第14話 続・あんりフレーバー
「へぇ、こんな所にこんなお店あったんだね」
綾香さんがお店を見て呟いた。
繁華街の路地を入って少し歩いた所に、お肉を専門にしたレストランがある。
普段大学生がディナーで行くとしたら少し値段は張るけれど、でも決して高いと言うほどお財布に厳しくはないお店だ。
雰囲気のあるおしゃれなお店の前で、あたしは気合を入れた。
「さぁ環奈、お肉いっぱい食べるぞー!」
「お、おーー!」
今日も律儀な環奈は、手を振り上げて叫ぶあたしの掛け声に戸惑いながらもしっかりと応じてくれる。
それを見て優しい笑顔で見守ってくれる綾香さんと大原さん。お二人とも今日もお美しいです。
店内に入ると平日なのに結構お客さんが入っていて、サラリーマンやカップル、あたし達と同じく女子会らしい人達で賑わっている。
席へ通してもらって、四人で座る。
あたしの隣に環奈、あたしの前に綾香さん、綾香さんの隣が大原さんだ。
「あんりさん、あんりさん!ここ、すっごく良いです!ほら、見てくださいよこれ!」
看板メニューの和牛ローストビーフに肉のたたき、ステーキや牛カツなど、お肉料理がずらりと並ぶメニューを見て環奈が「ヤバいヤバい」と歓声を上げた。
本日の主役である環奈の嬉しそうな顔にホッとして、あたしも一緒にメニューを見る。
「あんりちゃん、よくこんなお店知ってたね」
大原さんも楽しそうにメニューを見ながら呟く。
「いや実はあたしも今日初めて来たんです。環奈に好きな料理はなに?って聞いたらお肉!って言うから、色々調べて。決めるの迷いましたよー、お肉って言われてもそれ料理じゃなくて食材だし…みたいな」
「あはは、なんだか環奈ちゃんらしい」
綾香さんと目があってドキっとする。
メイクもしっかりしてあり、服装もおしゃれでいつもよりも大人に見える綾香さんはとっても綺麗。
認めたくはないが、言うまでもなくオーラが出ているように感じるほど綺麗な大原さんとはやっぱりお似合いで、二人は私とは少し遠い人のように感じる。
…それに比べてさっきから隣で「うわーどれにしよう。あれも良いし…これも良いし…いやでもこっちも」と取り憑かれた様にブツブツと言いながら悩む環奈を見て、あたし側の人間が一人居てよかったと心底安心する。
なんでそんなに美少女なのに身近に感じるのかは分からない。優雅さがないのだろうか。
メニューを見て相談した結果、料理は大皿のサラダと一人一品ずつ食べたいお肉料理を頼み、みんなでシェアしながら食べることにした。
私達は届いたドリンクで乾杯し、おしゃべりを始める。
「環奈、ここってホール大変そうじゃない?鉄板とか重そう」
「確かに…。あんりさん鉄板に潰されないようにしてくださいね…」
「あっあのねぇ潰れるわけないでしょー!」
「ねぇサチ、ここのキッチン気にならない?どうやってこんな量のお肉焼いてるんだろー」
「ね、わたしも思ってた。どんなキッチンなのか見てみたいね」
……などと職業病とも言える会話を繰り広げながら、目の前の料理をみんなで食べていく。
すると環奈が突然。
「皆さんお綺麗ですが、あ、ごめんなさい。あんりさんはとっても可愛いですが…」
「環奈っ!悲しくなるからわざわざ訂正しなくていいのよ、そーゆーのは!……で、なによ」
「皆さん、恋人とか好きな人っていないんですか?」
その瞬間、空気が凍りついた。
文字通り、環奈を除く三人の笑顔が固まった。
そしてそれに気付いたのか環奈もなぜか固まった。
数秒か、あるいはもっと短かったのかはハッキリとは分からない。
あたしはその瞬間に考えを巡らせた。
なぜ、綾香さんと大原さんも気まずそうなのか。あたしは、正直この話題になると何も話せずスルーしてしまうからいつもと変わらない。
でも、なぜ綾香さんと大原さんまでそういう反応になるのか分からない。
なぜ…?
考え終わる前にこの沈黙を綾香さんが破った。
「そ、そうだねぇ……あっ、じゃあ環奈ちゃんは恋人とか気になっている人とかいるの?」
質問に答えない。
質問者へ同じ質問を返すと言うテクニックはあたしもこの手の話題だと良くやる手口だから、綾香さんがおそらく何か隠したいのだと言うことは想像できる。
すると意識を取り戻した環奈が、
「わ、わっわわ、私ですか?!そ、そそそうですねぇ…好きって言うか気になるって言うか…そ、そういう人はいます、はい」
なんてリカバリーが下手くそなんだ…。
でもそうやってワタワタしている環奈は見た目とのギャップがあってなんか可愛いけれど。
って…え?
「えっ!環奈好きな人いるの?!」
「ま、まぁ…。好きな人っていうか、最近一目惚れしたっていうか…。なので、まだまだこれから知っていきたいなって感じですけど」
「環奈みたいな美少女に一目惚れされるって、相手の人どんだけラッキーなのよ」
「えっ…?い、いやそんな事ないですけれど…でも、ありがとうございます」
なぜか目を逸らされる。環奈は恋の話になると急に乙女になるタイプか?んん?
