98 派遣準備
冒険者ギルド本部の大会議室に、二十五人の冒険者が集められていた。
彼らを招集したのは、ギルドマスターのバルドである。
集まった顔ぶれの多くは、すでに新人と呼べるような者たちではなかった。
第一班を率いるA級冒険者ガイル その隣にはライアン、アレックス、シェーン、カイル。
第二班はフェリクスを班長に、クリス、キーガン、アルバート、コリン。
第三班はロイド、ブランドン、アンソニー、キャム、ヤラミル。
第四班はブラッド、キャメロン、ザック、トレバー、ケード。
そして第五班はレオンを中心に、槍使いのガレス、弓使いのミリア、魔法使いのエリック。
第五班だけはB級以下の冒険者を含んでいたが、もはや単純な冒険者ランクだけで実力を測ることに意味はない。
二十五人は全員、十属性を扱う。
さらに現在は、自分たちが戦うだけではなく、新人冒険者を育成する教官として活動していた。
各班の下には、すでに教導を終えた新人冒険者が二百人ずつ配置されている。
五人一班、四十班。
一つの班だけで二百人。
五班を合わせれば千人に達する。
かつて二十五人だけで動いていた冒険者たちは、今では千人もの新人を育て、率いる側へと変わっていた。
その二十五人を前に、バルドは立った。
「今回、お前たちを集めた理由は帝国だ」
会議室から音が消えた。
帝国の状況については、冒険者たちもある程度知っている。
すでに大量の帝国民が国を捨て、アルデバラン王国へ流入している。
それでも帝国内には、なお五百万人もの民が残されていた。
バルドは机の上に一通の書状を置いた。
「名目上は、国際冒険者ギルドからの救援要請だ」
誰も口を挟まない。
バルドも余計な芝居をするつもりはなかった。
「だが、今回の予算はアルデバラン王国が出す」
それだけで十分だった。
これは単なる冒険者ギルドの依頼ではない。
帝国がこのまま倒壊すれば、残された五百万人がどうなるのか。
飢える。
病に倒れる。
住む場所を失う。
治安が崩れれば、盗賊や暴徒が生まれる可能性もある。
そして、その混乱は帝国領内だけでは終わらない。
国境を接するアルデバラン王国にも波及する。
だからこそ、王国は動く。
ただし王国軍を帝国へ送り込むのではない。
冒険者ギルドによる救援活動という形を取る。
バルドは全員を見渡した。
「目的は帝国を征服することじゃねえ。皇帝を助けることでも、帝国軍を立て直すことでもない」
一度言葉を切った。
「五百万人の民を食わせる。守る。癒やす。教える。そして、自分たちで生きていけるようにする」
今回の任務は、明確だった。
食料支援。
医療支援。
教導教育。
住民の守護。
そして自立支援。
魔物を倒して終わる通常の討伐依頼とは、まるで違う。
「もう一つ。今回の任務では殺傷を禁止する」
ガイルがわずかに眉を動かした。
バルドは続ける。
「戦闘も禁止だ。敵を倒しに行くんじゃねえ。襲われても殺すな。捕縛と拘束は許可する」
「魔物は?」
ガイルが尋ねた。
「民を守るために必要なら排除しろ。俺が言っているのは人間同士の話だ」
ガイルは短く頷いた。
その時、会議室の扉が開いた。
入ってきたのはアルフレッド侯爵だった。
二十五人が一斉に視線を向ける。
「今回の派遣にあたり、私からも挨拶をさせてもらいたい」
侯爵はそう告げると、バルドの隣へ立った。
「諸君に貸与するものがある」
外の訓練場へ移動した二十五人は、そこで足を止めた。
巨大な人型が整然と並んでいた。
ミスリル。
オリハルコン。
アダマンタイト。
希少金属で造られたゴーレムたちである。
高さ五メートルの大型。
二メートルの人間に近い大きさのもの。
種類と大きさごとに十体。
総数六十体。
すでに訓練場で運用試験を終えている。
通常の兵士や魔法使いでは破壊することすら困難な、守護のための戦力だった。
さらに、その後方には二百人の魔導師が待機していた。
ゴーレム運用のために派遣される魔導師たちである。
アルフレッド侯爵は、巨大なゴーレムを見上げながら告げた。
「これらは戦争のために貸すのではない」
そして二十五人へ視線を戻す。
「帝国の民を守るために使ってくれ」
ガイルたちは黙って頷いた。
征服するための軍勢ではない。
帝国を奪うための派兵でもない。
五百万人が、自分たちの足で立てるようになるまで。
食わせる。
守る。
癒やす。
そして教える。
それが今回、冒険者ギルドに課された仕事だった。
アルフレッド侯爵から貸与されるゴーレムを確認した二十五人は、再び大会議室へ戻った。
