78 拘束術
翌朝。
王都冒険者ギルド訓練場には、ガイルたちベテラン冒険者二十名とアンジェラが整列していた。
アレクサンドラは全員を見渡し、静かに口を開く。
「今日は拘束術の教導を行います。」
「討伐ではありません。」
「捕縛です。」
ベテラン冒険者たちは真剣な表情になる。
ガイルが尋ねた。
「盗賊や人攫いを生け捕りにするためですね。」
「その通りです。」
アレクサンドラは頷いた。
「これからの王国では、犯罪者を裁判へかける機会が増えます。」
「そのためには、生きたまま捕らえなければなりません。」
「魔物も同じです。」
「討伐依頼だけではなく、捕獲依頼もあります。」
「命を奪わず制圧する技術を学びます。」
訓練場には五本の丸太が立てられていた。
アレクサンドラは一本を指差す。
「まずウォーターバインド。」
全員が魔力循環と魔力操作を維持したまま水属性魔法を発動する。
「ウォーターバインド。」
水の縄が丸太へ巻き付き、しっかりと拘束した。
アレクサンドラは頷く。
「十分な拘束力です。」
「ですが欠点があります。」
ガイルが考えながら答える。
「拘束できる数が少ない。」
「連続して使うには時間が掛かる。」
「その通りです。」
アレクサンドラは黒板へ大きく書いた。
**『バインドバレット』**
「皆さんは既に闇属性を覚醒しています。」
「今日は、その応用を訓練します。」
右手へ闇属性の魔力を集める。
小さな黒い弾丸が生まれた。
「バインドバレット。」
パンッ。
乾いた音とともに黒い弾丸が丸太へ命中する。
次の瞬間。
闇の拘束具が一瞬で広がり、丸太を完全に拘束した。
ガイルは目を見開く。
「速い。」
「弾丸だからです。」
アレクサンドラは続ける。
「ウォーターバインドは対象へ魔法を直接展開します。」
「ですが、バインドバレットは弾丸です。」
「だから連発できます。」
「連射できます。」
「複数の敵へ同時に撃ち込めます。」
再び右手を前へ向ける。
「バインドバレット。」
パンッ。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
五発の黒い弾丸が連続して放たれた。
五本の丸太はほぼ同時に闇の拘束具で包まれる。
「さらに闇属性には、もう一つ利点があります。」
アレクサンドラは拘束された丸太を指差した。
「拘束された対象は、自力では脱出できません。」
「犯罪者の護送。」
「人攫い。」
「盗賊。」
「命を奪うことなく、安全に司法へ引き渡せます。」
ガイルは深く頷いた。
「なるほど。」
「倒すためじゃない。」
「逃がさないための魔法なんだ。」
「その通りです。」
アレクサンドラは微笑んだ。
「これからの冒険者には、倒す技術と同じくらい、捕らえる技術が求められます。」
アンジェラも真剣な表情で見つめていた。
教師として人を育てる。
冒険者として人を守る。
そのためには、人を殺さず制圧する技術も必要なのだ。
ガイルは静かに拳を握る。
「二十年間。」
「敵を倒すことばかり考えてきた。」
「だが今日からは違う。」
「守るために捕らえる。」
「それも冒険者の力なんだな。」
アレクサンドラは満足そうに頷いた。
「その理解で正しいです。」
「では皆さん。」
「バインドバレットの訓練を始めましょう。」
「目標は正確な命中。」
「連発。」
「連射。」
「そして複数目標の同時拘束です。」
ベテラン冒険者たちは一斉に魔力循環を深め、それぞれの前に闇の弾丸を形成した。
王都冒険者ギルドでは、新たな拘束術の訓練が本格的に始まろうとしていた。
「では訓練を始めます。」
アレクサンドラの合図で、ベテラン冒険者たちは一斉に魔力循環と魔力操作を行った。
右手へ闇属性の魔力を集める。
黒い弾丸が次々と形成されていく。
「バインドバレット。」
パンッ。
パンッ。
パンッ。
乾いた音が訓練場へ響く。
だが結果は様々だった。
命中しても拘束が甘い者。
途中で霧散する者。
狙いが逸れる者。
ガイルは五本の丸太へ向けて連続して撃ち込む。
「バインドバレット。」
パンッ。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
