96 視察
新企画が王国各地で動き始めてから、王宮には連日のように報告が届いていた。
公衆浴場の建設。
衛生教師の増加。
紡織工場の増設。
綿花畑の拡大。
下着の生産量増加。
そしてアルフレッド侯爵が進めている破壊不能ゴーレムの開発。
数字だけを見ても順調だった。
しかし国王オーキスは、報告書を閉じると王妃バイオレットとマーガレットへ言った。
「一度、実際に見ておこう」
「私も賛成です」
バイオレットがすぐに答える。
マーガレットにも異論はなかった。
こうして三人による視察が決まった。
随行するのは近衛騎士二十人と侍女十人。
翌朝。
王宮前には視察用の馬車が用意されていた。
護衛用の馬も並んでいる。
近衛騎士たちは出発準備を終え、侍女たちも必要な荷物を積み込んでいた。
そこへマーガレットが現れた。
馬車を見る。
馬を見る。
そして近衛騎士を見る。
「これで行くの?」
「はい。すぐに出発できます」
近衛騎士が答える。
マーガレットは少し考えた。
「飛んで行きましょう」
「……飛行でございますか?」
「王国中を回るのよ。移動だけで何日使うつもり?」
近衛騎士は馬車を見た。
確かにその通りだった。
今回視察する場所は一か所ではない。
公衆浴場だけでも複数。
さらに紡織工場。
最後にはアルフレッド侯爵のゴーレム試験場まで行く予定になっている。
街道を馬車で移動していては、それだけで相当な時間を使う。
「近衛は全員、飛行できますね?」
「もちろんです」
「侍女たちも?」
「問題ありません」
アルデバラン王国では、王宮の使用人まで六属性に加えて各種の超能力を習得している。
飛行は特別な移動方法ではなくなりつつあった。
国王オーキスと王妃バイオレットも当然使える。
そしてマーガレットは、アレクサンドから教導を受けたことで十属性へ覚醒していた。
「帰りは転移で戻ればいいでしょう」
マーガレットが言う。
近衛騎士は少しだけ考えた後、頭を下げた。
「承知いたしました」
せっかく準備した馬車は、そのまま王宮に残されることになった。
しばらくして、一行は王宮の上空へ舞い上がった。
王。
王妃。
王女。
近衛騎士二十人。
侍女十人。
総勢三十三人が空を飛んでいる。
国王オーキスは眼下に広がる王都を眺めた。
「これはいいな」
どこか嬉しそうだった。
隣を飛ぶバイオレットも笑っている。
「馬車よりずっと景色が見えますね」
「母上、楽しんでいますね」
マーガレットが笑う。
「せっかく飛べるのですもの。楽しまないともったいないでしょう?」
視察とは思えないほど、王と王妃は飛行そのものを楽しんでいた。
近衛騎士たちは周囲を警戒しながら飛んでいるが、その表情にも余裕がある。
最初の目的地へ到着するまで、それほど時間はかからなかった。
一行が降り立ったのは、地方都市に新しく建設された公衆浴場だった。
立派ではあるが、華美ではない。
多くの住民が毎日利用することを前提にした実用的な建物だった。
浴場の隣には、小さな教室が併設されている。
「ここが衛生教室ね」
バイオレットが中を見る。
ちょうど衛生教師による講習が行われていた。
「身体を洗うだけではありません。衣服も清潔にしてください」
教師の前には地域住民が座っている。
主婦。
農民。
商人。
老人。
子どもまでいる。
「食事の前には?」
「手を洗う!」
子どもたちが答える。
「調理する前は?」
「手を洗います!」
「使った調理器具は?」
「洗います!」
王妃は満足そうに頷いた。
教師が一方的に話しているだけではない。
住民たちも答え、理由を理解しようとしている。
講習が終わると、今度は受講者の一人が前へ出た。
先ほどまで教わっていた女性だった。
衛生教師が横につき、女性が別の受講者へ説明を始める。
「教師を育てているのか」
オーキスが尋ねる。
案内役が答えた。
「はい。教導スキルを発現した方には、衛生教師になるための教導も行っています」
教わるだけで終わらない。
教えられるようになった者が、次の住民へ教える。
