91 石鹸
冒険者ギルドの屋外訓練場では、まだ宴会が続いていた。
レバーステーキ、焼肉、ホルモンスープ、骨のスープ。
7700体もの魔物を討伐した後とは思えないほど、あちこちから笑い声が聞こえている。
その片隅で、アダムスは食事を終えると立ち上がった。
そして解体の際に取り分けていた魔物の脂を大量に取り出す。
オークやアースベアなどから得られた脂だった。
土魔法を使い、大鍋を作る。
その中へ脂を次々と放り込んでいった。
「今度は何を始めたんだ?」
近くにいた冒険者が気づいたが、アダムスは気にする様子もない。
鍋へ魔力を注ぐ。
大量の脂が熱せられ、ゆっくりと溶けていく。
白かった脂が液体へ変わったところで、アダムスは手を向けた。
「ピュリフィケーションバレット」
浄化の力が鍋全体へ広がった。
脂に混ざっていた不純物が除去される。
鑑定。
問題なし。
アダムスは木灰を取り出すと、鍋の中へ加えてかき混ぜ始めた。
料理をしていた食品ギルドの職員が、その様子に気づいた。
「何を作ってるんです?」
「もう少し待ってください」
アダムスはそれだけ答えた。
食品ギルドの職員が首を傾げる。
料理には見えない。
薬にも見えない。
今度は商業ギルドの職員まで寄ってきた。
アダムスは鍋の状態を確認すると、木材を使って大きな木枠を作った。
その中へ鍋の液体を流し込んでいく。
いくつもの木枠が満たされた。
しばらく待つ。
液体が冷えて固まり始めた。
アダムスは指で状態を確認する。
「これくらいですね」
ウィンドカッター。
風の刃が固まった塊を走る。
縦。
横。
一定の間隔で切り分けられ、手に持てる程度の四角い塊が大量に完成した。
食品ギルド。
商業ギルド。
冒険者ギルド。
気づけば3つのギルドの職員が集まっていた。
「なんですか、それ?」
商業ギルドの職員が尋ねる。
アダムスは四角い塊を1個取った。
「石鹸ですよ」
「石鹸?」
聞き慣れない物を見るように、職員たちが覗き込む。
そこへガイルもやって来た。
アレクサンドとアンジェラも続く。
騒ぎに気づいたバルドとエミリアまで近づいてきた。
「今度は何だ?」
バルドが嫌そうな顔で聞く。
「石鹸です」
アダムスは同じ答えを返した。
説明するより使った方が早い。
アダムスは石鹸を手に取り、水魔法で水を出した。
石鹸を濡らして両手をこする。
白い泡が立つ。
解体と料理で付着していた脂汚れが浮き上がっていった。
水魔法で洗い流す。
手がきれいになる。
周囲が静かになった。
ガイルが石鹸を1個取った。
「貸してくれ」
同じように水魔法で手を洗う。
泡立てる。
流す。
「……落ちるな」
アンジェラも試す。
「本当ですね。脂が残りません」
アレクサンドも手を洗った。
解体作業で何度も洗ったはずの手が、さらにさっぱりする。
エミリアも石鹸を使ってみる。
「これは便利ですね」
その横で商業ギルドの職員だけは別の反応をしていた。
石鹸を見る。
アダムスを見る。
大量に残っている魔物の脂を見る。
もう1度石鹸を見る。
「これ……売れますよ」
声が変わった。
別の職員も石鹸を手に取る。
「料理人が使える」
「宿屋でも使えるぞ」
「浴場にも置ける」
「冒険者にも需要がある」
食品ギルドの職員も加わる。
「調理器具の脂汚れにも使えるんじゃないか?」
実際に皿を洗う。
汚れが落ちる。
職員たちの目の色が変わった。
「薬師ギルドにも知らせないと!」
商業ギルドの職員が叫んだ。
バルドが頭を抱えた。
「やっぱりこうなったか……」
隣でエミリアが微笑んでいる。
アレクサンドは大量に保管されている脂を思い浮かべた。
7700体分の魔物。
利用できる脂はまだ大量にある。
「これだけ大量の脂があったら、石鹸1000万個くらい作れるわね」
