99 救援開始
アルデバラン王国を出発した救援隊は、まず帝国領内の状況を確認することにした。
ガイルが広域索敵を発動する。
かつてなら考えられなかった距離だったが、今のガイルにとって王国から帝国領内を索敵する程度は朝飯前だった。
意識を広げていく。
街道。
森。
荒れた農地。
点在する集落。
やがて一つの村を捉えた。
「見つけた。五百人くらいだ」
ガイルが目を開く。
「まず、ここを助けよう」
異論はなかった。
二十五人の冒険者にアレクサンドとアンジェラを加えた二十七人。そして二百人のゴーレム魔導師が、一斉に飛行を開始した。
六十体のゴーレムも運ばれていく。
約三十分。
帝国領内の村が見えてきた。
上空から確認しただけでも、村が困窮していることは分かった。
畑は荒れ、道を歩く人々の動きにも力がない。
救援隊が村の広場へ降りると、住民たちは突然現れた集団を警戒した。
だが、ガイルたちは説明より先に状況確認へ動いた。
「フェリクス、ロイド」
「ああ」
二つの班が索敵を開始する。
村全体を調べた結果は、すぐに出た。
病人、三十人。
怪我人、六十人。
「先に治すぞ」
フェリクス班が動いた。
フェリクス、クリス、キーガン、アルバート、コリン。
五人からヒールバレットとピュリフィケーションバレットが次々と放たれる。
光が広場を飛び交い、怪我人たちへ吸い込まれていった。
裂けた皮膚が閉じる。
腫れが引く。
痛みに動けなかった者が、自分の足で立ち上がる。
六十人の怪我人は、ほどなく完全に治癒した。
一方、病人三十人は違った。
顔色は良くなった。
寝たままだった者も身体を起こせる。
だが、それだけだった。
「病気は治ってないな」
クリスが一人の患者へ鑑定を使う。
キーガン、アルバート、コリンもそれぞれ別の患者を調べ始めた。
必要なものを判断し、アイテムボックスからポーションを取り出す。
体力回復ポーション。
解毒ポーション。
免疫力増加ポーション。
患者ごとに鑑定し、必要なものを飲ませていく。
最後にもう一度鑑定した。
「治ってる」
三十人すべてを確認する。
病人、ゼロ。
怪我人、ゼロ。
そこでようやく、次の仕事へ移った。
「ロイド。食料だ」
「行ってくる」
ロイド、ブランドン、アンソニー、キャム、ヤラミルの五人が近くの森へ飛んだ。
その間にも広場では準備が始まる。
アレクサンドが土魔法を使った。
地面から次々と石材がせり上がる。
十人掛けの長いテーブルと椅子。
一組。
十組。
そして五十組。
五百人全員が座れる食事場所が、瞬く間に広場を埋めた。
さらに巨大な寸胴鍋を五十個作る。
アンジェラも動いた。
氷魔法によって、透明な食器が次々と形作られる。
コップ。
スープ皿。
カトラリー。
それぞれ五百人分。
準備が終わった頃、空から巨大な影が次々と降りてきた。
ロイド班だった。
「獲ってきたぞ」
アイテムボックスから取り出されたのは、フォレストボア。
三百体。
一体だけでも十トンほどある巨大な魔物だった。
「三百体も必要ねえだろ」
ガイルが呆れる。
ロイドは平然としていた。
「五百万人いるんだろ?」
ガイルは一瞬黙り、それから笑った。
「そうだったな」
ここで食べ切る必要などない。
余った肉はアイテムボックスへ収納し、次の集落へ持っていけばいい。
ブランドンとアンソニーが解体を開始する。
刃が巨大なフォレストボアへ入った。
肉。
骨。
内臓。
食べられる部位を次々と分けていく。
その横ではキャムが土魔法を使い、五十組のテーブルのそばに石板と竈を作っていた。
ヤラミルも地面へ手を向ける。
土中から岩塩を取り出し、不純物を除去して精製する。
白い塩が器へ盛られ、各テーブルへ置かれていった。
解体された腸や胃袋などのホルモンは、ピュリフィケーションによって完全に浄化される。
食べやすい大きさへ切り分けられ、熱せられた石板の上へ。
ジュウッ――。
肉の焼ける音が広場に響いた。
脂が石板の上で弾ける。
それまで不安そうに救援隊を見ていた村人たちの鼻へ、久しく嗅いでいなかった肉の香りが届いた。
子供の腹が鳴った。
一人ではない。
あちらでも。
こちらでも。
ガイルはそれを聞いた。
