71 アダムス・キンバリー
ダンジョン壁材の発見から数日後。
アダムス・キンバリーのもとへ一通の正式な招待状が届いた。
差出人は王宮。
「国王陛下が謁見を望んでおられる。」
その一文に、アダムスは思わず息を呑んだ。
「僕が……王宮へ?」
冒険者ギルドのギルドマスターが穏やかに頷く。
「安心しろ。」
「今回の件で功績を称えたいそうだ。」
「ありのままのお前で行けばいい。」
数日後。
アダムスは正装に身を包み、王宮へ足を踏み入れた。
磨き上げられた白い大理石の廊下。
整然と並ぶ近衛騎士。
豪華な装飾が施された謁見の間。
案内役に導かれ、ゆっくりと中央まで歩く。
そこには国王オーキス・アルデバラン。
王妃バイオレット。
マーガレット王女。
宰相クレイン・レッドバルト。
騎士団長アイク。
そしてアークの姿もあった。
アダムスは深く頭を下げる。
「冒険者アダムス・キンバリー、お召しにより参上いたしました。」
国王は穏やかに頷いた。
「楽にしてよい。」
「今日は裁くために呼んだのではない。」
アダムスは静かに顔を上げる。
国王はしばらくアダムスを見つめた後、宰相へ視線を向けた。
宰相クレイン・レッドバルトが一歩前へ出る。
「アダムス殿。」
「まず一つ、お伝えしたいことがあります。」
「陛下は、キンバリー男爵家の改易と、あなたが貴族学校を退学するに至った一連の経緯について、すべて報告を受けておられます。」
アダムスは静かに耳を傾ける。
「改革は王国に必要なものでした。」
「しかし、その過程で多くの方々の人生が大きく変わりました。」
「キンバリー家も、その一つです。」
謁見の間は静まり返る。
国王がゆっくりと口を開いた。
「私は国王だ。」
「王国を守るために決断した。」
「その決断が正しかったと今も考えている。」
そこで一度言葉を切る。
「だが、その決断によって人生が変わった者たちがいることも忘れてはならない。」
国王の声は静かだった。
「私は、その責任を背負って生きていく。」
謝罪ではない。
王として、自らの責任を認める言葉だった。
アダムスは驚いたように国王を見つめる。
国王は話題を変えるように微笑んだ。
「さて、今日は暗い話をするために呼んだのではない。」
「君の功績を称えたい。」
「十属性魔法への適性。」
「数々の戦闘スキルの覚醒。」
「そして、誰も気付かなかったダンジョン壁材の価値を発見した功績。」
「いずれも王国にとって極めて大きな成果である。」
国王は真っ直ぐアダムスを見据えた。
「アダムス・キンバリー。」
「その功績に報いるため、伯爵位を授けたいと考えている。」
謁見の間に静かな緊張が走った。
若き冒険者は、その申し出にどのような答えを返すのか。
誰もが固唾をのんで見守っていた。
国王オーキス・アルデバランの言葉が謁見の間に響く。
「アダムス・キンバリー。」
「その功績に報いるため、伯爵位を授けたいと考えている。」
場が静まり返る。
伯爵位。
それは男爵家の次男だった青年には、あまりにも大きな話だった。
アダムスはしばらく俯いたまま考え込む。
やがて静かに顔を上げた。
「……恐れながら。」
「そのお話は、お受けできません。」
その返答に近衛騎士たちが小さく息を呑む。
国王は表情一つ変えなかった。
「理由を聞こう。」
アダムスはゆっくりと言葉を選ぶ。
「今の僕は冒険者です。」
「毎日仲間とダンジョンへ潜り、新しいことを学ぶ日々が何より充実しています。」
「伯爵になれば、多くの責任が生まれます。」
「ですが、その責任を果たせるほど、僕はまだ成熟していません。」
一度言葉を切り、穏やかに続けた。
「それに……。」
「父も兄も、自分たちの道を見つけました。」
「父は爵位を返納し、農民として暮らしています。」
「兄も毎日畑へ出ています。」
「家族は皆、今の暮らしに満足しています。」
王も宰相も静かに耳を傾ける。
「だから僕だけが再び貴族へ戻ることは考えておりません。」
「今の僕には、冒険者として歩む人生が一番合っていると思っています。」
国王は静かに頷いた。
「そうか。」
否定はしない。
強制もしない。
その答えを一人の人間の意思として受け止めた。
マーガレットもアダムスを見つめる。
彼女もまた、キンバリー家の人生を大きく変えてしまった一人だった。
改革は必要だった。
今もその考えは変わらない。
だが、その改革によって人生が変わった人々がいることも事実だった。
マーガレットは静かに口を開く。
「アダムス様。」
「あなたの歩まれた道は、とても険しいものだったと思います。」
「それでも今日、この場でそのようなお言葉をいただけたことを、一人の教育者として嬉しく思います。」
謝罪ではない。
王女として謝ることはできない。
だが、その言葉には教育者としての率直な思いが込められていた。
アダムスは少し緊張した表情を浮かべながら頷く。
「ありがとうございます。」
しかし、謁見の間にはまだどこか硬い空気が残っていた。
その空気を察したアークが、一歩前へ出る。
穏やかな笑みを浮かべながら、アダムスへ視線を向ける。
「少し、私から話をしてもよろしいでしょうか。」
国王もマーガレットも静かに頷いた。
アークはゆっくりとアダムスの前まで歩み寄る。
その表情は、王族でも貴族でもなく、一人の教師そのものだった。