職員たちの動きが止まった。
アダムスは少し考えた。
そして何でもないことのように答える。
「もっと作れますよ」
「……もっと?」
「はい」
しれっとのたまう。
商業ギルドの職員が跳ねるように立ち上がった。
「緊急会議を招集しろ!」
「食品ギルドにも連絡!」
「薬師ギルドも呼べ!」
「明日朝イチだ!」
数人がその場から走り出した。
さっきまで宴会だったはずの屋外訓練場で、新商品の事業計画が動き始めていた。
バルドは青空を見上げた。
嫌な予感はしていた。
食品ギルドが料理に食いついた時から、何かが始まると思っていた。
まさか次は石鹸とは思わなかった。
「……やっぱり当たったか」
バルドの嫌な予感だけは、今回も見事に的中していた。
商業ギルドの職員たちが騒ぐ横で、アダムスは残った石鹸を木枠から取り出していた。
ウィンドカッター。
大きな塊を同じくらいの大きさに切り分ける。
その横では食品ギルドと冒険者ギルドの職員たちが、完成した石鹸を次々と試していた。
水魔法で水を出す。
石鹸を濡らして手をこする。
適度に泡立ち、解体や料理で付着していた脂汚れが落ちていく。
「これ、調理器具にも使えませんか?」
食品ギルドの職員が宴会で使った器具を持ってきた。
石鹸をつけて洗う。
水魔法ですすぐ。
付着していた脂がきれいに落ちた。
「使える!」
今度はアンジェラが焼肉に使った石板を確認した。
表面にはオークの脂が残っている。
石鹸を使って洗い、水魔法ですすぐ。
こちらもきれいになった。
「便利ですね」
アンジェラが感心する。
食品ギルドの職員たちの目が変わった。
「厨房で使えるぞ」
「肉を扱う店なら欲しがる」
「食品加工場でも使える」
「料理人の手洗いにもいい」
話が急速に広がっていく。
バルドは少し離れた場所で頭を抱えていた。
「もう始まってるじゃねえか……」
商業ギルドの職員は、さらに重要なことを確認していた。
「アダムスさん。材料は魔物の脂と木灰ですね?」
「そうですよ」
「他には?」
「特にありません」
「製造に必要な設備は?」
「大鍋と型があれば作れます」
アダムスは何でもないことのように答える。
「大鍋は土魔法でも作れます。水も水魔法で出せます」
「不純物の除去は?」
「ピュリフィケーションバレットですね」
商業ギルドの職員が黙った。
食品ギルドの職員も同じだった。
王都では教導が進んでいる。
魔力循環。
魔力操作。
各属性魔法。
ピュリフィケーション。
以前なら特別だった能力を使える者が増えている。
土魔法が使えれば大鍋を作れる。
水魔法が使えれば大量の水も用意できる。
そして木灰。
「木灰なら竈からいくらでも手に入る」
食品ギルドの職員が呟いた。
料理店。
宿屋。
家庭。
食品加工場。
日常的に竈で火を使う場所なら灰は出る。
これまで捨てられていたものを集めればいい。
そして魔物の脂。
冒険者が魔物を討伐する。
解体すれば脂が出る。
今回だけでも7700体。
これまで利用先が限られていた部位だった。
商業ギルドの職員が石鹸を見る。
「原料が安い」
別の職員が首を振った。
「安いどころじゃない。これまで価値が低かったもの同士だ」
魔物の脂。
竈から出る木灰。
その2つから商品が生まれる。
しかも使い道は多い。
その時、ガイルが石鹸を見ながら言った。
「冒険者にも便利だな」
「そうね」
アレクサンドが頷く。
「解体の後に手を洗えるわ」
「野営中でも水魔法があれば使える」
「身体を洗うのにも使えそうね」
アンジェラが石鹸を手に取った。
紡織教師として別のことが気になったらしい。
布へ少量の脂を付ける。
石鹸で洗う。
水魔法ですすぐ。
汚れが落ちた。
アンジェラが布を広げる。
「衣類にも使えます」
商業ギルドの職員が振り返った。
