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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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89 解体

ガイル率いる25人とアンジェラ、アレクサンドが冒険者ギルドの訓練場へ帰還した。


転移によって突然現れた一団を見て、訓練場にいた職員たちが振り返る。


出発した時と人数は変わっていない。


死者0。


重傷者0。


軽傷者すら見当たらなかった。


報告を受けたギルドマスターのバルドは、最初こそ安心したように頷いていた。


「それで、討伐数は?」


ガイルが平然と答える。


「7700体だ」


「……何体?」


「7700体」


バルドの動きが止まった。


聞き間違いではなかった。


ゴブリン1000体。


オーク1000体。


フォレストウルフ5200体。


アースベア500体。


しかも、それぞれ約1割が上位種。


バルドは無言で25人を見る。


誰も疲労困憊していない。


ガイルなど普段と変わらない顔をしている。


「待て」


バルドは額を押さえた。


「7700体だぞ?」


「ああ」


「大災害級だぞ?」


「そうなのか?」


「そうなのかじゃない!」


訓練場にバルドの声が響いた。


これだけの魔物が一斉に人里へ押し寄せれば、複数の村や町が壊滅しかねない。


騎士団への緊急要請。


冒険者の大規模招集。


住民の避難。


補給計画。


本来なら国家規模の対応さえ必要になる。


それを25人で殲滅した。


しかも死者0。


重傷者0。


バルドは頭を抱えた。


「王国が滅びるレベルだぞ……」


そこで記憶が蘇った。


つい最近。


100万体規模のスタンピードがあった。


「ああ……それに比べれば7700体くらい……」


バルドが頷きかける。


そして止まった。


「違う!」


自分で自分に突っ込んだ。


7700体が小規模なわけがない。


100万体という数字を経験したせいで感覚がおかしくなっている。


しかも目の前の25人は、その7700体を武器すらほとんど使わず処理して帰ってきた。


「もういい」


バルドは椅子へ座った。


「考えるのをやめる」


ガイルが笑った。


「その方がいいぞ」


「お前が言うな」


しかし仕事は待ってくれない。


討伐した7700体は25人のアイテムボックスに収納されている。


時間停止しているため劣化の心配はない。


問題は解体だった。


ガイルたちはすぐに訓練場の一角を広く空けた。


アレクサンドとアンジェラも加わる。


合計27人。


アイテムボックスから魔物を順番に取り出していった。


最初はゴブリンだった。


ゴブリンは魔石以外に価値の高い素材がほとんどない。


レオンたちはウォーターカッターとウィンドカッターを使い、次々と魔石を取り出す。


1000体。


通常なら、それだけでも気が遠くなる作業だ。


しかし27人は魔力循環と魔力操作を維持したまま手を動かしていく。


魔石を取り出した死体はまとめて処理する。


「ピュリフィケーションバレット」


浄化の力が広がった。


不要な部分が分解されていく。


残ったものを肥料として利用できる状態へ整え、アイテムボックスへ収納する。


捨てる必要はない。


魔石は資源。


死体も農地へ戻せば資源になる。


次はオーク。


肉。


皮。


牙。


骨。


魔石。


素材ごとに分ける。


フォレストウルフも同じだった。


肉、皮、牙、爪、骨、魔石。


アースベアは巨体だけに得られる素材量も多い。


27人は淡々と解体を続けた。


戦闘で素材をなるべく損壊しないよう意識した成果も大きかった。


グラビティやテレキネシスで仕留めた個体は、皮や肉の状態が非常に良い。


解体するほど、その違いが分かった。


そして作業を続けているうちに変化が起きた。


27人の身体が淡く光る。


鑑定できる者が確認する。


解体スキルLv5。


積み重ねてきた経験が、一気に形になっていた。


その頃。


冒険者ギルドの受付は戦場になっていた。


「食品ギルドの方はこちらです!」


受付嬢エミリアが声を上げる。


「商業ギルドの方は素材保管担当についてください!」


次々と関係者が到着する。


肉だけでも膨大な量だ。


皮。


牙。


爪。


骨。


魔石。


上位種の素材まである。


到底その日のうちに査定できる量ではなかった。


バルドは積み上がる記録を見て、再び額を押さえた。


「肉以外の査定は……1週間はかかるな」


アイテムボックスを持つ職員たちが、分類済みの素材を順番に預かっていく。


討伐は数時間。


しかし、その後に動く物流と商取引は何日も続く。


