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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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86 職位の機微

アレクサンド・シュバリツコフは非常に優秀な騎士だった。


王国騎士団に所属し、与えられた任務には真面目に取り組む。


責任感が強い。


戦闘能力も高い。


人へ教えることにも長けている。


必要なら自分で考えて動くこともできる。


教導を受けてから、その能力はさらに伸びていた。


現在のアレクサンドは10属性を扱う。


各種超能力も習得している。


剣士スキル。


槍術スキル。


格闘術スキル。


紡織スキル。


ポーション作成スキル。


薬師スキル。


戦闘だけではなく、生産や生活に関わる能力まで身につけていた。


そして何より大きいのが教導スキルだった。


レベル10。


自分が強いだけではない。


人を育てることができる。


教えた者が成長し、その者がさらに別の誰かへ技術を伝えていく。


アークが始めた教育の流れを、自分の力で広げられる段階へ到達していた。


一方、アンジェラの教導スキルもレベル7まで伸びている。


帝国から亡命してきた元娼婦だった女性が、今では紡織教師として人を育てている。


さらに冒険者として訓練を受け、戦闘能力まで高めていた。


2人とも、以前とは比較にならないほど成長している。


ただしアレクサンドには、明確な弱点があった。


恋愛だった。


騎士としては優秀。


教師としても優秀。


戦場でも冷静。


ところがガイルが関わると、時々判断がおかしくなる。


同棲を始めたことを実家へ知らせていなかった。


伯爵位を打診されて最初に心配したことも、国家への責任ではなく実家に同棲が知られることだった。


そして実家より高い伯爵位になると理解した途端、


家族から干渉されにくくなる。


ガイルとの生活を守れる。


それを理由の1つとして爵位を受ける決心までしている。


優秀なのか。


ポンコツなのか。


評価に困るところだった。


そんなアレクサンドについて、マーガレットはアーク邸で改めて考えていた。


机の上には、アレクサンドの能力とこれまでの実績をまとめた記録が置かれている。


「やっぱり、この人しかいないわね」


マーガレットが呟いた。


欲しい。


自分の近くに置きたい。


単純な友人としてではない。


自分を支える腹心としてだ。


マーガレットは王国の第1王女である。


アークと結ばれ、子供も生まれた。


これから先、王国の発展に関わる機会はさらに増える。


その時、自分の意図を理解し、自分の判断で動ける人材が必要になる。


アレクサンドなら申し分ない。


極めて優秀。


強い。


責任感がある。


人柄にも問題がない。


負けん気も強い。


そして欲がない。


金銭や地位を求めて動く人物でもなかった。


マーガレットは少し考えた。


「私情には流されるようだけど……」


ガイルとの同棲生活を守るために伯爵位を受けようとしている。


そこだけ切り取れば、かなり私情が入っている。


しかしマーガレットはすぐに結論を出した。


「些細なことね」


仕事を放り出しているわけではない。


国家に損害を与えたわけでもない。


むしろポイズンスパイダーを料理した結果、国家プロジェクトを1つ生み出している。


私生活くらい好きにすればいい。


マーガレットは改めて記録を見る。


10属性。


教導スキルレベル10。


戦闘術。


超能力。


生産技術。


薬師としての能力。


そして国家事業へ発展する発想力。


これほどの人材を探そうとしても簡単には見つからない。


「決めた」


マーガレットは記録を閉じた。


アレクサンドを自分の腹心にする。


ちょうど伯爵位の授与が控えている。


そこで発表すればいい。


王国への功績を称え、伯爵位を授ける。


さらに第1王女マーガレット・アルデバランの腹心として任命する。


これ以上ふさわしい機会はない。


マーガレットは満足そうに頷いた。


「これでいいわ」


彼女は王女だった。


