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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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85 国家プロジェクトとアレクサンドの打算

その日の教導が終了すると、アレクサンドは冒険者ギルドのギルドマスター、バルドの執務室を訪れた。


報告する内容が多かった。


アダムス・キンバリーが見せた戦闘術。


重力属性、金属属性、雷鳴属性、時空間属性。


ダンジョンの壁から精錬された純度99.99%以上の鉄、銅、銀、金、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト。


さらにポイズンスパイダーの利用方法。


毒腺と毒袋から作られた解毒ポーション。


糸袋から作られた魔布。


そして、アレクサンド自身が作った薬膳スープ。


バルドは途中から無言になった。


「待て。最後のをもう1度説明してくれ」


「ポイズンスパイダーの肉へピュリフィケーションバレットを使い、毒を分解しました。その後、魔力で煮込みました」


「食べたのか?」


「食べました」


「何人で?」


「その場にいた者たちです」


「体調は?」


「問題ありません。味も好評でした」


バルドは椅子の背もたれへ身体を預けた。


冒険者ギルドにとって、これは大きな発見だった。


毒を持つ魔物は珍しくない。


毒腺や毒袋、魔石など価値のある部位だけ回収し、肉は利用されないことも多かった。


それが食料になる。


しかも毒を安全に除去できる方法は、すでに王都へ普及し始めている。


「これは俺だけで止めていい話じゃないな」


「私もそう思います」


アレクサンドは頷いた。


報告を終えると、次にアーク邸へ向かった。


マーガレットへも詳細を伝える必要がある。


アークも同席した。


「それで、ポイズンスパイダーを食べたの?」


マーガレットが確認する。


「はい」


「あなたが料理した?」


「はい」


マーガレットは少し黙った。


アークもアレクサンドを見る。


「毒蜘蛛を?」


「毒は分解しました」


「いや、それは分かるけど」


アークもさすがに驚いていた。


マーガレットはアレクサンドへ手を向けた。


「確認させてもらうわね」


サイコメトリー。


アレクサンドに残る記憶を読み取る。


さらにポストコグニション。


過去の出来事が再現されていく。


ダンジョン。


アダムスの戦闘。


金属精錬。


転移。


冒険者ギルドへの帰還。


ポイズンスパイダーの解体。


アダムスによる解毒ポーション作成。


アンジェラによる紡織。


そしてアレクサンドが土魔法で鍋を作る場面。


ピュリフィケーションバレット。


毒の分解。


魔力による煮込み。


完成した薬膳スープ。


それを食べる者たち。


マーガレットは見た内容をソートグラフィーで記録していった。


映像として残す。


誰が見ても経緯を確認できる記録媒体が完成した。


「これはすごいわ」


マーガレットは素直に感心した。


「アレクサンド、あなた、とんでもないことをしたわよ」


「そんなにですか?」


「そんなにです」


即答された。


アレクサンドとしては、毒を分解して肉を煮ただけだった。


捨てるのが惜しかった。


アダムスが毒腺と毒袋を利用した。


アンジェラが糸袋を利用した。


ならば肉も利用できないかと考えただけだ。


マーガレットはさらに鑑定を行った。


そして表情を変えた。


「ちょっと待って」


「どうしました?」


「あなた、能力が増えているじゃない」


剣士スキル。


槍術スキル。


格闘術スキル。


重力属性。


金属属性。


雷鳴属性。


時空間属性。


紡織スキル。


ポーション作成スキル。


薬師スキル。


以前から持っていた教導スキルや魔法、超能力に加えて、新しい能力が大量に増えている。


マーガレットは鑑定結果とアレクサンドを交互に見た。


