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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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97 冒険者ギルドとダンジョン

翌日。


王オーキスと王妃バイオレット、マーガレットは王都の冒険者ギルドを訪れた。


昨日は公衆浴場、衛生教育、紡織工場、そしてアルフレッド侯爵のゴーレム試験場を視察した。


今日は冒険者教育とダンジョン掘削の確認である。


冒険者ギルドへ到着すると、すでに出迎えの者たちが待っていた。


ギルドマスターのバルド。


アレクサンド。


そしてガイルを中心とする二十五人の教師たち。


「陛下。ようこそお越しくださいました」


バルドが頭を下げる。


「今日は新人専門教室を見せてもらおう」


「はい。こちらです」


案内された訓練場へ入ったオーキスは、その人数に驚いた。


「ずいぶん増えたな」


新人専門教室が始まった当初は二百五十人だった。


現在は千人を超えている。


広い訓練場の各所で、十人ほどの班に分かれて訓練が行われていた。


魔力循環。


魔力操作。


属性魔法。


索敵。


飛行。


テレパシーによる情報共有。


鑑定。


そして模擬戦。


訓練内容は多岐にわたる。


「現在、教室で学んでいる新人冒険者は七属性まで覚醒しています」


アレクサンドが説明した。


「七属性というと、六属性に金属か」


「はい」


水。


風。


土。


光。


火。


闇。


そして金属。


新人専門教室では全員を十属性へ覚醒させようとはしていない。


六属性を基礎として、そこへ金属属性を加える。


それが現在の方針だった。


王国では様々な産業が急速に拡大している。


鍛冶。


魔道具。


ゴーレム。


建築。


そしてダンジョンからの金属抽出。


金属属性持ちは、いくら増えても仕事があった。


「冒険者なのに金属属性まで教えるのだな」


オーキスが言う。


バルドが答えた。


「冒険者を一生続けなければならない決まりはありませんから」


その言葉にオーキスが頷いた。


冒険者として魔物を狩り続けてもいい。


鍛冶職人へ転向してもいい。


ゴーレム技師になってもいい。


ダンジョン掘削部隊へ参加してもいい。


あるいは教師になってもいい。


新人専門教室は、冒険者という一つの職業へ人間を固定する場所ではなかった。


王妃バイオレットは模擬戦へ目を向けていた。


十人対十人。


双方が飛行しながら位置を変えている。


『右から三人』


索敵を担当する新人の念話が仲間へ飛ぶ。


『確認した』


『正面は任せる』


『左へ回る』


声を張り上げる必要はない。


全員が情報を共有しながら動いていた。


土壁が作られる。


水魔法で拘束する。


風魔法で相手の進路を制限する。


金属魔法も使われた。


相手を傷つけるためではなく、模擬戦用の金属板を動かして遮蔽物として利用している。


一人が拘束されれば、すぐに仲間が助けに入る。


別の者が相手を牽制し、その間に拘束を解除する。


「新人なのよね?」


バイオレットが尋ねた。


バルドが苦笑した。


「登録から見れば、まだ新人です」


「そうは見えないわね」


マーガレットも模擬戦を眺めていた。


動きに多少の粗さはある。


判断に迷うこともある。


それでも、一人で突っ込む者はいない。


仲間の位置を見る。


索敵情報を共有する。


失敗すれば誰かが補う。


それはガイルたち二十五人が実戦で身につけてきた戦い方だった。


「ガイル」


マーガレットが呼んだ。


「はい」


「あなたたちの教導スキルは?」


ガイルが少し困ったような顔をした。


代わりにアレクサンドが答える。


「二十五人全員、レベル十になりました」


「全員?」


「はい」


マーガレットは二十五人を見渡した。


「もう一人前ね」


ガイルが頭を掻く。


「俺たちは、教わったことを教えているだけですから」


「それで千人以上がここまで育つの?」


「いや、それは……」


ガイルが言葉に詰まる。


マーガレットは少し笑った。


「先生たちが一流だからでしょうね」


二十五人が揃って照れた。


冒険者として魔物を相手にしている時とはまるで違う。


「俺たちが一流ってのは……」


「違うの?」


マーガレットに聞き返され、ガイルは黙った。


バイオレットがその様子を見て笑っている。


オーキスも口元を緩めた。


「昨日、アルフレッド侯爵の試験場を見てきた」


王が話題を変えた。


バルドとアレクサンドが表情を改める。


「ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト。三種類のゴーレムについて、教導前の一般的な兵士や魔法使いでは破壊できないという結果が出た」