あとは大原さんだ。
最初の感じからすると大原さんも何かありそうで気になるけれど、質問返しをされる可能性を考えると、ここは静観すべきか。
でもあたしも話を振られた時のために考えとかなきゃな。いつものスルー系テクニックよりも、冗談めかした反応をしないと今の雰囲気的にマズい気がする。
誰がどう反応していくか観察していると、
「サチは今好きな人はいるの?」
といきなり綾香さんがぶっ込んだ。
ぶっ込まれた大原さんは目を左右に動かして明らかに動揺している。
一体なぜなのか。
「わ、わたし?いやーわたしは…あ、それよりあんりちゃんはどうなの?可愛いからモテるでしょ?」
なんだかドッジボールのパス回しのような質問返しでなぜかあたしに飛び火してきた。
とはいえ私は少し落ち着いてきたので、今なら完璧な返しが出来るはず。
こういうのは堂々としてないと一層おかしな雰囲気になっちゃうからね。
「あたしですか?あたしは今は環奈が恋人ですよ」
「「「え?!」」」
三人の声が同時に響く。
いやちょっと待って、まだ最後まで話してない。
「えー、あんりちゃんと環奈ちゃん、そうなの?おめでとう」「本当にびっくり、仲が良いなとは思ってたけど。え、いつからなの?」「えっ…あんりさん、どうして…?」
三人が同時に喋るから何をいってるのか全然分からない。とりあえずあらぬ誤解を解かないと。
「ちょっ、ちょっとみんな、最後まで聞いてください。あたしは今仕事で環奈の教育をしているから、環奈が恋人の様なものですかねぇー…なんちゃって。って言いたかったんですよ」
すると、あたしが悪いことでも言ったかのような空気が広がる。いや早とちりしたのはみんなだからね?!
まぁ、確かに紛らわしいこと言ったかも知れないけど。
「なんだー、びっくりしたよ」「本当に付き合ったのかと思っちゃった」「え……冗談?……へ?」
やっぱり三人同時に喋るから何言ってるか全然分からない。
その後は誰ともなく話題が移っていき、テーブルの上のお肉とグラスの中身はいつの間にか消えていた。
お店を出ると、来た時よりも少し寒くなった空を見上げる。今日も雪は降っていない。
あれだけのお肉を食べてお腹いっぱいになったのか、環奈もお腹をさすっていた。
それを見てあたしは一安心。今日の女子会はお開きとなった。
綾香さんと大原さんはこのまま歩いて家に帰るらしい。
来てくれたお礼を言って、二人とは別れた。
あたしと環奈も電車に乗るために少し駅まで歩く。
クリスマスが近いという事もあり、イルミネーションがそこら中に溢れている。
カップルが多い道を見て、さっき環奈がお店で話していた好きな人について思い出した。
「さっき言ってた好きな人って学校の人?」
「いえ、違いますよ」
ハッキリと否定される。うーん、ならどういう関係の人なんだろう。突っ込んで聞いても良いものだろうか、と考えていると環奈に先を越された。
「結局、あんりさんは好きな人っているんですか?」
そう聞かれて、綾香さんの顔が思い浮かぶ。
なんて言おう。難しいな…。でも変に誤魔化して、さっきみたいなっても困るから、正直に言う。
「うん、いるよ」
「えっ。そ、そうなんですか…」
「まぁそう。でも付き合えるとかじゃ、多分ない。かな」
これはきっと、あたしの本心だ。
と言うかそもそも、女性同士でどうやったら付き合えるのかなんて本当は分からない。
だっていくら好きになったって、結局はあたしの一方通行で終わっちゃう。
いつだって、相手にその気は無い。
あたしがどれだけ努力しても、男性のことを恋愛対象として見ることが絶対に出来ないのと一緒だろう。
それを置き換えて考えてみると、付き合える可能性なんて無いに等しい。
仮に、万が一綾香さんもビアンだったとして、そこから更にあたしの事を好きになってもらわなきゃいけない。
いやいや、今日は環奈の楽しい歓迎会だったんだ。暗い気持ちでいたらダメだよね!
「ほら、そんな事よりさ、よく考えたら環奈って今受験生なんじゃないの?バイトしてて大丈夫なの?」
「あ、私もう推薦で受かってるので、全然大丈夫ですよ」
顔も良くてスタイルも良くて、頭もいいときたか…。羨ましい!
「すごいじゃん、秀才だね。ちなみに、どこの大学行くの?」
「そういえば言ってなかったですね。あんりさんと同じ大学なんですよ。店長さんから聞きました」
「え!そうなの?!そっかー、環奈がウチの大学来るのか…楽しくなりそうだね」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
イルミネーションで煌びやかだった通りを過ぎて、電車通りを二人で歩く。
全く人がいないわけではないが、賑やかだった雰囲気は無くなりさっきよりも寒さを感じる。
車が通るたびに風が吹き、そのたび環奈が震えている。
「そうだ環奈、ちょっとこっち向いて」
「なんですか?」
私は鞄に入れておいた紺色のマフラーを出して、環奈の首にかける。それから少し背伸びをして、クルクルっと首に巻いたあと簡単な結び目を作った。
「はい、どうぞ。環奈が寒さで風邪ひいちゃったらいけないから。返すのはいつでもいいからね、好きなだけ使って」
「……ありがとうございます」
「だから、次の出勤も頑張ろうね!今日いっぱいお肉食べたしね」
そう言って、またおしゃべりをしながら並んで駅まで歩いた。




