70 王国改革のその後
アルデバラン王国では、教育改革が新たな段階へ進んでいた。
王都貴族学校。
改革前は六年間かけて学んでいた教育課程が、大幅に見直されている。
王宮大会議室。
国王オーキス・アルデバラン。
マーガレット。
宰相クレイン・レッドバルト。
王国騎士団。
貴族学校教師たちが集まり、新しい教育制度を確認していた。
主任教師が報告する。
「教導スキルの普及により、生徒たちの理解速度が飛躍的に向上しております。」
「そのため六年間必要だった教育課程を一年へ短縮可能と判断しました。」
国王は静かに頷く。
「不要な教育は削る。」
マーガレットも資料を見ながら続けた。
「魔法詠唱中心の授業。」
「他者を見下す選民思想。」
「貴族だけを正当化する歴史教育。」
「誤った魔法理論。」
「これらは全面的に廃止します。」
教師たちも異論はなかった。
実際、現場ではすでに変化が起きている。
識字。
計算。
魔力循環。
魔力操作。
魔法。
それらは教導によって短期間で習得できるようになっていた。
暗記だけを目的とした授業は不要になったのである。
主任教師は新しい時間割を示した。
「実習時間を大幅に増やします。」
「さらに職業訓練としてインターン制度を導入します。」
宰相が資料を見る。
「卒業前から実際の仕事を経験させるのですな。」
「はい。」
「冒険者ギルド。」
「薬師ギルド。」
「治癒師ギルド。」
「商業ギルド。」
「食品ギルド。」
「紡織ギルド。」
「鍛冶師ギルド。」
「木工ギルド。」
「行政機関。」
「本人の適性に応じて派遣します。」
マーガレットは穏やかな表情で言った。
「一年学んでも時間が余ります。」
「その時間を社会へ返しましょう。」
「早く卒業し、自立してください。」
教師の一人が頷く。
「亡命者の皆さんは、もっと過酷な環境で生き抜いてきました。」
「それに比べれば、今の貴族学校はまだ恵まれ過ぎています。」
マーガレットは静かに答えた。
「だからこそ甘やかしません。」
「早く社会へ出て、人の役に立ちなさい。」
新制度はすぐに始まった。
ある令嬢は薬師ギルドと治癒師ギルドへ派遣される。
薬草の鑑定。
調薬。
治療。
浄化。
毎日現場で技術を学んでいた。
一方、ある令息は冒険者ギルドへ向かう。
宿舎で共同生活を送りながら依頼を受ける。
討伐。
採集。
護衛。
解体。
調理。
貴族という肩書ではなく、一人の冒険者として汗を流す毎日だった。
王国では教育の目的そのものが変わっていた。
貴族を育てる学校ではない。
自立し、人を支えられる人材を育てる学校へ。
それがアルデバラン王国の新しい教育だった。
王都冒険者ギルド。
朝早くから多くの冒険者が依頼書の前へ集まっていた。
その中に、一人の若い貴族令息がいる。
アダムス・キンバリー。
かつて男爵家の次男として生まれた青年だった。
家督を継ぐ立場ではなかった。
さらに貴族学校では一度退学処分を受けている。
父である男爵も改革の中で改易となり、再教育を受けた。
復権の機会も与えられたが、父は静かに爵位を返納した。
「私は平民として生きる。」
そう決断し、一家は農村へ移り住んだ。
兄も農業を継ぎ、家族全員が畑を耕しながら穏やかな日々を送っている。
その姿を見たアダムスに後悔はなかった。
自分には別の人生がある。
冒険者として生きる道だった。
受付で依頼を受けると、先輩冒険者たちが声を掛ける。
「今日もダンジョンだ。」
「準備はいいか。」
「はい!」
アダムスは笑顔で答えた。
飛行魔法でダンジョン入口へ向かい、五人パーティーで内部へ入る。
最初に現れたのはフォレストウルフの群れだった。
先輩が落ち着いて指示を出す。
「ウォーターバインド。」
水の縄が魔物を拘束する。
「ウォーターマスク。」
水の膜が口と鼻を覆い、魔物はもがき始めた。