王都から教師を送り続けなくても、地域の中で教師が増えていく仕組みになっていた。
浴場そのものも確認した。
水属性魔法を利用した給水。
火属性魔法による湯の管理。
土魔法で作られた浴槽と排水設備。
清掃方法も決められている。
石鹸も十分に用意されていた。
「次へ行きましょう」
マーガレットが言う。
一行は再び空へ上がった。
二か所目。
三か所目。
四か所目。
五か所目。
都市だけではない。
農村部の小規模な浴場も確認した。
土地によって建物の形は違う。
水が豊富な場所では大きな浴槽。
人口の少ない村では小規模な施設。
寒い地域では保温を重視した造り。
どこでも同じ建物を押しつけているわけではなかった。
しかし共通しているものが一つある。
衛生教室だった。
どの浴場にも教師がいる。
そして、その教師から新しい教師が育っている。
五か所目の視察を終えたところで、バイオレットが言った。
「浴場を作ったことより、こちらの方が大きいかもしれませんね」
マーガレットも頷く。
建物なら壊れることもある。
設備なら古くなる。
だが、なぜ身体を清潔にするのかを知っている人間が地域に残れば、衛生という習慣そのものは簡単には消えない。
オーキスは完成した浴場と、その隣で次の講習を始めようとしている衛生教師を見た。
「よし。次は紡織だ」
三十三人が再び空へ舞い上がる。
次に向かうのはアンジェラたちが育てた紡織教師と、新しく建設された紡織工場だった。
一行が次に降り立ったのは、新しく整備された紡織工場だった。
上空からでも、その規模はよく分かった。
大きな工場が一棟だけ建っているのではない。
糸を紡ぐ建物。
布を織る建物。
染色、裁断、縫製を行う建物。
完成品を保管する倉庫。
綿花を受け入れる荷受け場。
それぞれが役割を持って配置されている。
さらに周囲には、一面の綿花畑が広がっていた。
「ずいぶん増えましたね」
王妃バイオレットが感心したように言った。
マーガレットも上空から畑を見渡す。
「これでも、まだ増えているそうです」
王国中の民へ清潔な下着を行き渡らせる。
そのためには工場だけあっても意味がない。
原料となる綿花が必要だった。
農業教師たちによって栽培方法が各地へ広げられ、新しい綿花畑が次々と耕作されている。
一行が工場前へ降りると、アンジェラが出迎えた。
「ようこそお越しくださいました」
「仕事を止めなくていいわ。普段通りの様子を見せてちょうだい」
バイオレットの言葉にアンジェラが頷いた。
最初に案内されたのは荷受け場だった。
ちょうど一台のゴーレム馬車が到着する。
馬はいない。
荷台を牽引しているのは輸送用ゴーレムだった。
荷台には大量の綿花が積まれている。
「これもゴーレムなのか」
オーキスが興味深そうに見る。
「はい。綿花の輸送量が増えましたので、ゴーレム馬車も使っています」
アンジェラが答えた。
停止したゴーレム馬車から、作業員たちがテレキネシスを使って綿花を下ろしていく。
その隣では別のゴーレム馬車へ完成品が積み込まれていた。
大量の下着と布である。
「こちらは?」
「各地へ送る分です」
綿花を運んできた馬車が空荷で帰る必要もない。
物流を管理する者たちが行き先と荷物を調整し、使える輸送力を無駄にしないようにしていた。
一行は工場内へ入った。
最初は紡績工程だった。
綿花から不要なものを取り除き、繊維を整える。
それを糸紡ぎ機へ送る。
何台もの糸紡ぎ機が動き、次々と糸が作られていた。
作業員のそばには紡織教師がいる。
「少し太さが変わっています」
「ここですか?」
「そうです。速さより、まず品質を揃えてください」
教わっているのは新人だけではなかった。
少し離れた場所では、以前アンジェラから教導を受けた女性が、別の作業員を教えている。
さらに別の場所にも教師がいた。
「教師はどのくらい増えたの?」
マーガレットが尋ねる。
アンジェラは現在の人数と配置を報告した。
最初は自分が直接教えていた。
