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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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80 初成功

翌日の昼過ぎ。


商隊は予定どおり東部物流拠点へ到着した。


大型ゴーレム貨物車三台は傷一つなく、積荷も完全な状態で到着する。


商隊職員たちは笑顔で荷下ろしを始めた。


商隊長はガイルたちへ深く頭を下げる。


「ありがとうございました。」


「これほど安心して護衛を任せられたのは初めてです。」


ガイルは静かに首を振る。


「私たちは当然の仕事をしただけです。」


商隊長は笑顔で続けた。


「いいえ。」


「危険を感じる場面が一度もありませんでした。」


「それが何より素晴らしいのです。」


アレクサンドラも穏やかに微笑んだ。


「何も起こらないこと。」


「それが護衛成功の証です。」


商隊職員たちも次々と礼を述べる。


「夜も安心して眠れました。」


「子供たちも怖がりませんでした。」


「これなら遠方との取引も増やせそうです。」


その言葉を聞き、ガイルは嬉しそうに笑う。


「それなら何よりだ。」


護衛とは戦うことではない。


人々が安心して暮らせる環境を支えること。


今回の依頼で、その意味を改めて実感していた。


帰路も順調だった。


夕方には王都冒険者ギルドへ帰還する。


ギルドへ入るなり、多くの冒険者が視線を向けた。


「帰ってきたぞ。」


「護衛依頼はどうだった。」


「魔物は出たのか。」


ガイルは笑って答える。


「何もなかった。」


一瞬、周囲は静まり返る。


「何も?」


「魔物も盗賊も?」


「一度も戦闘はない。」


その言葉に若い冒険者たちは首を傾げた。


「それで成功なんですか。」


アレクサンドラが前へ出る。


「成功です。」


「依頼人。」


「積荷。」


「護衛。」


「全員が無事に帰還しました。」


「これ以上の成功はありません。」


ギルド内には納得したような空気が広がる。


受付嬢エミリアも感心したように頷いた。


「確かにそうですね。」


「護衛依頼は戦うことが目的ではありませんもの。」


その時、ギルドマスター・バルドが奥から姿を現した。


「報告は聞いた。」


ガイルたちは姿勢を正す。


「依頼完了しました。」


「全員無傷。」


「積荷の損傷もありません。」


バルドは満足そうに頷いた。


「見事だ。」


「これが新しい護衛依頼の形だ。」


若い冒険者が質問する。


「ギルドマスター。」


「これほど安全なら、Aランク冒険者が護衛する必要はあるんですか。」


バルドは笑みを浮かべた。


「その通りだ。」


ギルド内が静まり返る。


「王国の治安は大きく改善した。」


「商隊も教導を受けている。」


「大型ゴーレム貨物車の防御力も高い。」


「今後の通常護衛は、BランクやCランク冒険者でも十分務まるだろう。」


若い冒険者たちの表情が明るくなる。


護衛依頼という新たな仕事が、自分たちにも広がる。


そんな期待が広がっていた。


エミリアも嬉しそうに微笑んだ。


「新人冒険者にも活躍の場が増えますね。」


バルドは力強く頷く。


「そうだ。」


「Aランクは、より困難な依頼へ向かう。」


「Bランク、Cランクは通常護衛を担当する。」


「適材適所だ。」


ガイルもその言葉へ深く頷いた。


冒険者を育てる。


それもまた、自分たちベテランの新しい役目なのだと実感していた。




ギルドマスター・バルドの言葉に、ギルド内はざわめいていた。


「BランクやCランクでも護衛が務まる……。」


「そんな時代になるのか。」


若い冒険者たちは顔を見合わせる。


これまで護衛依頼は経験豊富な冒険者の仕事だった。


しかし今、その常識が変わろうとしていた。


受付嬢エミリアが静かに尋ねる。


「ですが、ギルドマスター。」


「本当に低ランク冒険者でも大丈夫なのでしょうか。」


バルドは笑みを浮かべた。


「昔なら無理だった。」


「だが今は違う。」


ギルド内は静まり返る。


「商隊は教導を受けている。」


「魔力循環。」


「魔力操作。」


「索敵。」


「緊急時の対応。」


「全て理解している。」


「さらに大型ゴーレム貨物車は高い防御力を持っている。」


「並の魔物では止めることも破壊することもできん。」


