101 狩り
翌朝。
五百人の村人たちは、昨日決めた五人一班の編成で広場に整列していた。
百班。
昨日までに全員が水属性へ覚醒し、魔力循環と魔力操作を続けながら、水属性魔法、解体、調理を身につけている。
ガイルは百班を見渡した。
「今日は森に狩りに行く」
村人たちの表情が引き締まった。
昨日までは、ロイド班が狩ってきたフォレストボアを使って解体と調理を学んだ。
だが、それだけでは自立したことにはならない。
食料となる魔物そのものを、自分たちで確保する必要がある。
ガイルたち五つの教導班に率いられ、百班は村を出た。
向かうのは近くの森。
森へ入ったところで、ガイルが足を止めた。
「班長、ウォーターサーチを指示しろ」
百人の班長が、それぞれ四人の仲間へ声をかけた。
「ウォーターサーチ」
五百人が一斉に索敵を開始する。
水属性の魔力を広げ、周囲に存在する生き物を探っていく。
一人だけの索敵ではない。
五百人が同時に行う。
やがて、あちこちから報告が上がった。
「ホーンラビット!」
「こっちにもいる!」
「フォレストウルフを確認!」
「フォレストベアもいる!」
ガイルたちも索敵結果を確認する。
ホーンラビット、五十体。
フォレストウルフ、五十体。
フォレストベア、五十体。
合計百五十体。
十分だった。
ガイルは百班へ向き直る。
「昨日教えたことを使うぞ」
剣を抜けとは言わなかった。
ウォーターカッターで斬れとも言わない。
「いいか。捕縛、拘束、窒息だ」
最初に動くのは十班、五十人。
狙うのはホーンラビットだった。
五十人がウォーターサーチで位置を確認しながら接近する。
魔物が人間の存在に気づいた。
逃げようとした瞬間、水の鞭が伸びた。
「ウォーターウィップ!」
五十本の水の鞭が、それぞれのホーンラビットへ絡みつく。
捕縛。
暴れる魔物へ、さらに水が巻きついた。
「ウォーターバインド!」
拘束。
脚も身体も動かせなくなる。
それでも村人たちは近づかない。
最後に水球を作る。
「ウォーターマスク!」
ホーンラビットの頭部が水に包まれた。
村人たちは、そのまま拘束を維持する。
しばらくすると、抵抗が弱くなった。
やがて動かなくなる。
「まだ解くな」
教官から声が飛んだ。
鑑定を使い、一体ずつ確認する。
「死亡確認」
そこで初めて水魔法を解除した。
ガイルは残る九十班にも聞こえるように言った。
「いいか。動かなくなったからって拘束を解くなよ」
村人たちがガイルを見る。
「死んだと思って近づいて、まだ生きてたら反撃される。死亡を確認するまで拘束は解くな。死ぬぞ」
百班が揃って頷いた。
狩りは獲物を倒したように見えたところで終わりではない。
安全を確認して初めて終わる。
五十体のホーンラビットを仕留めた十班は、今度は氷魔法を使った。
氷を形成し、荷車を作っていく。
十台。
一台につき五体ずつ、死亡を確認したホーンラビットを積み込む。
五十人が十台の荷車を引き、村へ向かっていった。
ガイルはそれを見送ると、残った九十班へ向き直った。
「次だ」
今度の相手は、ホーンラビットより遥かに危険なフォレストウルフ。
だが、やることは変わらない。
探す。
捕らえる。
拘束する。
そして確実に仕留める。
昨日教えた魔法が、今度は自分たちの食料を得るための技術へ変わろうとしていた。
ホーンラビットを村へ運ぶ十班を見送ると、次の十班、五十人が前へ出た。
標的はフォレストウルフ五十体。
ホーンラビットより大きく、速い。
牙もある。
群れで動く魔物であり、油断すれば人間を襲う。
だが、ガイルの指示は変わらなかった。
「さっきと同じだ。ウォーターサーチを切らすな」
五十人が索敵を続けながら森を進む。
自分の正面だけを見るのではない。
木々の陰。
茂みの向こう。
左右。
背後。
五十人の索敵範囲が重なり合い、フォレストウルフの位置を捉え続ける。
「右前方!」
一人の班長が声を上げた。
フォレストウルフが姿を現す。
