49 綿花
農民への教導が順調に進む中、マーガレットは王都改革の次の段階へ移った。
向かった先は王都の貧困街だった。
王都アルデバランには約三百万人が暮らしている。
その一角には数万人が暮らす貧困街があった。
十分な食事を取れない者。
病に苦しむ者。
怪我を負ったまま働き続ける者。
親を亡くした孤児たち。
厳しい生活を送る人々が肩を寄せ合って暮らしていた。
マーガレットは王都騎士団、魔導騎士団、近衛騎士団を率いて貧困街へ入る。
住民たちは不安そうな表情で見守っていた。
「王女様が来た……。」
「何が始まるんだ。」
マーガレットは住民全員を広場へ集めると、穏やかな口調で話し始めた。
「今日は皆さんを助けに来ました。」
「まずは病気や怪我の治療を行います。」
そう告げると、右手を空へ掲げる。
「ヒールバレット。」
無数の光の弾が空高く舞い上がり、貧困街全体へ優しく降り注いだ。
柔らかな光に包まれた住民たちは、自分の身体に起きた変化に驚く。
「身体が軽い……。」
「傷が塞がっていく。」
「熱が下がった。」
続いてマーガレットは再び魔法を放つ。
「ピュリフィケーションバレット。」
白く輝く光が街全体を包み込み、住民たちの身体を優しく浄化していく。
病人たちの顔色がみるみる良くなり、怪我人たちもゆっくりと立ち上がった。
王都騎士団と魔導騎士団もヒールバレットとピュリフィケーションバレットを放ち、治療を続ける。
やがて貧困街には安堵の声が広がった。
「助かった……。」
「ありがとう。」
「もう痛くない。」
涙を流しながら礼を言う者も少なくなかった。
マーガレットは今度は孤児たちへ目を向ける。
「この子たちは王都騎士団へお願いします。」
女性騎士たちが前へ出る。
「承知しました。」
女性騎士たちは優しく子どもたちへ語り掛けた。
「まずは食事をしましょう。」
「お腹いっぱい食べたら、お風呂へ入ります。」
「その後は身体をきれいにして、新しい服へ着替えましょう。」
怯えていた孤児たちも、女性騎士たちの優しい笑顔を見て少しずつ表情を和らげていく。
その日から孤児たちは女性騎士たちと生活を始めた。
食事。
入浴。
手洗い。
洗濯。
掃除。
衛生観念を一つひとつ丁寧に教わりながら、新しい生活へ慣れていく。
マーガレットは住民全員を講堂へ集めた。
数万人の住民が静かに席へ着く。
「皆さんには新しい仕事をお願いします。」
住民たちは真剣な表情で耳を傾ける。
「王都郊外を開拓し、新しい農地を作ります。」
「そこで綿花を栽培していただきます。」
会場がざわめいた。
「綿花……。」
「私たちに農業ができるでしょうか。」
マーガレットは微笑みながら首を横に振る。
「心配はいりません。」
「今日から皆さんへ教導を行います。」
「まず覚えていただくのは魔力循環と魔力操作です。」
「歩いている時も。」
「作業をしている時も。」
「休憩中も。」
「毎日続けてください。」
「皆さんの未来を切り開く第一歩になります。」
住民たちは互いに顔を見合わせた後、一人、また一人と頷き始める。
「やってみます。」
「家族のために。」
「今度こそ自分の力で生きたい。」
その決意に満ちた返事を聞き、マーガレットは静かに頷いた。
こうして貧困街の人々は、教えられる側から、自ら未来を切り開く者へと歩み始めた。
貧困街での教導は翌日から本格的に始まった。
住民たちは朝早く講堂へ集まる。
まず行うのは魔力循環だった。
「ゆっくりと魔力を身体全体へ巡らせてください。」
マーガレットの指導に合わせ、数万人の住民が一斉に魔力を巡らせる。
続いて魔力操作。
魔力を指先へ集めたり、身体全体へ広げたりしながら感覚を身につけていく。
「急ぐ必要はありません。」
「毎日続けることが大切です。」
住民たちは真剣な表情で教導を受けた。
午前中は魔力循環と魔力操作。
午後は王都郊外へ向かう。