生まれた時から王族として育ち、国王や王妃、宰相、騎士団長たちが身近にいる環境で生きてきた。


だからこそ、この時のマーガレットは気づいていなかった。


伯爵となったアレクサンドを、第1王女直属の腹心として正式に置く。


その職位が何を意味するのか。


騎士団長アイク。


魔導騎士団長アッシュ。


近衛騎士団長ロックウェル。


彼ら王国武官の最高幹部たちよりも、アレクサンドが上の地位に置かれることになる。


マーガレット本人に、そのつもりはなかった。


ただ、


優秀だから。


信頼できるから。


自分の近くにいてほしいから。


それだけで決めた。


職位というものが持つ微妙な重さに気づかないまま、マーガレットは伯爵位授与の日を楽しみにしていた。




伯爵位授与の日が近づくにつれ、王宮では準備が進められていた。


アレクサンド本人は、まだ自分に何が起ころうとしているのか正確には理解していなかった。


伯爵になる。


そこまでは分かっている。


実家のシュバリツコフ子爵家より高い爵位になることも理解した。


しかし本人にとって重要なのは、爵位より現在の仕事だった。


王国騎士団の教導。


ガイルたちへの教導。


自分自身の訓練。


そして帰宅すれば、ガイルとアンジェラとの生活がある。


伯爵になったからといって、それを大きく変えるつもりはなかった。


一方、マーガレットは別の準備を進めていた。


王宮の執務室で、アレクサンドの任命について国王オーキスへ説明する。


「お父様。伯爵位授与に合わせて、アレクサンドを私の腹心に任命したいと思います」


オーキスは娘を見る。


「腹心?」


「はい。私の直属として働いてもらいます」


オーキスは少し考えた。


能力だけなら不足はない。


教導スキルレベル10。


10属性。


各種超能力。


戦闘術。


さらに生産系、薬師系の能力まで持っている。


責任感もあり、王国への忠誠にも問題はない。


今回の国家プロジェクトの発端を作った功績もある。


「アレクサンドなら問題はないだろう」


「ありがとうございます」


マーガレットは嬉しそうに微笑んだ。


オーキスも、それ以上深く考えなかった。


娘が優秀な人材を側に置く。


王族として自然なことだった。


ところが、その話を聞いた宰相クレインは違った。


「陛下」


「どうした?」


「マーガレット殿下の腹心というのは、正式な直属という意味でしょうか?」


マーガレットが答える。


「そのつもりです」


「伯爵位を授与したうえで?」


「もちろんです」


クレインが黙った。


嫌な予感がした。


「殿下。その場合、アレクサンド伯爵は誰から命令を受けるのでしょう?」


「基本的には私です」


「騎士団長からは?」


マーガレットが首を傾げる。


「私の直属なのですから、私の許可が必要なのでは?」


クレインは額へ手を当てた。


やはりそうなる。


「お父様?」


オーキスもようやく何かに気づいた。


「クレイン。まさか……」


「そのまさかでございます」


クレインは説明した。


アレクサンドは現在、王国騎士団の教導責任者である。


今までは騎士団という組織の中にいる。


当然、騎士団長アイクの指揮系統に属していた。


しかし伯爵となり、第1王女直属の腹心として正式に任命されれば話が変わる。


マーガレットから直接命令を受ける立場になる。


「つまり……」


オーキスが呟く。


「アイクより上になるのか?」


「実質的には」


クレインが答えた。


マーガレットが目を瞬いた。


「そうなの?」


「そうなります」


マーガレットは初めて知ったという顔をした。


クレインはさらに続ける。


問題は騎士団だけではない。


魔導騎士団長アッシュ。


近衛騎士団長ロックウェル。


彼らも国王直属に近い王国武官の最高幹部だ。


しかし第1王女の正式な腹心となれば、アレクサンドは王族の意思を直接伝える立場になる。


しかも伯爵。


単なる侍女や護衛ではない。


独立した高位貴族として王女直属になる。


各組織に何かを依頼した場合、それは個人の頼みでは済まない。


「マーガレット殿下の意向として扱われます」


「それは当然でしょう?」


マーガレットが答えた。


「そこが問題なのです」


