72 冒険者の常識
王都冒険者ギルド。
朝から依頼を受ける冒険者たちで賑わう建物の奥、応接室へ四人の来客が案内された。
マーガレット。
アーク。
アレクサンドラ。
そしてアダムス・キンバリーである。
部屋ではギルドマスター・バルドが立ち上がり、一礼した。
「本日はお越しいただきありがとうございます。」
マーガレットも微笑みながら応じる。
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます。」
全員が席に着き、茶が運ばれる。
しばらく世間話を交わした後、バルドは真剣な表情になった。
「本日は、一つ相談があります。」
応接室の空気が引き締まる。
「先日のスタンピードでは、王国騎士団の活躍が大きかった。」
「帝国からの亡命者保護も騎士団が主役だった。」
「そこに異論はありません。」
アレクサンドラは静かに頷いた。
「ありがとうございます。」
バルドは続ける。
「レオン、ガレス、ミリア、エリックによる教導も、大きな成果を上げています。」
「教導を受けた新人冒険者たちは、短期間で見違えるほど成長しました。」
アダムスも深く頷く。
「僕自身、それを実感しています。」
「魔力循環。」
「魔力操作。」
「身体強化。」
「筋肉強化。」
「水属性魔法。」
「基礎を学ぶだけで、戦い方そのものが変わりました。」
「ええ。」
バルドは肯定する。
「新人たちの評価は非常に高い。」
「依頼の達成率も上がり、負傷者も減っています。」
「ですが。」
そこで表情が曇った。
「冒険者全体の賛同は得られていません。」
マーガレットが静かに尋ねる。
「反対する方がいるのですね。」
「はい。」
バルドは机の上へ数枚の面談記録を置いた。
「ベテラン冒険者たちです。」
一枚目を開く。
「『俺たちは一人で稼ぐ。』」
二枚目。
「『仲間は足手まといだ。』」
三枚目。
「『冒険者は自由だ。誰かに教えられるものじゃない。』」
さらに別の記録。
「『二十年このやり方で生き残ってきた。今さら変える必要はない。』」
部屋は静まり返る。
バルドは苦笑した。
「彼らは教導を否定しているわけではありません。」
「ただ、自分たちには必要ないと思っているのです。」
アレクサンドラは静かに頷いた。
騎士団とは違う。
騎士は命令で動く組織だ。
しかし冒険者は、それぞれが自分の意思で依頼を受け、生計を立てている。
だからこそ、強制はできない。
マーガレットも理解していた。
「教育は押し付けても身につきません。」
「本人が必要だと思わなければ、受け入れられませんから。」
バルドは深く息を吐いた。
「その通りです。」
「だから私も困っています。」
その時だった。
それまで静かに話を聞いていたアークが、穏やかに口を開く。
「私は、そのベテラン冒険者たちは間違っていないと思います。」
その一言に、応接室の全員がアークへ視線を向けた。
アークの一言に、応接室は静まり返った。
「間違っていない……ですか。」
バルドが確認するように尋ねる。
アークは穏やかに頷いた。
「ええ。」
「彼らは二十年間、そのやり方で生き残ってきました。」
「一人で依頼を受け。」
「一人で魔物を倒し。」
「一人で生活を支えてきた。」
「その経験は本物です。」
「だから、その考え方を頭ごなしに否定することはできません。」
バルドも静かに頷いた。
「私も同じです。」
「だから困っているのです。」
「教導は有効だ。」
「ですが、『必要ない』と言われれば、それ以上は勧められません。」
マーガレットも口を開く。
「教育は強制するものではありません。」
「本人が必要だと感じて初めて意味を持ちます。」
アレクサンドラも続けた。
「騎士団なら命令できます。」
「ですが、冒険者は自由です。」
「それが冒険者という職業の良さでもあります。」
応接室は再び静かになる。
アークは茶を一口飲み、穏やかな口調で話し始めた。
「だから説得はしません。」
「教導を受けなさいとも言いません。」
バルドが尋ねる。