「あなた、本当に騎士団の教官なの?」


「そのはずですが」


「アーク」


マーガレットが夫を見る。


「あなた、何を育てているの?」


「俺に聞かれても困るよ」


アークも苦笑するしかなかった。


アレクサンド本人だけが、なぜ2人がそこまで驚いているのか理解できていない。


マーガレットは記録媒体を手に取った。


これは単なる新料理ではない。


今まで利用されなかった魔物の肉を、新たな食料資源へ変える可能性がある。


毒を持つ魔物は王国各地に存在する。


食料。


薬。


紡織素材。


冒険者の新たな収入源。


複数の産業へ影響する可能性があった。


「明日、王宮へ行くわ」


マーガレットが決めた。


「お父様に直接報告します」


アレクサンドはようやく少し不安そうな顔をした。


「そこまで大きな話になりますか?」


マーガレットは記録媒体を見てから微笑んだ。


「もうなっているわよ」


その夜、アレクサンド本人が知らないところで、ポイズンスパイダーの薬膳スープは王国を動かし始めていた。




翌日。


マーガレットはソートグラフィーで作成した記録媒体を持って王宮へ向かった。


国王オーキス・アルデバランの執務室には、宰相クレイン・レッドバルト、魔導騎士団長アッシュ、騎士団長アイク、近衛騎士団長ロックウェル が集められていた。


「マーガレット。報告とは?」


「まず、こちらをご覧ください」


記録媒体から映像が映し出された。


最初に現れたのはダンジョンだった。


アダムス・キンバリーが剣でゴブリン5体の首を刎ねる。


続いて槍へ持ち替え、オーク5体を瞬殺。


ハイオーク5体にはテレキネシスを使用した。


重力属性でポイズンスパイダーを拘束し、アーマードリザードを雷鳴属性で殲滅。


メタルリザードには金属属性を使い、体内の金属成分から拘束具を生成して動きを封じる。さらに針を生成して頭蓋を貫き、素材をほとんど損壊させず仕留めた。


「これがアダムス・キンバリーか」


アッシュが感心する。


映像は続いた。


アダムスがダンジョンの壁を破壊する。


そこから鉄、銅、銀、金、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトを精錬。


鑑定結果は純度99.99%以上。


さらに破壊された壁が再生していく。


クレインの表情が変わった。


「永久に採掘できる可能性がある資源ですな」


「その件も重要です。ただ、今回の報告の中心はこの後です」


マーガレットが映像を進めた。


冒険者ギルドの訓練場。


解体されたポイズンスパイダーから、アダムスが毒腺と毒袋を取り出す。


それを材料として解毒ポーションを作成した。


続いてアンジェラが糸袋を確認する。


紡ぎ機を取り出して糸を作り、さらに機織り機で魔布へ加工した。


そして最後に映ったのがアレクサンドだった。


土属性魔法で鍋を作る。


水を満たし、ポイズンスパイダーの肉を入れる。


ピュリフィケーションバレットを使って毒を分解。


鑑定によって安全を確認した後、火を使わず魔力操作によって直接煮込んでいく。


完成したのはポイズンスパイダーの薬膳スープ。


ガイルたちが食べる様子まで記録されていた。


「毒持ちの魔物を食料にしたのか」


オーキスが身を乗り出した。


「はい。体調にも問題はありません」


マーガレットが答える。


映像が終わった。


室内が静かになった。


最初に口を開いたのはアイクだった。


「これは騎士団で使える」


近衛騎士団長もすぐに理解した。


「近衛でも有用ですな。遠征先で毒持ち魔物を討伐した場合、その肉まで食料として利用できる」


王宮勤務者はすでに教導を受け、6属性を扱える。


ピュリフィケーションを使えること自体は珍しくない。


問題は、その力を何に使うかだった。


アッシュは映像を見ながら言う。


「魔導騎士団では毒の分解と魔力調理の組み合わせを研究できる。毒だけを処理し、肉の状態を維持する魔力操作を標準化したい」


「待て」


アイクが反応する。


「騎士団にも共有してもらうぞ」


「もちろんだ。独占する意味がない」


近衛騎士団長も加わった。


「近衛でも教導へ組み込みたい」