だが何も言わない。
まず治した。
次は食わせる。
話をするのは、それからだった。
広場には、フォレストボアのホルモンが焼ける香りが漂い始めていた。
アンジェラは土魔法を使い、焼肉用の皿を五百枚作っていく。
その横では、アレクサンドが解体を終えたフォレストボアのバラ肉、腸、心臓、肺、胃袋をピュリフィケーションしていた。
浄化を終えた肉と内臓を食べやすい大きさに切り分け、五十個の巨大な寸胴鍋へ次々と放り込んでいく。
水魔法で鍋に水を張る。
アレクサンドが鍋へ魔力を注ぎ込むと、水が温まり始めた。
五十個もの寸胴鍋を一人で煮る必要はない。
ブラッド、キャメロン、ザック、トレバー、ケード。
レオン、ガレス、ミリア、エリック。
そしてアダムスも加わった。
それぞれが鍋を受け持ち、魔力を注ぎ込んで煮ていく。
やがて鍋から大量の湯気が立ち上った。
バラ肉。
腸。
心臓。
肺。
胃袋。
それらが五十個の寸胴鍋の中で煮えていく。
十分に火が通ったところで、ヤラミルが精製した岩塩を加えた。
味付けは岩塩だけだった。
余計な材料を加える必要はない。
一方、キャムは五十基の石板と竈を使い、ホルモンを焼き続けていた。
ピュリフィケーションを終え、食べやすい大きさに切られたホルモンを熱した石板へ並べる。
ジュウッ――。
脂が弾ける。
香ばしい匂いが広場いっぱいに広がった。
焼き上がったものから、アンジェラが作った焼肉皿へ盛っていく。
さらにキャムは、フォレストボアのレバーを取り出した。
ピュリフィケーションを施し、適宜に切り分ける。
それを石板へ並べた。
片面を焼く。
裏返す。
十分に火を通し、ヤラミルが精製した岩塩で味付けする。
レバーステーキも次々と完成していった。
五十個の寸胴鍋。
五十基の石板と竈。
五百人分のスープ皿と焼肉皿。
料理の準備が整っていくにつれて、村人たちは広場へ集まり始めた。
突然、空から現れた者たち。
先ほどまで怪我をしていた者は傷が消えている。
寝込んでいた病人も立ち上がっていた。
その者たちが今度は、村の広場で大量の料理を作っている。
村人たちは何が始まったのか分からないまま、遠巻きにその様子を見ていた。
ガイルが五十組のテーブルと椅子を指した。
「座れ」
村人たちは互いの顔を見る。
誰もすぐには動かなかった。
最初に歩き出したのは、先ほどまで怪我をしていた男だった。
治った足で広場を歩き、一番近い椅子へ座る。
次に病から回復した女性が続いた。
老人が座った。
子供たちも親に連れられて席へ向かう。
一人。
十人。
百人。
やがて五百人の村人が、十人ずつ五十組のテーブルへ着いた。
出来上がったスープが、アンジェラの作ったスープ皿へ注がれていく。
焼いたホルモン。
レバーステーキ。
それらも各テーブルへ運ばれた。
さらにアイテムボックスから、大量の酵母パンが取り出された。
パンも各テーブルへ置いていく。
五百人の前に食事が揃った。
だが、村人たちは料理を見つめたまま、なかなか手を伸ばさなかった。
焼けた肉の香りが漂っている。
湯気を上げるスープがある。
柔らかな酵母パンもある。
それでも食べない。
ガイルは村人たちを見渡した。
そして、こともなげに言った。
「食え」
それだけだった。
一人の子供が、おそるおそる酵母パンへ手を伸ばした。
小さくちぎって口へ入れる。
噛む。
もう一度、パンへ手を伸ばした。
今度は先ほどより大きくちぎった。
それを見た隣の子供もパンを取った。
老人がスープ皿を持ち上げ、一口飲む。
焼いたホルモンへ手を伸ばす者が現れる。
レバーステーキを口へ運ぶ者も続いた。
そこからは早かった。
村人たちが次々と食べ始めた。
パンを食べる。
スープを飲む。
ホルモンを噛む。
レバーステーキを食べる。
先ほどまで静かだった広場に、食事をする音が広がっていった。
フォレストボアは一体で十トンほどもある。
五百人の腹を満たすだけなら、二体もあれば十分だった。
ロイド班が狩ってきたのは三百体。
この村だけで食べ切る必要はない。
余ったフォレストボアはアイテムボックスへ収納できる。
帝国には、まだ五百万人が残っている。
ここは最初の村にすぎなかった。
