67 魔物襲来
アルタリア帝国からの亡命が続く頃。
アルデバラン王国北方。
広大な魔の森で異変が起きていた。
索敵魔法を展開していた冒険者が、空中で息を呑む。
「これは……。」
視界いっぱいに赤い反応が映し出される。
一つ。
二つではない。
数え切れないほどの魔物が、一斉に王国へ向かって移動していた。
冒険者は直ちにテレパシーを飛ばす。
『魔の森より緊急報告。』
『大規模スタンピードを確認。』
『推定百万体。』
報告は瞬く間に王国中へ広がった。
王国冒険者ギルド。
王国騎士団。
地方衛兵。
各地の教導教師。
全員が即座に動き始める。
王宮でも主任文官が報告する。
「北方魔の森でスタンピードが発生しました。」
国王オーキス・アルデバランは静かに地図を見る。
「原因は分かっているか。」
主任文官が答える。
「亡命者から得た情報と索敵結果を照合しました。」
「帝国人口が急減したことで、魔物の餌となる人間が大幅に減少しております。」
「そのため魔物が餌を求め、王国側へ移動してきたものと考えられます。」
宰相クレイン・レッドバルトは苦笑した。
「人だけではなく、魔物まで亡命してきたということですか。」
会議室から小さな笑いが漏れる。
マーガレットも静かに頷いた。
「原因は理解しました。」
「ならば、やることも変わりません。」
その頃。
魔の森では王国の冒険者と騎士団が続々と集結していた。
誰一人慌てる者はいない。
若い冒険者が先輩へ尋ねる。
「百万体ですよ。」
「怖くありませんか。」
先輩冒険者は笑う。
「数が増えただけだ。」
「やることは同じ。」
騎士団長アイクも部隊へ命じる。
「殺傷に拘るな。」
「捕縛。」
「拘束。」
「窒息。」
「その後、アイテムボックスへ収納。」
「いつもどおり行動せよ。」
「はっ!」
飛行部隊が一斉に空へ舞い上がる。
索敵魔法。
テレパシー。
飛行魔法。
すべてが連携し、百万人規模の迎撃作戦が始まった。
最前列へ到達した魔物はアースドラゴンだった。
巨体で森を踏み潰しながら迫ってくる。
しかし王国側に動揺はない。
水属性魔法による捕縛。
拘束。
窒息。
巨大なドラゴンは抵抗する間もなく動きを止める。
収納担当がアイテムボックスへ収容していく。
一体。
十体。
百体。
千体。
討伐ではなく、流れ作業のように作戦は進んでいった。
王国の人々にとって、それは恐怖ではなく、教導によって積み重ねてきた日常の延長だった。
迎撃作戦開始から一時間。
魔の森上空では、無数の飛行部隊が隊列を組み、絶え間なく迎撃を続けていた。
「第一迎撃線、順調。」
「第二迎撃線、異常なし。」
「第三迎撃線、アースドラゴン一万体を捕縛。」
テレパシーによる報告は全軍へ瞬時に共有される。
騎士団長アイクは落ち着いた声で命令を下した。
「十分ごとに前線を交代。」
「魔力循環を維持しろ。」
「疲労した者は後方へ。」
「確実に処理を続けよ。」
「はっ!」
王国側に焦りはない。
百万体という数であっても、これまで積み重ねてきた教導どおりに動くだけだった。
最前線では冒険者と騎士団が連携する。
ウォーターバインド。
アイスバインド。
ウォータープリズン。
巨大なアースドラゴンが次々と拘束される。
続いて窒息魔法が発動した。
暴れていた巨体はやがて完全に動きを止める。
鑑定担当が前へ出た。
「死亡を確認。」
収納担当が頷く。
「収納。」
巨大なアースドラゴンはアイテムボックスへ収容されていく。
一体。
十体。
百体。
千体。
討伐は機械のように正確に続いていた。
若い冒険者が笑う。
「数は多いですけど、やることは同じですね。」
ベテラン冒険者も頷いた。
「焦る必要はない。」
「一体ずつ確実に処理すれば終わる。」
