100 教導
翌朝。
五百人の村人たちは、昨日と同じ広場に集まっていた。
昨日まで病に伏していた者も、怪我で動けなかった者も、その中にいる。腹を満たし、身体を癒やされた村人たちは、昨日教わった魔力循環と魔力操作を続けながら、ガイルたちを待っていた。
ガイルは五百人の前に立つと、余計な前置きをせずに言った。
「昨日教えた魔力循環と魔力操作だが、今日だけやればいいと思うな。これからずっと続けろ」
村人たちが真剣な表情で聞く。
「起きてる時も、飯を食ってる時も、寝てる時もだ。最初は意識しないと止まる。それでも続けろ。そのうち意識しなくても勝手に回るようになる」
ガイルは一度息を吸った。
「呼吸と同じにしろ」
五百人が頷いた。
すぐに魔力循環が始まる。
身体の中にある魔力を感じ、それを動かし、全身へ巡らせる。同時に魔力操作を行い、流れを整えていく。
昨日から何度も繰り返してきた。
それでも誰一人として手を抜かなかった。
しばらくすると、一人の村人の身体が淡く光り始めた。
「光った……」
その声に周囲が振り向く。
さらに別の場所でも光が生まれた。
一人。
二人。
五人。
十人。
光を放つ者は次々と増えていった。
「集中を切らすな!」
ガイルの声が飛ぶ。
驚いていた村人たちは再び魔力循環へ意識を戻した。
やがて五十人。
五百人の一割が、水属性へ覚醒した。
覚醒していない者も焦らない。
覚醒した者も魔力循環を止めない。
教えられた通り、ひたすら続ける。
二時間後。
水属性へ覚醒した者は二百五十人に達した。
五割。
広場の半数が水属性を得ていた。
そして四時間後。
最後まで覚醒していなかった村人の身体が光った。
五百人。
全員が水属性へ覚醒した。
歓声を上げようとした村人たちへ、ガイルはすぐに次を告げた。
「ここからだ。属性を持っただけじゃ意味がねえ。水属性が何なのかを覚えろ」
ガイルの手の上に水が生まれた。
「水属性は、水を出すだけの魔法じゃない」
水が小さな球になる。
弾。
細く鋭く伸びる。
穿。
薄い刃へ変わり、斬撃を作る。
刃。
斬。
さらに形を変え、長い鞭となった。
鞭。
水が対象へ絡みつけば、捕縛、拘束にも使える。
頭部を水で覆えば窒息させることもできる。
村人たちは一つも見逃すまいと、ガイルの実演を見つめていた。
「次は氷だ」
水が凍る。
氷弾。
氷穿。
氷刃。
氷斬。
そこからさらに盾、鎧、壁へと形を変えていく。
滑らせる。
圧力をかける。
重量を利用する。
それだけではない。
氷が組み上がり、簡素な建屋の形になる。
寝台。
机。
椅子。
器。
食器。
鍋。
さらに牢や檻まで作ることができる。
戦うためだけではなかった。
生活にも使える。
人を守ることにも使える。
そして捕縛や拘束にも使える。
「まだあるぞ」
今度は熱湯。
弾。
穿。
炸。
裂。
熱。
さらに蒸気。
弾。
穿。
炸。
裂。
爆。
村人たちの目が、次第に輝き始めていた。
自分たちが昨日まで知らなかった力。
その使い道が、一つではない。
ガイルは最後に自分の身体を指した。
「外に出すだけでもない。体内でも使える」
身体強化。
筋肉強化。
癒やし。
さらに水を利用した索敵と探索。
水属性という一つの属性だけでも、使い方はいくらでも存在する。
「覚えろと言ってるのは魔法の名前じゃねえ」
ガイルは五百人を見渡した。
「水属性で何ができるのかを理解しろ。理解できれば、自分で使い方を考えられる」
村人たちは頷いた。
昨日、彼らは食事を与えられた。
怪我を治してもらった。
病を治してもらった。
だが今日、与えられているものは食料ではない。
自分たちで生きていくための力だった。
「始めるぞ」
ガイルの声とともに、五百人が水属性魔法の教導へ入った。
最初に教えるのは、ウォーターウィップだった。
ガイルが右手を前へ出す。
水が生まれ、細長く伸びていく。
そのまま形を保ち、水の鞭となった。
「形を作ったら維持しろ。出して終わりじゃねえ」
五百人の村人たちも同じように水を生み出した。
最初からうまくいく者ばかりではない。
水が途中で崩れる者。
太くなりすぎる者。
長さを維持できない者。
教導を担当する五班が村人たちの間を回り、一人ずつ修正していく。