五発とも命中した。
しかし一本だけ拘束が浅く、闇の拘束が途中でほどけた。
アレクサンドラは近付きながら説明する。
「命中率は十分です。」
「問題は拘束を維持する魔力操作です。」
「弾を撃つことではありません。」
「命中した後も、拘束魔法を維持する意識を持ってください。」
ガイルは静かに頷いた。
もう一度魔力循環を深める。
闇属性の魔力を均一に練り上げる。
「バインドバレット。」
パンッ。
黒い弾丸が丸太へ命中した瞬間、闇の拘束具が全体へ巻き付き、完全に固定した。
今度は揺るぎもしない。
「それです。」
アレクサンドラは満足そうに頷いた。
「拘束とは動きを止め続けることです。」
「一瞬止めるだけでは意味がありません。」
他の冒険者たちも何度も訓練を繰り返す。
連発。
連射。
魔力循環を維持したまま撃ち続ける。
やがて全員の拘束が安定してきた。
アレクサンドラは次の段階へ進む。
「今度は移動目標です。」
ギルド職員が五本の丸太を横へ引き始める。
速度は一定ではない。
止まり。
動き。
方向も変わる。
「犯罪者は止まってくれません。」
「逃げます。」
「魔物も走ります。」
「進行方向を予測してください。」
ガイルは相手の足運びを見つめる。
一歩先を読む。
「バインドバレット。」
パンッ。
黒い弾丸は移動先へ飛び、丸太を正確に拘束した。
フェリクスも成功する。
アンジェラも集中して撃ち込む。
教師として培った観察力が、そのまま照準へ生かされていた。
「バインドバレット。」
パンッ。
黒い拘束が丸太へ巻き付く。
アレクサンドラは微笑んだ。
「素晴らしいです。」
「最後は複数目です。」
五本の丸太が同時に動き始めた。
全員が魔力循環を維持したまま構える。
「バインドバレット。」
パンッ。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
黒い弾丸が次々と飛び、五本の丸太はほぼ同時に拘束された。
ガイルは静かに息を吐く。
「ウォーターバインドより速い。」
「しかも連続して撃てる。」
アレクサンドラは頷いた。
「だから集団戦で真価を発揮します。」
「一人ずつ倒す必要はありません。」
「全員を拘束すれば戦闘は終わります。」
ガイルは拘束された丸太を見つめた。
「殺す必要もない。」
「その通りです。」
アレクサンドラは静かに答える。
「命を奪うことが目的ではありません。」
「暴れる者を止めること。」
「司法へ引き渡すこと。」
「それが拘束術です。」
ベテラン冒険者たちは深く頷いた。
敵を倒す技術だけではない。
生かしたまま制圧する技術こそ、新しい時代の冒険者へ求められる力なのだと、全員が理解し始めていた。
バインドバレットの訓練は続いていた。
ガイルたちは連発、連射、複数目標への同時拘束を繰り返し、命中率も拘束力も着実に向上していく。
アレクサンドラは満足そうに頷いた。
「ここからは実戦です。」
ギルド職員たちが盗賊役となり、森の中へ散っていく。
「条件は一つ。」
「殺さないこと。」
「全員を捕縛してください。」
「開始。」
ガイルはすぐに指示を出した。
「ウォーターサーチ。」
二十名が同時に水属性魔法を展開する。
青白い魔力が森全体へ広がった。
ガイルは違和感を覚える。
「……まだ足りない。」
アレクサンドラは静かに微笑んだ。
「その通りです。」
「ウォーターサーチは水属性だけでも十分優秀です。」
「ですが、更に発展させることができます。」
全員が耳を傾ける。
「風属性を混ぜます。」
「風は流れを読みます。」
「土属性を混ぜます。」
「地形や足跡、地面の変化を捉えます。」
「光属性。」
「生命反応や魔力の流れを捉えます。」
「闇属性。」
「隠れた気配を捉えます。」
「火属性。」
「熱を感知します。」
ベテラン冒険者たちは目を見開いた。
「全部混ぜるんですか。」
「はい。」
アレクサンドラは頷く。
「索敵とは、一つの情報だけを見ることではありません。」
「複数の情報を統合し、状況を把握する技術です。」
ガイルは静かに魔力を巡らせる。
水。
風。
土。
光。
闇。
火。
六つの属性が一つの魔法へ溶け込んでいく。