その頃、後方では食品ギルドを中心に解体が始まっていた。
解体教師が亡命者たちを集める。
「アースドラゴンは捨てるところがありません。」
「肉だけではありません。」
「皮、鱗、骨、角、牙、内臓、脂、血液、魔石まで、すべてが高価値素材です。」
亡命者たちは真剣な表情で耳を傾けた。
教師は巨大なアースドラゴンへ魔法を放つ。
「ウォーターカッター。」
鋭い水の刃が筋肉の境目を正確に切り分ける。
続いて、
「ウィンドカッター。」
風の刃が関節を傷付けることなく切り離していく。
教師は血液回収用の大きな容器を指差した。
「血液も一滴たりとも無駄にしません。」
「薬師ギルドでも食品ギルドでも貴重な素材になります。」
「丁寧に回収してください。」
亡命者たちは教えられたとおり魔法を放つ。
ウォーターカッター。
ウィンドカッター。
巨大なドラゴンは部位ごとに美しく解体されていく。
肉は食品ギルド。
皮と鱗は紡織ギルド。
骨、角、牙は鍛冶師ギルドと木工ギルド。
血液と内臓は薬師ギルド。
魔石は魔道具師たちへ運ばれていく。
教導教師が鑑定を行った。
「解体スキルを覚醒しました。」
「こちらは調理スキル。」
「あちらは鑑定スキルを覚醒しています。」
各所で歓声が上がる。
商業ギルドも総力を挙げて動いていた。
酒房ギルドと大手商会が酒樽を次々と積み込み、飛行部隊と物流部隊が王国中へ運んでいく。
ビール。
ワイン。
蒸留酒。
王都。
地方都市。
村。
開拓地。
亡命者の居住区。
各地へドラゴン肉と酒が届けられ、王国全土は謝肉祭の準備に包まれていた。
前線では討伐。
後方では解体。
そして王国中では料理が始まる。
百万体規模のスタンピードは、教導によって育てられた人々の連携によって、着実に処理され続けていた。
その夜。
アルデバラン王国全土が祭りの熱気に包まれていた。
王都。
地方都市。
農村。
開拓地。
亡命者の居住区。
各地の広場では巨大な竈が並び、無数の炭火が赤々と燃えている。
食品ギルドの職員が大きく声を上げた。
「アースドラゴン肉が焼き上がりました!」
歓声が沸き起こる。
焼き上げられた肉は美しい霜降りだった。
香ばしい香りが辺り一面へ広がる。
焼き立ての肉が皿へ盛られる。
続いて大鍋ではドラゴンホルモンスープが煮込まれていた。
別の場所ではホルモン焼きが豪快に焼き上げられる。
王国中へ運ばれた酒も次々と開封された。
ビール。
ワイン。
蒸留酒。
商業ギルドと大手商会が物流を担当し、どの町にも不足なく届けられていた。
王都の広場。
亡命してきた一家が焼き上がったドラゴン肉を口へ運ぶ。
父親は思わず目を見開いた。
「……美味い。」
妻も静かに頷く。
「こんなお肉、生まれて初めてです。」
幼い娘は夢中で頬張っていた。
温かなスープを飲み終えると、小さな声で呟く。
「また食べたい。」
その一言に、両親は涙を浮かべた。
帝国では満足な食事を取ることさえ難しかった。
飢えを我慢する毎日だった。
それが今では家族そろって笑いながら食卓を囲んでいる。
周囲の亡命者たちも同じだった。
焼肉を頬張りながら涙を流す者。
温かなスープを何度もおかわりする老人。
笑顔ではしゃぐ子どもたち。
王国の民も亡命者たちへ笑顔で声を掛ける。
「遠慮しなくていい。」
「まだまだ焼けるぞ。」
「あっちはホルモン焼きだ。」
「あの鍋はホルモンスープだぞ。」
宴は夜遅くまで続いた。
一方その頃。
魔の森では迎撃部隊が交代制で討伐を続けていた。
前線部隊が戻れば、後方部隊が前へ出る。
魔力循環。
魔力操作。
十分ごとの交代。
休息を取りながら戦い続けるため、疲労は最小限に抑えられていた。
騎士団長アイクは前線を巡回する。
