第11話 ダージリン
「は、初めまして!宮崎 環奈といいます、今日からよろしくお願いします!」
夕方、少しお客さんの入りが落ち着いた時間帯、休憩室で私とあんりちゃんでお喋りしていると、高校の制服を着た女の子が入ってきて元気いっぱいに挨拶してくれた。
そう言えば、今日からホールに新人のアルバイトが入ってくるって千秋さんが言っていた。
立ち上がって、私もあんりちゃんと一緒に挨拶をした。
環奈ちゃんは高校三年生で紺色のセーラー服を着ているが、背が大きく多分身長が170センチ位はあって、ショートカットのカッコよくて綺麗な顔立ちをして大人びている。
「よろしくお願いします、山本さん、あんりちゃん!」
「うん、よろしくね」
「ちょっ、なんで私だけちゃん付け?!しかもなんで…なんで急にあんりって!」
いきなりちゃん付けで呼ばれたあんりちゃんが噛み付く。
「え、ご…ごめん、あんりちゃん高校生だよね?」
「ふふっ…」
思わず吹き出してしまった。いやでもほら、あんりちゃん可愛いから、ね?
「ちょーっ!綾香さんも笑わないでください!あのね、環奈。あたしは今二十一歳なの!お酒ももう飲める年齢なのよっ!」
あえていきなり呼び捨てで環奈ちゃんを呼び、あまりにも必死に抗議をするあんりちゃんが可愛すぎて、笑いを抑えられない。
「えっ…ご、ごめんなさい!あんりちゃ、いやあんりさん、すごく…その、小柄で可愛かったので、つい年下の高校生かと…」
「ふっ…くく…」
「なぁっ…って、綾香さん!!もう、まったく。環奈、あんりって呼ぶのはいいけど、あたしは歳上の先輩なんだからね!今日から厳しく教育するわよ!」
「はい!頑張ります!」
小さくて可愛い先輩と大きくてカッコいい後輩の二人が、早速コントのようなやり取りをしていて、これから楽しくなりそうだな…と思った。
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「って事が今日あってね」
「アハハっ、なにそれ!え〜、私も見たかったなぁ二人の掛け合い」
今日はサチはお休みの日で、「仕事終わったらウチに来ない?」と誘ってくれていたので、お邪魔している。
サチの家に来るのは前に二人でお泊りをして映画を観て以来で、ソファに座って映画を見ながらサチと手を握り合った。
あの時の触れ合った温かさと映画が終わる名残惜しさは、ずっと忘れもせず今日の出来事のように思い出せる。
「その後もなんだか二人とも楽しそうで、でも本人達は大真面目だからおかしくって、見てて飽きないなって思っちゃった」
「良いコンビになりそうだね。まぁ、私たちも負けないくらい良いコンビだと思ってるけど」
「そう言ってくれると私は嬉しいな。何度も言うけど、サチは学校の憧れの的だったし、私だってずっとサチに憧れてたんだからね。」
私にとっての憧れの意味は少し違うかも知れないけど…と言うのは私の心に留めておく。
サチは私の初恋の人。
幼稚園の小さな頃の、愛なんて知らない時の事だけれど、それが確かに今の想いに繋がっている。
「そう言えばさ、この前中学校のアルバム見つけたんだけど、一緒に見ない?」
「え、見たい!私、アルバムを貰った日以来見てないかも」
「私も一緒。綾香と一緒に見ようと思って、まだ見てないから楽しみ」
サチがアルバムを持ってきてくれて、一ページ目から開く。学校の校舎が写っているページから早速、思い出話が始まっていく。
自然と私とサチの肩が触れ合って、でもあの映画鑑賞の日からは緊張よりも心地良さを強く感じるようになった。
数ページ捲ると、生徒の写真がズラッと並ぶ卒業写真のページに辿り着いた。
あの頃の私は、今よりももっともっと地味な子だった気がする……待てよ、中学生時代の私の写真、サチには絶対に見られたくないな!