3人が早くも導入方法を考え始める。


しかしクレインは、もっと広い範囲を見ていた。


「陛下。軍だけでは収まりません」


オーキスも同じことを考えていた。


王都の料理人たちは商業ギルドや食品ギルドの教導を受けている。


薬師ギルドも会員への教導を積極的に進めていた。


そして冒険者ギルドは魔物素材を供給する側だ。


この情報を公開すれば、すぐに動く。


食品ギルドは肉を欲しがる。


薬師ギルドは毒腺、毒袋、そして薬膳として利用できる肉へ目を付ける。


商業ギルドは新しい商品の流通を考える。


冒険者ギルドにとっては、これまで捨てられていた部位まで換金できるようになる。


「横槍だらけになりますな」


クレインが苦笑した。


「間違いなくな」


オーキスも笑った。


それぞれに正当な理由がある。


だからこそ早い者勝ちにしてはならない。


オーキスは即座に決断した。


「国家プロジェクトにする」


アッシュたちが国王を見る。


「王国が主導する。商業ギルド、食品ギルド、薬師ギルド、冒険者ギルドにも参加させる」


クレインが頷く。


討伐。


解体。


浄化。


調理。


薬品製造。


紡織。


流通。


魔物1体から得られる価値を、可能な限り王国の産業へ繋げる。


オーキスは記録媒体に映るアレクサンドを見た。


「本人はどこまで理解している?」


マーガレットが微笑んだ。


「おそらく、毒を消して料理した程度にしか思っていません」


沈黙の後、アイクが笑った。


「その程度で国家事業を1つ作ったのか」


「大した功績だ」


オーキスも笑みを浮かべた。


そして国王の視線がクレインへ向いた。


「相応の褒賞を考えよう」


「爵位ですかな」


「それも考えている」


薬膳スープを1杯作った騎士が、自分の知らないところで王国そのものを動かし始めていた。




王宮で国家プロジェクトの方針が決まった後、話題はアレクサンドへの褒賞へ移った。


国王オーキスは記録媒体をもう1度見た。


ポイズンスパイダーを解体する。


毒腺と毒袋は解毒ポーションへ。


糸袋は魔布へ。


肉は浄化され、薬膳スープへ。


これまで危険な魔物として討伐され、一部しか利用されなかった素材が、複数の産業へ繋がる可能性を持った。


しかもアレクサンドは、研究施設で長期間研究したわけではない。


アダムスとアンジェラが素材を利用する姿を見て、肉も利用できるのではないかと考えた。


既に習得していたピュリフィケーションと魔力操作、調理スキルを組み合わせただけだった。


その発想が国家事業へ発展した。


「功績としては十分でしょう」


クレインが言った。


アッシュも頷く。


「毒持ち魔物の利用法だけではありません。教導責任者としての実績もあります」


アイクも続けた。


「本人の戦闘能力も大きく向上しています。昨日までの評価で考えるべきではないでしょう」


マーガレットは昨日行った鑑定結果を改めて説明した。


教導スキル。


6属性。


各種超能力。


そこへ新しく加わった能力。


剣士スキル。


槍術スキル。


格闘術スキル。


重力属性。


金属属性。


雷鳴属性。


時空間属性。


紡織スキル。


ポーション作成スキル。


薬師スキル。


近衛騎士団長が少し呆れた顔をした。


「それだけ持っていて、本人は教官のつもりなのですか?」


「教官ですから」


マーガレットが笑う。


「いや、間違ってはいないのですが……」


アッシュが苦笑した。


能力だけなら戦闘、生産、医療、教育の複数分野へ対応できる。


さらに教導スキルがある。


自分ができるだけではない。


他者へ技術を伝えることができる。


オーキスはクレインを見る。


「伯爵位ではどうだ?」


一瞬、室内が静かになった。


アイクが驚いた。


「伯爵ですか」


「不足か?」


「いえ。むしろ本人が腰を抜かすかと」


「それなら問題ない」


オーキスは平然としていた。


アレクサンドの実家はシュバリツコフ子爵家。


その娘へ実家より高い爵位を与えることになる。


単なる騎士の昇進ではない。


アレクサンド自身を独立した貴族として認めることになる。