「無理をするな。」
「確実に一体ずつ処理しろ。」
「死亡確認を忘れるな。」
「収納班は鑑定担当と連携しろ。」
「はっ!」
冒険者たちも笑顔だった。
「こんなスタンピードなら歓迎だ。」
「肉も素材も山ほど手に入る。」
「謝肉祭が一週間続きそうだ。」
討伐が進むほど、アイテムボックスにはアースドラゴンが積み重なっていく。
食品ギルド。
薬師ギルド。
鍛冶師ギルド。
紡織ギルド。
木工ギルド。
魔道具師。
すべてのギルドが素材を受け取り、生産を続けていた。
百万体のスタンピードは、一夜では終わらない。
しかし王国には悲壮感はなかった。
前線では討伐。
後方では解体。
王国中では謝肉祭。
教導によって築き上げられた連携は、この未曾有の災害すら国家最大の祝祭へと変えていた。
スタンピード発生から十日。
迎撃作戦は終盤を迎えていた。
魔の森には、もはや散発的に魔物が現れるだけとなっている。
飛行部隊が上空から索敵魔法を展開する。
「北西方面、安全。」
「東方面、安全。」
「南方面、残存魔物百二十体。」
報告を受けた騎士団長アイクは静かに頷いた。
「第三部隊が対応。」
「残存魔物を掃討せよ。」
「はっ!」
冒険者たちは最後まで気を緩めなかった。
ウォーターバインド。
アイスバインド。
ウォータープリズン。
窒息魔法。
鑑定。
「死亡を確認。」
収納。
最後の一体まで、これまでと同じ手順で処理していく。
午後。
飛行部隊から最後の報告が届いた。
「魔の森全域を確認。」
「生存する大型魔物は確認できません。」
「スタンピード終息。」
テレパシーは瞬く間に王国中へ伝わった。
各地から歓声が上がる。
騎士団長アイクは深く息を吐いた。
「全軍、ご苦労だった。」
十日間に及ぶ迎撃作戦は終了した。
主任文官たちは直ちに被害調査を始める。
数日後。
王宮大会議室。
主任文官が報告書を読み上げる。
「スタンピードによる人的被害。」
「死者ゼロ。」
「重傷者ゼロ。」
「行方不明者ゼロ。」
重臣たちは静かに頷いた。
主任文官は続ける。
「物的被害。」
「魔の森の一部。」
「畑数か所。」
「被害はいずれも軽微です。」
「住宅への被害は確認されておりません。」
宰相クレイン・レッドバルトは思わず笑みを浮かべる。
「百万体のスタンピードで、この程度とは。」
マーガレットも静かに頷いた。
「索敵。」
「飛行。」
「教導。」
「そして連携。」
「これまで積み重ねてきた成果ですね。」
一方、食品ギルドでは解体が続いていた。
アースドラゴンは一体も無駄にならない。
肉は食品ギルド。
血液と内臓は薬師ギルド。
皮と鱗は紡織ギルド。
骨、角、牙は鍛冶師ギルドと木工ギルド。
魔石は魔道具師たちへ運ばれる。
解体に参加した亡命者たちも次々と成長していた。
「解体スキルを覚醒。」
「調理スキルを覚醒。」
「鑑定スキルを覚醒。」
教導教師たちは笑顔で頷く。
「もう立派な職人です。」
王国中では謝肉祭も十日間続いた。
三千百万人がアースドラゴンの焼肉を囲む。
ドラゴンステーキ。
ドラゴン焼肉。
ドラゴンホルモン焼き。
ドラゴンホルモンスープ。
笑い声が広場に響く。
亡命者たちも王国の民と肩を並べ、同じ食卓を囲んでいた。
国王オーキス・アルデバランは王都を見渡し、静かに口を開く。
「災害でさえ、人を育てる機会になる。」
宰相クレイン・レッドバルトも頷く。
「教導がある限り、この国はさらに強くなります。」
百万体のスタンピードは王国を滅ぼすことはできなかった。
それどころか、新たな教師、職人、料理人を数多く生み出し、王国全体の技術と結束をさらに高める結果となった。
教導によって育った人々は、災厄すら未来への力へ変えていくのだった。




