79 護衛依頼
翌朝。
王都冒険者ギルド前には、商業ギルド所属の大型ゴーレム貨物車が三台並んでいた。
荷台には布地、保存食、薬品、日用品、鍛冶製品が整然と積み込まれている。
ゴーレムは静かに待機し、出発命令を待っていた。
商隊長は魔力循環と魔力操作を続けながら積荷を確認する。
「予定どおり東部物流拠点まで向かいます。」
「護衛をお願いいたします。」
ギルドマスター・バルドが頷いた。
「任せてくれ。」
「ガイル。」
「はい。」
ガイルたちベテラン冒険者二十名が前へ出る。
アレクサンドラとアンジェラも同行する。
バルドは全員を見渡した。
「今回の依頼は商隊護衛だ。」
「荷物だけではない。」
「商人。」
「御者。」
「商会職員。」
「全員を無事に目的地まで送り届けること。」
「承知しました。」
ガイルは力強く頷いた。
アレクサンドラが前へ出る。
「今日は護衛の教導です。」
「護衛とは敵を倒す仕事ではありません。」
「危険を近付けない仕事です。」
「商隊を安全に目的地まで届けること。」
「それが護衛の使命です。」
一行は王都を出発した。
先頭ではガイルが索敵魔法を展開する。
水。
風。
土。
光。
闇。
火。
六属性を融合した索敵魔法が街道全体へ広がった。
「前方異常なし。」
フェリクスが報告する。
「左右異常なし。」
「後方異常なし。」
ガイルは隊列を見渡した。
「前衛四名。」
「左右警戒四名ずつ。」
「後衛四名。」
「中央護衛四名。」
「索敵は全員継続。」
「隊列を崩すな。」
「了解。」
ベテラン冒険者たちは即座に配置へ就く。
商隊長は感心したように頷いた。
「ここまで統制された護衛は初めて見ます。」
ガイルは静かに答えた。
「護衛は戦うことじゃない。」
「危険を近付けないことだ。」
アレクサンドラは微笑んだ。
「その考え方です。」
「戦闘になれば依頼人は危険になります。」
「護衛とは、戦闘そのものを起こさせないことが理想です。」
ゴーレム貨物車は一定速度で街道を進む。
魔力で駆動するため馬の疲労もなく、速度も安定していた。
商隊職員たちも教導を受けているため、全員が魔力循環と魔力操作を続けながら周囲を確認している。
以前の商隊とは別物だった。
物流そのものが変わり始めていた。
隊列中央ではアンジェラが子供連れの商人へ優しく声を掛けていた。
「何か困ったことがあれば、いつでも言ってください。」
「ありがとうございます。」
子供たちは空を飛ぶ冒険者へ憧れの眼差しを向けている。
アンジェラも自然と笑顔になった。
しかし、その笑顔はどこかぎこちなかった。
アレクサンドラも同じだった。
昨日。
二人ともガイルへ自分の想いを伝えた。
顔を合わせれば普通に会話はできる。
それでも互いを意識し、どこかよそよそしい空気が流れている。
その変化に気付いていない者はいない。
ガイル自身も同じだった。
(三十六歳か。)
心の中で小さく笑う。
(二十年前は、生き残ることだけを考えていた。)
(気が付けば、おっさんだ。)
だが、その顔に迷いはなかった。
(二人とも、本気で想いを伝えてくれた。)
(それなのに俺だけ逃げるのは違う。)
A級冒険者として二十年間戦ってきた。
魔物から逃げたことはない。
盗賊から逃げたこともない。
ならば、人の想いからも逃げてはいけない。
ガイルは静かに拳を握った。
(この護衛依頼が終わったら。)
(俺も自分の気持ちを伝えよう。)
ゴーレム貨物車は静かな駆動音を響かせながら街道を進み、その周囲を護衛する冒険者たちもまた、新たな決意を胸に歩み続けていた。
商隊は予定どおり街道を進み続けていた。
大型ゴーレム貨物車は一定速度を保ち、荷崩れ一つ起こさない。
商隊職員も全員が魔力循環を続けながら周囲を確認している。
以前の商隊とはまるで別物だった。
ガイルは先頭を歩きながら索敵魔法を維持する。
「前方異常なし。」
フェリクスも続けた。
「左右異常なし。」
「後方異常なし。」
六属性を融合した索敵魔法には、街道周辺の状況が鮮明に映し出されていた。
魔物の反応もある。
だが、どれも商隊へ近付いてこない。
ガイルは苦笑した。
「逃げていくな。」
アレクサンドラも頷く。
「賢い魔物ほど危険を避けます。」
「王国の護衛部隊と戦っても勝ち目がないことを、本能で理解しています。」
ベテラン冒険者たちも笑みを浮かべる。
スタンピードを経験した今となっては、この程度の魔力反応では脅威にならない。
商隊長も安心したように周囲を見回した。