「教導責任者としての功績。今回の発見。そして今後の国家プロジェクトへの貢献を考えれば、不自然ではありません」


クレインも賛成した。


「では打診しよう」


オーキスの決定は早かった。


その日の午後。


王宮からシュバリツコフ子爵家へ使者が送られた。


当主マーレ・シュバリツコフ子爵は、王宮からの使者を緊張した面持ちで迎えた。


娘が王国騎士団で働いている以上、王宮から連絡が来ること自体はあり得る。


しかし告げられた内容は、想像を大きく超えていた。


「アレクサンド・シュバリツコフ殿に、伯爵位授与の打診がございます」


マーレは固まった。


「……伯爵?」


「はい」


「娘に?」


「はい」


「私ではなく?」


使者は少し困った。


「アレクサンド殿に、でございます」


マーレは椅子へ座ろうとした。


しかし位置を間違え、そのまま床へ尻をついた。


「旦那様!」


家人が慌てて駆け寄る。


マーレは立ち上がろうとした。


足に力が入らない。


「伯爵……」


子爵である自分より上だった。


娘が騎士になった時は喜んだ。


教導責任者になった時は誇らしく思った。


最近では、娘の能力がかなり高くなっていることも聞いていた。


それでも伯爵位など想像したこともない。


「何をしたんだ、あの娘は……」


使者が簡潔に説明した。


毒を持つ魔物の肉を浄化。


魔力によって調理。


食用化に成功。


それが国家プロジェクトへ発展。


さらに教導責任者としての実績も評価された。


マーレはしばらく黙った。


そして、ようやく口を開いた。


「毒蜘蛛を……煮た?」


「はい」


「それで伯爵?」


「それだけではございませんが」


マーレは再び立とうとした。


やはり足に力が入らなかった。


その頃。


当のアレクサンドにも王宮から呼び出しが届いていた。


内容を確認した彼女は珍しく目を見開いた。


「伯爵位?」


隣にいたアンジェラも驚く。


ガイルは腕を組んだ。


「すごいじゃないか」


「ちょっと待って」


アレクサンドは考えた。


伯爵になる。


実家より爵位が上になる。


そこまで考えたところで、別の問題に気づいた。


彼女の顔から少し血の気が引いた。


「どうした?」


ガイルが尋ねる。


アレクサンドはゆっくり彼を見た。


「私……」


一瞬、言葉に詰まる。


「あなたとアンジェラと同棲を始めたこと、実家に知らせてないわ」


ガイルが黙った。


アンジェラも黙った。


国家プロジェクトよりも伯爵位よりも、今のアレクサンドにとっては、そちらの方が少しだけ厄介な問題だった。




アレクサンドは王宮から届いた伯爵位の打診を見つめていた。


普通なら喜ぶところなのだろう。


騎士として働いてきた彼女にとって、伯爵位など考えたこともない。


しかもシュバリツコフ家は子爵家だ。


父マーレより高い爵位になる。


それだけの功績を王国から認められたということでもある。


しかし今のアレクサンドには、別の問題があった。


「どうしましょう……」


珍しく困った顔をしている。


ガイルが首を傾げた。


「伯爵になるのが嫌なのか?」


「そうではないわ」


「なら何が問題なんだ?」


アレクサンドはガイルを見る。


次にアンジェラを見る。


そして現在3人で暮らしている家の中を見回した。


「実家に何も言っていないのよ」


「何を?」


「ここで暮らし始めたことを」


ガイルが黙った。


アンジェラも少し気まずそうな表情になる。


アレクサンドは騎士団の教導責任者として働きながら、ガイル、アンジェラとの同棲生活を始めていた。


それ自体は彼女が自分で決めたことだ。


問題はシュバリツコフ家へ知らせていなかったことだった。


「お父様、知ったら来るかしら」


「来るんじゃないか?」


ガイルが答える。


「やっぱり?」


「娘が知らないうちに男と暮らしてたら、普通は来ると思うぞ」


「アンジェラもいるわ」


「それで安心する父親なのか?」


「……しないでしょうね」


アレクサンドは額へ手を当てた。


アンジェラが遠慮がちに尋ねる。