何度も繰り返すうちに、広場のあちこちに水の鞭が現れ始めた。
次はウォーターバレット。
水を集める。
圧縮する。
形を整える。
そして放つ。
村人たちは魔力循環を止めることなく、繰り返し水弾を作った。
ウォーターウィップ。
ウォーターバレット。
一つ覚えれば終わりではない。
身体の中では魔力循環と魔力操作を続けながら、外では魔法を形成する。
最初は苦戦していた村人たちも、次第にその状態へ慣れていった。
続いてウォーターバインド。
水を対象へ伸ばし、絡みつかせる。
「倒すことばかり考えるな」
ガイルが実演する。
水が訓練相手の身体へ巻きつき、その動きを封じた。
「動けなくすりゃ、それで済むこともある」
村人たちも二人一組になって練習する。
相手を傷つけず、動きだけを止める。
締めつけすぎれば教官から注意が飛んだ。
緩ければ簡単に抜けられる。
何度も試し、必要な強さを覚えていく。
次はウォーターマスク。
対象の頭部を水で包む。
ガイルは形を見せただけで解除した。
「これは危険な魔法だ。人間相手に軽々しく使うな」
村人たちが頷く。
使えることと、使うことは違う。
その理解も含めて教導だった。
ウォーターカッターの訓練へ移る。
水を薄く。
鋭く。
刃として維持する。
水の刃が形成されていく。
何度も失敗しながら、五百人は一つずつ魔法を身につけていった。
村人たちの集中は途切れない。
昨日までの生活を考えれば当然だった。
食料が足りない。
病人が出ても治療する方法がない。
怪我をして働けなくなれば、それだけで生活が苦しくなる。
魔物が現れれば逃げるしかない。
今教えられている力は、その一つ一つを自分たちで変えられる可能性を持っていた。
だから誰も遊ばなかった。
やがて五百人全員が、ウォーターウィップ、ウォーターバレット、ウォーターバインド、ウォーターマスク、ウォーターカッターを習得した。
ガイルは休ませず、次へ進んだ。
「ウォーターサーチだ」
今度は攻撃するための魔法ではない。
周囲を探る。
何がいるのか。
どこにいるのか。
危険が近づいていないか。
目で見える範囲だけに頼らず、周囲を把握する。
村人たちは目を閉じ、教えられた通りに魔力を広げていく。
最初は数歩先。
そこから少しずつ範囲を広げる。
「人がいる」
「右に三人」
「後ろにもいる」
あちこちから声が上がった。
ガイルたちは範囲だけを求めなかった。
正しく捉えること。
見つけたものを区別すること。
その感覚を繰り返し覚えさせていく。
続いて身体強化。
身体へ魔力を巡らせたまま、肉体を強化する。
さらに筋肉強化。
村人たちは自分の身体が軽くなる感覚に驚いた。
昨日まで重い物を持つことすら苦しかった者が、身体の変化を確かめるように立ち上がる。
最後はウォーターヒール。
「傷を治す力だ」
昨日、救援隊が自分たちへ行った治療。
今度は村人自身が、その力を覚える。
教導を受け、魔力の流れを整え、癒やしへ変える。
一人が成功した。
続いてもう一人。
できた者は繰り返す。
できない者には教官が教える。
やがて五百人全員が、ウォーターサーチ、身体強化、筋肉強化、ウォーターヒールを習得した。
ガイルはそこで五百人を見渡した。
「次は班を作る。五人で組め」
村人たちが動き始めた。
五人一班。
百班。
百の班が広場に並ぶ。
それを、ガイル、フェリクス、ロイド、ブラッド、レオンの五つの教導班へ二十班ずつ振り分けていった。
一つの教導班が百人、二十班を受け持つ。
昨日までただ救援を待つしかなかった五百人が、百の班へ変わった。
ガイルはその光景を確認した。
まだ終わりではない。
夕方には、さらに別の教導が待っている。
生きるために必要なのは魔法だけではなかった。
夕方。
水属性の教導を終えた五百人の村人たちは、五人一班、百班に分かれたまま広場に残っていた。
朝から魔力循環と魔力操作を続け、水属性へ覚醒した。
ウォーターウィップ。
ウォーターバレット。
ウォーターバインド。
ウォーターマスク。
ウォーターカッター。
ウォーターサーチ。
身体強化。
筋肉強化。
ウォーターヒール。
昨日まで使えなかった力を、一日で次々と身につけている。
だが、ガイルたちが教えたいのは魔法そのものではない。