六十体の破壊不能ゴーレム。
それを運用する二百人の魔導師。
そして冒険者ギルドから派遣される二十五人。
今回の任務に必要な戦力は、すでに揃っていた。
だが、バルドは戦力の確認だけで会議を終えるつもりはなかった。
「勘違いするなよ」
席へ戻った二十五人を前に、バルドは念を押した。
「今回は強い奴を連れていけば解決する仕事じゃねえ」
誰も反論しない。
「帝国には五百万人が残っている。俺たちが飯を配り続けて、怪我人を治し続けて、魔物から守り続ければどうなる?」
ガイルが答えた。
「俺たちが帰れなくなる」
「そういうことだ」
バルドは頷いた。
五百万人を永遠に養うことなどできない。
アルデバラン王国には食料がある。
資金もある。
大量の物資を運ぶ手段もある。
それでも、帝国民が支援を受け続けなければ生きられない状態を作れば、救済は失敗だった。
「食料支援はする。医療支援もする。危険があれば守る。だが、それは最初だけだ」
バルドは机を指で叩いた。
「食わせながら、食い物を作れるようにする。治しながら、自分たちで治療できるようにする。守りながら、自分たちで身を守れるようにする」
そして最後に加えた。
「教えるんだ」
二十五人にとって、その言葉は珍しいものではなかった。
彼ら自身が、今では新人冒険者を教える立場にいる。
魔力循環。
魔力操作。
属性魔法。
戦闘術。
索敵。
解体。
調理。
そして教導。
自分一人が強くなるだけではない。
覚えた者が次の者へ伝える。
それを繰り返せば、二十五人が五百万人すべてを直接教える必要などない。
最初の者たちへ教えればいい。
そこから先は、帝国民自身が広げていく。
「今回、お前たちの下についている新人千人は連れていかねえ」
バルドが告げた。
わずかに空気が動いた。
各班には二百人、合計千人もの新人冒険者が配備されている。
だが彼らには彼らの仕事がある。
二十五人がいなくなっている間も、王国内の冒険者ギルドは動き続けなければならない。
「お前たちはもう教官だ。自分がいなくても教え子が動けるように育ててきたはずだ」
ガイルが笑った。
「試験みたいなもんか」
「勝手に試験にするな」
バルドが即座に返した。
小さな笑いが起こった。
それでも誰一人、不安そうな顔はしていなかった。
教導済みの新人たちは、すでに自分たちで依頼を受け、班を組み、活動できる。
二十五人が数日姿を消しただけで崩れるような教育はしていない。
その時だった。
会議室の扉が静かに開いた。
一人の男が入ってくる。
アダムス・キンバリー。
貴族学校に在籍する学生でありながら、王国の名誉伯爵でもある。
その立場を考えれば、帝国への派遣など本来なら目立ちすぎる。
だが今回、アダムスが名誉伯爵として帝国へ向かうことはない。
冒険者として参加する。
王国との関係を表に出さないためだった。
「アダムスも同行する」
バルドが紹介した。
アダムスは二十五人へ軽く頭を下げる。
「よろしくお願いします」
続いて、さらに二人が入室した。
アレクサンド。
そしてアンジェラ。
アレクサンドは王国の騎士。
アンジェラは帝国から亡命してきた女性である。
二人とも、本来の立場を表に出せば今回の任務の意味が変わってしまう。
「この二人も冒険者として参加する」
バルドが言った。
「アレクサンドが王国の騎士であることは伏せる。アダムスが名誉伯爵であることも同じだ」
そしてアンジェラを見る。
「アンジェラが帝国からの亡命者だってことも、必要がなければ自分から言う必要はねえ」
三人とも頷いた。
隠すために嘘を並べる必要はない。
聞かれてもいない身分を、自分から名乗らなければいいだけだった。
バルドは再び全員を見る。
「帝国へ行っても、政治には首を突っ込むな」
皇帝がどうする。
貴族がどうする。
帝国という国がこれからどうなる。
それを決めるために行くのではない。
「俺たちが見るのは民だ」
腹を空かせた者がいれば食わせる。
病人がいれば治す。
魔物が来れば守る。
畑を作れないなら作り方を教える。
魔法を使えないなら教える。
自分たちだけでは守れないなら、守れるようになるまで教える。
「最後には俺たちがいなくても暮らせるようにする」
それこそが任務の終了条件だった。
帝国を支配する必要はない。
王国へ連れて帰る必要もない。
五百万人が、自分たちで生きることができればいい。
バルドは席を立った。
「準備を始めろ」
二十五人も立ち上がる。
帝国を倒すためではない。
帝国を奪うためでもない。
五百万人の生活を、もう一度動かすために。