「完成しましたか」


バルドが身を乗り出す。


「ああ。二メートル級と五メートル級を、それぞれ十体ずつ稼働させる予定だ」


街道整備。


瓦礫撤去。


崩落現場の修繕。


農地開墾。


物資輸送。


要救助者保護。


そして攻撃を受けながらの救助。


昨日確認した内容をオーキスは説明した。


「冒険者ギルドへ貸与する方針に変更はない」


「ありがとうございます」


バルドは深く頭を下げた。


「魔物被害や災害現場では、大きな助けになります」


「人間相手には極力戦わせるな」


「もちろんです」


攻撃されたなら盾になる。


武器を取り上げる。


進路を塞ぐ。


必要なら冒険者が拘束する。


それで十分だった。


その後も王たちは模擬戦を眺めながら、アレクサンドやバルド、ガイルたちから報告を聞いた。


時には雑談も交じった。


一時間ほどが過ぎた頃。


オーキスは訓練を止めることなく、新人たちへ声をかけた。


「よく励んでいる。教師たちもご苦労だった」


一斉に頭が下がる。


「学んだことを、自分たちだけのものにする必要はない。いずれ教える機会が来たら、次へ渡してくれ」


新人たちが返事をする。


オーキスは満足そうに頷いた。


「では、次へ行こう」


次の視察先はダンジョンだった。


そこにはアダムス・キンバリーがいる。


マーガレットの表情が、ほんの少しだけ固くなった。


昨日のゴーレム。


今日の新人冒険者。


ここまでは何も問題ない。


だが次に会うのは、本人に何の悪気もなく新しい産業を生み出す男である。


マーガレットは小さく息を吐いた。


――今日は、何もやらかしていないでしょうね。


そんな不安を抱えながら、一行はアダムスのいるダンジョンへ向かった。




冒険者ギルドを出た一行は、そのままアダムスたちが作業しているダンジョンへ向かった。


今回も馬車は使わない。


王オーキス。


王妃バイオレット。


マーガレット。


そして随行する近衛騎士たちが飛行する。


ほどなくして、目的のダンジョンが見えてきた。


入口前には冒険者ギルドの職員や作業員が行き交っている。


ゴーレム馬車も何台か停まっていた。


積まれているのは食料や作業用品。


別のゴーレム馬車には、すでに精錬を終えた金属インゴットが積み込まれている。


一行が地上へ降りると、待機していた教導教師たちが頭を下げた。


「陛下。ようこそお越しくださいました」


「今日は作業を見せてもらう。止める必要はない」


「承知いたしました」


案内を受け、オーキスたちはダンジョンへ入った。


王族三人にとって、実際のダンジョンへ入るのは初めてだった。


近衛騎士たちも同様である。


普段なら王族をダンジョンへ入れるなど考えにくい。


もっとも、今の一行を普通の王族一行と考える方がおかしい。


王も王妃も六属性を扱える。


近衛騎士たちも六属性に加え、テレキネシス、テレパシー、レビテーションを習得している。


マーガレットに至ってはアレクサンドの教導によって十属性へ覚醒済みだった。


それでも、初めての場所は初めてである。


「思ったより暗いわね」


バイオレットが周囲を見る。


すぐに光魔法による明かりが灯された。


「足元にお気をつけください」


教導教師が案内する。


近衛騎士たちは自然に王族の周囲へ広がった。


索敵も行っている。


魔物の反応。


通路の先。


周囲の空間。


確認しながら進む。


オーキスがその様子を見て笑った。


「少し緊張しているな」


近衛の一人が苦笑した。


「初めてのダンジョンですので」


「私もだ」


「陛下もですか」


「当たり前だろう」


その言葉で少し空気が和らいだ。


奥へ進むにつれ、人の気配が増えてきた。


やがて広い場所へ出る。


そこで王たちは足を止めた。


「これは……」


オーキスが辺りを見回す。


大勢の人間が働いていた。


数十人ではない。


数百人でもない。


いくつもの区画に分かれ、大勢の作業員がダンジョンの壁や床へ向かって魔力を操作している。


「現在、金属属性を覚醒した者は三千人を超えています」


教導教師が報告した。


「三千人……」


バイオレットが驚く。


つい最近まで、金属属性持ちは極めて限られていた。


