62 再教育後
貴族改革から半年。
王国郊外に設けられた再教育施設では、かつての面影が消えつつあった。
そこにいるのは、貴族学校を解任された教師たち。
退学となった令息や令嬢たち。
そして爵位を失った公爵家二家、侯爵家四家、伯爵家八家、子爵家十六家、男爵家三十二家の当主と家族たちである。
全員が同じ生活を送っていた。
夜明けとともに起床する。
魔力循環。
魔力操作。
朝食を終えると、広大な荒野へ向かう。
そこは以前まで誰も手を付けていなかった土地だった。
教導を受けた教師たちの指導のもと、全員が土魔法を用いて天地返しを行う。
石を取り除く。
水路を掘る。
農地を区画ごとに整備する。
水属性魔法で散水し、ヒールバレットとピュリフィケーションバレットを農地全体へ散布していく。
魔力循環と魔力操作は作業中も止めない。
最初の頃は不満を口にする者も少なくなかった。
「なぜ私が土を耕さねばならない。」
「私は公爵家の者だ。」
「鍬など握ったこともない。」
そんな声も聞こえていた。
しかし教導教師たちは淡々と答える。
「領民は毎日この仕事をしています。」
「領主とは、その苦労を理解する者です。」
作業は毎日続いた。
雨の日も。
暑い日も。
休まず農地を開拓していく。
やがて誰も不満を口にしなくなった。
元教師だった男は額の汗を拭きながら笑う。
「教壇から命令するだけでは、人は育ちませんでした。」
隣で畝を整えていた元侯爵家の令息も頷く。
「私は家名だけで人を見下していました。」
「今なら領民がどれほど働いていたのか分かります。」
午前の実習が終わると、全員で昼食を取る。
午後は講堂で座学だった。
識字。
計算。
行政。
農業。
物流。
商業。
教導。
領地経営。
教師たちは経験を交えながら丁寧に説明する。
「農地が豊かになれば食料が増える。」
「物流が整えば町が栄える。」
「教育が広がれば教師が育つ。」
「教師が育てば、さらに多くの人が成長する。」
誰も居眠りをしない。
誰も教師を見下さない。
全員が真剣に話へ耳を傾けていた。
マーガレットは施設を視察し、その様子を静かに見守る。
半年前とは別人のようだった。
かつて傲慢だった教師も。
権力を振りかざしていた令息も。
家格だけを誇っていた当主たちも。
今は汗を流し、学び、仲間と協力して働いている。
マーガレットは穏やかに微笑んだ。
「ようやく本当の教導が始まりましたね。」
半年後に予定されている再判定へ向け、再教育施設では今日も新しい一日が始まっていた。
午後の座学が始まる。
講堂には元教師、元貴族、元令息、元令嬢たちが整然と着席していた。
半年前までのような私語はない。
教師が入室すると、全員が立ち上がって一礼する。
教導教師は静かに話し始めた。
「今日は統治について学びます。」
黒板には王国の地図が描かれる。
「領主とは何でしょうか。」
誰もすぐには答えなかった。
やがて元伯爵家の当主が立ち上がる。
「以前の私は、領主とは命令する者だと思っていました。」
「しかし違いました。」
「領民が安心して暮らせる環境を整える者です。」
教師は頷く。
「その通りです。」
続いて元侯爵家の令嬢が手を挙げる。
「教育も必要です。」
「読み書きや計算ができる人が増えれば、領地は発展します。」
教師は笑顔になる。
「よく理解しています。」
授業は行政へ移る。
戸籍。
税。
食料充足率。
物流。
農地管理。
行政鑑定を用いた資料を見ながら、一つひとつ確認していく。
以前なら退屈そうにしていた者たちも、今は真剣にメモを取っていた。
授業が終わると、再び農地へ向かう。
収穫が近づいた畑では、芋や麦が順調に育っていた。
雑草を抜く者。
水路を補修する者。
散水する者。
ヒールバレットとピュリフィケーションバレットを散布する者。
自然と役割を分担し、誰も命令を待たない。
元公爵家当主が土を踏み固めながら静かに話した。
「昔は領民が働くのを当たり前だと思っていた。」
「今なら違う。」
「この一つひとつの仕事が、領地を支えている。」
隣で作業する元教師も頷く。
「私も同じです。」
「知識だけを教えれば良いと思っていました。」
「自ら実践しなければ、人は付いてきません。」
マーガレットはその様子を遠くから見守っていた。
アレクサンドが隣へ歩み寄る。
「皆、変わりましたね。」
マーガレットは静かに頷く。
「ええ。」
「教導は知識を教えるだけではありません。」
「考え方を育てることです。」
荒野だった土地は、半年で広大な農地へと姿を変えていた。
その変化は土地だけではない。
そこに立つ人々の表情もまた、半年前とはまったく違っていた。
傲慢さは消え、互いに助け合いながら働く姿が当たり前になっている。
半年後に予定される再判定の日は、もう目前まで迫っていた。
その日、彼らがどのような道を歩むのか。
それは、この半年間で積み重ねた努力が静かに答えを示そうとしていた。
半年が過ぎた。
再教育施設では、再判定の日を迎えていた。
王宮からは国王オーキス・アルデバラン。
王妃バイオレット・アルデバラン。
マーガレット。
宰相クレイン・レッドバルト。
騎士団長アイク。
女性騎士アレクサンド。