クレインは苦笑した。


マーガレットには悪意などない。


権力を増やそうとしているわけでもない。


ただ優秀なアレクサンドを近くに置きたい。


それだけだ。


しかし職位は本人の気持ちだけで決まるものではない。


「アレクサンド本人は、このことを理解しているのでしょうか?」


マーガレットは少し考えた。


「たぶん、していないわ」


クレインは目を閉じた。


容易に想像できた。


伯爵位を受ける最大の私的理由が、


実家から同棲生活へ干渉されたくない。


それなのだ。


自分が王国武官の最高幹部より上へ行くなど、考えているはずがない。


オーキスが笑いを堪える。


「本人が知ったらどうなる?」


「驚くでしょうな」


クレインが答えた。


マーガレットは少し困った顔をした。


「では、やめた方がいい?」


クレインは首を横に振った。


「いいえ」


能力。


実績。


人格。


教導スキルレベル10。


そして今後の王国に必要となる役割。


考えれば考えるほど、アレクサンドは適任だった。


問題なのは任命ではない。


その任命が生み出す職位の機微を、本人たちが理解していないことだった。


クレインは小さく息を吐いた。


「アイクたちには、先に説明しておいた方がよろしいでしょう」


オーキスが頷く。


その頃アレクサンドは、自分が王国の武官組織を揺らしかねない地位へ押し上げられようとしているとも知らず、いつも通り教導に励んでいた。




その日の午後。


騎士団長アイク、魔導騎士団長アッシュ、近衛騎士団長ロックウェルの3人が王宮へ呼ばれた。


応接室には国王オーキス、マーガレット、宰相クレインが待っていた。


3人は席につく。


最初に口を開いたのはオーキスだった。


「アレクサンドへの伯爵位授与については、すでに知っているな」


「はい」


アイクが答えた。


アレクサンドは王国騎士団の教導責任者だ。


その能力も実績も知っている。


今回のポイズンスパイダー食用化が国家プロジェクトへ発展したことを考えれば、伯爵位も納得できる褒賞だった。


アッシュとロックウェルにも異論はない。


「問題はその先だ」


オーキスがクレインを見る。


クレインが説明を引き継いだ。


「マーガレット殿下は、伯爵位授与と同時にアレクサンド伯爵を直属の腹心へ任命される意向です」


アイクが頷く。


「適任でしょう」


アッシュも同意した。


「教導スキルレベル10。10属性に各種超能力。戦闘能力だけでなく生産技術まで持っている。殿下の側に置く人材として不足はありません」


ロックウェルも異論はなかった。


「人柄も申し分ありません」


クレインは3人を見た。


「では、もう1つ確認します」


「何でしょう?」


「第1王女直属の腹心です」


沈黙した。


アイクの眉が動く。


アッシュがクレインを見る。


ロックウェルは何かを考え始めた。


最初に理解したのはロックウェルだった。


「……なるほど」


アイクも数秒遅れて気づく。


「待ってください」


アッシュも理解した。


3人の視線がマーガレットへ向いた。


マーガレットは少し居心地が悪そうに座っている。


アイクが慎重に尋ねた。


「殿下。直属ということは、アレクサンドは騎士団の指揮系統から外れるのですか?」


「基本的にはそうなると思うわ」


アイクは黙った。


現在のアレクサンドは教導責任者。


騎士団長である自分の部下である。


ところが伯爵となり、第1王女直属になれば状況が逆転する。


単に騎士団を離れるだけではない。


王族の意思を直接受け、それを各組織へ伝える立場になる。


「俺より上になるのか……」


アイクが呟いた。


「実質的にはそうなります」


クレインが答えた。


アッシュが苦笑する。


「昨日まで同格どころか、こちらが上司側だったのですが」


「私もです」


ロックウェルが続ける。


3人とも不満があるわけではない。


むしろ能力を考えれば納得できる。


問題は変化の速さだった。


少し前まで王国騎士団の女性騎士。


教導を受ける。


教導スキルを覚醒。


教導責任者になる。


10属性を獲得。


各種超能力を習得。


アダムスの技術を見て、さらに能力を増やす。


ポイズンスパイダーを薬膳スープにする。