別方向からも次々と出てきた。
村人たちは逃げなかった。
「捕縛!」
水の鞭が伸びる。
ウォーターウィップ。
フォレストウルフが飛び退こうとする。
だが、水の鞭が身体へ絡みついた。
一体。
二体。
次々と捕らえていく。
拘束されたフォレストウルフが暴れる。
牙を剥き、身体を振って水の鞭から逃れようとする。
「次!」
ウォーターバインド。
さらに水が巻きついた。
脚。
胴体。
身体の動きを封じる。
ホーンラビットの時と同じだった。
相手が大きくなっても、やるべきことは変わらない。
捕縛。
拘束。
そして窒息。
「ウォーターマスク!」
水がフォレストウルフの頭部を覆う。
五十人は距離を保ったまま、魔法を維持した。
身体の中では魔力循環を続けている。
昨日からガイルに言われている。
起きている時も。
食事をしている時も。
寝ている時も。
呼吸と同じように魔力を循環させる。
狩りの最中も例外ではない。
やがてフォレストウルフの抵抗が弱くなる。
一体が動かなくなった。
だが、誰も拘束を解かなかった。
先ほど教えられたばかりである。
動かなくなったことと、死亡したことは同じではない。
教官たちが鑑定を行う。
一体ずつ確認していく。
「死亡確認」
その言葉を聞いてから、村人たちはウォーターバインドを解除した。
五十体。
すべての死亡が確認された。
怪我人はいない。
「よし」
ガイルが短く頷いた。
二度目の狩りだったが、村人たちの動きはすでに変わっていた。
ホーンラビットの時には、魔法を使うことそのものに意識が向いていた。
今は違う。
索敵を維持する。
位置を確認する。
捕縛する。
拘束する。
仕留める。
死亡を確認する。
一連の流れとして動き始めていた。
五十人は氷魔法を使った。
森の地面から氷が伸び、荷車の形を作る。
今度は二十台。
死亡した五十体のフォレストウルフを分けて積み込んでいく。
百人になった村人たちが、二十台の荷車を村へ運び始めた。
残った村人は三百五十人。
七十班。
彼らの視線は、さらに森の奥へ向いていた。
そこにいるのはフォレストベア。
五十体。
ガイルもウォーターサーチで位置を確認する。
一体がおよそ五メートル。
重量は五トンほど。
ホーンラビットとは比較にならない巨体だった。
フォレストウルフとも違う。
まともに正面からぶつかれば、村人など簡単に吹き飛ばされる。
三百五十人の表情にも緊張が浮かんだ。
ガイルはそれを見た。
だが、新しい魔法を教えることはしなかった。
「同じだ」
村人たちがガイルを見る。
「相手がでかくなったからって、やることを変える必要はねえ」
ウォーターサーチ。
ウォーターウィップ。
ウォーターバインド。
ウォーターマスク。
すべて昨日習得している。
必要なのは、それを正しく使うことだった。
「近づく必要もない。斬り合う必要もない」
ガイルはフォレストベアのいる方向を指した。
「捕縛。拘束。窒息」
三百五十人が頷いた。
七十班がウォーターサーチを続けながら前へ進む。
やがて木々の向こうに、巨大なフォレストベアの姿が見え始めた。
一体。
また一体。
五メートルもの巨体が森の中を動いている。
それでも村人たちは足を止めなかった。
昨日までなら、逃げるしかなかった魔物。
今日は違う。
五百人は、すでに自分たちで狩りを始めていた。
森の奥。
三百五十人、七十班の村人たちは、ウォーターサーチを続けながらフォレストベアとの距離を詰めていった。
五十体。
一体だけでも五メートル、五トンほどもある巨大な魔物である。
木々の間を歩くだけで枝が揺れ、地面へ重い足音が響く。
村人たちは緊張していた。
だが、ガイルたち教官は前へ出ない。
狩るのは村人たち自身だった。
「位置を見失うな」
ガイルの声が飛ぶ。
三百五十人がウォーターサーチで五十体の位置を捉え続ける。
一体のフォレストベアが人間の気配に気づいた。
巨大な頭が動く。
続いて別の個体もこちらを向いた。