バルドは忙しく走り回る職員たちを見た。


そして訓練場で黙々と解体を続ける27人を見る。


「……やっぱり考えるのやめよう」


その判断だけは、今日2度目だった。




訓練場では解体作業が続いていた。


ゴブリン1000体の処理を終え、次に取り出されたのはオークだった。


1000体。


そのうち約100体は上位種である。


アイテムボックスから次々と取り出される巨体を見て、冒険者ギルドの職員たちは途中から数えることを諦めていた。


レオン、ガレス、ミリア、エリックが中心となって解体を進める。


ウォーターカッター。


ウィンドカッター。


刃物は使わない。


細く形成した水と風の刃を魔力操作で制御し、皮と肉の境目を正確に切り分けていく。


戦闘でほとんど損傷していないため、解体もしやすい。


「やっぱり違うな」


レオンがオークの皮を広げた。


大きな傷がない。


ガレスも隣の個体を確認する。


「剣で斬ってないからな」


以前なら討伐時の傷は当然のものだった。


剣で斬れば皮が裂ける。


槍で貫けば肉も傷む。


強力な攻撃魔法なら、さらに広い範囲が素材として使えなくなる。


今回は違った。


グラビティによる圧殺。


テレキネシスによる首の捻り。


必要な場面だけサンダーボルト。


素材の状態が良い。


解体スキルをLv5まで伸ばしたことで、その価値の差も以前より明確に理解できるようになっていた。


「戦う時点で解体は始まってるってことか」


ガレスの言葉にミリアが頷く。


「どう倒すかで値段が変わるものね」


エリックも魔石を取り出しながら答えた。


「強い魔法を使えばいいって話じゃないのね」


4人の会話を聞きながら、他の者たちも手を動かす。


アレクサンドも同じだった。


教官として立って見ているだけではない。


自分の手で解体する。


アンジェラも黙々と作業を続けていた。


紡織教師である彼女にとって、皮や毛は別の意味でも興味深い素材だった。


解体された肉は食品ギルドへ。


皮、牙、爪、骨、魔石は商業ギルドへ回すため分類する。


上位種の素材は通常種とは分けた。


そこへ受付嬢エミリアが走ってきた。


「食品ギルドから追加で職員が来ました!」


「助かる」


ガイルが答える。


「肉の引き渡しを先に進めてくれ」


「分かりました!」


エミリアは再び走っていった。


訓練場の外では食品ギルドの職員たちが待機している。


アイテムボックス持ちを中心に集められていた。


解体された肉を受け取り、種類と量を記録して収納する。


オークだけでも膨大だった。


さらにフォレストウルフ5200体。


アースベア500体が残っている。


商業ギルドの職員も増えていた。


皮を確認する者。


牙と爪を分類する者。


魔石を記録する者。


骨の用途を確認する者。


しかし査定までは追いつかない。


バルドは報告書を見ながら言った。


「今日は保管を優先しろ。値段を決めるのは後だ」


職員が頷く。


「上位種だけでも相当数あります」


「分かってる」


「通常種の皮も状態が良すぎます」


「それも分かってる」


「魔石も」


「分かってる!」


バルドの声が大きくなった。


職員が黙る。


バルドは頭を抱えた。


「すまん。お前は悪くない」


問題は量だった。


7700体。


しかも素材の損傷が少ない。


討伐数だけではなく、商品として持ち込まれた素材量が異常だった。


肉以外の査定には1週間程度必要になる。


場合によっては、それ以上かかるかもしれない。


「アイテムボックス持ちを優先して回せ。査定が終わるまで劣化させるな」


「はい!」


指示を受けた職員が走る。


訓練場ではフォレストウルフの解体が始まっていた。


5200体。


今回最大の山だった。


しかし27人の手は止まらない。


魔力循環。


魔力操作。


ウォーターカッター。


ウィンドカッター。


テレキネシスで身体の向きを変えながら、必要な素材を切り分ける。


皮。


肉。


牙。


爪。


骨。


魔石。


分類された素材が次々とアイテムボックスへ消えていく。


バルドはその光景を遠くから眺めた。


25人で7700体を討伐。


死者0。


重傷者0。


帰還は転移。


輸送はアイテムボックス。


そして帰ってきたら27人で解体。


解体スキルLv5。


バルドはしばらく黙っていた。


やがて隣にいたエミリアへ尋ねる。


「なあ、エミリア」


「はい?」


「冒険者って、こんな仕事だったか?」


エミリアも訓練場を見る。


少し考えた。


「……最近は、そうなのでは?」


バルドは天井を見上げた。


「そうか」


数秒後。


「いや、違うだろ」


しかし誰も答えてくれなかった。


ギルドの常識が変わる速度に、ギルドマスターだけが追いつけなくなり始めていた。