主任文官たちが視察に訪れる。
広大な農地では、多くの作物が実っていた。
芋畑。
小麦畑。
大豆畑。
整備された水路。
規則正しく並ぶ畝。
かつて荒野だった場所とは思えないほど豊かな農地へと変わっていた。
国王は静かに頷く。
「見事だ。」
「半年でここまで変わるとは。」
マーガレットは微笑みながら答える。
「土地だけではありません。」
「皆さんも変わりました。」
その言葉どおりだった。
元教師たちは、自ら後輩へ教導している。
魔力循環。
魔力操作。
識字。
計算。
農業。
行政。
教導。
自ら学び、自ら教える姿があった。
元公爵家当主も農地で汗を流していた。
土魔法で天地返しを行い、水属性魔法で散水する。
ヒールバレット。
ピュリフィケーションバレット。
作物の成長を確認しながら丁寧に管理している。
半年前には想像もできなかった姿だった。
午後。
講堂では再判定が始まる。
一人ずつ前へ出る。
マーガレットは静かに右手をかざした。
「ピュリファイ。」
優しい光が対象者を包み込む。
続いて鑑定。
人格。
教導への理解。
統治者としての資質。
さらにサイコメトリー。
ポストコグニション。
半年間の生活を確認する。
毎日の努力。
仲間との協力。
教導への姿勢。
最後にソートグラフィーで映像を記録した。
主任文官が判定を整理していく。
全員の判定が終わる頃には夕方になっていた。
王宮大会議室。
文官が結果を報告する。
「再判定が終了しました。」
会議室は静まり返る。
マーガレットが静かに報告書を開く。
「再教育によって大きく改善した家が多数あります。」
国王も静かに頷く。
「努力は結果に表れたか。」
「はい。」
マーガレットは続ける。
「領主としての責任を理解し、領民を育てる姿勢を身につけた家については、貴族位への復権を提案します。」
主任文官が対象家名を読み上げていく。
武功によって爵位を授かった家。
代々誠実に領地を治めてきた家。
一時は道を誤ったものの、この半年で真摯に学び直した家。
努力を積み重ねた家々が、再び領地を任されることになった。
一方で、別の報告も続く。
「復権を希望せず、平民として生活することを望む家もあります。」
マーガレットは静かに微笑んだ。
それもまた、一つの答えだった。
地位ではなく、生き方を自ら選ぶ。
半年間の教導は、人々の価値観そのものを変え始めていた。
翌日。
王宮では復権の儀が執り行われた。
国王オーキス・アルデバラン。
王妃バイオレット・アルデバラン。
マーガレット。
宰相クレイン・レッドバルト。
騎士団長アイク。
王国の重臣たちが見守る中、再判定を終えた元貴族たちが整然と並んでいた。
半年前とは表情が違う。
胸を張る者はいない。
家格を誇る者もいない。
全員が静かに国王の言葉を待っていた。
国王は一人ひとりを見渡す。
「諸君は半年間、自らの過ちと向き合い、学び直した。」
「その努力を王国は正当に評価する。」
主任文官が判定書を読み上げる。
「再教育の結果、統治者として十分な資質を備えたと判断された家は、爵位を回復する。」
名前が呼ばれた者たちは前へ進み、一礼した。
「ありがとうございます。」
その声に驕りはない。
責任を受け止める覚悟だけがあった。
国王は続ける。
「爵位は名誉ではない。」
「民を守る責任である。」
「その責任を忘れることなく領地を治めよ。」
「はっ。」
復権した貴族たちは深く頭を下げた。
一方で、別の判定も読み上げられる。
「平民として生活することを希望し、その意思を確認した者については、これを認める。」
数名の元貴族が静かに前へ出た。
元侯爵家の当主が穏やかに笑う。
「私はもう爵位を望みません。」
「農地を耕し、家族と静かに暮らしたいと思います。」
隣に立つ家族も頷いた。
「今の生活が好きになりました。」
「毎日働き、収穫を喜び、家族で食卓を囲む。」
「それだけで十分幸せです。」
マーガレットは優しく微笑む。
「それも立派な人生です。」
「誰もが貴族である必要はありません。」
「自ら選んだ道を大切になさってください。」
国王も静かに頷いた。
「王国は、その決断を尊重する。」
武功によって爵位を得た者。
代々家督を継いできた者。
様々な立場の者がいた。
しかし半年間の再教育を終えた今、共通しているものがあった。
誰も家格を誇らない。
誰も他者を見下さない。
汗を流して働くことを知り。
民と共に生きることを知り。
教導を受けることの意味を理解していた。
式典を終えたマーガレットは、王宮の庭園から王都を眺める。
王都は今日も活気に満ちている。
市場には多くの人々が集まり、農地では収穫が続き、各地では教師たちが教導を行っていた。
国王が静かに隣へ立つ。
「マーガレット。」
「はい、お父様。」
「長い改革だったな。」
マーガレットはゆっくりと首を振る。
「まだ終わりではありません。」
「教育は終わるものではありませんから。」
国王は穏やかに笑った。
その言葉どおりだった。
人が学び続ける限り、教師も学び続ける。
人が成長する限り、王国も成長し続ける。
アルデバラン王国は、教導によって人を育て、人によって未来を築く国家として、新しい時代を力強く歩み続けていた。