ガイルは食事を続ける五百人を見ていた。
病人を治した。
怪我人を治した。
そして今、腹を満たしている。
だが、救援はまだ始まったばかりだった。
食事が終われば、次は教導。
この村の者たち自身が生きていくための力を身につける。
五百万人の救援は、まずこの五百人から始まった。
五百人の村人たちは、黙々と食事を続けていた。
最初こそ遠慮するようにパンをちぎり、少しずつスープを口へ運んでいた者たちも、空腹には勝てなかった。
温かいスープを飲む。
焼いたホルモンを食べる。
レバーステーキを噛み、酵母パンを口へ運ぶ。
空になった皿には、すぐに料理が追加された。
ガイルたちは止めない。
今は腹いっぱい食べればいい。
食事を終えた者から、表情が少しずつ変わっていった。
先ほどまで地面へ座り込んでいた老人が背筋を伸ばしている。
病から回復した者たちも、自分の身体を確かめるように腕を動かしていた。
怪我を治療された者は、何度も傷があった場所を触っている。
腹が満ちる頃には、村人たちの視線も変わっていた。
突然現れた見知らぬ者を見る警戒だけではない。
自分たちを治療し、食事を与えた者たちが何者なのか。
その疑問が浮かんでいる。
ガイルは村人たちの様子を確認すると立ち上がった。
「食い終わった奴から広場に残れ」
五百人の村人たちは顔を見合わせた。
だが、帰ろうとする者はいなかった。
食事を終えた者から皿を置き、席に残る。
やがて食事が一段落した。
ガイルは広場の中央へ移動した。
「俺たちは冒険者ギルドから来た」
村人たちは静かに聞いている。
「飯を持ってきた。怪我人も病人も治した」
そこまでは村人たち自身が見ている。
「だが、毎日ここへ飯を運んでくるつもりはない」
何人かの表情が強張った。
ガイルは構わず続けた。
「自分たちで飯を手に入れられるようになってもらう」
今度は戸惑いが広がった。
「怪我をしたら、自分たちで治せるようになってもらう。病人が出ても同じだ」
誰かが小さく息を呑んだ。
先ほど目の前で起きたことを、自分たちが行う。
今の村人たちには、簡単に信じられる話ではなかった。
「魔物が来たら、自分たちで村を守れるようになってもらう」
ガイルは五百人を見渡した。
「そのために教える」
説明はそれだけだった。
ガイルが手を上げる。
「まず魔力循環からだ」
二十五人の冒険者たちが動いた。
アレクサンド、アンジェラ、アダムスも加わる。
五百人を少人数に分け、教導を始める。
難しい理屈から入る必要はない。
自分の中にある魔力を感じる。
動かす。
身体の中を巡らせる。
止めずに繰り返す。
最初は何も分からなかった村人たちも、教えられるまま集中していった。
「力むな」
ガイルが一人の男へ声をかける。
「無理に押し出そうとするな。流れを感じろ」
男が目を閉じる。
しばらくすると、わずかに表情が変わった。
「何か動いた」
「それだ。止めるな」
別の場所ではアンジェラが数人の女性たちへ教えていた。
「急がなくていいわ。今感じたものを、そのまま身体の中で動かして」
一人の女性が驚いたように目を開ける。
「温かい……」
「その感覚を覚えて」
アダムスの周囲でも、少しずつ魔力を感じ取る者が増えていった。
一人ができる。
その隣でも一人。
さらに別の場所でも。
先ほどまで食事を受け取るだけだった村人たちが、自分自身の力を使い始めていた。
ガイルはそれを見ながら、教導を続ける。
今日だけ腹を満たしても意味はない。
明日になれば、また腹は減る。
今日だけ怪我を治しても、いつかまた誰かが怪我をする。
だから覚えてもらう。
自分で生きるための方法を。
そして、自分が覚えたら次の者へ教える。
救援隊がいなくなっても続いていく方法を。
広場のあちこちで、村人たちが魔力循環を始めていた。
食料を配るだけの救援は、すでに終わりつつあった。
ここから始まるのは、五百人が自分たちで生きていくための教導だった。
広場では、五百人の村人が魔力循環を続けていた。
最初は自分の中にある魔力を感じ取るだけで精一杯だった者も、繰り返すうちに少しずつ流れをつかみ始める。
ガイルたちは急がせなかった。