それが今では三千人を超えている。


しかも、ただ覚醒しただけではない。


すでに実際の作業へ入っていた。


一人の作業員が壁へ手を当てる。


壁を掘るわけではない。


ダンジョンの壁や床を構成する土や岩石そのものに含まれている金属を感じ取る。


鉄。


銅。


銀。


金。


そして希少金属。


必要なものを選び、金属属性で集める。


土や岩石から分離する。


集められた金属をさらに精錬し、不純物を取り除いていく。


「鉱石を掘っているのではないのね」


バイオレットが確認する。


「はい。鉱山とは違います」


教師が答えた。


「ダンジョンの壁や床そのものに金属が含まれています。それを金属魔法で分離しています」


王妃は目の前の壁を見た。


見た目は普通のダンジョンの壁である。


どこにも金属の塊など見えない。


しかし作業員が魔力を流すと、含まれていた鉄分が集まり始める。


別の者が銅を分離する。


さらに別の者は銀を担当していた。


作業は分担されている。


「ずいぶん慣れているな」


オーキスが言う。


「教導を繰り返していますので」


教師が答える。


新しく金属属性を覚醒した者には、まず扱いやすい金属から教える。


鉄。


銅。


それぞれの違いを覚える。


慣れてきた者は、より少量しか含まれていない金属の分離へ進む。


さらに精錬。


インゴット化。


一連の工程を習得していく。


そして教導スキルを発現した者は、新しく参加した者を教える側へ回る。


ここでも同じだった。


教師が増える。


教わる者が増える。


覚醒者が増える。


その覚醒者の中から、また教師が生まれる。


だから短期間で三千人を超える規模まで拡大できた。


「こちらです」


案内されてさらに奥へ進む。


今度は精錬を行う区画だった。


そこには大量の金属が積み上げられている。


鉄。


銅。


銀。


金。


ミスリル。


オリハルコン。


アダマンタイト。


それぞれが分けられ、精錬され、次々とインゴットへ変わっていく。


王妃は思わず足を止めた。


「これ、全部ここで?」


「はい」


作業員たちは王族が来ているからといって手を止めてはいない。


金属を分離する。


精錬する。


形を整える。


完成したインゴットを分類する。


テレキネシスで運ぶ。


その流れが途切れることなく続いていた。


そして、その中央に一人の青年がいた。


アダムス・キンバリー。


自分で全作業をしているわけではない。


作業員から質問されれば答える。


上手く分離できない者がいれば、実際にやって見せる。


それが終われば、また本人に任せる。


王たちに気づいたアダムスは、すぐに作業の手を止めた。


歩み寄り、姿勢を正す。


「陛下、王妃殿下、マーガレット王女殿下。本日はこのような場所までお越しいただき、ありがとうございます」


きれいな礼だった。


言葉遣いにも問題はない。


元貴族の次男。


そして現在は名誉伯爵。


礼儀作法そのものは、きちんと身についている。


マーガレットは、その様子を見ながら少しだけ安心した。


少なくとも出迎えは普通だった。


問題はここからである。


この青年は悪意なく、とんでもない報告をする。


石鹸を作った時もそうだった。


希少金属を大量に精錬した時もそうだった。


本人にとっては、


「できたので作りました」


程度の話でしかない。


マーガレットはアダムスの後ろに積まれた大量のインゴットを見た。


昨日見た破壊不能ゴーレムの材料も、この男が生み出したものだった。


オーキスがアダムスへ声をかける。


「昨日、アルフレッド侯爵のところへ行ってきた」


「ゴーレムですか?」


「ああ。よくできていた」


アダムスが嬉しそうに笑った。


「よかったです」


その反応は普通だった。


マーガレットはまだ警戒を解かなかった。


オーキスは大量のインゴットへ目を向ける。


「さて、アダムス」


「はい」


「こちらの近況も聞かせてもらおうか」


マーガレットは黙ってアダムスを見る。


――お願いだから、普通の報告にして。


そんな王女の願いを知るはずもなく、アダムスはいつもの調子で口を開いた。




「近況を聞かせてもらおうか」