「ちょ、ちょっとストップ!!」
「どうしたの?」
「いや〜、あの…やっぱりコレは封印してた方が良いんじゃないでしょうか…」
と一応何故かは伏せて懇願する。
すると数秒間の沈黙を経て、ニヤリとサチが笑った。
「絶対見るよ?」
「………はい」
目が真剣だったので降参します。
ま…まぁ、うちの中学は九組まであったので、見つけるのは中々難しいだろう。
ちなみに私は七組で、サチは三組だ。
「何組だった?」
「……黙秘権を行使します」
「何組だった?」
「………」
私が白状しないのを悟ったのか、サチは写真の上を指でなぞりながら一人ひとり見ていく。一組と二組を見終わる。次はサチのクラスだ。
するとサチが三組のページをすぐに捲ろうとしたので、私は最速でページを抑える。
「私、知ってるから。サチのクラス、三組だって知ってるから」
ニヤリと笑うと、サチは苦い顔をした。
サチは諦めたようにページを開放する。
ゆっくりと指でなぞっていくと、見つけた。
「か…か、かか…可愛いっ!!」
本当に天使だ。久しぶりにあの時のサチに出会えた気がした。
サチの顔は全て覚えていたつもりだが、大人になって久しぶりに見ると、中学生なりの幼さがあって本当に天使のようだ。
「やだなぁ、大袈裟だよ」
「これ!写真撮っていい?」
「絶対に嫌だ!はい、もう。次に行くよ」
とさっさとページを捲られた。
四組…五組…と進んでいく。
本当に緊張してきた。
あぁ、昔の写真を見て幻滅されたら嫌だな…私泣いちゃうな…。
七組のページが開かれる。
あ、コレやばいやつだ…陰キャ丸出しだ。
絶望する。
指が写真の上を滑っていく。
徐々に近づき、私の名前の上でその指は止まった。
「え!可愛いじゃん!」
「嘘だっ!」
即答する。
「びっくりした…いやいや、本当に可愛いよ。なんなら愛おしいまである。うん」
「それは絶対に嘘だぁぁ…」
私とサチの写真にあまりにも格差がありすぎて、王者の貫禄を見せつけられたような気分だ。
「ね、写真撮って良い?」
「ダメに決まってんでしょーがー!」
と言いながら二人で笑い合った。
その後も普段の生活を写した写真や、部活紹介のページなどを見ていきながら懐かしい思い出に浸った。
すごく、不思議な気持ちになる。
絶対に関わらない、いや関われないと思っていたサチと、今こうして肩を触れ合わせて当時を懐かしんでいる。
何というか、感慨深い。
もしタイムスリップ出来たとして、過去の自分に今の自分の状況を見せても絶対に信じたりはしないだろう。
それはそうと、私は仲の良かった友人の写真も見つけて懐かしい気持ちになった。
「そう言えば、サチってこの頃仲良くしてた友達と今でも会ったりするの?」
言うまでもなく、最上位カーストの方々で、私はちょっと怖いと思ってた。
「いや、高校がみんなバラバラになったからね。今は会ったりしてないかな」
「そうなんだ」
なんとなくホッとした。
嫉妬じゃない。
中学時代の、私とは別世界のサチが今でも私の知らない所で生きてるんじゃないかと思って、少し不安になった。
「綾香は?今でも会ったりするの?」
「いや、今は会ってないよ。そもそも私、交友関係が狭かったから。今はサチとか、たまに職場の人と会ったりとかしかしてない」
「そっか」
と言ってサチが柔らかく笑った。
「あ、でも…」
「でも?」
「いや…大した話じゃないんだけどね。さっき七組のクラス写真の中から見つけたんだけど、私の当時一番仲の良かった友達がいてさ」
頭の中で、当時の記憶の断片がスライドショーのように流れる。
一緒登下校をして、一緒にご飯を食べた。なんでもない会話が居心地良くて、なんでもない中学時代を一緒に歩んだ友達。
「うん」
「その子は今何してるんだろーな、って。そう思っただけ」
「何て名前の人?」
「南條 岬って子だよ」
すると、サチがアルバムを再び開こうとしたので、私は全力で押さえつけた。
「七組のページはもう封印だよ」
「……分かった」
今回は、なんとか笑顔で和解した。
「でも懐かしいな。岬とは高校は別々だったんだけど、それでも仲良くて。でも大学に入る頃から何となく会わなくなったんだよね」
「うん」
「久しぶりに会ってみたくなっちゃったな。今でも連絡取れるのかな…」
と言うと、サチが立ち上がった。
「コーヒーでも淹れるよ。ちょっと待っててね」
「ありがとう。何か手伝う?」
するとサチは振り返って、
「ううん、大丈夫だよ。あ、そうだ。この間のお菓子、少し食べちゃう?」
と、笑顔で言った。
***
あれから一緒にお菓子を食べて、コーヒーを飲んで少しのんびりしてから帰る事になった。
「ここで良いよー?」
「ダメ。夜なんだから、綾香に何かあったら困る」
「大丈夫なのに。でもありがとう。ならもう少し一緒に歩こっか」
そう言いながら、ふと綾香が紙袋を持っている事に気付いた。今から用事がある訳でもないだろうし…なんだろう?
「ねぇサチ、その紙袋なに?」
「あ、気付いちゃった?これはね〜…大したものじゃないんだけど、綾香にプレゼント」
はいっ、と渡されたその紙袋を開けると、水色に綺麗な金色のリーフが描かれた缶が入っていた。
まるで宝石箱にも見える可愛いデザインだ。
「えっ!可愛い!何これ?」
「それはね、ダージリンのティーバッグだよ。この前にウチで泊まった時サチが美味しいって言ってたから、家でも飲めるようにって」
感動する…。
なんて素敵な人なんだろう。
美味しいって言ったのを覚えてくれていて、それからわざわざ私のために考えてくれて、選んでくれたんだ。
私、勘違いしそうになっちゃうよ…。
「本っ当にありがとう!嬉しい、嬉しすぎるよ…大切に味わって飲むね」
「そう言ってもらえると嬉しいな。それに、こちらこそいつもありがとうだよ」
サチとの時間を惜しむようにゆっくりと歩く。
まるで私の心を読んでくれたように、サチも私の歩幅に合わせて隣を歩く。
ゆっくり歩いても街は変わる事なく、すぐにいつもの交差点に着いた。
ここまで来るとサチも安心したのか、じゃあねと言い合って別れた。
「ただいまー」
誰もいない部屋に挨拶をする。
さっきまでサチと一緒にいたから、いつもの部屋なのに一人になると少し寂しい。
今まで、サチと出会うまでは、この部屋が寂しいと感じる事なんてなかった。
換気扇の下でタバコを吸って、シャワーを浴びる。
お湯を沸かし、さっきもらった缶を開ける。ティーバッグを取り出しお湯と一緒にマグカップへ入れた。
一口飲むと、さっきまで寂しかったこの部屋に、何となくサチの温かさを感じられたような気がした。
「サチのティーカップとお揃いのカップが欲しいな…」
いつも使っているマグカップを見て、そう思った。




