68 亡命居住区の教師
アルデバラン王国へ亡命した人々は、教わる側から教える側へ変わり始めていた。
王都郊外の亡命者居住区。
十万人が暮らす一つの区域では、朝早くから講堂へ人々が集まっている。
教壇へ立ったのは若い青年だった。
三か月前までアルタリア帝国の農民だった男である。
青年は教壇から穏やかに語りかけた。
「私も最初は文字が読めませんでした。」
「計算もできませんでした。」
「でも、この国で教えていただきました。」
「だから今度は私が皆さんへ教えます。」
集まった亡命者たちは静かに頷く。
授業が始まった。
識字。
計算。
魔力循環。
魔力操作。
教導教師たちは一人ひとりの理解度を確認しながら進めていく。
分からない者がいれば、すぐ隣の教師が補う。
教導スキルを覚醒した亡命者たちが自然と協力し合っていた。
主任教師が鑑定を行う。
「全員、順調です。」
「識字も計算も習得が早くなっています。」
同じような教導区域は王国各地へ広がっていた。
十万人規模の亡命者居住区。
その数は百か所を超える。
主任文官は王宮大会議室で報告する。
「亡命者居住区百区域。」
「いずれも識字率、計算習得率ともにほぼ一〇〇パーセントへ到達しました。」
国王オーキス・アルデバランは静かに頷く。
「教師は十分育っているようだな。」
主任文官も微笑む。
「亡命者から新たな教導教師が次々と誕生しております。」
「現在、数十万人規模まで増加しております。」
マーガレットは報告書を閉じた。
「教師が教師を育てる。」
「理想どおりです。」
その頃、王都近郊では新たな産業も急速に発展していた。
前回のスタンピードで討伐した糸を吐く魔物。
その素材が大量に確保されていたのである。
紡織ギルドは王都郊外へ巨大な紡織工場を建設した。
建物の中では何千台もの織機が整然と並んでいる。
働いているのは主婦たち。
そして元娼婦たちだった。
教導教師が作業を指導する。
「糸を均一に紡ぎます。」
「布は張りを揃えて織ります。」
「仕立ては寸法を確認してから。」
魔力循環を続けながら作業を繰り返す。
やがて鑑定担当が笑顔で報告した。
「紡織スキルを覚醒。」
「あちらは裁縫スキル。」
「こちらは仕立てスキルです。」
工場中に歓声が広がる。
亡命者たちは誇らしそうに完成した布を見つめていた。
教導によって得た技術が、新しい産業をさらに大きく育て始めていた。
巨大紡織工場の建設から一か月。
王都郊外の亡命者居住区は、大陸有数の紡織産業地帯へと姿を変え始めていた。
工場では朝早くから機織りの音が響く。
魔力循環を続けながら糸を紡ぐ。
布を織る。
服を仕立てる。
一つひとつの工程を教導教師が丁寧に指導していた。
「糸の太さを揃えてください。」
「布は均一に織ります。」
「仕立ては縫い目を確認してから次へ進みましょう。」
主婦たちは真剣な表情で作業を続ける。
元娼婦たちも負けじと技術を磨いていた。
鑑定担当が笑顔で報告する。
「紡織スキルを覚醒。」
「裁縫スキルを覚醒。」
「仕立てスキルを覚醒。」
次々と新しい職人が誕生していく。
完成した布は服飾ギルドへ運ばれ、美しい衣服へ仕立てられていった。
主任文官は王宮大会議室で最新の統計を読み上げる。
「被服充足率。」
「百パーセントを突破しました。」
「王国全域で衣類不足は解消しております。」
宰相クレイン・レッドバルトは満足そうに頷く。
「亡命者の就職状況は。」
主任文官は資料をめくる。
「就職率は、ほぼ百パーセントです。」
「農業。」
「紡織。」
「建築。」
「物流。」
「食品加工。」
「行政。」
「教育。」
「各産業で人材不足が続いており、働き口は十分に確保されております。」
マーガレットは穏やかに微笑んだ。
「働く場所があれば、人は自立できます。」
「自立できれば、国も豊かになります。」
主任文官はさらに続ける。
「王国人口。」
「四千百万人を突破しました。」
「王都人口。」
「一千万人を突破しております。」
「各地方領でも百万人単位の人口増加が続いております。」
王国全土の地図が広げられる。
都市は拡張され。
新しい村が次々と誕生していた。
それでも広大な荒野はまだ数多く残されている。
主任文官が説明する。
「王国領土のおよそ七割は、なお開拓可能な土地です。」
「今後も十分な受け入れ余地があります。」
宰相は深く頷いた。
「人口が増えても土地には余裕があるということですな。」
「はい。」
「農地も住宅地も、まだ拡大できます。」
さらに別の文官が報告する。
「各地方領主にも変化が現れております。」
「領民の増加と行政経験の蓄積により、領主スキルを覚醒する者が相次いでおります。」
国王オーキス・アルデバランは静かに資料を閉じた。
「人が増えれば仕事が生まれる。」
「仕事が生まれれば産業が育つ。」
「産業が育てば税収も増える。」
主任文官は最後の資料を読み上げる。
「今年度税収。」
「前年度比百八十パーセントを突破しました。」
会議室には驚きと喜びが広がる。
王国は人を奪って豊かになったのではない。
人を育て、人が働き、人が新たな価値を生み出すことで、かつてない速度で発展を続けていた。
王国各地では、新しい生活が当たり前になりつつあった。