村人たちは魔力循環と魔力操作を続けたまま、教えられた通りに動く。
「ウォーターウィップ!」
水の鞭が一斉に伸びた。
一本ではない。
複数の水の鞭が、巨大なフォレストベアへ絡みつく。
腕。
脚。
胴体。
捕縛されたフォレストベアが暴れた。
五トンもの巨体が動き、周囲の木々が揺れる。
それでも村人たちは近づかなかった。
距離を保つ。
魔力を流し続ける。
「拘束!」
ウォーターバインド。
さらに水がフォレストベアへ巻きついた。
捕縛した上から拘束する。
動きを封じられたフォレストベアが力任せに抵抗する。
だが村人たちは、ウォーターウィップとウォーターバインドを維持した。
ホーンラビットでも。
フォレストウルフでも。
そして五メートルのフォレストベアでも。
やることは同じだった。
「次!」
ウォーターマスク。
水が巨大な頭部を覆う。
一体。
二体。
次々とフォレストベアの頭が水に包まれていった。
村人たちは解除しない。
フォレストベアが暴れても、距離を保ったまま維持する。
やがて抵抗が弱くなった。
巨体が地面へ倒れる。
ドンッ、と重い音が森に響いた。
それでも誰も近づかなかった。
二体目が倒れる。
三体目。
さらに次々と倒れていく。
最後の一体が動かなくなった。
「そのままだ!」
ガイルが言う。
村人たちは拘束を維持する。
教官たちが前へ出た。
一体ずつ鑑定する。
「死亡確認」
次へ移る。
「死亡確認」
五十体すべてを調べていく。
最後の一体まで確認を終えた。
「全部死んでる。解除していいぞ」
そこで初めて村人たちが魔法を解除した。
三百五十人から緊張が抜けた。
誰も怪我をしていない。
フォレストベアへ接近して殴り合った者もいない。
武器を突き立てた者もいない。
索敵し、捕縛し、拘束し、窒息させただけだった。
ガイルが五十体のフォレストベアを見る。
「覚えとけ。相手が強そうだからって、わざわざ相手の得意な距離で戦う必要はねえ」
五メートルの巨体と力比べをする必要などない。
自分たちにできる方法で、安全に狩ればいい。
その時だった。
三百五十人の村人たちの身体に変化が起きた。
一人が光る。
続いて隣の者も光った。
「あ……」
さらに別の場所でも光が生まれる。
三百五十人の身体が次々と輝き始めた。
昨日、水属性へ覚醒した時と同じだった。
だが今回は一つではない。
風。
土。
光。
闇。
火。
新たな属性が次々と覚醒していく。
村人たちは自分の身体を見つめた。
「増えた……」
「俺もだ」
「火が分かる」
「こっちは土だ」
ガイルたちは慌てなかった。
魔力循環。
魔力操作。
水属性魔法。
そして実際の狩り。
魔力を使い続けた結果が現れただけだった。
ガイルは三百五十人へ声をかける。
「喜ぶのは村へ戻ってからだ。魔力循環を止めるなよ」
村人たちが頷いた。
そして目の前には、五十体のフォレストベアが残されている。
一体約五トン。
五十体なら、およそ二百五十トン。
ホーンラビットやフォレストウルフと同じように氷の荷車を作って運ばせるには、さすがに量が多すぎた。
ガイルが巨大な獲物を見渡した。
「これは俺たちで持って帰る」
教官たちが次々とフォレストベアをアイテムボックスへ収納していく。
一体。
五体。
十体。
五十体の巨体が森から消えていった。
三百五十人はそれを見届けると、村へ向かって歩き始めた。
今日、自分たちの手で狩った獲物を持って。
そして新しく覚醒した五つの属性とともに。
村人たちの狩りは、誰一人欠けることなく終わった。
三百五十人が村へ戻ると、先に帰った百五十人が広場で待っていた。
十台の氷の荷車には、五十体のホーンラビット。
二十台の氷の荷車には、五十体のフォレストウルフ。
そこへ最後の七十班が戻ってきた。
怪我人はいない。
誰一人欠けてもいない。
ガイルたち教官も広場へ入り、アイテムボックスからフォレストベアを取り出していった。
一体。
二体。
五体。
巨大な魔物が次々と広場へ置かれる。