覚えた力を、どう使って生きていくのか。
その実践が始まった。
ガイルが村人たちへ告げる。
「次は解体だ」
ロイド班が昨日狩ってきたフォレストボアが、アイテムボックスから取り出された。
一体で十トンほどもある巨大な魔物である。
昨日の食事で使ったのは、その一部だけだった。
ロイドが巨大なフォレストボアを指した。
「昨日食った肉だ。今日は俺たちが解体するんじゃねえ。お前たちにやってもらう」
村人たちの表情に緊張が走る。
自分たちより遥かに巨大な魔物である。
だが、ブランドンとアンソニーが前へ出た。
「まず見てろ」
ブランドンが片手を伸ばした。
その先に水が集まる。
薄く。
鋭く。
水が一枚の刃となった。
ウォーターカッター。
村人たちの目がそこへ集まった。
朝、自分たちも習得したばかりの魔法だった。
ブランドンはウォーターカッターをフォレストボアへ当てる。
巨大な身体を切り開いていく。
力任せではない。
必要な場所だけを正確に切る。
肉を切り分ける。
腸。
心臓。
肺。
胃袋。
レバー。
食べられる部位を傷つけないよう、順番に取り出していった。
隣ではアンソニーも別のフォレストボアを使って実演している。
同じウォーターカッターだった。
村人たちは食い入るように見ていた。
「朝覚えたばかりだろ」
ブランドンが水の刃を消した。
「こうやって使う」
それだけで、村人たちにも意味が伝わった。
ウォーターカッターは、敵を斬るためだけの魔法ではない。
獲物を解体する。
肉を切る。
自分たちが食べるものを得る。
同じ魔法が、そのまま生活の道具になる。
ガイルが百班を見渡した。
「五人でやってみろ」
村人たちが一斉に動いた。
五人で一体のフォレストボアへ向かう。
まずウォーターカッターを形成する。
朝に何度も練習した魔法なので、刃そのものを作ることには苦労しない。
問題は使い方だった。
「そこから切ると内臓まで傷つけるぞ」
ブランドンの声が飛ぶ。
村人がウォーターカッターを止める。
「もう少し浅く。そうだ」
再び水の刃を動かす。
今度は皮だけが切り開かれた。
別の班ではアンソニーが教えている。
「切れるからって深く入れるな。必要なところだけ切れ」
村人たちは頷く。
強い魔法を作ることが目的ではない。
必要な強さ。
必要な深さ。
必要な位置。
それを覚える。
五人で役割も分けた。
ウォーターカッターで切る者。
身体強化と筋肉強化を使って肉を動かす者。
取り出した部位を分ける者。
作業を確認する者。
そして交代しながら、五人すべてが解体を経験する。
朝から続けている魔力循環と魔力操作も止めない。
呼吸と同じにする。
食事をしていても。
仕事をしていても。
魔法を使っていても。
身体の中では魔力を回し続ける。
最初は慎重だった村人たちも、次第に動きが変わっていった。
ウォーターカッターを出す。
必要な場所を切る。
肉を分ける。
内臓を取り出す。
一度教えられた者が、同じ班の仲間へ教える姿も現れ始めた。
「そこは浅く切るんだ」
「こうか?」
「そう。それでいい」
教官から村人へ。
村人から村人へ。
昨日始まった教導の流れが、解体でも生まれていく。
三十分ほど経つ頃には、百班の動きはさらに滑らかになっていた。
そして一時間後。
ガイルたちが村人を確認していく。
五百人。
全員が解体スキルを習得していた。
だが、ガイルはそこで終わらせなかった。
解体されたフォレストボアの肉と内臓が大量に並んでいる。
ガイルはそれを指した。
「よし。次だ」
五百人がガイルを見る。
「昨日は俺たちが飯を作った」
村人たちは覚えている。
ホルモン焼き。
レバーステーキ。
肉と内臓を煮込んだスープ。
「今日は自分たちで作れ」
昨日は食わせてもらった。
今日は、自分たちで獲物を解体した。
そして今度は、自分たちの食事を自分たちで作る。
水属性を覚えた意味。
ウォーターカッターを覚えた意味。
身体強化を覚えた意味。
それらが少しずつ、村人たちの日々の暮らしへ繋がり始めていた。
解体を終えたフォレストボアの肉と内臓を前に、五百人の村人たちはすぐに動き始めた。
昨日の夕食を作ったのは、ガイルたちだった。
だが村人たちは、その様子を見ている。