冒険者ギルドによる救援隊の派遣準備が始まった。
会議を終えたバルドたちは、そのまま冒険者ギルドの訓練場へ移動した。
派遣される二十五人に加え、アレクサンド、アンジェラ、アダムス・キンバリーも同行する。
そして訓練場には、アルフレッド侯爵から貸与された六十体のゴーレムと、二百人の魔導師が待機していた。
バルドは全員が揃ったことを確認すると、改めて告げた。
「最後に確認する。今回の任務で一番大事なのは、勝つことじゃねえ」
冒険者たちは黙って聞いている。
「死人を出さねえことだ」
帝国内がどれほど混乱しているのか、正確なところは現地へ入らなければ分からない。
飢えた者。
病に倒れた者。
住む場所を失った者。
魔物に怯える村。
食料を奪う盗賊。
統制を失った兵士。
何が待っているか分からない。
だからこそ、戦闘は禁止されている。
相手を倒すことが目的になれば、救援隊ではなく軍隊になってしまう。
「盗賊が襲ってきた場合は?」
フェリクスが確認する。
「拘束しろ」
「帝国兵なら?」
「同じだ」
「貴族の私兵でも?」
「同じだ」
バルドの答えは変わらない。
「殴り倒す必要もねえ。武器を取り上げろ。捕縛しろ。牢が必要なら土魔法で作れ」
十属性を扱える彼らなら、それができる。
土壁。
土牢。
捕縛魔法。
テレキネシス。
グラビティ。
相手を殺さず行動不能にする手段はいくらでもあった。
さらに今回は、六十体のゴーレムがいる。
アルフレッド侯爵が貸し出したゴーレムは、敵を殺すための兵器ではない。
人と人の間に立つ壁として使える。
バルドは二百人の魔導師へ向き直った。
「ゴーレムにも同じ命令を徹底してくれ」
魔導師たちが頷く。
「殺傷禁止。戦闘禁止。人間を攻撃するな。住民の守護を最優先。襲撃者は拘束、武装解除、隔離だ」
巨大な五メートル級ゴーレムが人間を殴れば、それだけで命に関わる。
だからこそ、力を使わせない。
道を塞ぐ。
盾になる。
武器を取り上げる。
住民を囲んで守る。
倒壊した建物を持ち上げる。
瓦礫を撤去する。
大量の荷物を運ぶ。
その巨体には、戦うこと以外にも使い道がいくらでもある。
「こいつら、救援には便利そうだな」
ブラッドが五メートル級のアダマンタイトゴーレムを見上げた。
「便利だから借りたんだ」
バルドが答える。
「壊される心配をせず、民の前に立たせられる。それだけでも十分だ」
続いて確認されたのは物資だった。
今回の目的の一つは食料支援である。
だが、帝国民五百万人を王国から運び込んだ食料だけで養い続けるつもりはない。
必要なのは、最初の飢えを止めるための食料だった。
その間に現地で食料を確保する。
魔物がいるなら狩る。
食用にできるものは鑑定する。
肉だけではない。
骨も使う。
内臓も使う。
食べられる野草があれば利用する。
毒性の有無は鑑定で確認できる。
水は水魔法で確保できる。
塩も索敵と土魔法、ピュリフィケーションを利用すれば現地で確保できる。
「食わせるだけじゃないぞ」
バルドが念を押した。
「調理も教えろ」
ガイルたちは当然のように頷いた。
魔物を倒せても、食べ方を知らなければ意味がない。
解体。
浄化。
保存。
調理。
骨から出汁を取る方法。
内臓を安全に処理する方法。
それらもすべて、生きるための技術だった。
アンジェラが静かに口を開いた。
「農地が残っていれば、作物も確認した方がいいですね」
「頼む」
バルドが答えた。
「種が残っているなら使う。何を育てられるかも鑑定する。最初から王国と同じ農業を押しつける必要はねえ。現地で育つものを増やせばいい」
帝国をアルデバラン王国に作り替えるわけではない。
そこに暮らす者たちが、自分たちで生きられる方法を見つける。
救援隊がするのは、その手助けだけだ。
最後にバルドは二十五人を見た。
「お前たちは強くなった」
誰も口を開かない。
「だから今回は、その強さで敵を倒すな」
一拍置いた。
「人を生かすために使え」
ガイルが笑った。
「難しい依頼だな」
「遊びじゃねえからな」
バルドも笑う。
翌朝。
帝国へ向けて出発することが決まった。
派遣前日の夕刻。
冒険者ギルドの訓練場では、最後の確認が続いていた。
二十五人の教官たちの前には、それぞれが育ててきた新人冒険者たちが整列している。
一班二百人。
五人一班で四十班。
五つの教官班を合わせれば千人になる。
彼らは今回、帝国へ同行しない。
ガイルは自分が教えてきた二百人を見渡した。
