48 農業
王都改革が始まってから数日後。
王都各地に建設された講堂や教室には、多くの人々が集まるようになっていた。
王都アルデバラン。
人口約三百万人を抱える王国最大の都市である。
華やかな商業区がある一方で、貧困街も存在していた。
治安は国王オーキスの改革によって以前より安定しているものの、犯罪が多発していた地域の名残も残っている。
さらに娼婦街、奴隷街、亜人街など、それぞれの事情を抱えた人々が暮らしていた。
マーガレットは、それらすべてを改革する前に、一つの集団から教導を始めることを決めていた。
「まずは農民の皆さんです。」
王宮の会議室でそう告げると、アークも静かに頷いた。
「食料は国の土台です。」
「安定した食料生産があってこそ、他の産業も発展します。」
「その通りです。」
マーガレットは農業担当の役人へ視線を向けた。
「王都近郊の農民を集めてください。」
「希望者全員を教導します。」
翌日。
王都郊外に広がる農地へ、多くの農民が集まっていた。
年配の農民もいれば、若い夫婦や子どもを連れた家族の姿もある。
マーガレットは壇上へ立つと、穏やかな声で語り始めた。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。」
「今日から農業教導を始めます。」
農民たちは顔を見合わせる。
農業を教えると言われても、何をするのか想像がつかなかった。
マーガレットは続ける。
「最初に覚えていただくのは魔法ではありません。」
「魔力循環と魔力操作です。」
農民たちは不思議そうな表情を浮かべた。
マーガレットは自ら魔力循環を行いながら説明する。
「魔力は毎日循環させてください。」
「畑仕事をしている時も。」
「歩いている時も。」
「休憩している時も。」
「眠る前まで、できる限り続けてください。」
「魔力操作も同じです。」
「毎日続ければ、必ず成長します。」
農民たちは真剣な表情で頷いた。
「はい!」
その日から教導が始まる。
午前中は魔力循環と魔力操作。
午後は実際に畑で農作業をしながら、教えられたことを繰り返した。
歩きながら魔力循環。
鍬を振るいながら魔力循環。
種を選別しながら魔力操作。
休憩中も互いに確認し合いながら魔力を巡らせ続けた。
「難しいな。」
「でも昨日より長く続けられる。」
「魔力の流れが分かってきた。」
農民たちは少しずつ成長していく。
マーガレットは毎日農地を巡回し、一人ひとりへ助言を続けた。
「焦らなくて構いません。」
「毎日の積み重ねが一番大切です。」
三日後。
教導を受けていた一人の青年が驚いた声を上げる。
「マーガレット様!」
「水が……。」
青年の手のひらへ、小さな水の弾が現れた。
「水属性です!」
その声をきっかけに、あちらこちらから歓声が上がる。
「私もできました!」
「俺も水属性を覚醒しました!」
マーガレットは笑顔で頷いた。
「おめでとうございます。」
「ですが、ここが始まりです。」
「水属性を正しく使いこなせるよう、これから一緒に学んでいきましょう。」
農民たちの表情には、大きな期待が浮かんでいた。
王都改革最初の教導は、確かな成果を上げながら順調に進み始めていた。
水属性を覚醒した農民たちは、さらに教導を続けていた。
魔力循環。
魔力操作。
朝から夕方まで農作業をしながら魔力を巡らせる。
畑を耕しながら。
鍬を振るいながら。
水を運びながら。
休憩中でさえ魔力循環を止める者はいない。
マーガレットは一人ひとりの様子を鑑定しながら歩いていた。
「皆さん、とても順調です。」
「この調子で続けてください。」
五日目。
再び大きな変化が訪れる。
「できた!」
農民の一人が地面へ手を向ける。
土が静かに盛り上がった。
「土属性です!」
その声を聞き、多くの農民が挑戦を始める。
「土魔法。」
「あっ、動いた!」
「私も成功しました!」
次々と土属性を覚醒していく。
マーガレットは満足そうに頷いた。
「土魔法は農業の大きな力になります。」
「ですが、土を動かすだけではありません。」
「土の形を整える。」
「畝を作る。」
「農地全体を均一に耕す。」
「農業に必要な技術として使っていきます。」
農民たちは何度も土魔法を繰り返した。
鍬では時間がかかる場所も、土魔法なら短時間で均一に整えられる。
「こんなに楽になるのか。」
「腰への負担も少ない。」
「もっと早く覚えたかった。」
驚きの声があちこちから上がった。
そして七日目。
三つ目の属性が目覚める。
「光った!」
一人の女性農民の手から淡い光が生まれた。
「光属性です!」
その知らせは瞬く間に広がった。
光属性を覚醒する者が次々と現れ、農地には歓声が響く。
マーガレットは講堂へ農民たちを集めた。
「本日で、水・土・光の三属性が揃いました。」
「今日からは、それぞれの役割を学びます。」
黒板へ三つの文字を書く。
『水』
『土』
『光』
「水属性は散水です。」
「必要な量だけを畑へ届けます。」
「土属性は農地を整えます。」
「天地返しや畝作り、農地全体を均一に整備するために使います。」
「光属性は魔物と戦うためだけの魔法ではありません。」
「ヒールバレットで作物や土壌の活力を保ちます。」
「ピュリフィケーションバレットで土壌を浄化し、病気や汚れから農地を守ります。」
農民たちは真剣な表情で話を聞いていた。
「魔法は戦いだけのものではありません。」
「人を育て、土地を育て、生活を豊かにするためにも使えます。」
マーガレットは穏やかに微笑む。
「明日から、実際の農地で三属性を使った農業を始めましょう。」