しかし教導を受けた者の中から、次々と教導スキルを発現する者が現れた。
その者たちが教師となり、新しい工場へ向かう。
そこでまた新しい教師を育てる。
「もう私一人で回る必要はありません」
アンジェラが言った。
マーガレットは笑った。
「その方がいいわね」
次は機織りだった。
大量の糸が布へ変わっていく。
出来上がった布は検品され、染色へ送られる。
その後は裁断。
そして縫製。
王妃は縫製場所で足を止めた。
そこには完成した下着が大量に並んでいる。
華美な装飾品ではない。
王国中の民が毎日使うための実用品だった。
バイオレットは一枚を手に取った。
布地を確かめる。
縫い目を見る。
軽く引っ張る。
「丈夫ですね」
「毎日使うものですから」
アンジェラが答える。
「洗濯を繰り返しても、簡単には傷まないようにしています」
「肌触りもいいわ」
王妃は満足そうに頷いた。
オーキスも完成品を確認する。
「充足率はどうなっている?」
「百パーセントを超えました」
「もうか?」
「はい」
王国民が最低限必要とする下着を行き渡らせるという最初の目標は、すでに達成されていた。
だがアンジェラは続ける。
「これから二百パーセントを目指します」
「二百パーセント?」
バイオレットが尋ねた。
「替えが必要ですから」
アンジェラにとっては当然だった。
公衆浴場で身体を洗う。
清潔な下着へ替える。
汚れたものを洗濯する。
乾燥させて、また使う。
一人一枚では、この生活を続けにくい。
衛生教師が清潔にする意味を教えるなら、それを実行できるだけの衣類も必要だった。
「なるほど」
オーキスが頷いた。
公衆浴場。
石鹸。
衛生教育。
そして清潔な下着。
別々に始まった仕事が、一つの生活習慣としてつながっている。
一行は再び荷受け場へ出た。
別のゴーレム馬車が到着していた。
綿花が下ろされる。
完成品が積み込まれる。
一台が出発すると、また次の一台が入ってくる。
綿花を栽培する者。
収穫する者。
糸を紡ぐ者。
布を織る者。
染める者。
裁断する者。
縫う者。
検品する者。
ゴーレム馬車を運用する者。
荷物を積み下ろす者。
各地へ届ける者。
そして、それぞれを教える教師。
一枚の下着が作られるまでに、多くの人間が関わっていた。
「アンジェラ」
バイオレットが声をかけた。
「よくここまで広げましたね」
アンジェラは首を横に振った。
「私だけではありません。教えた人たちが、次の人を教えてくれましたから」
それはアンジェラ自身が歩いてきた道でもあった。
救われる側から、教わる側へ。
自立する側から、教える側へ。
そして今では、アンジェラが教えた者たちまで次の教師を育てている。
王妃はもう一度、工場を見渡した。
「十分です」
王もマーガレットも満足していた。
「では、最後へ行こう」
オーキスの言葉で、一行は再び空へ上がった。
次に向かうのは、アルフレッド侯爵のゴーレム試験場。
そこではミスリル、オリハルコン、アダマンタイト。
三種類の破壊不能ゴーレムが、すでに稼働試験の準備を終えていた。
アルフレッド侯爵のゴーレム試験場へ到着した一行を待っていたのは、整然と並ぶ巨大なゴーレムだった。
国王オーキスと王妃バイオレット、マーガレットが地上へ降りる。
続いて近衛騎士二十人と侍女十人が着地した。
「陛下。お待ちしておりました」
アルフレッド侯爵が出迎える。
その後ろには、ゴーレム魔導師養成学校を卒業した技師たちが並んでいた。
オーキスはすぐに試験場へ視線を向けた。
「報告書は読んだ。今日は実際に動くところを見せてくれ」
「承知いたしました」
アルフレッドが技師へ合図する。
最初に動いたのは五メートル級のゴーレムだった。
「まずは街道整備です」
試験用に、わざと荒らされた道が用意されていた。
大きな石が転がっている。
地面には窪みがある。
一部は土が盛り上がり、そのままでは馬車が通りにくい。
ゴーレムが作業を開始した。
大きな石を持ち上げ、街道の外へ運ぶ。
盛り上がった場所を削る。