そして今日は、自分たちにも水属性魔法がある。
解体スキルも身につけた。
ガイルが百班へ声をかけた。
「昨日やったことを思い出せ。分からなければ聞け」
それだけだった。
百班がそれぞれ調理の準備に入る。
まず使ったのは、朝に覚えた水属性だった。
水を生み出す。
肉や内臓を洗う。
さらにピュリフィケーションを使えるガイルたちが、解体した食材を浄化していく。
村人たちはその食材を受け取り、ウォーターカッターで食べやすい大きさへ切り分けた。
朝には訓練として作っていた水の刃が、今では包丁の代わりになっている。
「切りすぎるなよ」
教官たちの声が飛ぶ。
村人たちは慎重にウォーターカッターを動かした。
バラ肉。
腸。
心臓。
肺。
胃袋。
レバー。
昨日、自分たちが食べたものと同じ食材だった。
調理器具も用意していく。
水属性を覚えたことで、必要な水は自分たちで出せる。
村人たちは昨日の調理を思い出しながら、それぞれの班で作業を進めた。
鍋に水を張る。
切ったバラ肉や内臓を入れる。
火を使って煮る。
別の場所では石板を熱し、ホルモンを並べた。
ジュウッ――。
昨日と同じ音が響く。
村人たちの表情が変わった。
昨日は席に座り、出来上がるのを待っていた。
今日は自分たちが焼いている。
レバーも切り分け、石板へ載せる。
十分に火を通す。
味付けには、昨日ヤラミルが精製した岩塩を使った。
難しい料理ではない。
だが今必要なのは、豪華な料理を作ることではなかった。
森で得た魔物を、自分たちの手で食事へ変える。
その方法を身につけることだった。
「煮えてきたぞ」
一つの班から声が上がる。
隣の班の者が鍋を覗く。
「昨日のと同じくらいか?」
「もう少しじゃないか?」
相談しながら作る。
別の班ではホルモンを焼きすぎた。
「焦げた」
「次は早く返そう」
失敗しても食料は十分にある。
次に直せばいい。
ガイルたちも、すべてを代わりにやることはしなかった。
危険な間違いがあれば止める。
分からなければ教える。
それ以外は村人たち自身に任せる。
料理を作れるようになるためには、自分で作るしかない。
しばらくすると、広場のあちこちから肉の焼ける香りが漂い始めた。
鍋からも湯気が上がる。
昨日とよく似た光景だった。
ただし、料理をしている者が違う。
救援隊ではない。
五百人の村人たちだった。
朝から続けている魔力循環と魔力操作も止まっていない。
身体の中では魔力を回しながら、ウォーターカッターを使い、肉を切り、鍋を扱う。
教えられたことが一つずつ生活の中へ組み込まれていく。
一時間が経った。
ガイルたちは村人たちを確認していった。
結果は明確だった。
五百人。
全員が調理スキルを習得していた。
「できた……」
一人の村人が、自分たちで作った料理を見つめた。
昨日までなら考えられなかった。
食料がなくなれば耐える。
病になれば寝ている。
怪我をすれば働けない。
魔物が現れれば逃げる。
それしかなかった。
だが、今は違う。
水属性を使える。
ウォーターサーチで周囲を探れる。
身体強化と筋肉強化が使える。
ウォーターヒールで傷を癒やせる。
ウォーターカッターで魔物を解体できる。
解体スキルを身につけた。
そして調理スキルも身につけた。
ガイルは五百人へ言った。
「食え」
昨日と同じ言葉だった。
だが意味は違う。
昨日は、救援隊が用意した食事を食べた。
今日は、自分たちで解体し、自分たちで調理した食事を食べる。
村人たちは百班ごとに、自分たちの作った料理を囲んだ。
スープを飲む。
ホルモンを食べる。
レバーを食べる。
多少焼きすぎたものもある。
煮込み方に差がある鍋もある。
それでも、自分たちで作った食事だった。
ガイルたちは、その様子を少し離れたところから見ていた。
昨日は食わせた。
今日は作らせた。
明日は、さらに別のことを教える。
五百人はまだ救援を必要としている。
だが、すでに昨日の五百人とは違っていた。
教えられた力を使い、自分たちの手で食事を作ることができる。
救援とは、食料を置いて去ることではない。
食料がなくなった時、自分たちで次の食事を作れるようにすること。
最初の村で、その一歩が形になり始めていた。