「ここ数年で街道は本当に安全になりました。」
「以前なら盗賊や魔物を心配して、夜も眠れませんでした。」
「今は安心して商売ができます。」
アレクサンドラは穏やかに答える。
「それが王国全体の発展につながります。」
「物流が止まらなければ。」
「商業も。」
「工業も。」
「人々の暮らしも豊かになります。」
ガイルも静かに頷いた。
「護衛も変わったな。」
「昔は敵を倒すことばかり考えていた。」
「今は何事もなく目的地へ着くことが仕事だ。」
「その通りです。」
アレクサンドラは微笑む。
「何も起きなかった。」
「それが最高の護衛です。」
その言葉にベテラン冒険者たちも深く頷いた。
午後になり、一行は街道脇の小高い丘へ到着する。
近くには川が流れ、見通しも良い。
ガイルは足を止めた。
「今夜はここで夜営する。」
アレクサンドラは全員を集める。
「夜営で最も大切なのは、安全な場所を選ぶことです。」
「日が暮れてから探すのでは遅すぎます。」
「明るいうちに地形を確認し、危険を排除します。」
ベテラン冒険者たちは周囲へ散開した。
索敵魔法を維持したまま周辺を調査する。
フェリクスが報告する。
「周囲五百メートル、安全です。」
「高台のため見通し良好。」
「川まで百メートル。」
「退避経路も三方向確保できます。」
ガイルは満足そうに頷いた。
「十分だ。」
「ここなら夜襲があってもすぐ対応できる。」
アレクサンドラは説明を続ける。
「護衛とは敵が現れてから動く仕事ではありません。」
「敵が現れても慌てない準備をする仕事です。」
「そのためには。」
「地形を読む。」
「退避経路を確保する。」
「警戒位置を決める。」
「全員が同じ情報を共有する。」
「これが夜営の基本になります。」
ベテラン冒険者たちは地図を広げることなく、索敵魔法で得た情報を互いに確認し合う。
教導によって身に付けた索敵能力は、夜営地の安全確認にも大きな力を発揮していた。
ガイルは丘の上から商隊を見渡した。
整った隊列。
落ち着いて作業する商隊職員。
規律正しく警戒する冒険者たち。
二十年前には考えられなかった光景だった。
王国は確かに変わり始めている。
そして、その変化を守ることこそ、今の冒険者に与えられた新しい使命だった。
高台へ夜営地を設営することが決まると、ガイルは全員を集めた。
「ここからは夜営訓練だ。」
「戦闘より準備が重要になる。」
ベテラン冒険者たちは真剣に頷く。
アレクサンドラが前へ出た。
「夜営で最も大切なのは三つです。」
「見通し。」
「退避経路。」
「警戒体制。」
「この三つが揃えば、夜は安全になります。」
ガイルは周囲を見回した。
丘の上は街道全体を見渡せる。
近くには川が流れ、水の確保も容易だった。
背後は緩やかな斜面。
万が一の場合でも、どの方向へも移動できる。
「良い場所だ。」
「死角が少ない。」
アレクサンドラも頷く。
「その判断で正しいです。」
「では索敵を続けながら周囲を確認してください。」
二十名の冒険者が散開する。
全員が索敵魔法を維持したまま歩き始めた。
水。
風。
土。
光。
闇。
火。
六属性を融合した索敵魔法が、高台周辺を静かに探査していく。
フェリクスが報告する。
「北側、安全。」
「東側、安全。」
「南側、安全。」
「西側も異常ありません。」
ガイルは満足そうに頷いた。
「夜営開始。」
商隊職員たちも素早く動き出す。
ゴーレム貨物車を三角形に配置し、その中央へ荷物を集める。
アレクサンドラはその様子を見て微笑んだ。
「素晴らしい配置です。」
「荷物を守るためではありません。」
「人を守るための配置です。」
商隊長も頷く。
「教導のおかげで、全員が同じ考え方になりました。」
荷物より人命。
その意識は商隊全体へ浸透していた。
ガイルは次の指示を出す。
「夜間警戒は四班。」
「五人ずつ交代。」
「一班二時間。」
「休む者はしっかり休め。」
「了解。」
誰も異論を挟まない。
役割分担は既に身体へ染み付いていた。
アレクサンドラは全員を見渡す。
「護衛で一番危険なのは疲労です。」
「集中力が落ちれば索敵も遅れます。」
「だから休める時に休む。」
「それも仕事です。」
ベテラン冒険者たちは深く頷いた。
若い頃の自分たちなら、一晩中起きている者もいただろう。
だが、それは違う。
休息も護衛の一部だった。
日が傾き始める。
商隊職員たちは夕食の準備を始めた。
ゴーレム貨物車へ備え付けられた調理設備を使い、温かなスープと焼き立ての酵母パンが並ぶ。