魔力が森全体へ静かに広がった。
その瞬間だった。
ガイルの視界が一変する。
木々の位置。
地形。
岩陰。
魔力反応。
熱源。
足跡。
全てが一つの情報として頭の中へ流れ込んでくる。
「すごい……。」
思わず声が漏れた。
フェリクスも驚く。
「盗賊役が三人。」
「北西百八十メートル。」
「岩陰に隠れています。」
別の冒険者も続く。
「南東。」
「二人。」
「倒木の裏です。」
全員がほぼ同時に同じ位置を指差した。
アレクサンドラは満足そうに頷く。
「成功です。」
「これが索敵魔法です。」
教室がどよめく。
ガイルは静かに息を吐いた。
「ウォーターサーチとは別物だ。」
「ええ。」
「複数属性を組み合わせることで、得られる情報量は飛躍的に増えます。」
その瞬間だった。
ガイルは再び違和感を覚えた。
「また知識が……。」
フェリクスも目を見開く。
「俺もだ。」
「何か覚醒する。」
ベテラン冒険者たちが次々と立ち止まる。
アレクサンドラは一人ずつ鑑定を行った。
そして嬉しそうに微笑む。
「おめでとうございます。」
「皆さん、索敵魔法を習得しました。」
森に歓声が響く。
ガイルは空を見上げながら笑った。
「索敵もここまで進化するのか。」
「これなら待ち伏せも。」
「遭難者も。」
「犯罪者も。」
「すぐ見つけられる。」
アレクサンドラは静かに頷いた。
「そのための教導です。」
「では。」
「この索敵魔法を使って、盗賊役全員を捕縛しましょう。」
ベテラン冒険者たちは力強く頷き、一斉に森の中へ駆け出した。
新たな索敵魔法を手に入れた彼らは、これまでとは比較にならない精度で獲物――いや、捕縛対象の位置を把握していた。
少し前に、全員の身体へ温かな魔力が流れ込んだ。
ガイルは思わず目を閉じる。
「まただ……。」
フェリクスも驚いた表情を浮かべた。
「新しい知識が流れ込んでくる。」
アンジェラも胸へ手を当てる。
「身体が軽くなったような……。」
アレクサンドラは一人ずつ鑑定する。
そして穏やかに微笑んだ。
「皆さん、おめでとうございます。」
「レビテーションを覚醒しました。」
森の中に歓声が響く。
ガイルは恐る恐る魔力を巡らせる。
すると身体がゆっくりと地面から離れた。
「浮いた……。」
フェリクスも。
アンジェラも。
ベテラン冒険者全員が宙へ浮かび始める。
アレクサンドラも静かに浮かび上がった。
「飛行魔法です。」
「レビテーションで身体を浮かせます。」
「そして風属性で前後左右へ推進し、方向を制御します。」
「この二つを組み合わせれば自由に飛行できます。」
ガイルは恐る恐る風属性を足元へ流す。
身体がゆっくり前へ進む。
「飛べる……。」
フェリクスも空中で向きを変えながら飛行する。
アンジェラも最初は恐る恐るだったが、すぐに姿勢を安定させた。
ベテラン冒険者たちは歓声を上げる。
「空だ!」
「本当に飛んでいる!」
「これなら崖も川も関係ない!」
アレクサンドラは微笑みながら頷く。
「その通りです。」
「飛行は移動手段でもありますが、それ以上に索敵能力を飛躍的に高めます。」
「では実践しましょう。」
全員が上空五十メートルまで上昇する。
眼下には深い森が広がっていた。
「索敵魔法を展開してください。」
全員が魔力循環と魔力操作を維持したまま索敵魔法を発動する。
水。
風。
土。
光。
闇。
火。
六属性が融合した索敵魔法が、上空から森全体へ広がっていく。
「見えます!」
アンジェラが声を上げた。
「北東に魔物が二体。」
フェリクスも続く。
「南西に盗賊役三名。」
「さらに西側に負傷者役一名。」
ガイルは思わず笑った。
「地上とは比べものにならない。」
「索敵範囲が何倍にも広がる。」
アレクサンドラは満足そうに頷く。
「飛行と索敵魔法を組み合わせることで、探索速度も救助速度も飛躍的に向上します。」
「犯罪者を発見し。」
「バインドバレットで拘束する。」
「保護空間へ収容する。」
「要救助者も同様に保護空間へ収容し、安全な場所まで搬送する。」
「これが今後の王国冒険者の基本となります。」
ガイルは大きく息を吸った。
二十年間歩き続けた森。