そこには以前まで魔物が出没していた広大な荒野が広がっていた。
しかし王都騎士団や魔導騎士団が継続して討伐を行ったことで、現在では魔物の姿はほとんど見られない。
マーガレットは広大な土地を見渡した。
「ここを新しい農地にします。」
住民たちは思わず息を呑む。
「こんな広い場所を……。」
「本当に畑になるのか。」
その時、王都騎士団と魔導騎士団が一斉に動き始めた。
「土魔法。」
大地が大きく盛り上がる。
平らだった荒野が整地され、住居用の区画が形になっていく。
さらに食堂。
浴場。
講堂。
倉庫。
生活に必要な建物が次々と完成していった。
教導を受けた職人組合、大工組合、石工組合も加わり、木工スキルを使って扉や窓、机や椅子を取り付けていく。
家事スキルを覚醒した者たちは食堂や浴場の設備を整え、生活できる環境を短時間で完成させた。
住民たちは驚きを隠せない。
「もう家ができている。」
「今日から住めるのか。」
マーガレットは穏やかに頷いた。
「安心して生活してください。」
「生活が安定してこそ、仕事にも集中できます。」
その日から住民たちは新しい住居で暮らし始めた。
朝は魔力循環。
昼は開拓。
夜も魔力循環を続ける。
毎日繰り返した結果、三日後には最初の変化が現れた。
「水属性を覚醒しました!」
あちらこちらで歓声が上がる。
五日後には土属性。
七日後には光属性。
教導を続けた住民たちは次々と三属性を覚醒していった。
マーガレットは笑顔で頷く。
「皆さん、本当によく努力しました。」
「今日から実際に農地を作ります。」
住民たちは荒野へ並ぶ。
王都騎士団と魔導騎士団が土魔法で区画を整備していく。
縦二十五メートル。
横二十五メートル。
整然と並ぶ畑が百面完成した。
「ここが皆さんの畑です。」
マーガレットがそう告げると、住民たちは新しく与えられた土地を見つめた。
「私たちの畑……。」
誰かが小さく呟く。
その声には、不安よりも期待が込められていた。
荒野だった土地は、教導によって人々の未来を育てる農地へと姿を変え始めていた。
百面の農地が完成すると、マーガレットは住民たちを畑の前へ集めた。
「今日から綿花を栽培します。」
住民たちは新しく与えられた畑を見つめる。
ほんの数日前まで荒野だった土地である。
そこが自分たちの働く場所になることに、誰もが胸を躍らせていた。
マーガレットは畑へ歩み出る。
「まずは天地返しです。」
「土魔法を使ってください。」
住民たちは一斉に魔力を練った。
「土魔法。」
柔らかな土がゆっくりと持ち上がる。
表土と下層の土が入れ替わり、畑全体がふかふかに耕されていく。
最初は思うように動かせなかった住民も、マーガレットの助言を受けながら何度も繰り返す。
「力任せではありません。」
「土の流れを感じてください。」
「魔力を均等に巡らせます。」
その言葉通りに試すと、土は驚くほど滑らかに動いた。
「できた!」
「畑全体が耕せました!」
歓声があちこちで上がる。
百面の畑は次々と天地返しされ、綿花栽培に適した状態へ整えられていった。
マーガレットは頷く。
「次は散水です。」
住民たちは水属性魔法を発動した。
空中へ放たれた水が細かな雨となって畑全体へ降り注ぐ。
乾いていた土が十分な水分を含み、黒くしっとりとした色へ変わっていく。
「次は光属性です。」
マーガレットが右手を掲げる。
「ヒールバレット。」
無数の光の弾が畑全体へ降り注いだ。
続けて、
「ピュリフィケーションバレット。」
白い光が土全体を包み込み、農地が浄化されていく。
住民たちも同じように魔法を放つ。
最初は数発しか撃てなかった者も、魔力循環を続けてきた成果で、次第に安定して放てるようになっていた。
マーガレットは微笑む。
「とても上手です。」
「この二つの魔法は毎日続けてください。」
「健康な土が、健康な作物を育てます。」