若い冒険者たちも頷いた。


確かに、以前とは状況が違う。


バルドは続ける。


「護衛するのは、弱い商隊ではない。」


「教導を受けた商隊だ。」


「つまり護衛と商隊が協力して安全を維持する。」


「それが今の王国の物流だ。」


エミリアも納得したように微笑む。


「だから護衛の負担も減るんですね。」


「その通りだ。」


バルドは頷いた。


「Aランク冒険者が常に護衛へ付く必要はない。」


「本当に難しい依頼へ戦力を回せる。」


「王国全体の効率が上がる。」


ガイルも静かに口を開いた。


「二十年前なら考えられなかった。」


「護衛は命懸けだった。」


「魔物。」


「盗賊。」


「野盗。」


「常に命を狙われていた。」


「今は違う。」


「街道そのものが安全になった。」


ベテラン冒険者たちも深く頷く。


アレクサンドラが補足する。


「教育は人を変えます。」


「そして人が社会を変えます。」


「今回の護衛依頼が成功した理由は、私たちだけではありません。」


「商業ギルド。」


「商隊。」


「冒険者。」


「全員が教導を受け、同じ考え方で行動した結果です。」


ギルド内には感心したような空気が流れる。


若い冒険者が尋ねた。


「つまり。」


「護衛は戦う仕事じゃないんですね。」


ガイルは笑った。


「戦わずに終わるなら、それが一番いい。」


「依頼人も。」


「商隊も。」


「冒険者も。」


「誰一人傷付かない。」


「それ以上の成功はない。」


バルドも力強く頷く。


「その考え方を忘れるな。」


「護衛依頼とは。」


「無事に送り届ける依頼だ。」


「敵を倒す依頼ではない。」


ギルド中の冒険者たちが真剣な表情になる。


護衛という仕事の意味が、大きく変わった瞬間だった。


その時、商隊長が再びギルドへ姿を現した。


「ギルドマスター。」


「今回の護衛、本当にありがとうございました。」


「次回の輸送も、ぜひ王都冒険者ギルドへ依頼したいと思います。」


バルドは笑顔で握手を交わした。


「こちらこそ。」


「これからも王国の物流を支えていこう。」


商隊長は大きく頷く。


「安心して商売ができます。」


「それだけで、私たちは新しい街へ挑戦できます。」


その言葉を聞いたガイルは静かに微笑んだ。


魔物を倒すことで守る時代から。


人々が安心して働き、暮らせる社会を守る時代へ。


王国は確かに、新しい時代へ歩み始めていた。




ギルド内の喧騒が落ち着くと、バルドはガイルたちを応接室へ招いた。


部屋にはアレクサンドラ、アンジェラ、受付嬢エミリアも集まっている。


バルドは報告書へ目を通しながら口を開いた。


「改めて確認する。」


「商隊、全員無事。」


「積荷の損傷なし。」


「ゴーレム貨物車も異常なし。」


「護衛側も負傷者なし。」


ガイルは頷く。


「はい。」


「依頼は完全達成です。」


バルドは満足そうに笑った。


「見事だ。」


「まさに理想的な護衛依頼だった。」


エミリアも報告書を見ながら驚く。


「本当に何も起きなかったんですね。」


「ええ。」


アレクサンドラが答えた。


「だから成功なのです。」


「戦闘が起きないよう準備し。」


「隊列を維持し。」


「索敵を継続する。」


「その結果、何事もなく目的地へ到着できました。」


エミリアは深く頷く。


「護衛の考え方そのものが変わりましたね。」


バルドも腕を組む。


「昔なら、戦闘が多い護衛ほど優秀だと思われていた。」


「だが違う。」


「優秀な護衛ほど戦闘は起きない。」


ベテラン冒険者たちも笑顔で頷く。


ガイルが静かに言う。


「戦闘になる前に危険を見付ける。」


「近付かせない。」


「それが今の護衛です。」


アレクサンドラは続ける。


「索敵魔法。」


「飛行。」


「ゴーレム貨物車。」


「商隊側の教導。」


「全てが組み合わさって初めて、この結果になります。」


バルドは報告書を机へ置いた。


「王国全体が強くなった証拠だな。」


その言葉に誰も異論はなかった。


そこへ別のギルド職員が入室する。


「ギルドマスター。」


「商業ギルドから連絡です。」


「今回護衛した商隊が、王都冒険者ギルドへ感謝状を贈りたいとのことです。」


部屋の空気が和む。


「感謝状か。」


バルドは嬉しそうに笑った。


「冒険者ギルドへ感謝状が届くとは珍しい。」


職員は続ける。


「さらに。」


「今後の物流護衛も継続して依頼したいそうです。」