削った土を窪みへ運ぶ。
二メートル級も加わり、細かな場所を整えていく。
水が撒かれ、最後に地面を締める。
見る間に街道が平らになっていった。
「速いな」
オーキスが呟く。
「疲れませんから」
アルフレッドが答える。
「人間なら休憩も交代も必要ですが、ゴーレムは作業を続けられます」
次は瓦礫撤去だった。
崩れた建物を想定して石材や木材が積み上げられている。
五メートル級が大きな瓦礫を支える。
二メートル級がその下へ入り、小さな瓦礫を順番に取り除く。
「大きい方だけでは駄目なのね」
バイオレットが気づいた。
「はい。大型には大型、小型には小型の仕事があります」
アルフレッドは試験で分かったことを説明した。
巨大なゴーレムは力がある。
しかし狭い場所での細かな作業には向かない。
そこで二種類を組み合わせる。
「次は崩落現場の修繕です」
斜面の一部が意図的に崩されていた。
ゴーレムが崩れた土砂を撤去する。
大きな岩を運び出す。
土を戻す。
斜面を整える。
排水できるように溝まで作っていく。
近衛騎士たちも黙って見ていた。
戦闘訓練とはまったく違う。
だが、大規模な魔物被害や災害の後に何が必要になるのか、彼らも知っている。
敵を倒して終わりではない。
壊れた道を直す。
崩れた土地を戻す。
人が再び生活できる場所を作る。
ゴーレムはその仕事を黙々と続けていた。
「次は農地開墾です」
今度は何もない荒れ地へ向かう。
五メートル級が大きな岩を取り除く。
固い地面を掘り返す。
二メートル級が細かな石を集める。
土属性を持つ技師たちも補助に入った。
「二十五メートル四方を十面。以前の試験では一時間ほどでした」
「一時間?」
マーガレットが聞き返す。
「はい」
実際に作業が始まると、その意味が分かった。
一体だけではない。
複数のゴーレムが役割を分担することで、荒れ地が見る間に整えられていく。
「これを救援先へ持っていけば……」
マーガレットが呟いた。
アルフレッドが頷く。
「食料を運ぶだけではありません。現地で農地を作れます」
一時的に腹を満たすだけではない。
土地があるなら耕せる。
水路も作れる。
街道も直せる。
救援物資を届けた後、その土地で再び生活するための基盤まで整えられる。
次に用意されたのは大量の瓦礫と、その中に配置されたダミー人形だった。
「要救助者保護試験です」
王妃の表情が変わった。
五メートル級が大きな梁を支える。
その間に二メートル級が瓦礫の中へ入る。
石を一つずつ取り除く。
ダミーが見える。
ゴーレムはすぐには掴まなかった。
身体の下へ腕を差し入れる。
背中を支える。
脚を支える。
頭部が落ちないようにして、ゆっくり持ち上げた。
「ずいぶん丁寧ね」
バイオレットが感心する。
「最初は失敗しました」
アルフレッドは隠さなかった。
「重量物と同じように掴もうとしました。人間なら負傷させていたでしょう」
「それで直したのね」
「はい。救助して怪我を増やしては意味がありません」
一体目。
二体目。
三体目。
ダミーが順番に安全区域へ運ばれていく。
その時だった。
試験場の反対側から兵士たちが現れた。
剣や槍を持ち、魔法を使う準備までしている。
近衛騎士たちが一瞬反応した。
だがアルフレッドは平然としている。
「最後は防護試験です」
「なるほど」
オーキスが笑った。
「救助中に攻撃された場合か」
「その通りです」
兵士たちが前進する。
ゴーレムは攻撃態勢を取らない。
五メートル級が要救助者と兵士たちの間へ立った。
二メートル級は救助を続ける。
「開始!」
矢が飛んだ。
剣が振るわれた。
槍が突き出される。
魔法が放たれる。
炎が直撃する。
土がぶつかる。
風が叩きつける。
それでもゴーレムは止まらなかった。
五メートル級は巨大な壁となって攻撃を受け続ける。
その背後では、二メートル級がダミーを抱き上げていた。
兵士が横から抜けようとする。
五メートル級が移動して進路を塞ぐ。
別の兵士が接近する。