オーキスに尋ねられ、アダムスは姿勢を正した。


「はい。現在までに精錬を終えたインゴットは、合計で数万トンになります」


「数万トンか」


オーキスが後方を見る。


積み上げられたインゴットは、目に見えているものだけでも相当な量だった。


もちろん、すべてがこの場所に置かれているわけではない。


完成したものから順次運び出されている。


王国の倉庫。


鍛冶工房。


魔道具工房。


ゴーレム開発。


必要な場所へ供給されていた。


「種類ごとの量は記録しているな?」


「はい。採取量、精錬量、搬出量、搬出先まで記録しています」


アダムスが帳簿を差し出す。


オーキスは受け取り、内容を確認した。


鉄や銅など大量に利用する金属。


金や銀。


そしてミスリル、オリハルコン、アダマンタイト。


すべて分けて管理されている。


「しっかりしているな」


「ありがとうございます」


礼儀正しい。


報告も普通。


マーガレットは横で聞きながら、少しだけ肩の力を抜いた。


今のところ何もおかしなことは言っていない。


オーキスは帳簿を返した。


「昨日、アルフレッド侯爵が作らせたゴーレムを見た」


「はい」


「お前たちが精錬したミスリル、オリハルコン、アダマンタイトが使われている」


アダムスの顔が明るくなった。


「もう動いたんですね」


「ああ。二メートル級と五メートル級だ。街道整備、瓦礫撤去、農地開墾、救助、防護まで一通り確認した」


「それは便利ですね」


「便利、か」


オーキスが笑った。


教導前の一般的な兵士や魔法使いでは破壊できないゴーレムである。


だが、アダムスにとっては希少金属の使い道が一つ増えたという程度らしい。


「冒険者ギルドへ貸与する予定だ」


「救助に使うんですか?」


「ああ」


「それなら、たくさんあった方がいいですね」


マーガレットがアダムスを見る。


今の一言に少し嫌な予感がした。


「アダムス」


「はい?」


「今あるインゴットを全部ゴーレムにしよう、とか考えていないでしょうね?」


アダムスは目を丸くした。


「しませんよ?」


「そう」


「鍛冶や魔道具にも必要でしょうし」


「そうよね」


マーガレットは再び安心した。


そのやり取りを見ていたバイオレットが小さく笑う。


「マーガレットは何を警戒しているの?」


「母上。この人は普通の顔で新しいことを始めるんです」


「そうなの?」


アダムス本人が不思議そうな顔をしている。


オーキスは笑いながら精錬区画へ視線を戻した。


「実際の作業を見せてもらおう」


「はい。こちらへどうぞ」


アダムスが壁際へ案内した。


数人の作業員が並ぶ。


その中の一人がダンジョンの壁へ手を向けた。


「まず金属を選びます」


アダムスが説明する。


作業員が魔力を流す。


壁を構成する土や岩石の中から、含まれている金属だけを感じ取る。


それを集める。


分離する。


少しずつ金属が姿を現した。


バイオレットが近づいて観察する。


「本当に壁の中から出てくるのね」


「はい。鉱脈を掘っているわけではありません」


アダムスが答えた。


「壁や床を構成する土や岩石に含まれているものを分離しています」


別の作業員が作業を始める。


今度は銅。


その隣では鉄。


さらに別の場所では、希少金属の分離を行っていた。


抽出された金属は精錬担当へ渡される。


不純物を取り除く。


純度を上げる。


そして一定の大きさのインゴットへ成形する。


「三千人がこれを?」


オーキスが尋ねる。


「全員が同じ作業をしているわけではありません」


アダムスが答えた。


分離を担当する者。


精錬を担当する者。


成形する者。


運搬する者。


新人を教導する者。


それぞれが得意な工程を担当している。


金属属性を覚醒したばかりの者は、鉄や銅など比較的扱いやすい金属から始める。


慣れれば別の金属へ進む。


教導スキルを伸ばした者は教師になる。


「無理に全員を同じ技量にする必要はありませんから」


アダムスが何気なく言った。


オーキスは頷いた。


三千人を一人の優秀な技師と同じにする必要はない。


できる仕事を分担すればいい。


その時、バイオレットが壁を見て首を傾げた。