「衣類?」
「はい。洗濯にも使えますね」
職員たちが再び騒ぎ始める。
「家庭需要がある!」
「宿屋も大量に使うぞ!」
「浴場にも置ける!」
「洗濯をする職人にも売れる!」
バルドが両手で顔を覆った。
「用途を増やすな……」
アレクサンドが不思議そうに首を傾げる。
「良いことでは?」
「良いことだから面倒なんだよ!」
バルドの声にエミリアが笑った。
商業ギルドの職員たちは既に宴会どころではなくなっていた。
石鹸1個に必要な脂。
木灰の量。
製造人数。
王都での需要。
宿屋。
浴場。
料理店。
食品加工場。
冒険者。
一般家庭。
次々と販売先が書き出されていく。
「1000万個でも足りないんじゃないか?」
誰かが呟いた。
全員が石鹸を見る。
そして大量に保管されている魔物の脂を思い出す。
アダムスは相変わらず平然としていた。
「脂なら、また魔物を討伐すれば手に入りますよ」
バルドが顔を上げた。
「お前は簡単に言うな!」
「魔物はいますから」
「そういう問題じゃねえ!」
周囲から笑い声が上がった。
しかし商業ギルドの職員だけは真剣だった。
「明日の会議、食品ギルドも参加だ」
「薬師ギルドにも来てもらう」
「冒険者ギルドも必要だ」
バルドが嫌そうな顔をする。
「なんでうちまで?」
「脂の供給元です」
「……そうだった」
魔物を討伐する冒険者。
解体で出る脂。
竈から出る木灰。
それまで価値の低かった2つの副産物が、新しい商品へ変わろうとしていた。
バルドは手の中の小さな石鹸を見る。
そして空を見上げた。
「明日の朝、早いんだろうな……」
エミリアが微笑んだ。
「緊急会議ですからね」
バルドは深いため息をついた。
嫌な予感は、もう予感ではなくなっていた。
翌朝。
商業ギルドの会議室には早朝から関係者が集まっていた。
商業ギルド。
食品ギルド。
薬師ギルド。
冒険者ギルド。
机の中央には、昨日アダムスが作った石鹸が置かれている。
バルドは腕を組みながら、それを眺めていた。
「本当に会議になったな……」
隣に座るエミリアが微笑む。
「昨日のうちに決まっていましたよ」
「俺は宴会をしていただけなんだがな」
そこへアダムス、ガイル、アレクサンド、アンジェラも入ってきた。
今回の発端となった4人である。
特にアダムスへ視線が集まった。
本人だけは理由が分かっていないような顔をしている。
商業ギルドの職員が立ち上がった。
「まず確認します。この石鹸は昨日、アダムスさんが魔物の脂と木灰から作ったものです」
机の上の石鹸を持ち上げる。
「実際に使用しました。手洗い、調理器具の洗浄、石板の洗浄、衣類の洗濯でも汚れが落ちています」
食品ギルドの代表が頷く。
「特に脂汚れに有効でした。肉を扱う料理店や食品加工場では非常に有用です」
次に薬師ギルドの職員が石鹸を確認した。
水魔法で水を出し、実際に手を洗う。
泡立てる。
すすぐ。
さらに鑑定。
「問題ありません。衛生用品として十分利用できるでしょう」
商業ギルドの職員たちが一斉に資料へ書き込む。
「では製造方法を確認します」
アダムスが呼ばれた。
「魔物の脂を大鍋で煮込みます」
「はい」
「脂が溶けたらピュリフィケーションバレットで不純物を除去します」
「はい」
「木灰を入れて混ぜます」
「はい」
「型へ流して冷やし、固まったら適当な大きさへ切ります」
説明が終わった。
会議室が静かになる。
商業ギルドの職員が確認した。
「……それだけですか?」
「それだけですよ」
アダムスは平然としている。
難しい製法ではない。
大量の魔物の脂。
木灰。
大鍋。
型。
ピュリフィケーション。
必要なのはそれだけだった。
「木灰の確保については?」
食品ギルドの代表が答える。
「問題ありません。竈からいくらでも手に入ります」