二メートル級が兵士本人ではなく、その武器を掴んだ。
剣だけを取り上げる。
離れた場所へ置く。
殴らない。
斬らない。
踏みつけない。
兵士が右へ行けば進路を塞ぐ。
左へ動けば、また塞ぐ。
その間にも救助活動は続いていた。
マーガレットはその光景をじっと見ていた。
「誰も攻撃していないわね」
「その必要がありませんから」
アルフレッドが答える。
攻撃する側だけが疲れていく。
ゴーレムは壊れない。
救助も止まらない。
住民にも攻撃を届かせない。
やがて最後のダミーが安全区域へ運び込まれた。
「試験終了!」
攻撃役の兵士たちが武器を下ろした。
要救助者。
全員救出。
攻撃側。
死者なし。
負傷者なし。
ゴーレム。
行動に問題なし。
オーキスはしばらく何も言わず、立ち並ぶゴーレムを眺めていた。
やがて満足そうに頷く。
「いいな」
敵を倒す兵器ではない。
敵がいても、人を救うことをやめない。
それが、このゴーレムに与えられた役割だった。
防護試験が終わっても、オーキスはしばらくゴーレムを眺めていた。
試験場には、攻撃を受けた痕跡が残っている。
地面には魔法の跡。
弾かれた矢。
取り上げられた剣や槍。
その向こうでは、救助されたダミー人形が安全区域に並べられていた。
攻撃者を倒してはいない。
それでも要救助者は守られている。
「アルフレッド」
「はい」
「強度について聞きたい」
オーキスの問いに、アルフレッドは技師たちへ合図した。
三種類のゴーレムが前へ出る。
ミスリル。
オリハルコン。
アダマンタイト。
いずれも二メートル級だった。
その後方には、同じ三種類の五メートル級も並んでいる。
バイオレットが見上げた。
「大きい方も完成したのですね」
「はい。基本的な稼働試験は終わっています」
アルフレッドが答える。
歩行。
運搬。
掘削。
街道整備。
農地開墾。
瓦礫撤去。
要救助者の救出。
大型と小型を組み合わせた連携。
必要な試験は繰り返していた。
マーガレットが最も重要な点を尋ねる。
「それで、破壊できるの?」
アルフレッドは少しだけ笑った。
「現在の試験結果では、教導前の一般的な兵士や魔法使いによる破壊は不可能と判断しています」
「三種類とも?」
「はい」
技師の一人が資料を広げた。
剣。
槍。
弓。
打撃武器。
従来型の属性魔法。
複数人による集中攻撃。
試験した内容と結果が記録されている。
ミスリル。
破壊不能。
オリハルコン。
破壊不能。
アダマンタイト。
破壊不能。
二メートル級でも五メートル級でも結果は同じだった。
「ただし」
アルフレッドが続ける。
「絶対に破壊できないという意味ではありません」
オーキスが頷いた。
アルデバラン王国には六属性を扱う者が大勢いる。
テレキネシス。
テレパシー。
レビテーション。
さらに、その上には十属性と高度な超能力を扱う者までいる。
そうした教導後の人間まで含めて破壊不能だとは断定していない。
「旧来の戦い方では破壊できない、ということだな」
「その認識で問題ありません」
それで十分だった。
そもそも、このゴーレムはアルデバラン王国の人間と戦わせるためのものではない。
マーガレットは六体のゴーレムを見比べた。
「量産は?」
「すでに準備を始めています」
アルフレッドが答える。
「ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト。それぞれ二メートル級と五メートル級を十体ずつ稼働させる予定です」
「ということは……」
バイオレットが数える。
三種類。
二つの大きさ。
それぞれ十体。
「六十体ですね」
「はい」
アルフレッドは頷いた。
大型三十体。
小型三十体。
合計六十体。
だが、アルフレッドはそこで話を終えなかった。
「同時に、運用するゴーレム技師も育成します」
オーキスが満足そうに頷く。
ゴーレムだけ作っても意味はない。
動かす者。
整備する者。
現場で状況を判断する者。
大型と小型へ適切な役割を与える者。