「あなた」


オーキスを呼ぶ。


「ここ、さっき作業した場所ではありませんでした?」


全員が壁を見る。


確かに先ほど金属を分離した場所だった。


表面には作業の跡が残っていたはずである。


しかし、その跡が少しずつ消えている。


「これは?」


王妃が尋ねた。


アダムスは壁を見た。


「ああ、再生しているんです」


「再生?」


バイオレットが目を見開いた。


王とマーガレットも壁へ近づく。


削れた部分。


金属を分離したことで変化した部分。


それがゆっくりと元の状態へ戻っていく。


近衛騎士たちまで興味深そうに集まった。


誰も魔法を使っていない。


土属性持ちが修復しているわけでもない。


ダンジョンそのものが、自動的に壁を元へ戻している。


「初めて見ると驚きますよね」


アダムスが言う。


バイオレットは壁から目を離さなかった。


「あなたは驚かなかったの?」


「最初は驚きました」


「今は?」


「毎日見ていますから」


あまりにも普通に答えるので、王妃が笑った。


しばらくすると、作業跡はほとんど分からなくなった。


オーキスは修復された壁を軽く叩く。


「これがあるから、同じダンジョンで作業を続けられるのか」


「はい。ただ、再生速度を見ながら場所を移しています」


無理に一か所から取り続けない。


複数の区画を順番に使う。


再生した場所へ戻る。


その運用も、すでに作業員たちの間で定着していた。


バイオレットは再び周囲を見る。


三千人を超える金属属性持ち。


大量のインゴット。


その原料となるダンジョンの壁と床。


そして自ら再生していくダンジョン。


「不思議な場所ね」


王妃が呟いた。


マーガレットも頷いた。


昨日見たゴーレム。


今日見た新人冒険者。


そして目の前の金属精錬。


一つ一つは別の企画だった。


しかし、いつの間にか互いにつながり始めている。


王国の新しい産業は、もう誰か一人が止まれば止まる規模ではなくなっていた。




# 97 冒険者ギルドとダンジョン 後編②


ダンジョンの壁が再生していく様子を確認した後も、オーキスたちは精錬現場を見て回った。


三千人を超える金属属性覚醒者が、それぞれの持ち場で作業している。


金属を分離する者。


精錬する者。


インゴットへ成形する者。


完成品を分類する者。


テレキネシスで運搬する者。


新人へ作業を教える教師。


王族が視察に来ていても、作業は止まらない。


「教師は足りているのか?」


オーキスが尋ねた。


「今のところは大丈夫です」


アダムスが答える。


「教導スキルを覚える人も増えていますから」


最初に教わった者が、次の者を教える。


その中から新しい教師が生まれる。


ここでも教導は自走し始めていた。


オーキスは満足そうに頷いた。


一方、マーガレットには別の気になることがあった。


「アダムス」


「はい」


「あなた自身は最近、何をしているの?」


「教えてます」


「それだけ?」


「分からない金属が出たら鑑定したり、精錬が上手くいかない時に手伝ったりもしています」


マーガレットは少し警戒した。


「新しいことは?」


アダムスが考える。


「今のところは特に」


マーガレットは思わず息を吐いた。


「よかったわ。あなたは少し目を離すと、また何か始めるから」


アダムスが首を傾げた。


「始めたら駄目なんですか?」


「え?」


マーガレットの言葉が止まった。


アダムスに反抗する様子はない。


純粋な疑問だった。


「使えそうなものを見つけたら、試してみた方がいいと思うんですけど」


「それは……」


マーガレットは答えられなかった。


なぜだろう。


妙に引っかかる。


そして思い出した。


かつて王宮を騒がせていたのは誰だったか。


自分だった。


王女らしくない。


前例がない。


そんなことを王族がするものではない。


周囲からそう思われるようなことを、何度もやっていた。


アークから見れば、最初の自分こそ異端だったはずだ。


それでもアークは、マーガレットの考えを最初から否定しなかった。


危険なら教えた。


問題があるなら説明した。


必要なら助け舟を出した。


だが、前例がないという理由だけで止めたことはない。


