54 衛兵教師
王都改革が始まって半年。
王都では教導が日常の光景になっていた。
王国騎士団。
近衛騎士団。
魔導騎士団。
教師となった元農民や元娼婦たち。
そして新たに、変化が現れ始めた者たちがいた。
王都を守る衛兵たちである。
彼らは勤務の合間も魔力循環と魔力操作を続け、王都騎士団から教導を受けていた。
巡回。
警備。
住民対応。
日々の任務をこなしながら学び続けた結果、一人、また一人と教導スキルを覚醒していく。
王宮。
マーガレットは王都衛兵隊長から報告を受けていた。
「マーガレット様。」
「教導スキルを覚醒した衛兵が五十名を超えました。」
マーガレットは静かに頷く。
「予定より早いですね。」
「はい。」
「皆、自ら教えることに積極的です。」
マーガレットは資料へ目を通した。
教導スキル。
水・土・光属性。
識字。
計算。
巡回を続けながらも、多くの衛兵が着実に成長していた。
「では次の段階へ進みます。」
衛兵隊長が姿勢を正す。
「衛兵学校を設立します。」
翌日。
王都衛兵本部の隣へ、新しい校舎が建設された。
土魔法で基礎を築き、建物を造る。
木工スキルを持つ者たちが机や椅子、棚を製作する。
わずか数日で実用的な学校が完成した。
入口には大きく掲げられる。
『王都衛兵学校』
教官となるのは、教導スキルを覚醒した衛兵たちだった。
開校式の日。
マーガレットは教官となった衛兵たちへ語り掛ける。
「皆さんには、新しい衛兵を育てていただきます。」
「戦い方だけではありません。」
「住民への対応。」
「教導。」
「識字。」
「計算。」
「そして王都を支える心も教えてください。」
教官たちは一斉に敬礼した。
「はっ!」
その日から衛兵学校での教導が始まる。
午前は魔力循環と魔力操作。
水・土・光属性の教導。
午後は識字と計算。
そして巡回訓練。
住民対応。
犯罪者の捕縛訓練。
教官となった衛兵たちは、自らの経験を交えながら丁寧に教えていく。
「住民を守ることが衛兵の仕事です。」
「力を誇示するためではありません。」
「困っている方がいれば、自分から声を掛けてください。」
新人衛兵たちは真剣な表情で頷いた。
王都には、教師となった衛兵が少しずつ増え始めていた。
彼らは犯罪を取り締まるだけではない。
学びを広げ、人を育てる存在へと変わろうとしていた。
マーガレットは完成した衛兵学校を見上げ、小さく微笑んだ。
「教師が増えれば、王都はもっと良くなります。」
その言葉どおり、新しい教導の輪は、衛兵たちの間にも着実に広がり始めていた。
# 第54話 衛兵教師 前編②
衛兵学校が開校してから一週間。
教導は順調に進んでいた。
午前は魔力循環と魔力操作。
午後は巡回訓練と住民対応。
さらに教導スキルを持つ衛兵たちが、自らの経験を交えながら新人衛兵を育成していく。
「巡回は犯罪者を探すためだけではありません。」
教官となった衛兵が静かに語る。
「困っている住民を見つけることも大切な仕事です。」
新人衛兵たちは真剣に耳を傾ける。
「道に迷った子ども。」
「荷物を運べず困っている老人。」
「病人や怪我人。」
「そうした方々を助けることも衛兵の役目です。」
「はい!」
力強い返事が講堂へ響いた。
その日の夕方。
新人衛兵たちは教官とともに王都へ巡回へ出る。
犯罪エリア。
貧困エリア。
平民街。
商業区。
以前とは違い、住民たちは衛兵へ笑顔で声を掛けていた。
「こんばんは。」
「巡回お疲れ様です。」
「今日もありがとうございます。」
新人衛兵は思わず驚く。
「以前は怖がられていたと聞いていました。」
教官は頷いた。
「昔は犯罪を取り締まるだけだったからな。」
「今は違う。」
「教導を行い、人を助け、相談にも乗る。」
「だから住民も信頼してくれる。」
歩いていると、一人の老婆が重そうな荷物を抱えていた。
新人衛兵はすぐに駆け寄る。
「お手伝いします。」
「ありがとう。」
荷物を自宅まで運び届けると、老婆は何度も頭を下げた。
教官は満足そうに頷く。
「それでいい。」
「小さな積み重ねが信頼になる。」
さらに巡回を続ける。
子どもたちが広場で遊んでいる。
教師となった元農民や元娼婦たちが、講堂から帰る子どもたちを見送っていた。
「衛兵さん!」
子どもたちが元気よく手を振る。
新人衛兵たちも笑顔で応える。
「また明日な。」
巡回は夜まで続いた。
夜警もまた、教導の場だった。
新人衛兵へ巡回経路を教える。
住民との接し方を教える。
犯罪者を見つけた際の捕縛手順を教える。
魔力循環を維持しながら、水属性魔法による捕縛、拘束、窒息を実演し、安全かつ確実に制圧する方法を繰り返し確認していく。
力任せではない。
無駄に傷つけることもない。
新しい戦闘術は、犯罪者だけを確実に制圧し、周囲の住民を守るための技術だった。
数日後。
王都衛兵隊長は報告書を持って王宮を訪れる。
「マーガレット様。」
「巡回中の犯罪件数がさらに減少しております。」
「住民からの相談件数は増えておりますが、その多くは生活相談や仕事の紹介です。」
マーガレットは静かに微笑んだ。
衛兵が恐れられる存在ではなく、頼られる存在へ変わり始めている。
それこそが、この改革の成果だった。
衛兵学校の開校から一か月。
衛兵たちは昼は教導、夜は巡回を繰り返し、王都の治安はさらに安定していた。