フォレストウルフ5200体の解体が続いていた。


数だけを見れば気が遠くなる量だった。


しかし27人の作業速度は落ちない。


魔力循環を維持し、魔力操作によってウォーターカッターとウィンドカッターを細く形成する。


皮を剥ぐ。


肉を分ける。


牙を外す。


爪を取る。


骨と魔石を回収する。


上位種は通常種とは別に分類する。


作業を繰り返すほど動きは洗練されていった。


解体スキルLv5。


その効果は単純な作業速度だけではない。


どこへ刃を入れれば素材を傷つけないのか。


どの部位に価値があるのか。


どこまで利用できるのか。


27人がそれを感覚的に理解し始めていた。


「次」


レオンの声に合わせ、アイテムボックスからフォレストウルフが取り出される。


ガレスが身体を固定する。


ミリアが皮を処理する。


エリックが魔石を取り出す。


周囲でも同じ作業が進んでいた。


アレクサンドも教官という立場に関係なく手を動かす。


アンジェラも慣れた動きで素材を分類していた。


訓練場の端では、冒険者ギルド職員が記録を取り続けている。


「フォレストウルフの皮、追加です!」


「何枚だ?」


職員が聞く。


「まだ数えています!」


「肉は?」


「食品ギルドへ引き渡し中です!」


「牙と爪は?」


「商業ギルドの保管担当へ!」


声が飛び交う。


受付嬢エミリアも受付に座っている暇などなかった。


食品ギルドから到着した職員を訓練場へ案内し、次は商業ギルドの担当者を保管場所へ連れていく。


通常の依頼受付も止められない。


「エミリアさん!」


「今行きます!」


訓練場と受付を何度も往復する。


冒険者ギルドそのものが巨大な物流拠点になっていた。


バルドは積み上がっていく報告書を前にして頭を抱える。


「皮だけで何枚あるんだ……」


「フォレストウルフだけで5200体です」


職員が答えた。


「知ってる」


「そのうち上位種が約1割」


「それも知ってる」


「アースベアがまだ500体残っています」


バルドが顔を上げた。


「言うな」


職員が口を閉じる。


そこへ別の職員が走ってきた。


「ギルドマスター!」


「今度はなんだ」


「商業ギルドから、今日中の査定は不可能との連絡です」


「最初から分かってる!」


バルドは即答した。


皮、牙、爪、骨、魔石。


さらに上位種の希少素材。


状態まで確認して価格を決める必要がある。


これだけの量を急いで査定すれば間違いが起きる。


「1週間を目安にしろ。今日は分類と保管だ」


「はい!」


「アイテムボックス持ちを集めろ。素材を劣化させるな」


「商業ギルドからも追加で来ています」


「任せろ。記録だけ残せ」


職員が走り去る。


その間にも解体は進んでいた。


やがてフォレストウルフの山が消えた。


最後に残ったのはアースベア500体。


アイテムボックスから最初の1体が取り出される。


巨大な身体が訓練場へ横たわった。


「でかいな」


ガイルが言う。


レオンが状態を確認した。


グラビティとテレキネシスを中心に仕留めたため、目立った損傷が少ない。


「皮もかなり取れる」


アンジェラも毛並みを確認する。


「これは衣類にも使えそうですね」


すぐに解体が始まった。


ウォーターカッターが走る。


厚い皮が傷を増やすことなく剥がされていく。


肉。


牙。


爪。


骨。


魔石。


1体から得られる素材量がフォレストウルフとは比較にならない。


食品ギルドの職員が肉を見て固まった。


「これが500体……?」


「上位種もいるぞ」


ガイルが教える。


職員はしばらく黙った。


「アイテムボックス持ちを追加で呼んできます」


そう言って走っていった。


ガイルが笑う。


「正しい判断だな」


作業は続く。


戦場では7700体という数を相手にしても止まらなかった25人。


今度はその7700体を資源へ変えている。


倒して終わりではない。


食料になる。


衣類になる。


道具になる。


魔石は魔道具へ使える。


利用できない部分も肥料へ変えられる。


討伐された魔物が、王都を支える資源へ姿を変えていく。


バルドはその光景を見ながら、ふと気づいた。


「……これ、討伐報酬だけの話じゃないな」


7700体分の素材が市場へ流れる。


食品ギルド。


商業ギルド。


加工職人。


料理人。


皮革職人。


多くの仕事が動く。


大規模戦が終わった後に始まったのは、もう1つの大仕事だった。


そしてその中心では、27人が何事もなかったようにアースベアを解体し続けていた。




アースベア500体の解体も終盤に入っていた。


訓練場へ取り出されていた巨体は次々と素材へ変わっていく。


肉。


皮。


牙。


爪。


骨。


魔石。