「では、どうされますか。」
「見てもらいましょう。」
短い返事だった。
「見てもらう?」
「はい。」
「冒険者は実力を重んじます。」
「言葉より結果です。」
「ならば、結果を見てもらえばいい。」
バルドの表情が少し変わる。
「模擬戦ですか。」
「ええ。」
アークは微笑んだ。
「教導を受けた新人冒険者と。」
「教導を受けていないベテラン冒険者。」
「互いに本気で戦っていただきます。」
アレクサンドラはすぐにアークの意図を理解した。
「連携を見せるのですね。」
「その通りです。」
アークは頷く。
「今回示したいのは、一人の強さではありません。」
「教導によって身につけた連携です。」
マーガレットも続ける。
「騎士団でも、小隊として戦うことを最も重視しています。」
「五人が役割を分担し、互いを補えば、一人では届かない相手にも届きます。」
バルドは腕を組みながら考え込んだ。
「形式は。」
「ベテラン一人。」
「教導を受けた新人五人。」
「一対五です。」
「一対五……。」
バルドは思わず笑った。
「なるほど。」
「『仲間は足手まといだ』と言う者たちなら、断る理由はありませんな。」
アークも笑みを返す。
「ええ。」
「自分たちの信じてきた常識で戦っていただきます。」
「新人たちも、自分たちが学んだことを全力で示すだけです。」
バルドはゆっくり立ち上がった。
「分かりました。」
「王都冒険者ギルドとして模擬戦を開催します。」
「参加するベテラン冒険者は、私が募りましょう。」
「新人側も選抜してください。」
アークは静かに一礼した。
「ありがとうございます。」
バルドは窓の外で依頼を受ける冒険者たちを見つめた。
「二十年間続いてきた冒険者の常識か。」
「それとも、新しい教導が生み出す常識か。」
「どちらが本当に強いのか。」
その答えは、まもなく訓練場で明らかになろうとしていた。
模擬戦の開催が決まると、バルドはすぐに冒険者ギルド職員を集めた。
「今日中に掲示しろ。」
「参加は自由。」
「教導を受けていないベテラン冒険者一名。」
「教導を受けた新人冒険者五名。」
「一対五の模擬戦を行う。」
職員たちは一斉に動き出した。
依頼掲示板の中央へ、大きな告知が貼り出される。
たちまち周囲へ人だかりができた。
「模擬戦?」
「新人五人対ベテラン一人?」
「何だこれは。」
冒険者たちは次々と掲示板へ集まる。
一人のベテラン冒険者が鼻で笑った。
「五人集まらなきゃ戦えないのか。」
別の男も肩をすくめる。
「だから新人なんだ。」
「俺たちは一人で稼いできた。」
「仲間なんか足手まといだ。」
その言葉に周囲のベテランたちも頷いた。
一方、若手冒険者たちは違う反応を見せる。
「教導を受けた人たちは強いぞ。」
「この前の討伐でも連携がすごかった。」
「見てみたい。」
ギルド内では賛否両論だった。
その頃、応接室ではバルドが職員から報告を受けていた。
「早くも希望者が集まり始めています。」
「新人側はどうしますか。」
アレクサンドラが答える。
「こちらで選びます。」
「三日間、教導を受けた新人の中から五名。」
バルドは頷いた。
「分かりました。」
「ベテラン側は私が選びます。」
アークは静かに口を開く。
「一つお願いがあります。」
「何でしょう。」
「実力のある方を選んでください。」
「誰もが認める実力者です。」
「負けた時に、『相手が弱かっただけだ』と言われない方がいい。」
バルドは笑った。
「同じことを考えていました。」
「中途半端な相手では意味がありません。」
マーガレットも頷く。
「教導の価値を示すなら、誰も言い訳のできない条件が必要ですね。」
アダムスは静かに尋ねた。
「新人たちは勝てるでしょうか。」
アレクサンドラは迷いなく答えた。
「勝敗は分かりません。」
「ですが。」
「私が教えたことを実践すれば、一人ではできない戦い方ができます。」
アークも続ける。
「勝つことだけが目的ではありません。」
「連携の価値を理解してもらうことです。」