犯罪は減少を続け、人々は安心して夜道を歩けるようになっている。
その頃、王宮でも新たな変化が起こっていた。
王宮の執務室。
文官補佐として採用された者たちは、今日も朝から仕事へ取り組んでいる。
戸籍の整理。
人口調査。
農地の管理。
収穫量の集計。
食料充足率の算出。
税収の管理。
教導によって識字と計算を身につけた彼らは、正確に仕事をこなしていた。
しかも魔力循環を続けながらである。
主任文官が書類へ目を通し、満足そうに頷く。
「素晴らしい。」
「ほとんど修正する箇所がありません。」
新人たちは嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。」
その瞬間だった。
一人の青年が驚いたように声を上げる。
「……え?」
周囲の者たちが振り向く。
「どうしました。」
青年は震える手で自分を鑑定した。
「行政スキル……。」
「行政スキルを覚醒しました。」
執務室が静まり返る。
主任文官も急いで鑑定する。
「間違いありません。」
「行政スキルです。」
その報告を聞き、他の文官補佐たちも次々と自分を鑑定し始めた。
「私もです!」
「こちらも行政スキルです!」
「私も覚醒しています!」
さらに別の女性が驚いた声を上げる。
「行政鑑定まであります!」
「私もです!」
「こちらも行政鑑定を覚醒しました!」
執務室は歓声に包まれた。
報告はすぐにマーガレットのもとへ届けられる。
マーガレットは王宮へ駆け付け、一人ひとりを鑑定した。
「行政スキル。」
「行政鑑定。」
「間違いありません。」
「皆さん、一斉に覚醒しています。」
文官補佐たちは顔を見合わせた。
「行政鑑定とは何でしょう。」
マーガレットは資料を手渡す。
「試してみましょう。」
文官補佐たちは王都全体の行政資料へ視線を向ける。
人口。
戸籍。
収穫量。
税収。
食料充足率。
それぞれの資料を確認すると、問題点や不足している情報が自然と頭へ浮かんできた。
「この地区は戸籍の更新が遅れています。」
「こちらは収穫見込みの再調査が必要です。」
「税収報告にも記載漏れがあります。」
次々と改善点が見つかっていく。
主任文官は驚きを隠せなかった。
「これほど正確なのか……。」
マーガレットは静かに頷く。
「行政スキルと行政鑑定は、国を運営するための力です。」
「書類を作るだけではありません。」
「問題を発見し、改善する力でもあります。」
執務室の誰もが、新しい力の大きさを理解し始めていた。
教育によって育った人材は、ついに王国の行政そのものを支える存在へと成長していたのである。
行政スキルと行政鑑定を覚醒した文官補佐たちは、翌日から本格的に実務へ加わった。
王宮の大会議室には王都全域の地図が広げられている。
犯罪エリア。
貧困エリア。
奴隷街。
亜人街。
平民街。
商業区。
職人街。
農地。
王都すべてが調査対象だった。
マーガレットは文官たちを見回す。
「行政鑑定は、机の上だけで使うものではありません。」
「現地へ行き、自分の目で確認してください。」
文官たちは一斉に頷く。
「はい。」
その日から調査隊が王都各地へ派遣された。
一班十人。
文官補佐と主任文官が同行する。
各地区では戸籍を確認し、住民一人ひとりの生活状況を整理していく。
人口。
世帯数。
就業状況。
収穫量。
備蓄量。
教師の人数。
衛兵の配置。
行政鑑定によって不足している情報も次々と見つかっていく。
「こちらの地区は教師が不足しています。」
「この地域は浴場をもう一か所建設した方が良さそうです。」
「こちらは食堂の利用者が増えています。」
「住宅も追加した方がよいでしょう。」
報告は王宮へ集まり、その日のうちに整理されていく。
主任文官たちは感心していた。
「これほど早く改善点が見つかるとは……。」
「行政鑑定とは便利なものですな。」
マーガレットは静かに頷く。
「問題を見つけられれば、解決できます。」
「分からないまま放置することが、一番危険なのです。」
数日後。
調査結果がまとまった。
王宮の大会議室。
国王オーキス・アルデバラン。
宰相クレイン・レッドバルト。
王国騎士団長アイク。
魔導騎士団長アッシュ。
マーガレット。
そして主任文官たちが席に着く。
行政鑑定を覚醒した文官補佐が報告を始めた。
「王都全域の調査が終了しました。」
「貧困率は改革前より大幅に減少しております。」
「傷病率も公衆浴場と教導の普及により継続して低下しております。」
「食料充足率は百パーセントを大きく上回っております。」
「さらに農地開拓が進めば、余剰食料の増加が見込まれます。」
続いて別の文官補佐が報告する。
「幸福度も全地区で上昇しております。」
「特に犯罪エリア、貧困エリア、奴隷街、亜人街での改善が顕著です。」
国王は報告書を静かに閉じた。
「教育とは、ここまで国を変えるものなのだな。」
宰相も深く頷く。
「数字ではっきりと結果が出ております。」
「行政判断もしやすくなりました。」
マーガレットは窓の外の王都を見つめた。
教師が育つ。
衛兵が教える。
文官が行政を支える。
それぞれが学び、それぞれが次の世代を育てる。
教育は、一人の教師だけで続くものではない。
人から人へ受け継がれ、国全体へ広がっていく。
アルデバラン王国は今、教育と行政が一体となって成長する、新しい国家へと歩み続けていた。