アークは静かにアダムスの前まで歩み寄った。
穏やかな笑みを浮かべ、その肩へそっと手を置く。
「少し肩の力を抜きなさい。」
アダムスは思わず苦笑した。
「……はい。」
謁見の間の空気も少し和らぐ。
アークは国王とマーガレットへ一礼すると、ゆっくりと話し始めた。
「陛下のお考えも。」
「マーガレット殿下のお考えも。」
「概ね間違ってはいません。」
国王もマーガレットも静かに頷く。
アークは続けた。
「ですが、それは大人の立場から見た話です。」
「国を守る者。」
「教育を改革する者。」
「責任ある立場には、それぞれ背負うものがあります。」
そしてアダムスへ向き直る。
「しかし。」
「君は違う。」
「君はその責任まで背負う必要はない。」
アダムスは驚いたように顔を上げた。
「……え?」
アークは穏やかに笑う。
「退学したこと。」
「実家が改易になったこと。」
「家族の人生が変わったこと。」
「それは君が決めたことではない。」
「大人たちが決断したことだ。」
「だから君が責任を感じる必要はない。」
謁見の間は静まり返る。
アークはさらに続けた。
「そしてもう一つ。」
「王家の人間には、謝りたくても謝れない場面がある。」
アダムスは国王を見る。
国王も静かに頷いた。
アークは説明を続けた。
「もし陛下が個人として謝罪すれば。」
「王としての裁きそのものを否定することになる。」
「改革を受け入れて歩き始めた多くの者たちも迷う。」
「だから謝れない。」
「それも王の責任なんだ。」
マーガレットも静かに目を閉じる。
教育改革は必要だった。
だから実行した。
しかし、その過程で人生が変わった者たちがいる。
その事実から目を背けることもしなかった。
アークは柔らかな口調で続ける。
「陛下は責任から逃げていない。」
「殿下も逃げていない。」
「だからこそ、謝罪という形ではなく、自ら責任を背負う道を選んでいる。」
アダムスはゆっくりと息を吐いた。
胸につかえていた何かが、少しずつ解けていく。
父の姿が浮かぶ。
鍬を握り、笑顔で畑を耕していた父。
母も兄も毎日楽しそうに働いていた。
あの日。
父は笑って言った。
「今の暮らしも悪くない。」
その言葉は嘘ではなかった。
今になって、その意味がよく分かる。
アダムスは静かに顔を上げる。
その表情から緊張は消え、穏やかな笑みが戻っていた。
王も。
王女も。
教師も。
そして自分も。
それぞれ違う立場で、自分の責任を果たそうとしている。
そのことを、ようやく素直に受け止めることができた。
アークの話が終わると、謁見の間は静かな空気に包まれた。
誰も口を開かない。
その沈黙を破ったのはアダムスだった。
彼はゆっくりと国王へ向き直り、深く一礼する。
「陛下。」
「お話を聞いて、よく分かりました。」
国王は静かに頷く。
アダムスは続けた。
「父は今、毎日畑へ出ています。」
「母も兄も楽しそうに働いています。」
「改易された当時は戸惑いもありました。」
「ですが今では、家族全員が今の生活を気に入っています。」
謁見の間にいた者たちは静かに耳を傾けていた。
「以前の父は、領民へ仕事を任せることが多く、自分で鍬を握ることはありませんでした。」
「でも今は違います。」
「汗を流して働き、収穫を喜び、夕食を家族みんなで囲んでいます。」
「父は笑っていました。」
『毎日が楽しい。』
『私は今の人生を選んで良かった。』
その言葉を思い出し、アダムスも自然と笑顔になった。
「ですから。」
「家族にも、僕にも、わだかまりはありません。」
「今では皆、それぞれ自分の人生を歩いています。」
マーガレットはその言葉を聞き、静かに安堵の息をついた。
国王も穏やかな表情を浮かべる。
アダムスは今度はマーガレットへ向き直った。
「マーガレット殿下。」
「僕は一度退学になりました。」
「その時は正直、悔しかったです。」
「ですが、復学させていただきました。」
「教導を受けました。」
「魔力循環。」
「魔力操作。」
「十属性魔法。」
「戦闘技術。」
「そして仲間。」
「今の僕があるのは、アルデバラン王国の教育があったからです。」
深く頭を下げる。
「本当にありがとうございました。」
その言葉は、飾りではなかった。
心からの感謝だった。
マーガレットも一礼を返す。
「その言葉をいただけただけで、教育者として十分報われました。」
国王も静かに立ち上がる。
「アダムス・キンバリー。」
「伯爵位の件は取り下げよう。」
「今後も一人の冒険者として励みなさい。」
アダムスは笑顔で答えた。
「はい。」
「冒険者として、これからも多くを学び、多くを発見していきたいと思います。」
国王は満足そうに頷いた。
「期待している。」
謁見が終わると、アダムスは王宮の廊下を歩く。
隣にはアークがいた。
アークは小さく笑う。
「少し緊張したか。」
「ものすごく緊張しました。」
二人は思わず笑い合う。
王宮の外へ出ると、王都の空には飛行魔法を使う冒険者や物流部隊が行き交っていた。
教導を受けた人々が学び、働き、また次の世代へ教えていく。
その光景を見つめながら、アダムスは静かに拳を握る。
「次は、どんな発見が待っているだろう。」
一人の青年の成長は終わらない。
教育によって人生を変えられた青年は、今度は自らの力で王国の未来を切り拓いていくのだった。