その森を今、自分は空から見下ろしている。
地上では見えなかった地形。
川の流れ。
獣道。
人の足跡。
すべてが一目で把握できる。
「世界が変わったな……。」
その一言に、ベテラン冒険者たちは静かに頷いた。
討伐だけを繰り返してきた二十年。
しかし今の彼らは違う。
索敵し。
救助し。
捕縛し。
護送する。
そして空を飛び、人々を守る。
新しい時代の冒険者として、彼らは大きな一歩を踏み出したのだった。
バインドバレット、索敵魔法、そして飛行魔法の訓練を終えた一行は、夕暮れの王都冒険者ギルド訓練場へ戻ってきた。
ベテラン冒険者たちは興奮を隠せない。
「空を飛びながら索敵できるなんて。」
「もう盗賊は逃げられないな。」
「救助も護送も、今までとは比べものにならない。」
ガイルも静かに頷いた。
「二十年間積み重ねてきた経験が、ようやく一つにつながった。」
その時だった。
ギルド職員が息を切らしながら訓練場へ駆け込んできた。
「アレクサンドラ先生!」
「マーガレット王女殿下が、無事に第一子をご出産されました!」
訓練場は一瞬静まり返り、次の瞬間、大きな歓声が上がる。
「おお!」
「それは誠におめでとうございます!」
「母子ともにご無事なのですね!」
職員は何度も頷いた。
「はい!」
「母子ともに健康とのことです!」
アレクサンドラは胸へ手を当て、小さく微笑んだ。
「本当に……よかった。」
ともに教導を続けてきた仲間。
そして王国の王女。
その幸せな知らせは、自分のことのように嬉しかった。
同時に、胸の中で一つの決意が固まる。
(二十六歳。)
(私は、もう迷わない。)
アレクサンドラはゆっくりガイルへ歩み寄った。
「ガイルさん。」
「少し、お話があります。」
「はい。」
ガイルは真剣な表情で頷く。
二人は訓練場の隅、人目の少ない木陰へ移動した。
夕日が二人を優しく照らしている。
アレクサンドラは深く息を吸った。
魔物との戦いでは一度も震えたことはない。
だが今は、心臓が激しく鼓動していた。
「ガイルさん。」
「私は、あなたに惹かれています。」
ガイルは静かに目を見開く。
「二十年間培われた経験。」
「敗北から学ぶ謙虚さ。」
「仲間を守ろうとする責任感。」
「その全てを尊敬しています。」
「そして、一人の男性として好きになりました。」
沈黙が流れる。
やがてガイルはゆっくり口を開いた。
「俺は平民です。」
「あなたは子爵家の令嬢であり、王国騎士団の騎士です。」
「身分が違います。」
アレクサンドラは穏やかに首を横へ振る。
「私は身分ではなく、人を見ています。」
「だから、お伝えしました。」
その時だった。
アレクサンドラは木陰へ視線を向けた。
「アンジェラさん。」
「もう出てきても大丈夫ですよ。」
「えっ!」
物陰からアンジェラが姿を現した。
顔は真っ赤だった。
「す、すみません。」
「聞くつもりはなかったんです。」
「ですが……。」
アレクサンドラは優しく微笑む。
「謝らなくて大丈夫です。」
「それに。」
「あなたの気持ちも知っています。」
アンジェラは固まった。
「え……?」
「あなたもガイルさんへ想いを寄せていますね。」
「ど、どうして分かったんですか!」
アンジェラは思わず声を上げる。
アレクサンドラは小さく笑った。
「毎日見ていましたから。」
「あなたがガイルさんを見る目は、女性ならすぐ分かります。」
アンジェラは俯いた。
「私は亡命者です。」
「元娼婦です。」
「今は教師ですが……そんな私がAランク冒険者のガイルさんを想うなんて、おこがましいことです。」
アレクサンドラは静かに首を振った。
「過去は変えられません。」
「ですが、今のあなたは王国の教師です。」
「多くの子供たちへ知識と技術を教える、大切な仲間です。」
そしてガイルを真っ直ぐ見つめる。
「ガイルさん。」
「私は自分の想いを伝えました。」
「そして、アンジェラさんもあなたを想っています。」
ガイルは驚きながら二人を見つめた。
言葉は出ない。
二人も返事を求めなかった。
夕日に染まる王都の空。
新たな力を手に入れた冒険者たちは、それぞれの胸に芽生えた新たな想いとともに、静かに未来への一歩を踏み出していた。