国家プロジェクトが始まる。


伯爵位を打診される。


そして今度は第1王女直属の腹心。


アッシュが額へ手を当てた。


「出世が速すぎませんか?」


オーキスが笑った。


「功績を積む速度が速いのだから仕方ない」


「それはそうですが」


反論できなかった。


ロックウェルがマーガレットへ尋ねる。


「殿下は最初から、この職位になることをご承知で?」


マーガレットの視線が少し逸れた。


「……昨日気づいたわ」


「昨日?」


「クレインに説明されて」


3人が宰相を見る。


クレインは静かに頷いた。


アイクが笑い出した。


「つまり殿下は、優秀だから自分の腹心にしようと?」


「そうよ」


「その結果、俺たちより上になった?」


「そういうことになるみたいね」


今度はアッシュまで笑った。


悪意がない。


政治的な権力争いでもない。


派閥を作ろうとしたわけでもない。


単純にマーガレットが、


優秀。


強い。


責任感がある。


人柄もいい。


教導スキルレベル10。


なら自分の腹心にしよう。


そう考えただけだった。


そして、その判断自体は正しい。


「私は異論ありません」


ロックウェルが言った。


近衛騎士団長として王族の安全を預かる立場だからこそ分かる。


アレクサンドほどマーガレットの側に置くのに適した人材は少ない。


「魔導騎士団も異論ありません」


アッシュも続いた。


最後にアイクが大きく息を吐く。


「騎士団としても異論なしです」


自分の部下が自分より上になる。


普通なら複雑な話だった。


しかしアイクには妙な納得感があった。


「まあ、アレクサンドだからな」


その一言で3人が頷いた。


能力もある。


実績もある。


責任感もある。


教導者として人を育てることもできる。


問題があるとすれば恋愛方面くらいだった。


クレインが確認する。


「では、伯爵位授与と同時に発表することでよろしいですな」


オーキスが頷いた。


「そうしよう」


マーガレットも安心したように微笑んだ。


その時、アイクがふと尋ねた。


「ところで、本人は知っているのですか?」


室内が静かになった。


マーガレットが答える。


「まだよ」


アッシュが目を閉じた。


ロックウェルは天井を見る。


アイクは少し考えてから笑った。


「伯爵になるだけでも驚いているでしょうに」


クレインも苦笑した。


本人はまだ知らない。


自分が数日後、昨日まで上司だった者たちより上の職位へ移ることを。


そして当のアレクサンドはその頃、そんな王宮の事情など知る由もなく、教導を終えた後にガイルとアンジェラの待つ家へ帰ることだけを考えていた。




伯爵位授与の日。


王宮の謁見の間には、王国の重臣たちが集まっていた。


国王オーキス・アルデバラン。


王妃バイオレット・アルデバラン。


宰相クレイン・レッドバルト。


騎士団長アイク。


魔導騎士団長アッシュ。


近衛騎士団長ロックウェル。


マーガレットも国王の側に立っていた。


そして中央には、アレクサンドがいる。


いつもの教導とは違う空気に、さすがの彼女も緊張していた。


「アレクサンド・シュバリツコフ」


オーキスが名を呼ぶ。


「はい」


アレクサンドが姿勢を正した。


オーキスはこれまでの功績を読み上げた。


王国騎士団での働き。


教導責任者として多数の者を育成した実績。


教導スキルレベル10への到達。


そしてポイズンスパイダーの肉をピュリフィケーションで浄化し、魔力調理によって食用化した功績。


それによって毒持ち魔物の利用方法が大きく広がり、国家プロジェクトが開始されたこと。


「以上の功績により、アレクサンド・シュバリツコフに伯爵位を授ける」


アレクサンドは深く頭を下げた。


「謹んでお受けいたします」


ついに伯爵になった。


父マーレ・シュバリツコフ子爵より爵位が上になった。


その事実を考えると、少しだけ複雑だった。


同時に頭へ浮かんだのは、やはりガイルとアンジェラだった。


これで実家から何か言われても、自分の生活は自分で決められる。


王国から与えられた爵位を、そんなことに利用していいのだろうか。


ほんの少しだけ罪悪感があった。


しかしガイルとの生活を邪魔されたくない。