二十五人がこれまで新人冒険者を教えてきた経験は、こういう場面で役に立った。
一度説明して終わりではない。
できない者がいれば、どこで止まっているのかを見る。
魔力を感じられない者。
感じていても動かせない者。
動かせても途中で止めてしまう者。
それぞれに合わせて教えていく。
「そのまま回せ」
ガイルが声をかける。
「止めるな。速さは後でいい」
村人の男が頷き、再び集中した。
やがて身体の中を巡る魔力が安定する。
その隣では、先に感覚をつかんだ若者が仲間へ話していた。
「ここだ。胸の辺りで感じたものを、そのまま下へ流してみろ」
教えられていた者が、別の者へ教え始めていた。
ガイルは止めなかった。
むしろ、それでいい。
自分たち二十五人だけで五百万人を教えることなどできない。
この村の五百人すべてを、いつまでも直接指導するつもりもなかった。
覚えた者が教える。
教わった者が、さらに次の者へ教える。
その連鎖を作ることが目的だった。
アレクサンドも村人たちの間を歩いていた。
一人の女性が魔力循環を安定させたのを確認すると、次へ進ませる。
「今度は魔力操作よ。循環させたまま、右手へ少しだけ魔力を集めて」
女性が右手を見る。
何度か失敗する。
それでも繰り返した。
やがて右手へ魔力が集まる。
「できた……」
「では戻して。次は左手」
魔力を集める。
戻す。
別の場所へ移す。
村人たちは一つずつ、自分の魔力を扱う方法を覚えていった。
アンジェラの周囲でも同じことが起きていた。
先ほどまで病で寝込んでいた女性も、その中にいる。
体力回復ポーション、解毒ポーション、免疫力増加ポーションによって回復した身体で、魔力循環を続けていた。
「無理はしないで」
アンジェラが言う。
女性は頷いた。
それでも魔力循環は止めなかった。
少し前まで、自分ではどうすることもできなかった。
病になれば寝ているしかない。
怪我をしても治るのを待つしかない。
食料がなければ空腹に耐えるしかない。
だが、目の前の冒険者たちは違った。
怪我を治した。
病を治した。
森から食料を得た。
水を生み出した。
岩塩を精製した。
そして今、それらの力を自分たちへ教えている。
アダムスも村人の一人を見ていた。
「もう一度、魔力を循環させてください」
男が集中する。
魔力が身体を巡る。
「そのまま続けてください」
男の動きが安定したところで、アダムスは次の村人へ移った。
特別扱いする者はいない。
若者。
老人。
男。
女。
覚えられる者から覚える。
そして覚えた者が、周囲を助ける。
日が傾き始めても、広場では教導が続いていた。
最初は五百人がそれぞれ冒険者から教わっていた。
だが、時間が経つにつれて様子が変わっていく。
「違う。そこじゃない」
村人が村人へ教えている。
「さっき俺もそこで止まったんだ。こうすると流れた」
別の場所でも教えている。
「右手に集めたら、今度は戻してみて」
教える声が増えていった。
ガイルは少し離れた場所から、その光景を見ていた。
これでいい。
自分たちが中心に居続ける必要はない。
村人たちが自分で学び、自分で教え始めれば、救援隊は次へ進める。
帝国には五百万人がいる。
今日助けたのは、その一万分の一。
五百人だけだった。
それでも、その五百人が次の五百人へ教えれば千人になる。
さらに教えれば、その数は増えていく。
救援隊が五百万人すべてを直接救う必要はなかった。
最初の流れを作ればいい。
ガイルは広場を見渡した。
腹を空かせていた子供が魔力循環をしている。
怪我をしていた男が、隣の男へ魔力操作を教えている。
病で寝込んでいた女性も、自分の身体に魔力を巡らせていた。
まだ始まったばかりだった。
この村は、今日一日で自立したわけではない。
明日も食料は必要になる。
教えることも山ほど残っている。
それでも、昨日までとは違う。
五百人は初めて、自分たちで生きるための力を学び始めた。
ガイルは村人たちを見ながら、静かに次の段階を考えていた。
救援は、与え続けることではない。
与えられなくても生きられるようにすること。
帝国五百万人の救援は、小さな村で確かに動き始めていた。