やがて動きが止まる。
鑑定担当が確認する。
「死亡確認。」
収納担当が頷いた。
「収納。」
アイテムボックスへ魔物を収容する。
続いてホーンラビット。
ロックリザード。
魔物が現れるたびに同じ手順を繰り返す。
ウォーターバインド。
ウォーターマスク。
鑑定。
死亡確認。
収納。
教導どおりの連携だった。
危なげなく最下層へ進んでいく。
経験を積むごとにアダムスの鑑定結果も変化していった。
「剣士スキル。」
「槍術スキル。」
「格闘術スキル。」
「重力属性。」
「金属属性。」
「雷鳴属性。」
「時空間属性。」
「ポーション作成スキル。」
次々と新しいスキルが覚醒していく。
同行していた先輩冒険者が感心したように笑う。
「本当に伸びが早いな。」
アダムスは少し照れながら頭をかいた。
「毎日教えていただいていますから。」
「まだまだ覚えることばかりです。」
さらに鑑定担当が驚いた声を上げる。
「十属性適性を確認。」
周囲の冒険者たちは思わず顔を見合わせた。
十属性すべてへ適性を持つ者は、王国でも珍しい存在だった。
しかしアダムスは浮かれることなく剣を握り直す。
「スキルだけでは冒険者にはなれません。」
「もっと経験を積みます。」
先輩冒険者は満足そうに頷く。
「その心構えなら、一流になれる。」
「今日は最深部まで踏破するぞ。」
「はい!」
アダムスは仲間たちとともに、さらにダンジョンの奥深くへ進んでいった。
その先に、大陸の資源地図を書き換えるほどの発見が眠っているとは、まだ誰も知る由はなかった。
アダムスたちはダンジョン最深部へ到達していた。
最後の魔物を収納し、周囲を調査していると、アダムスは一枚の壁に違和感を覚えた。
「待ってください。」
足を止め、壁へ手を添える。
先輩冒険者が振り返った。
「どうした?」
「少し気になることがあります。」
アダムスは鑑定スキルを発動した。
壁一面へ視線を向ける。
すると鑑定結果が表示された。
「これは……。」
思わず声が漏れる。
先輩たちも集まってきた。
「何が見えた?」
アダムスは鑑定結果を読み上げる。
「ダンジョン壁材。」
「内部資源、オリハルコン。」
「ミスリル。」
「アダマンタイト。」
「金。」
「銀。」
「銅。」
「鉄。」
その場にいた全員が息を呑んだ。
「そんな馬鹿な……。」
ベテラン冒険者が壁へ触れる。
見た目はどこにでもある岩壁である。
しかし鑑定結果は明らかに普通ではなかった。
アダムスは慎重に剣を構えた。
「少しだけ削ってみます。」
壁の端を軽く叩く。
小さく崩れた壁材を拾い上げると、今度は金属魔法を発動した。
「金属精製。」
壁材から土砂だけが静かに分離されていく。
やがて光り輝く金属だけが残った。
銀白色に輝くミスリル。
黒く重厚なアダマンタイト。
黄金色に輝く金。
赤銅色の銅。
純度の高い鉄。
さらに淡い虹色の光を放つオリハルコン。
先輩冒険者たちは目を見開いた。
「本物だ……。」
「しかも純度が高い。」
「こんな精製速度、見たことがない。」
アダムスは壁をもう一度鑑定する。
先ほど削った部分は、すでに薄く再生を始めていた。
「壁が戻っています。」
全員がその場所へ集まる。
確かに削り取ったはずの壁材が、ゆっくりと元の姿へ戻っていく。
ベテラン冒険者が呟いた。
「ダンジョンそのものが再生しているのか。」
「普通の鉱山とは違うな。」
アダムスも静かに頷く。
「採掘場ではありません。」
「ダンジョンの壁材そのものが資源なんです。」
隊長は即座に判断した。
「これ以上は採取するな。」
「王都へ報告を優先する。」
「はい。」
隊長はテレパシーを発動した。
『王都冒険者ギルド本部へ緊急報告。』
『ダンジョン最深部にて特殊壁材を確認。』
『鑑定済み。』
『壁材からオリハルコン、ミスリル、アダマンタイト、金、銀、銅、鉄を精製可能。』