子供たちの笑い声が響く。
ガイルはその光景を静かに眺めた。
「平和だな。」
アレクサンドラも隣へ並ぶ。
「ええ。」
「こうして安心して食事ができること。」
「それが私たち護衛の成果です。」
ガイルは小さく笑った。
「昔は夕食も落ち着いて食べられなかった。」
「交代で見張りながら、冷えた干し肉をかじるだけだった。」
「時代は変わりましたね。」
「本当に変わった。」
ガイルは夕日に染まる商隊を見つめる。
笑顔で食事をする商人たち。
安心して眠ろうとしている子供たち。
規律正しく警戒を続ける冒険者たち。
これが自分たちの守るべき日常なのだと、改めて実感する。
その時、アレクサンドラとアンジェラの視線が一瞬だけ重なった。
昨日までのぎこちなさは、まだ完全には消えていない。
それでも二人は互いに小さく微笑み合った。
ガイルもその様子を見つめながら、静かに決意を新たにする。
(この依頼が終われば。)
(もう逃げない。)
夕暮れの空には、一番星が静かに輝き始めていた。
夜の帳がゆっくりと下りていく。
高台へ設営した夜営地では、焚き火の火が静かに揺れていた。
ゴーレム貨物車は三角形に配置され、その中央では商隊職員や家族連れが安心して食事を取っている。
ガイルは周囲を見渡した。
「第一班。」
「警戒開始。」
「了解。」
五人が持ち場へ散る。
全員が索敵魔法を維持したまま、夜の森を見渡した。
アレクサンドラは説明を続ける。
「夜営で最も重要なのは、敵を探すことではありません。」
「異常へ最初に気付くことです。」
「そのために全員が索敵魔法を維持します。」
フェリクスが頷く。
「誰か一人だけに任せない。」
「全員で警戒する。」
「その通りです。」
アレクサンドラは微笑んだ。
「情報を共有すれば、死角はなくなります。」
夜は静かだった。
索敵魔法にも危険な反応は映らない。
魔物も街道へ近付こうとはしない。
商隊長は温かなスープを飲みながら笑った。
「安心して夜営できる日が来るとは思いませんでした。」
ガイルも静かに頷く。
「護衛が強くなっただけじゃない。」
「王国そのものが強くなった。」
「ええ。」
アレクサンドラも頷いた。
「教師。」
「冒険者。」
「騎士。」
「商人。」
「皆さんが教導を受けた結果です。」
「一人の力ではありません。」
その言葉に商隊職員たちも誇らしそうに胸を張った。
食事が終わると、交代で休息へ入る。
誰も無理はしない。
休む者。
警戒する者。
役割は明確だった。
深夜。
ガイルは一人、高台から夜空を見上げていた。
無数の星が輝いている。
静かな足音が聞こえた。
アレクサンドラだった。
「眠れませんか。」
「少し考え事を。」
ガイルは苦笑する。
その少し後ろから、アンジェラも姿を見せた。
「私も眠れなくて……。」
三人は顔を見合わせ、小さく笑った。
昼間までのぎこちなさは少しだけ和らいでいた。
ガイルはゆっくり口を開く。
「昨日から。」
「ずっと考えていました。」
二人は黙って耳を傾ける。
「俺は三十六歳。」
「若くもない。」
「二十年間、冒険者しかやってこなかった。」
「だから、こういうことには慣れていません。」
アレクサンドラもアンジェラも何も言わない。
ガイルは二人を真っ直ぐ見つめた。
「でも。」
「逃げるのだけは違うと思いました。」
「二人とも、本気で想いを伝えてくれた。」
「それなのに俺だけ黙っているのは卑怯です。」
静かな夜風が吹く。
ガイルは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「二人に想われたこと。」
「冒険者としても、一人の男としても誇りに思います。」
アレクサンドラの瞳が優しく揺れる。
アンジェラも胸へ手を当てていた。
ガイルは続ける。
「俺も。」
「二人のことを大切に思っています。」
「だから。」
「この護衛依頼が終わったら。」
「改めて二人へ返事をします。」
「中途半端な気持ちでは答えたくありません。」
「少しだけ時間をください。」
アレクサンドラは穏やかに微笑んだ。
「はい。」
「待ちます。」
アンジェラも涙ぐみながら頷く。
「私も……待っています。」
三人の表情から迷いは消えていた。
答えはまだ先になる。
それでも互いに逃げない。
その約束だけで十分だった。
夜空には満天の星が広がっている。
王国の物流を守る護衛部隊。
そして、それぞれの未来を守ろうと決意した三人は、静かな夜の中で、新しい一歩を確かに踏み出していた。




