55 商業ギルド
王都改革が軌道に乗ると、マーガレットは次の改革へ着手した。
教育によって人は育った。
農地は広がった。
紡織産業も動き始めた。
しかし、生産した品を王国中へ届けなければ、本当の豊かさにはならない。
そのためには商業ギルドの力が必要だった。
マーガレットは数名の近衛騎士を伴い、王都商業ギルド本部を訪れる。
巨大な建物には多くの商人が出入りし、帳簿を抱えた職員たちが忙しく働いていた。
受付の職員はマーガレットの姿を見ると深く頭を下げる。
「マーガレット殿下、お待ちしておりました。」
「本日はよろしくお願いします。」
応接室では、商業ギルドのグランドマスターと王都ギルドマスター、幹部たちが席についていた。
全員が立ち上がり、マーガレットを迎える。
「本日はお越しいただきありがとうございます。」
マーガレットも一礼し、席へ着いた。
簡単な挨拶を終えると、本題へ入る。
「本日はお願いがあって参りました。」
グランドマスターが頷く。
「お聞かせください。」
マーガレットは王国全土の地図を机へ広げた。
そこには街道、農地、都市、各地の商業ギルド支部まで細かく記されている。
「王都だけではありません。」
「王国全体が豊かになり始めています。」
「農地が増え、生産量も毎月増加しています。」
「紡織産業も動き始めました。」
「今後もさらに様々な産業が生まれるでしょう。」
幹部たちは静かに耳を傾ける。
マーガレットは続けた。
「ですが、生産するだけでは豊かになりません。」
「必要な場所へ、必要な物資を届ける仕組みが必要です。」
グランドマスターも大きく頷いた。
「まさに商業ギルドの役目ですな。」
「はい。」
マーガレットは微笑んだ。
「そこでお願いがあります。」
「王国は商業ギルド職員全員へ教導を行いたいと考えています。」
部屋の空気が変わる。
幹部たちは互いに顔を見合わせた。
「教導……ですか。」
「はい。」
マーガレットは一つずつ説明する。
「商業スキル。」
「物流スキル。」
「商談スキル。」
「接客スキル。」
「組織スキル。」
「商売鑑定スキル。」
「新規案件スキル。」
「教導スキル。」
「さらに自衛と護衛の技術も習得していただきます。」
幹部たちは思わず息を呑んだ。
これまで商売は経験と勘に頼る部分が多かった。
それを体系的に学べるというのである。
マーガレットはさらに言葉を続けた。
「目的は商業ギルドだけではありません。」
「教導を終えた皆さんには、王国中の商会を教導していただきたいのです。」
「王都だけが豊かになっても意味はありません。」
「地方の商会も成長し、王国全体の物流と商業を発展させることが大切です。」
応接室は静まり返った。
その構想の大きさに、誰もすぐには言葉を返せなかった。
やがてグランドマスターはゆっくりと立ち上がる。
「殿下。」
「大変興味深いご提案です。」
「商業ギルドとしても、この機会を逃す理由はありません。」
「まずは幹部による全体会議を開きましょう。」
「計画、実施方法、人員配置、期間まで含めて検討いたします。」
マーガレットは穏やかに頷いた。
「よろしくお願いいたします。」
こうして、王国全土の商業を変えるための第一歩が静かに踏み出された。
マーガレットが王宮へ戻ると、商業ギルドでは早速動きが始まっていた。
王都商業ギルド本部。
大会議室へ幹部たちが集まる。
グランドマスターは机の中央へ、一つの魔道具を置いた。
「リモート会議を開始する。」
魔力を流し込むと、会議室中央へ巨大な光の映像が映し出された。
王国各地の商業ギルド支部。
北部。
南部。
東部。
西部。
各地方の統括幹部やギルドマスターたちが次々と映し出される。
「北部支部、接続しました。」
「東部支部、準備完了です。」
「西部支部、問題ありません。」
「南部支部も参加しております。」
グランドマスターは全員の顔を見渡した。