その時、扉が叩かれた。
職員が一礼する。
「ギルドマスター。」
「ベテラン冒険者の参加希望者が集まり始めました。」
バルドは立ち上がる。
「よし。」
「私が直接会おう。」
応接室を出ると、受付前には十数名のベテラン冒険者が集まっていた。
腕を組みながら掲示板を見つめる者。
腕試しのように笑う者。
「新人五人だろうが十人だろうが構わん。」
「冒険者は一人で生き残るものだ。」
そんな声がギルド内へ響く。
アークはその様子を静かに見つめ、小さく微笑んだ。
「いいですね。」
「誰一人、逃げようとはしない。」
マーガレットも頷く。
「誇りを持っているからですね。」
「ええ。」
「だからこそ、この人たちは強い。」
「そして、だからこそ教導が加われば、もっと強くなれます。」
模擬戦の日程は三日後に決まった。
王都冒険者ギルドでは、新しい常識が生まれる瞬間を、多くの冒険者が待ち望んでいた。
三日後に模擬戦を開催することが正式に決まると、王都冒険者ギルドは慌ただしく動き始めた。
訓練場の整備。
観覧場所の確保。
審判役の選出。
救護班の配置。
全てバルドの指示で手際よく進められていく。
その頃、掲示板の前では大勢の冒険者が議論を交わしていた。
「新人五人か。」
「一人じゃ勝てないって認めてるようなもんだ。」
一人のベテラン冒険者が笑う。
すると別の冒険者も口を開いた。
「いや、逆だろ。」
「五人で戦う訓練を受けたらしい。」
「だから五人なんだ。」
「そんなもの実戦じゃ意味がない。」
「魔物は待ってくれない。」
「最後は自分だけが頼りだ。」
ベテランたちは、自分たちが積み重ねてきた経験に絶対の自信を持っていた。
一方、教導を受けた若手冒険者たちは静かに話していた。
「先生はいつも言ってた。」
「一人で勝つな。」
「五人で勝てって。」
「だから俺たちは、それをやるだけだ。」
言葉は少ない。
だが、その表情には迷いがなかった。
応接室では、バルドが最後の確認を行っていた。
「新人側の五名は決まりましたか。」
アレクサンドラが頷く。
「決まりました。」
「三日間、最も真剣に教導へ取り組んだ五人です。」
マーガレットも微笑む。
「特別な才能がある子たちではありません。」
「基礎を忠実に積み重ねた子たちです。」
アダムスは少し驚いたように尋ねる。
「実力のある新人ではないのですか。」
アークが答えた。
「違います。」
「今回証明したいのは、才能ではありません。」
「教導です。」
「誰でも基礎を学び、仲間と連携すれば強くなれる。」
「それを示したいのです。」
バルドも深く頷いた。
「なるほど。」
「だから特別な新人では意味がない。」
「誰にでも再現できる教導でなければならないのですね。」
「その通りです。」
アークは穏やかに笑った。
「一人の天才を育てても、王国は変わりません。」
「百人。」
「千人。」
「万人が同じように成長できることに価値があります。」
マーガレットも続ける。
「教育とは、特別な人を作るものではありません。」
「普通の人が成長できる環境を作ることです。」
応接室は静かな空気に包まれた。
バルドは立ち上がる。
「よし。」
「準備は整いました。」
「後は当日を待つだけです。」
アークも静かに立ち上がる。
「結果は急ぎません。」
「勝っても負けても、冒険者たちは必ず何かを学びます。」
マーガレットは窓の外を見る。
訓練場では新人冒険者たちが五人一組で動きを確認していた。
誰かが前へ出れば、誰かが後ろを守る。
誰かが下がれば、別の誰かが前へ出る。
その姿を見たマーガレットは、小さく微笑んだ。
「一人では届かない場所も。」
「五人なら届く。」
アークも同じ光景を見つめながら頷く。
「その答えを。」
「三日後、王都中の冒険者たちが自分の目で見ることになるでしょう。」
こうして王都冒険者ギルドでは、長年続いてきた『一人で生き抜く冒険者』という常識と、『教導による連携』という新しい常識が、いよいよ真正面からぶつかろうとしていた。