「俺たちがいない間も普段通りだ。五人一班を崩すな。索敵を怠るな。危険だと思ったら退け。無理をして依頼を達成する必要はない」
新人たちから返事が返る。
すでに何度も教えてきた内容だった。
フェリクス、ロイド、ブラッドも、それぞれの二百人へ必要事項を伝えていく。
第五班では、レオンの横にガレス、ミリア、エリックが並んでいた。
「俺たちが戻るまでに強くなっている必要はない。誰も欠けずに仕事を続けていれば、それでいい」
派手な成果を求める者はいなかった。
教官がいなければ何もできないのであれば、これまでの教導そのものが失敗だったことになる。
新人たちはすでに、自分たちで考え、自分たちで依頼を選び、自分たちで危険を判断できる。
引き継ぎを終えた二十五人は、訓練場の別区画へ向かった。
そこでは二百人の魔導師が、六十体のゴーレムを動かしていた。
ミスリル。
オリハルコン。
アダマンタイト。
五メートル級と二メートル級。
目的は戦闘訓練ではない。
最初に行われたのは、武装した人間への対処だった。
訓練用の木剣を持った魔導師が、二メートル級ミスリルゴーレムへ走る。
ゴーレムは殴らない。
蹴らない。
ただ進路へ入り、その身体で道を塞いだ。
魔導師が右へ走れば右へ。
左へ抜けようとすれば左へ。
それでも強引に突破しようとすると、ゴーレムは木剣だけを取り上げた。
「停止」
術者の命令で動きが止まる。
次は救助訓練だった。
土魔法で作られた倒壊家屋の中に、人間を模した人形が置かれている。
五メートル級のオリハルコンゴーレムが瓦礫へ近づいた。
巨大な梁を持ち上げる。
力任せには動かさない。
周囲を崩さないよう支えながら、救助者が入れる空間を作る。
待機していた冒険者が中へ入り、人形を抱えて出てきた。
「救助完了!」
合図を確認したゴーレムが、初めて梁を安全な場所へ移動させた。
続いてアダマンタイトゴーレムが住民役の前へ並ぶ。
攻撃役から魔法が放たれた。
巨大な身体が盾となり、背後まで攻撃を通さない。
破壊するための力を、守るためだけに使う。
今回求められているのは、それだった。
食料や医薬品をゴーレムに運ばせる必要はない。
大量の支援物資はアイテムボックスへ収納すればいい。
ゴーレムが必要になるのは、人間が入れば危険な場所。
崩れた建物。
魔物に襲われている集落。
武装集団に囲まれた住民。
その間に立ち、誰も死なせない。
それが六十体の役割だった。
離れた場所では、アレクサンド、アンジェラ、アダムス・キンバリーも準備を終えていた。
三人とも冒険者としての装備を身につけている。
アレクサンドが王国の騎士であること。
アダムスが名誉伯爵であること。
アンジェラが帝国からの亡命者であること。
いずれも自分から明かす必要はない。
彼らは王国の使者として帝国へ向かうのではない。
冒険者として救援に参加する。
そこへバルドがやってきた。
「準備は終わったか?」
「問題ありません」
アレクサンドが答えた。
アンジェラも静かに頷いた。
バルドはそれ以上尋ねなかった。
帝国にどんな思いを持っているのか。
かつて何があったのか。
今回の任務には関係がない。
必要なのは、帝国に残された五百万人を救うことだった。
翌朝。
冒険者ギルド前に派遣隊が集結した。
二十五人の冒険者。
アレクサンド。
アンジェラ。
アダムス・キンバリー。
二百人の魔導師。
そして六十体のゴーレム。
食料、医薬品、農具、衣類、生活用品。
必要な支援物資はアイテムボックスへ収納されている。
バルドは全員を見渡した。
「最後に確認する」
視線が集まる。
「俺たちは戦争に行くんじゃねえ。帝国を奪いにも行かねえ。皇帝や貴族を助けに行くわけでもねえ」
目的は一つだった。
「五百万人を食わせる。守る。癒やす。教える」
最初は支援する。
だが、いつまでも支援し続けるつもりはない。
食料を受け取った者が、自分で食料を得られるようになる。
治療された者が、今度は他人を治せるようになる。
守られていた者が、自分の村を守れるようになる。
教えられた者が、次の者へ教える。
そこまで行けば、冒険者ギルドの仕事は終わる。
バルドは最後に言った。
「自分たちで生きられるようにして、俺たちは帰る」
帝国という国が、その後どうなるのか。
それを決めるのは冒険者ではない。
そこに暮らす者たちだった。
「出発するぞ」
バルドの声とともに救援隊が動き始めた。
剣を振るうためではない。
領土を奪うためでもない。
五百万人が、もう一度自分たちの足で立つために。
冒険者ギルドは帝国へ向けて出発した。