救助活動では、人命を最優先に考えられる者。
それらが揃って初めて役に立つ。
「ゴーレム魔導師養成学校とも連携しています。今回の試験結果も教材として共有する予定です」
「失敗もか?」
オーキスが尋ねる。
「もちろんです」
アルフレッドは即答した。
「特に要救助者を最初に重量物と同じように掴もうとした件は、必ず教えます」
王妃が微笑んだ。
「それがいいでしょうね」
成功だけを教えるより、何をしてはいけないかを知る方が重要なこともある。
マーガレットは再び五メートル級アダマンタイトゴーレムを見上げた。
巨大だった。
頑丈だった。
旧来の兵士や魔法使いでは壊せない。
普通なら、それを見て考えるのは軍事利用だろう。
敵陣へ突入させる。
城門を破壊する。
兵士を蹴散らす。
だが、ここで試していたのは違った。
街道を直す。
土砂を運ぶ。
崩落現場を修繕する。
荒野を農地へ変える。
瓦礫を撤去する。
要救助者を抱き上げる。
攻撃されたら、その間に立つ。
武器を取り上げる。
それでも攻撃者本人は傷つけない。
「冒険者ギルドへ貸与するには十分ね」
マーガレットが言った。
アルフレッドも頷く。
「私もそう考えています」
所有するのはアルデバラン王国。
運用先は国際冒険者ギルド。
救援要請があれば必要な地域へ派遣する。
王国軍が国境を越えるのではない。
国際組織による救援活動へ、王国が装備を貸し出す。
オーキスはその意味を理解していた。
「国外で使うなら、なおさら運用規則は必要だ」
「はい」
「勝手に戦争へ使わせるわけにはいかん」
「救援、護衛、輸送、土木、魔物への対処を基本用途とします」
人間同士の争いへ積極的に投入するものではない。
攻撃された場合も、まず防護。
次に武器の取り上げ。
必要なら拘束。
殺傷は目的にしない。
マーガレットが口元を緩めた。
「外国の兵士からしたら嫌でしょうね」
バイオレットが娘を見る。
「なぜ?」
「どれだけ攻撃しても壊れないのに、向こうは戦ってすらくれないのですもの」
オーキスが笑った。
確かにそうだった。
剣を振るう。
効かない。
魔法を撃つ。
効かない。
進もうとする。
巨大なゴーレムが塞ぐ。
武器を持って近づけば取り上げられる。
その背後では住民の救助と物資輸送が淡々と続いている。
戦争そのものが成立しにくい。
「アルフレッド」
オーキスが改めて侯爵を見る。
「よくやってくれた」
「ありがとうございます」
「技師たちもだ」
国王から直接声をかけられ、ゴーレム技師たちが姿勢を正した。
バイオレットも彼らを見る。
「人を傷つけないために、これだけの力を使えるようにしたことを嬉しく思います」
マーガレットも続いた。
「実際に外国へ出れば、ここでは想定できなかった問題も出るでしょう。その時は、また直してください」
「はい!」
技師たちの返事が揃った。
完成ではない。
使いながら改善していけばいい。
視察を終えた一行は、試験場を後にすることになった。
近衛騎士が周囲を確認する。
しかし今度は誰も馬車を探さなかった。
「戻りましょうか」
マーガレットが言う。
王と王妃が頷く。
帰路に何時間も使う必要はない。
近衛騎士二十人。
侍女十人。
王、王妃、マーガレット。
全員が集まる。
マーガレットが転移先を確認した。
次の瞬間。
三十三人の姿が試験場から消えた。
王都。
王宮へ一行が戻る。
一日で公衆浴場を五か所。
衛生教室。
紡織工場。
綿花から下着までの生産と物流。
そして破壊不能ゴーレム。
オーキスは王宮へ戻ると、今日見たものを思い返した。
どれも王が直接作ったものではない。
マーガレットが一人で動かしているわけでもない。
教師が人を育てる。
育った者が働く。
その者が次の教師になる。
技師は失敗から学び、自分たちで改良する。
新しい仕組みが、次の仕組みを生んでいく。
王国はもう、一人の優秀な人間がすべてを動かさなければ止まる国ではなかった。
そして今度は、その力が国境の外で人を救う準備まで整いつつあった。