五十体が並ぶ頃には、先に戻っていた村人たちも目を見開いていた。
五メートル、五トンほどもある巨体。
昨日までの自分たちなら、森で一体見つけただけでも逃げていただろう。
それを仲間たちは五十体も狩って帰ってきた。
「俺たちがやった」
一人の村人が言った。
誇示するような声ではなかった。
自分でも確かめるような言葉だった。
ガイルは五百人を集めた。
「今日やったことを忘れるな」
百班がガイルを見る。
「まず索敵した」
ウォーターサーチ。
森へ入って、闇雲に歩いたわけではない。
獲物がどこにいるのか。
何体いるのか。
自分たちの周囲に何がいるのか。
それを確認してから動いた。
「見つけたら捕縛した」
ウォーターウィップ。
「次に拘束」
ウォーターバインド。
「最後に窒息」
ウォーターマスク。
ガイルは順番に確認していった。
「それから?」
ホーンラビットを狩った班の一人が答えた。
「死亡を確認するまで拘束を解かない」
「そうだ」
動かなくなったからといって近づかない。
教官が鑑定で死亡を確認してから拘束を解除する。
今日、何度も繰り返した手順だった。
「狩りってのは、強い奴が殴り勝つことじゃねえ」
ガイルはフォレストベアを指した。
「食料を持って帰って、自分たちが生きるためにやるもんだ。だったら怪我しない方法でやれ」
五百人が頷いた。
その時、先に村へ戻っていた者たちが、三百五十人の変化に気づいた。
「お前たち、何か違わないか?」
言われた一人が、自分の手を見た。
森で覚醒した新しい属性。
風。
土。
光。
闇。
火。
三百五十人は、水属性に加えて五つの属性を新たに得ていた。
先にホーンラビットとフォレストウルフを運んだ百五十人には、まだ水属性しかない。
だが、ガイルはその差を問題にしなかった。
「焦るな」
百五十人へ言う。
「魔力循環と魔力操作を続けろ。今日できなかったからって、何も失ってねえ」
覚醒を競争にする必要はない。
早く覚醒した者が偉いわけでもない。
重要なのは、使える力を正しく理解し、生きるために使うことだった。
「それより仕事が残ってるぞ」
ガイルが今日の獲物を見る。
五百人も同じ方向を見る。
昨日、彼らはフォレストボアの解体を教わった。
そして全員が解体スキルを習得している。
さらに、自分たちで料理を作り、調理スキルも習得した。
ならば、今日の獲物を前にして何をすればいいのか。
もう説明する必要はなかった。
百班が自分たちから動き始めた。
ホーンラビットの前へ向かう班。
フォレストウルフを担当する班。
巨大なフォレストベアへ向かう班。
ウォーターカッターが形成される。
朝から続けている魔力循環も止まっていない。
誰かに「解体しろ」と言われるのを待つ者はいなかった。
ブランドンがその様子を見て、ガイルへ視線を向ける。
ガイルも何も言わない。
昨日教えたことを、今日自分たちから始めた。
それで十分だった。
村人たちは五人一班で獲物の解体を始める。
分からないところがあれば、まず班の中で確認する。
それでも分からなければ、教官へ聞く。
教官たちが手を出す場面は、昨日より明らかに減っていた。
解体された肉が並ぶ。
食べられる内臓も分けられていく。
次に何をするのかも、村人たちは知っている。
料理する。
食べる。
余った食料は次へ回す。
昨日は、救援隊が狩ってきたフォレストボアを解体した。
今日は、自分たちで森へ入り、自分たちで獲物を見つけ、自分たちで狩って持ち帰った。
たった一日の違いだった。
だが、その意味は大きかった。
ガイルは百班が動く広場を見渡した。
食わせるだけなら簡単だった。
アイテムボックスには食料がある。
救援隊が狩れば、五百人を養うこともできる。
だが、それでは救援隊が去れない。
自分たちで探す。
自分たちで狩る。
自分たちで解体する。
自分たちで料理する。
そして食べる。
五百人の村人たちは、すでにその流れを自分たちの手で回し始めていた。