「本日の議題は一つ。」
「王国教導計画についてだ。」
会議室が静まり返る。
王都ギルドマスターが説明を始めた。
「本日、マーガレット殿下より商業ギルド全体への教導計画をご提案いただきました。」
「対象は商業ギルド職員全員です。」
映像越しの地方幹部たちも真剣な表情になる。
「教導内容は。」
一人が尋ねる。
王都ギルドマスターは資料を読み上げる。
「商業スキル。」
「物流スキル。」
「商談スキル。」
「接客スキル。」
「組織スキル。」
「商売鑑定スキル。」
「新規案件スキル。」
「教導スキル。」
「さらに自衛、護衛技術も習得していただきます。」
地方幹部たちから感嘆の声が漏れた。
「そこまで教えていただけるのですか。」
「はい。」
グランドマスターが続ける。
「殿下の目的は王都だけではない。」
「王国中の商会を発展させることにある。」
「我々商業ギルドが教師となり、各地の商会へ教導を広げてほしいとのことだ。」
地方幹部たちは互いに意見を交わし始めた。
「地方でも物流量は年々増えています。」
「教育は必要でしょう。」
「商談が上達すれば取引も増えます。」
「商売鑑定があれば商品の価値も正確に判断できます。」
「物流スキルが普及すれば配送も効率化できます。」
議論は一時間以上続いた。
教導を受ける順番。
地方支部への展開。
教師となる職員の選抜。
商会への教導方法。
各支部が実情を報告しながら計画を練り上げていく。
最後にグランドマスターが口を開いた。
「異論はあるか。」
映像の向こうも含め、誰一人反対する者はいなかった。
「では決定する。」
「まず王都本部職員全員が教導を受ける。」
「教導を終えた職員は教師となる。」
「その後、各地方支部職員を教導する。」
「さらに地方支部が中心となり、王国中すべての商会へ教導を実施する。」
地方幹部たちは一斉に頷いた。
「承知しました。」
「各支部、準備を開始します。」
「商会への連絡も進めます。」
グランドマスターは満足そうに頷く。
「王国中の商業を変える。」
「その第一歩を、我々商業ギルドが担おう。」
リモート会議は終了した。
その日から商業ギルドは王国中の支部と商会を巻き込み、かつてない規模の教導計画を本格的に動き始めるのだった。
商業ギルド全体会議の翌日。
王都商業ギルド本部には、本部職員が次々と集まっていた。
教導の第一陣である。
講堂へ集まった職員は五百名。
受付。
会計。
物流管理。
倉庫管理。
護衛担当。
鑑定担当。
商談担当。
それぞれ異なる部署で働く職員たちだった。
講師を務めるのはマーガレット。
補助には王国騎士団と、教導スキルを持つ教師たちが配置されていた。
マーガレットは壇上へ立つ。
「本日から商業ギルド本部職員の教導を開始します。」
講堂は静まり返る。
「まずは魔力循環と魔力操作です。」
「常に継続してください。」
「魔力循環は、皆さんの成長を支えます。」
五百人が一斉に魔力循環を始めた。
講堂には静かな空気が流れる。
教師たちは一人ひとりの様子を確認し、姿勢や魔力の流れを整えていく。
数日後。
職員たちは水属性へ覚醒した。
さらに土属性。
光属性。
マーガレットは三属性の正しい理解を教導していく。
「商業でも魔法は役立ちます。」
「水属性は衛生管理。」
「土属性は倉庫や店舗の建設。」
「光属性は衛生管理と治療。」
「商業と魔法は決して無関係ではありません。」
職員たちは熱心にメモを取りながら学び続けた。
教導はさらに続く。
識字。
計算。
そして商業知識。
マーガレットは王都商業ギルドで実際に扱われている帳簿を教材として用いた。
商品の仕入れ。
販売価格。
利益。
在庫。
物流。
実際の仕事を例に説明していく。
「数字は経営そのものです。」
「正確に管理してください。」
「利益だけを見てはいけません。」
「物流も在庫も同じくらい重要です。」
職員たちは頷きながら帳簿を書き進めていく。