王都だけでも大量の竈が毎日使われている。
料理店。
宿屋。
食品加工場。
一般家庭。
これまで処分していた木灰を集めればいい。
「脂は?」
今度は視線がバルドへ向いた。
バルドが嫌そうな顔をした。
「なんで俺を見る」
「冒険者ギルドが供給元になるからです」
「分かってるよ」
魔物を討伐する。
解体する。
肉、皮、牙、爪、骨、魔石を回収する。
そこへ新しく脂が商品として加わる。
今まで価値が低かった部位にも値段がつくことになる。
「冒険者にとっても悪い話ではないでしょう」
エミリアが言った。
「討伐した魔物から得られる収入が増えます」
バルドも否定できなかった。
「そうなんだよな……」
冒険者に利益がある。
ギルドにも利益がある。
商業ギルドにも利益がある。
食品ギルドにも需要がある。
薬師ギルドは衛生面から普及させたい。
誰も損をしていない。
だからこそ話が止まらない。
商業ギルドの職員がアレクサンドへ尋ねた。
「昨日、1000万個ほど作れると仰いましたね?」
「ええ」
アレクサンドが頷く。
「保管されている脂の量から考えれば、そのくらいはいけると思うわ」
そこでアダムスが口を開いた。
「もっと作れますよ」
また言った。
バルドが額を押さえる。
商業ギルドの職員は真剣だった。
「具体的には?」
アダムスは少し考える。
「今回の脂だけで考える必要はありませんよね?」
「と言いますと?」
「魔物は今後も討伐されます」
会議室が静かになった。
「王都だけじゃありません。各地の冒険者ギルドで魔物は毎日討伐されています。脂を捨てずに回収すればいいだけでしょう?」
商業ギルドの職員が固まった。
食品ギルドの代表も黙る。
薬師ギルドの職員がゆっくり顔を上げた。
バルドだけが両手で頭を抱えた。
「言いやがった……」
王都だけではない。
王国各地。
冒険者が魔物を討伐する場所なら、どこでも脂は手に入る。
そして竈がある場所なら木灰も手に入る。
原料は王国中に存在していた。
商業ギルドの職員が勢いよく立ち上がった。
「王都だけの事業にする必要がない!」
別の職員も続く。
「各都市の冒険者ギルドから脂を集められる!」
「いや、現地で製造した方が輸送量を減らせるぞ!」
「製造方法を各支部へ教導すればいい!」
会議室が一気に騒がしくなる。
バルドは椅子へ深く座り込んだ。
昨日まで価値の低かった魔物の脂。
竈から出る木灰。
それが一晩で王国規模の商品へ変わろうとしていた。
アダムスは騒ぐ職員たちを見ながら首を傾げた。
「そんなに珍しいものですか?」
バルドは顔を上げた。
「元凶がそれを言うな」
アダムスには、なぜ怒られたのか分からなかった。
会議室の熱気は収まらなかった。
王国各地で魔物の脂を回収する。
各地の竈から木灰を集める。
現地で石鹸を製造する。
商業ギルドの職員たちは、既に販売方法まで考え始めていた。
「王都で一括生産する必要はない」
「各都市で作れば輸送するのは完成した石鹸だけで済む」
「いや、完成品も現地で販売すれば輸送そのものを減らせる」
「製造方法を統一しよう。品質に差が出ると困る」
薬師ギルドの職員が口を挟んだ。
「そこは私たちも参加します。ピュリフィケーション後の状態を鑑定し、品質基準を決めましょう」
食品ギルド側も黙っていない。
「料理店と食品加工場への導入はこちらで進めます」
「竈から出る木灰の回収も食品ギルドならやりやすい」
「捨てていたものを集めるだけですからね」
役割が次々と決まっていく。
バルドは黙って聞いていた。
冒険者ギルドの役割だけは最初から明確だった。
魔物の脂を回収すること。
これまで解体時に重要視されなかった脂を、素材として扱う。
各支部へ通達すればいい。
魔物の種類。