「私が説明しましょうか?」


「余計に話が複雑になると思うわ」


元帝国娼婦。


亡命者。


現在は紡織教師。


そしてガイルの婚約者。


そのアンジェラと、王国騎士団の教導責任者であるアレクサンドが、同じ男性と婚約して3人で暮らしている。


説明する内容が多すぎる。


「そのうえ伯爵位か……」


ガイルが笑う。


アレクサンドはそこで動きを止めた。


伯爵位。


もう1度その意味を考える。


実家は子爵家。


自分が伯爵になれば、爵位では父を上回る。


アレクサンドの表情が少しずつ変わった。


「……待って」


「どうした?」


「私が伯爵になれば、お父様より上なのよね?」


ガイルが嫌な予感を覚えた。


「爵位ではそうなるな」


アレクサンドは考える。


父が何を言おうと、自分は独立した伯爵になる。


実家の娘という立場だけではなくなる。


自分の生活について家族から何か言われたとしても、以前ほど強く干渉されることはない。


そして何より。


アレクサンドはガイルを見た。


「これ、受けた方がいいわね」


「急に前向きになったな」


「王国からの評価ですもの。断る理由がないわ」


もっともらしい理由だった。


アンジェラが微笑む。


「本当にそれだけですか?」


アレクサンドの視線が少し泳いだ。


「もちろんよ」


「さっきまで困っていましたよね?」


「状況を整理していただけ」


アンジェラは笑っていた。


ガイルも気づいた。


「お前、実家から口を出されにくくなるから受ける気だろ」


「そんな打算だけで伯爵位を受けたりしないわ」


否定はした。


しかし少し間があった。


ガイルが笑う。


「じゃあ他の理由は?」


アレクサンドは堂々と答えた。


「国家プロジェクトを成功させるためよ」


「それは?」


「もちろん大事よ」


「他には?」


「王国騎士団の教導を発展させるため」


「他には?」


アレクサンドは黙った。


ガイルがじっと見る。


アンジェラも楽しそうに見ている。


やがてアレクサンドは観念した。


「……あなたたちとの生活を邪魔されたくないのよ」


ガイルが吹き出した。


アンジェラも口元を押さえて笑う。


「笑わないで」


「いや、伯爵になる理由がそれでいいのか?」


「それだけではないと言ったでしょう」


アレクサンドは少し頬を赤くした。


騎士として働き続けた。


教導責任者になった。


アークたちから学び、魔力循環と魔力操作を鍛え、6属性や超能力を習得した。


さらにアダムスから学び、戦闘術も魔法も増えた。


昨日はポイズンスパイダーを料理しただけのつもりだった。


それが国家プロジェクトへ発展した。


そして今度は伯爵位である。


自分でも、どこまで状況が進むのか分からない。


ただ1つだけは分かっていた。


今の生活は気に入っている。


ガイルがいる。


アンジェラがいる。


仕事もある。


教師として教える相手もいる。


帰れば3人で食事をする。


そんな毎日を手放すつもりはなかった。


アレクサンドは王宮からの書状を持ち上げた。


「決めたわ」


「受けるのか?」


「ええ」


迷いは消えていた。


「伯爵位の打診、お受けします」


アンジェラが微笑む。


「おめでとうございます。アレクサンド伯爵」


「まだ早いわよ」


そう答えながらも、アレクサンドは嬉しそうだった。


ガイルはそんな彼女を見て笑った。


「これで実家にも堂々と言えるな」


アレクサンドの笑顔が止まった。


「……それは別問題よ」


今度はアンジェラまで声を上げて笑った。


国家プロジェクトを生み出した騎士。


王国から伯爵位を打診された教導責任者。


その決断には王国への責任と教師としての使命、そして少しばかり強い私情が混ざっていた。


アレクサンドはそれでいいと思っていた。


国のために働く。


人を育てる。


そして帰る場所では、大切な2人との暮らしを楽しむ。


その生活を守れるのなら、伯爵という肩書きも悪くなかった。





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