住民たちは真剣に頷いた。
「はい!」
いよいよ綿花の種が配られる。
「一粒ずつ丁寧に植えてください。」
住民たちは等間隔に穴を開け、種を植えていく。
子どもたちも大人の手伝いをしながら、一粒ずつ大切そうに土をかぶせた。
種まきが終わると、もう一度散水を行う。
続いてヒールバレット。
ピュリフィケーションバレット。
畑全体が優しい光に包まれた。
「今日の作業は終わりです。」
マーガレットは住民たちを見渡す。
「明日からも毎日、散水、ヒールバレット、ピュリフィケーションバレットを続けます。」
「継続することが一番大切です。」
翌朝。
住民たちは期待を胸に畑へ集まった。
「あっ!」
一人の少女が小さく声を上げる。
昨日植えた種から、小さな芽が一斉に顔を出していた。
「芽が出ています!」
「もう発芽した!」
畑中に歓声が響き渡る。
住民たちは嬉しそうに芽を見つめ、マーガレットも静かに頷いた。
「順調です。」
「今日も昨日と同じように続けましょう。」
こうして綿花畑では、毎日の教導と作業を積み重ねながら、新たな産業を支える第一歩が着実に進み始めていた。
翌日から、住民たちの生活は規則正しくなった。
朝食を終えると畑へ向かう。
まず魔力循環を行いながら農地を見回る。
発芽した綿花は日ごとに葉を増やし、少しずつ大きくなっていた。
「今日も散水を始めます。」
住民たちは一斉に水属性魔法を発動する。
空中へ放たれた水は細かな雨となり、百面の畑へ均等に降り注いだ。
乾いた土が潤い、綿花の苗が気持ち良さそうに揺れる。
続いて光属性魔法を発動する。
「ヒールバレット。」
無数の光の弾が畑全体へ降り注ぐ。
さらに、
「ピュリフィケーションバレット。」
白い光が農地を優しく包み込み、土壌を浄化していく。
この作業を毎日繰り返した。
一日。
また一日。
綿花は驚くほどの勢いで成長していく。
「葉が昨日より大きい。」
「茎も太くなっています。」
「虫に食われていない。」
住民たちは毎朝畑へ来ることが楽しみになっていた。
マーガレットは畑を巡回しながら、一枚ずつ鑑定を行う。
土壌の状態。
水分量。
栄養素。
生育状況。
細かく確認し、不足があればその場で助言する。
「こちらの区画は水分が少し足りません。」
「散水を少し増やしましょう。」
「この区画は問題ありません。」
住民たちは真剣に話を聞き、すぐに実践した。
午後になると講堂へ移動する。
農作業だけでは終わらない。
ここからは識字と計算の教導だった。
マーガレットは黒板へ文字を書いた。
「今日も文字を書いてみましょう。」
住民たちは魔力循環を続けながら、一文字ずつ丁寧に書き写していく。
続いて数字を書く。
「一日に散水した回数。」
「畑の区画番号。」
「収穫量。」
「売上。」
「農業では記録と計算がとても大切です。」
住民たちは頷きながら何度も文字と数字を書く。
読み返し。
書き直し。
計算を繰り返す。
教導は毎日続いた。
綿花は順調に育ち、住民たちも毎日成長していく。
ある日、一人の女性が嬉しそうに声を上げた。
「マーガレット様!」
「識字スキルを覚醒しました!」
その声に続くように、あちらこちらから歓声が上がる。
「私もです!」
「計算スキルも覚醒しました!」
「文字が頭に入ってきます!」
努力を重ねた成果は、住民たち全員へ広がっていった。
マーガレットは嬉しそうに微笑む。
「素晴らしいです。」
「農業は作物を育てるだけではありません。」
「文字を読み、計算を行い、記録を残すことで、さらに良い農業へ発展していきます。」
住民たちは力強く頷いた。
綿花は順調に育ち、人もまた教導によって大きく成長していく。
王都改革は、人々へ仕事を与えるだけではない。
学び続ける力を育て、自ら未来を切り開ける人材を育成する改革として、着実に実を結び始めていた。