脂の量。
状態。
それらによって買取価格を決める必要はあるが、難しい話ではなかった。
「冒険者の収入も増えるか」
バルドが呟く。
エミリアが頷いた。
「今まで値段がつかなかったものに価値が生まれるんですから」
「そうなんだよな」
バルドとしても反対する理由がない。
むしろ歓迎すべき話だった。
魔物を討伐する。
肉を売る。
皮を売る。
牙、爪、骨、魔石を売る。
さらに脂まで売れる。
同じ1体を討伐しても、冒険者が得られる収入は増える。
素材を損壊しない戦い方を覚えた者なら、さらに利益は大きくなる。
解体スキルの価値も上がるだろう。
ガイルが腕を組んだ。
「ますます解体が重要になるな」
アレクサンドが頷く。
「そうね。脂を雑に捨てたら、その分だけ収入を捨てることになるもの」
アンジェラも石鹸を手に取った。
「衣類を洗えるなら、紡織工房でも使いたいです」
商業ギルドの職員が反応する。
「紡織工房!」
バルドが即座に言った。
「もう驚かんぞ」
職員が振り返る。
「何がです?」
「こっちの話だ」
アンジェラは気にせず続けた。
「糸や布を扱う場所では汚れを嫌います。職人の手を洗うだけでも便利ですし、洗濯にも使えます」
職員が新しい販売先を書き加える。
一般家庭。
宿屋。
浴場。
料理店。
食品加工場。
冒険者。
薬師。
紡織工房。
他の工房でも需要はあるだろう。
石鹸を使う場所は想像以上に多かった。
「価格を抑えたいですね」
薬師ギルドの職員が言った。
「衛生用品なら、富裕層だけが使える商品にする意味はありません」
その言葉に商業ギルド側も頷いた。
原料は高価ではない。
魔物の脂は冒険者から買い取る必要があるが、希少素材ではない。
木灰は竈から大量に集められる。
製造にも特殊な設備は必要ない。
教導を受けた者なら魔法を利用して大量生産できる。
高級品として少量を売る理由がなかった。
「大量に作って安く売る」
商業ギルドの職員が結論を出した。
「その方が市場が大きい」
薬師ギルドの職員も頷く。
「手洗いが広がれば衛生環境も良くなります」
食品ギルドからも声が上がる。
「厨房が清潔になる」
「食器や調理器具も洗いやすくなる」
「食品を扱う職人にも教えよう」
話は商売だけでは終わらなくなっていた。
衛生。
食品。
衣類。
冒険者の野営。
工房。
石鹸1つが生活の多くに関係している。
アダムスは会議を聞きながら、不思議そうな顔をしていた。
「脂を捨てるのがもったいなかったから作っただけなんですけどね」
バルドがアダムスを見る。
「お前は黙ってろ」
「なぜです?」
「また何か思いつかれたら困る」
「別に大したことはしてませんよ」
「それが怖いんだよ!」
会議室に笑いが起きた。
アレクサンドも口元を押さえて笑っている。
アンジェラも微笑んだ。
ガイルだけはアダムスの肩を叩いた。
「気にするな。俺もよく分からん」
「ですよね」
「お前ら2人とも少しは分かれ!」
バルドの声が響く。
エミリアは笑いながら議事録を書いていた。
そして、その日のうちに方針が決まった。
冒険者ギルドは魔物の脂を素材として買い取る。
食品ギルドは竈から出る木灰の回収に協力する。
薬師ギルドは品質と衛生管理を担当する。
商業ギルドは製造と流通を整える。
製法は教導によって各地へ広げる。
王都から始まり、やがて地方都市へ。
そして村へ。
これまで捨てられていた魔物の脂と木灰が、人々の身体や衣類、食器を清潔にする石鹸へ変わっていく。
始まりは国家会議でも、大商人の発案でもなかった。
大規模戦の後。
屋外訓練場で肉を食べ終えたアダムスが、大量に余った脂を見ただけだった。
「もったいないから使いましょう」
ただそれだけの発想が、王国の新しい産業を生み出そうとしていた。