亡命者居住区。
広場では子どもたちが文字を書き、計算を学んでいる。
隣の講堂では大人たちが魔力循環と魔力操作を繰り返していた。
教壇に立つのは王国生まれの教師だけではない。
最初期に亡命してきた青年や女性たちである。
「次は魔力循環を始めます。」
「焦らなくて大丈夫です。」
「毎日続ければ必ず上達します。」
教えられる側だった亡命者が、今では堂々と教師として人々を導いていた。
鑑定担当が教室を巡回する。
「教導スキルを覚醒。」
「こちらも教導スキル。」
「あちらも覚醒しました。」
一つの教室から、また新しい教師が誕生する。
教師が教師を育てる循環は、さらに加速していた。
一方、巨大紡織工場では昼夜を問わず生産が続いている。
巨大な織機が整然と並び、糸車が絶えず回り続ける。
糸を紡ぐ者。
布を織る者。
服を仕立てる者。
完成した衣服を検品する者。
教導によって身に付けた技術が、産業そのものを支えていた。
服飾ギルドの職員が完成した被服を確認する。
「品質良好。」
「王都向け一万着。」
「地方都市向け五万着。」
「亡命居住区向け三万着。」
次々と荷車へ積み込まれていく。
物流部隊は飛行魔法を使い、各地へ配送を始めた。
主任文官は王宮大会議室で報告を続ける。
「被服充足率。」
「百パーセントを大きく超えました。」
「衣類不足は完全に解消しております。」
続いて別の文官が資料を提出する。
「アルタリア帝国人口。」
「五百万人を下回りました。」
会議室は静まり返る。
国王オーキス・アルデバランは静かに報告書を見つめる。
「まだ亡命は続いているのか。」
「はい。」
「帝国民は、このまま帝国に残れば飢えて死ぬと考えています。」
「亡命を諦める者はほとんどおりません。」
マーガレットは静かに地図を見つめた。
帝国から王国へ向かう街道には、今も人の流れが続いている。
老人。
女性。
子ども。
農民。
職人。
商人。
誰もが新しい生活を求めて歩いていた。
宰相クレイン・レッドバルトは深く息を吐く。
「ここまで来ると、もはや人口流出ではありません。」
「国家そのものが崩壊し始めています。」
誰もその言葉を否定しなかった。
一方で、アルデバラン王国では教師が増え、産業が育ち、働く場所も増え続けている。
同じ大陸にありながら、二つの国はまったく異なる未来へ歩み始めていた。
アルデバラン王国では、人が増えるほど国が豊かになっていた。
主任文官たちは最新の統計をまとめ、王宮大会議室へ集まる。
国王オーキス・アルデバラン。
王妃バイオレット・アルデバラン。
マーガレット。
宰相クレイン・レッドバルト。
各地方領主たちもテレパシーによる遠隔会議へ参加していた。
主任文官が最初の資料を読み上げる。
「王国人口。」
「四千百万人を突破しました。」
続いて王都の統計が映し出される。
「王都人口。」
「一千万人を突破しております。」
地方領主たちは驚きの表情を浮かべた。
さらに主任文官は王国全土の地図を映し出す。
「現在も各地方領では百万人単位の人口増加が続いております。」
「それでも開拓可能な荒野は王国全土のおよそ七割残っております。」
地方領主の一人が頷く。
「まだ農地を広げられる。」
別の領主も笑顔を見せた。
「新しい町も造れますな。」
主任文官はさらに報告を続ける。
「各地方領主の鑑定結果です。」
「領主スキルを覚醒した方が急増しております。」
会議へ参加していた領主たちは互いに顔を見合わせた。
領民を増やし。
農地を広げ。
産業を育て。
行政を続けてきた経験が、新たなスキルとして実を結んでいたのである。
宰相クレイン・レッドバルトは微笑む。
「領民を育てた結果、領主自身も育ったということですな。」
マーガレットも静かに頷いた。
「教導は民だけのものではありません。」
「国を治める者も、経験によって成長していきます。」
主任文官は最後の資料を読み上げる。
「今年度税収。」
「前年度比百八十パーセントを突破。」
「失業率。」
「ほぼゼロ。」
「被服充足率。」
「百パーセントを大きく超えております。」
「食料充足率。」
「二百パーセントを維持しております。」
王宮には穏やかな空気が流れた。
国王は静かに立ち上がる。
「人が増えれば国は豊かになる。」
「しかし、それは教育があってこそだ。」
「読み書きを学び。」
「働く技術を身につけ。」
「人が人を育てる。」
「だから国は発展し続ける。」
誰も異論を唱える者はいなかった。
その頃。
王都郊外では新しい命も次々と誕生していた。
亡命してきた家族。
王国で結婚した若者たち。
子どもたちの笑い声が町中へ響く。
そして王宮では、新たな喜びが広がっていた。
アークとマーガレット。
サーシャ。
それぞれの懐妊が確認されたのである。
王妃バイオレットは優しく微笑んだ。
「この国には未来がありますね。」
マーガレットも穏やかに頷く。
「はい。」
「子どもたちへ、この豊かな国を受け継いでいきます。」
王国は武力によってではなく、人を育てることで発展を続けていた。
教師が人を育て。
人が産業を育て。
産業が国を豊かにする。
その循環は止まることなく、大陸全体へ広がり続けていた。