『壁材は時間経過で自然再生を確認。』
報告は瞬く間に王都冒険者ギルドへ届く。
ギルドマスターは椅子から立ち上がった。
「自然再生するダンジョン壁材だと……。」
直ちに詳細な記録を作成し、王宮へ使者を送る。
その報告書は、ほどなくしてマーガレットの机へ届けられた。
彼女は静かに内容を読み終えると、小さく微笑んだ。
「教育は人を育てました。」
「そして今、人材が新しい資源まで見つけ出したのですね。」
王国改革は、人を育てる段階から、新たな産業と資源を切り拓く時代へ歩み始めていた。
翌朝、王都冒険者ギルド本部。
ギルドマスターはアダムスたちのパーティーを応接室へ招いていた。
探索へ参加した全員が席に着く。
ギルドマスターは静かに口を開いた。
「諸君の報告は昨夜、王宮へ届けた。」
「国王陛下も、マーガレット殿下も、大変驚いておられた。」
全員が姿勢を正す。
「まず伝えよう。」
「発見者はアダムス・キンバリー。」
「ゆえに、このダンジョンの第一権利者は君だ。」
「第二権利者は探索へ参加したパーティー全員。」
「これは大陸共通の規則であり、国王陛下であっても覆すことはできない。」
アダムスは深く息を吸った。
「責任は理解しました。」
「ですが、一人では管理できません。」
「皆さんと相談しながら、このダンジョンを守っていきます。」
隊長が頷く。
「発見者はお前だ。」
「俺たちは支える。」
仲間たちも笑顔で応えた。
「異議なし。」
「最後は発見者の判断だ。」
ギルドマスターは一通の封書を差し出す。
「マーガレット殿下から預かっている。」
アダムスは静かに封を開いた。
『アダムス・キンバリー様。』
『このたびは、誰も気付かなかったダンジョンの新たな価値を発見されたこと、心よりお祝い申し上げます。』
『発見者としての権利は、あなたと皆様のものです。』
『どうか、ご自身が正しいと思われる道をお選びください。』
『マーガレット・アルデバラン』
短い手紙だった。
命令も。
要望も。
一切書かれていない。
アダムスは静かに便箋を畳んだ。
「殿下は、本当に僕たちへ任せるつもりなんですね。」
ギルドマスターは穏やかに頷いた。
「それが王家の結論だ。」
「発見者の権利は尊重される。」
「王家も冒険者ギルドも、それを侵すことはない。」
その日の午後。
冒険者ギルド。
鍛冶師ギルド。
魔道具師ギルド。
鑑定士たちが集まり、共同調査が始まった。
調査対象は、ダンジョン壁材そのものだった。
ダンジョンの壁は入口でも最深部でも同質。
古くからそう考えられてきた。
そしてもう一つ。
普通の方法では破壊できない。
採掘士がツルハシを振るっても傷一つ付かない。
詠唱魔法でも結果は同じだった。
そのため、壁材を資源として調べようと考える者は現れなかった。
しかし今回は違った。
魔力循環と魔力操作を修めたアダムスが、高威力の魔法で初めて壁材を破壊した。
そこで初めて鑑定が可能となり、壁材にオリハルコン、ミスリル、アダマンタイト、金、銀、銅、鉄が含まれていることが判明した。
さらに金属魔法を覚醒していたアダムスが金属精製を行ったことで、それらを純度の高いインゴットへ精錬できることまで証明された。
ギルドマスターは静かに呟く。
「ダンジョンは昔から変わっていない。」
「変わったのは、人だ。」
教育によって育った冒険者が。
魔力循環と魔力操作を身に付け。
高威力魔法を修め。
金属魔法を覚醒した。
だからこそ、誰も見ることのできなかった価値へ辿り着いたのである。
アダムスは再びダンジョンへ視線を向けた。
「まだ、誰も知らない価値があるかもしれない。」
教育は人を育てる。
育った人が世界を知る。
そして新たな発見が、次の世代を育てていく。
アルデバラン王国の改革は、人の可能性そのものを大きく広げ始めていた。