教導開始から二週間。
最初の変化が現れた。
「グランドマスター!」
一人の職員が驚いた声を上げる。
「どうしました。」
「商業スキルを覚醒しました!」
その声に周囲も自分を鑑定する。
「私もです!」
「物流スキルです!」
「接客スキルを覚醒しました!」
「商談スキルです!」
講堂のあちこちで歓声が上がる。
マーガレットは一人ずつ鑑定していく。
「間違いありません。」
「皆さん、順調に覚醒しています。」
グランドマスターは静かに頷いた。
「商売の経験に教導が加われば、ここまで成長するのか。」
その日の夕方。
王都本部から各地方支部へ、リモート会議用魔道具を通じて報告が行われる。
「本部職員の覚醒が始まりました。」
「商業スキル。」
「物流スキル。」
「接客スキル。」
「商談スキル。」
「予定どおり教導は進んでいます。」
映像の向こうでは地方支部長たちが期待に満ちた表情で頷いていた。
王都から始まった商業改革は、いよいよ王国全土へ広がろうとしていた。
商業ギルド本部での教導開始から一か月。
商業ギルド職員たちは日々魔力循環を続けながら業務と教導を繰り返していた。
受付では接客。
商談室では取引。
倉庫では物流管理。
すべてが教導の実践の場となっていた。
その成果は着実に現れ始める。
「グランドマスター。」
一人の幹部が報告書を差し出した。
「本部職員の覚醒状況です。」
資料には次々と新しいスキルが記されていた。
商業スキル。
物流スキル。
商談スキル。
接客スキル。
組織スキル。
商売鑑定スキル。
新規案件スキル。
そして教導スキル。
教導を続けた職員たちは、それぞれの仕事に応じたスキルを次々と覚醒していた。
マーガレットは一人ひとりを鑑定する。
「順調です。」
「皆さん、予定どおり成長しています。」
グランドマスターは深く頷いた。
「これなら地方支部への教導も始められますな。」
「はい。」
「予定どおり進めましょう。」
その日の午後。
再びリモート会議用魔道具が起動された。
王国各地の商業ギルド支部長たちが映し出される。
グランドマスターは静かに報告した。
「本部職員の教導は第一段階を終了した。」
「これより第二段階へ移る。」
地方支部長たちは姿勢を正す。
「王都本部で教導を終えた職員を教師として各地方支部へ派遣する。」
「各支部でも同じ教導を実施してほしい。」
「魔力循環。」
「魔力操作。」
「識字。」
「計算。」
「そして商業スキルを中心とした教導である。」
各支部長は力強く頷いた。
「承知しました。」
「受け入れ準備を進めます。」
数日後。
王都本部で育った教師たちは各地方支部へ出発した。
アイテムボックスへ教材や帳簿を収納し、王国騎士団の護衛とともに各地へ向かう。
到着した支部では、すぐに教導が始まった。
地方支部職員。
地方商会。
行商人。
若手商人。
ベテラン商人。
希望する者は身分を問わず講堂へ集まる。
教師たちは王都で学んだ内容をそのまま伝えていく。
「商売は一人で行うものではありません。」
「物流があり、生産者がおり、お客様がいて初めて成り立ちます。」
「互いに利益を生み出す商談を心掛けてください。」
教導は地方でも大きな反響を呼んだ。
各地の商会は積極的に参加し、新しい知識を学び始める。
やがて地方支部でも商業スキルや物流スキルを覚醒する者たちが現れ始めた。
報告は毎日のように王都本部へ届く。
グランドマスターは報告書を閉じ、静かに微笑んだ。
「商業ギルドは変わったな。」
マーガレットも頷く。
「商品だけではありません。」
「知識も、人も育てる組織になりました。」
商業ギルドは王都だけの組織ではない。
教師となった職員たちが王国中を巡り、各地の商会へ学びを広げていく。
こうしてアルデバラン王国では、生産、物流、商業、教育が一つにつながり、王国全土が豊かになるための新しい仕組みが動き始めていた。