アンジェラとの関係も大切にしたい。


アレクサンドは心の中で結論を出した。


仕事をきちんとすればいい。


伯爵として責任を果たす。


教導責任者として人を育てる。


そのうえで私生活を楽しむ。


何も問題はない。


そう考えていると、マーガレットが前へ出た。


「もう1つ発表があります」


アレクサンドが顔を上げた。


聞いていない。


マーガレットは嬉しそうに彼女を見る。


「アレクサンド伯爵」


「はい」


「あなたを、私の直属の腹心に任命します」


アレクサンドは固まった。


「……はい?」


謁見の間が静かになった。


アイクが口元を押さえる。


アッシュは視線を逸らした。


ロックウェルも表情を崩さないよう努力している。


マーガレットだけが普通に続けた。


「これまで通り教導にも携わってもらいます。ただし今後は、私の直属として王国の教育や国家プロジェクトにも関わってもらいます」


アレクサンドは理解しようとした。


マーガレットの直属。


第1王女の腹心。


伯爵。


そこまでは分かる。


しかし職位について考えたところで、ようやく何かに気づいた。


ゆっくりと横を見る。


騎士団長アイクと目が合った。


アイクが笑顔で頷いた。


アレクサンドの顔が引きつった。


次にアッシュを見る。


魔導騎士団長も静かに頷く。


最後にロックウェル。


近衛騎士団長まで同じ反応だった。


「……殿下」


「何かしら?」


「確認してもよろしいでしょうか」


「もちろん」


アレクサンドは非常に慎重に尋ねた。


「私は今後も、騎士団長の指揮下なのでしょうか?」


マーガレットが答える前にクレインが口を開いた。


「いいえ」


嫌な予感が的中した。


「マーガレット殿下直属となりますので、アレクサンド伯爵は騎士団の通常の指揮系統から外れます」


アレクサンドが再びアイクを見る。


「団長……」


「元団長だな」


アイクが笑った。


「やめてください!」


謁見の間に笑いが起きた。


アッシュが追い打ちをかける。


「今後はこちらがお願いする側になることもありそうですな」


「アッシュ団長まで!」


ロックウェルも静かに言う。


「よろしくお願いいたします、アレクサンド伯爵」


「ロックウェル団長!」


3人とも面白がっていた。


昨日まで自分たちの下にいた女性騎士が、突然自分たちより上の職位へ移った。


しかも本人が今まで知らなかった。


アレクサンドはマーガレットを見る。


「殿下はご存じだったのですか?」


マーガレットは少し考えた。


「途中で気づいたわ」


「途中?」


「最初は気づいていなかったの」


今度はアレクサンドが言葉を失った。


オーキスまで笑っている。


バイオレットも楽しそうに微笑んでいた。


「大丈夫よ」


マーガレットが言った。


「あなたならできると思ったから選んだの」


その一言で、アレクサンドの表情が変わった。


冗談ではなく、本当に信頼されている。


強さだけではない。


教師として。


騎士として。


1人の人間として。


マーガレットは自分を選んだ。


アレクサンドは姿勢を正した。


「承知いたしました」


深く頭を下げる。


「お引き受けいたします」


その日の夕方。


アレクサンドは家へ帰った。


ガイルとアンジェラが待っている。


扉を開けた彼女を、アンジェラが笑顔で迎えた。


「お帰りなさい、アレクサンド伯爵」


「ただいま」


ガイルも笑う。


「伯爵様のお帰りだな」


「それ、家では禁止」


即答だった。


「じゃあ、マーガレット殿下の腹心殿?」


「それも禁止」


アンジェラが笑った。


「では、何と呼べばいいのですか?」


アレクサンドは2人を見る。


伯爵になった。


第1王女直属になった。


王国でもかなり高い職位になった。


それでも、この家の中まで変えるつもりはない。


「今まで通りでいいわ」


そう言ってアレクサンドは微笑んだ。


地位は大きく変わった。


責任も増えた。


それでも彼女が守りたかったものは、驚くほど変わっていなかった。





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