エミリアは笑顔になる。


「信用していただけたんですね。」


ガイルも小さく笑った。


「信用は一日では得られない。」


「だが、一日で失うことはある。」


「だから一つ一つの依頼を大切にする。」


アレクサンドラは静かに頷いた。


「その姿勢が、次の依頼につながります。」


バルドは立ち上がる。


「今回の成功で、王都冒険者ギルドの評価も上がる。」


「商業ギルドとの連携も、さらに深まるだろう。」


ベテラン冒険者たちの表情には自信が宿っていた。


かつては魔物を倒すことだけが冒険者の価値だった。


しかし今は違う。


物流を守る。


人々の生活を守る。


王国の発展を支える。


それもまた、冒険者の誇りとなっていた。


ガイルは静かに窓の外を見つめる。


夕日に照らされた王都では、多くのゴーレム貨物車が街道を行き交っていた。


その光景を見ながら、彼は心の中で呟く。


(俺たちが守っているのは、荷物じゃない。)


(人々の暮らし、そのものなんだ。)


その想いは、二十年間戦い続けてきたAランク冒険者だからこそ辿り着いた、新しい誇りだった。




応接室での報告を終えた後。


ガイルは一人、中庭へ足を運んだ。


夕日が王都を赤く染めている。


静かな風が吹き抜ける中、ガイルは深く息を吐いた。


(二十年間。)


(魔物と戦い続けてきた。)


(だが、一番勇気がいるのは今かもしれない。)


足音が聞こえた。


振り返ると、アレクサンドラとアンジェラが並んで歩いてくる。


二人とも少し緊張した表情だった。


ガイルは静かに微笑む。


「来てくれてありがとう。」


二人は頷いた。


しばらく沈黙が流れる。


やがてガイルが口を開いた。


「昨日から考え続けていた。」


「二人とも、本気で俺に想いを伝えてくれた。」


「だから俺も、本気で答えを出した。」


アレクサンドラは真っ直ぐガイルを見つめる。


アンジェラは胸の前で両手を握り締めていた。


「俺は三十六歳だ。」


「若くもない。」


「二十年間、冒険者しかやってこなかった。」


「恋愛なんて、ほとんど経験がない。」


ガイルは少し照れくさそうに笑う。


「だが。」


「逃げるつもりはない。」


その一言で二人の表情が変わった。


「アレクサンドラさん。」


「アンジェラさん。」


「二人とも。」


「俺と、結婚を前提に付き合ってください。」


夕暮れの中庭が静まり返る。


最初に涙を浮かべたのはアレクサンドラだった。


「……はい。」


「よろしくお願いします。」


アンジェラも目元を押さえながら頷く。


「私も……。」


「よろしくお願いします。」


ガイルは二人へ頭を下げた。


「ありがとう。」


「必ず幸せにする。」


アレクサンドラは微笑みながら口を開く。


「ガイルさん。」


「一つだけ確認したいことがあります。」


「はい。」


「王国では重婚が認められています。」


「私も理解しています。」


「アンジェラさんも理解しています。」


アンジェラも頷いた。


「私は最初から、そのつもりでした。」


「アレクサンドラ先生がいるから諦める。」


「そんなことは考えていませんでした。」


アレクサンドラは優しく笑う。


「私も同じです。」


「お互いの気持ちを知った時。」


「競い合うより、一緒に支えたいと思いました。」


ガイルは驚きながら二人を見つめる。


「二人とも……。」


アンジェラは照れながら笑った。


「教師ですから。」


「話し合うことには慣れています。」


三人は思わず笑い合った。


その時、中庭へバルドが姿を現した。


「ようやく話がまとまったようだな。」


三人は驚いて振り返る。


「ギルドマスター。」


バルドは豪快に笑った。


「気付かないと思ったか。」


「ギルド中がお前たちを応援していたぞ。」


三人は顔を見合わせ、思わず苦笑した。


バルドはガイルの肩を力強く叩く。


「Aランク冒険者は王国へ多大な功績を残している。」


「社会的な地位も、もはや貴族と変わらん。」


「胸を張れ。」


ガイルは静かに頷いた。


「はい。」


「ありがとうございます。」


夕日が三人を優しく照らしていた。


護衛依頼は無事成功した。


新しい護衛の形は王国へ受け入れられた。


そしてガイルもまた、新たな人生への第一歩を踏み出す。


それは戦い続けた一人の冒険者が手にした、何よりも温かな幸せの始まりだった。





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