想いが伝わったような気がして胸がいっぱいになった。
***
掃除道具のコロコロを床に押し付け転がしていると、チャイムが鳴った。
右手に持ったコロコロを片付け、「はーい」と返事をして玄関に行き、鍵を開けて扉を開く。
「いらっしゃい、サチ」
「おじゃまします。ごめんね、急に。忙しくしてなかった?」
「全然大丈夫だよ、ちょうど暇してたから来てくれてよかった。なんならさっきまでビール飲んでたとこ」
中へ招き、テーブルに座る。
するとサチが白い小さな箱をテーブルに置く。
「美味しいケーキ屋さんがあってね。そこのタルトが有名で、今日近くに行ったから綾香と食べようと思って買ってきちゃった」
「えー、そうなの?ありがとう。私タルトすごく好きだから嬉しい。じゃあ私、紅茶いれてくるね」
テーブルからキッチンへ行き、最近買ったばかりの電気ケトルに水を入れる。
沸騰するまで待つ間に戸棚から、水色に綺麗な金色のリーフが描かれた缶を取り出す。
缶を開け、ダージリンのティーバッグを二つ取り出し、最近買った真っ白なティーカップに入れる。
「そう言えば、サチがくれたダージリンの紅茶、すごく美味しくて。飲み終わっちゃってたんだけど、たまたま今日見つけたから自分で同じの買ったんだ」
「そうなの?私も自分用に買ってたんだけど、あの紅茶美味しかったよね」
「他にも何かおすすめの紅茶あったら教えてよ。最近ハマっちゃって」
「分かった、じゃ探しておくね」
テーブルに出来上がった紅茶を置くと、サチが白い箱の持ち手部分を崩して箱を開ける。
中には宝石のように綺麗なタルトが四つ並んでいる。
「綾香、好きなの選んでいいよ」
「えぇ、そんな悪いよ。買ってきてくれたのはサチなんだから、サチから選んで」
「ううん、わたしは全部好きだから正直選べないんだ。それに綾香の好みが知りたいから」
「分かった、ありがとう。なら…いちごとオレンジにしようかな」
「ならわたしは白ぶどうとチョコバナナだね」
それぞれ持ってきたお皿に取り分けて、「いただきます」と言って私はいちごタルトにフォークを刺した。
「そういえば今日買い物に行ってたんだけど、岬にバッタリ会ってビックリしたよ」
「……岬って、南條さん?」
「うん、それでね。岬に声かけられたんだけど、私は最初気付かなくて。だって岬すっごい美人になってたんだよ?こんなおっきなサングラス付けてさ」
喋りながら、私はまたフォークを刺す。
「そうなんだ、それで?」
「綾香は変わってないねって。酷くない?でも懐かしくって、今度ちゃんと時間作って会おうねって」
「綾香はすごく綺麗だし、卒アルの写真も可愛かったよ」
お世辞だとは思うけれど、それでもサチに綺麗だと言われてドキッとする。
「卒アルの写真はもう忘れて……。でもありがとう」
「いつ?」
「へ?いつって?」
「南條さんと会うの」
「まだ決めてないんだけど、これから連絡取り合って決めようねってなってる」
「そうなんだ」
何度目かのフォークを刺して、いちごタルトがお皿から無くなる。
綾香のお皿を見ると、綺麗に二つ残っていて、まだ一口も食べていなかった。