通常種と上位種を分け、さらに品質ごとに分類する。


27人の解体スキルはLv5。


魔力循環と魔力操作を維持したまま作業を続けているため、長時間の解体でも動きが大きく乱れることはなかった。


ウォーターカッターが厚い皮と肉の間を走る。


ウィンドカッターが細かな部分を切り分ける。


刃物を使わないため、魔力操作さえ正確なら切断位置を細かく調整できる。


最後のアースベアから魔石が取り出された。


レオンが確認する。


「これで終わりだ」


ガイルがアイテムボックスを確認した。


討伐した魔物は残っていない。


7700体。


解体終了。


その言葉を聞いた瞬間、冒険者ギルドの職員たちから安堵の息が漏れた。


しかし仕事が終わったわけではない。


むしろ職員たちにとっては、ここからが本番だった。


訓練場の端には食品ギルド、商業ギルドから派遣された職員たちが集まっている。


解体された肉は食品ギルド側のアイテムボックス持ちへ順番に引き渡された。


種類。


通常種か上位種か。


重量。


記録を残してから収納する。


商業ギルド側も同様だった。


皮。


牙。


爪。


骨。


魔石。


それぞれを分類し、担当者が受け取っていく。


受付嬢エミリアが記録用紙を抱えて走り回っていた。


「アースベアの上位種、皮の記録がまだです!」


「こっちだ!」


「フォレストウルフの牙は?」


「保管済みです!」


「魔石の数は必ず照合してください!」


普段は受付で冒険者たちを迎える彼女も、今日は完全に物流担当だった。


他のギルド職員も同じである。


受付。


倉庫。


訓練場。


商業ギルドの担当者。


食品ギルドの担当者。


人が絶えず行き来していた。


バルドはその中央で報告を受け続けている。


「ギルドマスター。肉の引き渡しは順調です」


「分かった」


「皮と骨は量が多すぎるため、商業ギルドから保管要員をさらに出すそうです」


「頼む」


「魔石の査定は?」


「後だ」


バルドは即答した。


「今日は数と種類だけ確認しろ。価格まで決めようとするな」


これほどの量を1日で査定する方が危険だった。


通常種だけではない。


約1割は上位種。


しかも戦闘時の損傷が少なく、素材の状態が良い。


同じアースベアの皮でも状態によって価格は変わる。


牙や爪も大きさと品質を見る必要がある。


魔石も1つずつ確認しなければならない。


「肉以外は1週間くらい見ておけ」


バルドが告げた。


商業ギルドの職員も頷く。


「こちらもその程度は必要だと考えています」


「急がなくていい。間違える方が困る」


査定待ちの素材は、アイテムボックスを持つ職員へ預けられる。


時間停止しているため劣化しない。


これも以前なら考えられないほど便利な保管方法だった。


その横では27人が解体道具も使わず、手を洗っていた。


ガイルが肩を回す。


「終わったな」


「討伐より時間がかかったわね」


ミリアが苦笑した。


「7700体だからな」


ガレスも笑う。


アレクサンドは鑑定で自分たちの状態を確認していた。


「解体スキルLv5」


周囲が自分のスキルを確認する。


ガイル。


フェリクス。


ロイド。


ブラッド。


レオン。


ガレス。


ミリア。


エリック。


他の班員たち。


アンジェラ。


アレクサンド。


27人が解体スキルLv5へ到達していた。


「Lv5か」


ガイルは感心したように頷いた。


しかし、それ以上は特に気にしなかった。


7700体を処理したのだから上がって当然。


そんな認識だった。


バルドはその会話を聞いてしまった。


「……お前たち」


ガイルが振り返る。


「どうした?」


「なんでもない」


バルドは言うのをやめた。


25人で大災害級の魔物を殲滅。


死者0。


重傷者0。


武器もほぼ不要。


帰還は転移。


7700体をアイテムボックスで輸送。


そのまま解体。


さらに27人が解体スキルLv5。


そして本人たちは、


終わったな。


その程度の感想しか持っていない。


バルドは深く息を吐いた。


少し前なら、こんな冒険者が27人も目の前にいれば腰を抜かしていたかもしれない。


しかし100万体のスタンピードを経験した。


アダムスも見た。


アークの教導が王国中へ広がっていることも知っている。


バルドは静かに天井を見上げた。


「……俺まで慣れてきてないか?」


エミリアが横を通りながら答えた。


「慣れた方が仕事は楽ですよ」


バルドは少し考えた。


そして頷いた。


「そうだな」


もう考えない。


目の前の仕事を処理する。


それが今の冒険者ギルドで働くために、最も必要な能力なのかもしれなかった。





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