マーガレットは額へ手を当てた。


「……私、随分と保守的になったわね」


「マーガレット?」


バイオレットが娘を見る。


「どうした?」


オーキスも振り返った。


マーガレットは苦笑する。


「昔、王宮を騒がせていたのは私だったなと思いまして」


オーキスとバイオレットが顔を見合わせた。


否定しない。


それが答えだった。


「父上も母上も、そこは否定してください」


「いや」


オーキスが笑う。


「事実だからな」


「あなた、随分いろいろやりましたものね」


バイオレットまで笑った。


「そうでした……」


今では自分がアダムスを見て、


また何か始めないだろうか。


余計なことをしないだろうか。


そんなことを考えている。


「これが年を取って丸くなったということなのかしら」


「まだ早いでしょう」


バイオレットが言う。


「では、角が取れた?」


「それなら成長ではないか?」


オーキスが答える。


マーガレットは少し考えた。


「……老害の始まり?」


「マーガレット」


オーキスが苦笑した。


アダムスは何の話なのか分からず、三人を見ている。


マーガレットはそんな彼を見て、自分でも可笑しくなった。


「アダムス。ごめんなさい」


「何がですか?」


「新しいことを始めるな、と言っているようなものだったわ」


「別に気にしてませんけど」


「あなたはそうでしょうね」


アダムスは権威に反抗するために何かを始めるのではない。


社会を変えてやろうと考えているわけでもない。


使えそうだから試す。


便利そうだから作る。


面白そうだから調べる。


その結果、周囲が勝手に大騒ぎする。


昔の自分とは方向こそ違う。


だが、既存の枠から外へ出ることを恐れないという点では似ていた。


マーガレットは少し真面目な顔になった。


「思いついたことがあるなら試しなさい」


「いいんですか?」


「危険なら止めるわ。困ったら相談にも乗る。でも、私たちが知らないという理由だけで止めるのは違うでしょう」


アダムスが頷いた。


マーガレットはそこで、ようやく分かった。


立場が変わったのだ。


昔は自分が挑戦する側だった。


今は、自分より若い人間が挑戦するのを受け止める側になりつつある。


「若い人が挑戦するなら、年長者が受け止めないといけないわね」


それは何でも許すという意味ではない。


危険なら止める。


間違っていれば教える。


失敗すれば一緒に考える。


だが、挑戦そのものを潰してはいけない。


かつてアークが自分にそうしてくれたように。


「ただし、アダムス」


「はい」


「何かとんでもないものができそうなら報告して」


「分かりました」


「できてからではなくて、できれば途中で」


「はい」


バイオレットが笑った。


「結局、心配なのね」


「それは心配します」


今度はマーガレットも笑った。


その後、一行は残りの精錬区画を見て回った。


数万トンに及ぶインゴット。


三千人を超える金属属性覚醒者。


次々に生まれる教導教師。


そして自動的に再生していくダンジョンの壁と床。


小一時間ほどの視察を終え、オーキスは作業員たちを見渡した。


「皆、ご苦労だった」


作業員たちが手を止める。


「ここで作られた金属は、王国中の工房で使われている。昨日見たゴーレムにもなった。だが、生産量だけを追う必要はない。安全を優先して仕事を続けてくれ」


「はい!」


返事が広いダンジョンに響いた。


オーキスはアダムスにも声をかける。


「これからも頼む」


「承知いたしました」


元貴族の次男らしい、きれいな礼だった。


一行はダンジョンを後にした。


帰り道、マーガレットは少しだけ後ろを振り返った。


かつて自分の挑戦を、アークは受け止めてくれた。


そして今、自分が次の世代を受け止める立場になっている。


教師から教わったものは、魔法や知識だけではない。


人を育てるということそのものも、次へ渡っていく。


王宮を騒がせていた王女はいつの間にか、


次に王宮を騒がせる若者を、受け止める側になっていた。






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