農民たちは力強く頷いた。
「はい!」
期待に満ちた返事が講堂いっぱいに響き渡る。
いよいよ王都の農業は、魔法を取り入れた新しい時代へ踏み出そうとしていた。
八日目の朝。
マーガレットは農民たちを広い農地へ集めた。
「今日から実践です。」
「これまで学んだ三属性を農業で使います。」
農民たちは期待に満ちた表情で頷いた。
マーガレットは畑の中央へ歩み出る。
「まずは土魔法です。」
地面へ手をかざす。
「土魔法。」
大地が静かに波打ち、土が持ち上がる。
表土と下層の土が入れ替わり、広大な農地が一気に天地返しされていく。
土は細かく砕かれ、柔らかく耕された状態になった。
農民たちから感嘆の声が上がる。
「鍬では何日もかかる広さだ……。」
「一瞬で終わった。」
マーガレットは振り返った。
「皆さんもやってみましょう。」
「はい!」
農民たちは一斉に魔力を練る。
「土魔法!」
最初は小さな範囲だった。
しかし人数が増えるにつれ、広大な農地が次々と耕されていく。
経験豊富な農民ほど土の状態を理解している。
「ここは少し深く返そう。」
「こちらは畝を高くした方がいい。」
魔法と長年の経験が結び付き、農地は理想的な状態へ整えられていった。
マーガレットは鑑定を使って農地を確認する。
「とても良い状態です。」
「それでは種芋を植えましょう。」
農民たちは等間隔に種芋を植えていく。
植え終わると、マーガレットが静かに告げた。
「次は光属性です。」
「ヒールバレット。」
無数の光の弾が農地へ降り注ぐ。
土全体が柔らかな光に包まれた。
続いて、
「ピュリフィケーションバレット。」
淡い白い光が畑全体へ広がる。
農地がゆっくりと浄化されていく。
マーガレットは農民たちへ説明した。
「ヒールバレットは土壌と作物の活力を維持します。」
「ピュリフィケーションバレットは農地を清潔な状態へ保ちます。」
「どちらも毎日続けてください。」
農民たちは真剣に頷いた。
「はい!」
最後にマーガレットが右手を上げる。
「水属性。」
無数のウォーターバレットが空中へ放たれる。
弾は畑全体へ広がり、雨のように優しく降り注いだ。
乾いていた土が十分な水分を含んでいく。
「これで初日の作業は終わりです。」
農民たちは顔を見合わせた。
「もう終わったのか。」
「いつもなら一日中水を運んでいたのに。」
「畑仕事がこんなに楽になるなんて……。」
マーガレットは微笑みながら答えた。
「魔法は仕事を奪うものではありません。」
「皆さんの経験をより生かすための力です。」
その言葉に農民たちは深く頷いた。
翌朝。
教導を受けた農民たちは期待しながら畑へ集まる。
一人の少年が声を上げた。
「芽が出ています!」
昨日植えたばかりの種芋から、小さな緑色の芽が一斉に顔を出していた。
農民たちは思わず息を呑む。
「こんなに早く……。」
「信じられない。」
マーガレットは穏やかに頷いた。
「今日も昨日と同じです。」
「散水。」
「ヒールバレット。」
「ピュリフィケーションバレット。」
「毎日続けましょう。」
農民たちは力強く返事をした。
「はい!」
王都の農業は、魔法と経験が調和した新しい時代へと歩み始めていた。
翌日から、農民たちの生活は大きく変わった。
朝になると畑へ集まり、まず魔力循環を始める。
魔力を巡らせながら農地を見回り、土の状態を確認する。
その後、水魔法で散水を行う。
畑全体へ均等に水を行き渡らせると、続いて光属性魔法を発動した。
「ヒールバレット。」
無数の光の弾が農地へ降り注ぐ。
続けて、
「ピュリフィケーションバレット。」
柔らかな白い光が畑全体を包み込み、土壌を浄化していく。
その作業を毎日欠かさず繰り返した。
農民たちは驚きの連続だった。
「昨日より葉が大きい。」
「茎も太くなっている。」
「色つやも今までとは全然違う。」
一日ごとに目に見えて成長していく作物を前に、誰もが笑顔になっていた。
マーガレットは毎日農地を巡回し、一枚一枚の畑を鑑定していく。
「こちらは問題ありません。」
「この区画も順調ですね。」
しかし、一か所だけ足を止めた。
「少し待ってください。」
マーガレットは静かにしゃがみ込み、土へ手を添える。
鑑定の結果が頭の中へ浮かび上がった。
「この畑は少し栄養が不足しています。」
農民たちが驚いた表情になる。
「見ただけで分かるのですか。」
「鑑定で確認しています。」
マーガレットは微笑んだ。
「不足している栄養を補充すれば、さらに良い畑になります。」
農民たちは教えられた通りに不足した栄養を補い、再び散水とヒールバレット、ピュリフィケーションバレットを続けた。
それから二週間後。
収穫の日がやって来た。
「大きい!」
「こんな芋は初めて見た!」
農民たちが土を掘り返すたび、大きく育った芋が次々と姿を現す。
一株から何個もの芋が実り、籠は瞬く間にいっぱいになっていく。
「まだある!」
「こっちもだ!」
農地には歓声が響き渡った。
これまで経験したことのない豊作だった。
年配の農民は、大きな芋を両手で抱えながら目を潤ませる。
「こんな収穫は生まれて初めてだ……。」
若い農民も満面の笑みを浮かべる。
「これなら家族を十分養えます。」
「市場へもたくさん出荷できます!」
マーガレットは収穫された芋を見渡し、静かに頷いた。
「皆さんが毎日努力した結果です。」
「魔法だけでは、この成果は生まれません。」
「皆さんの経験と努力があったからこそ、この収穫につながりました。」
農民たちは大きく頷く。
その言葉は何よりも嬉しかった。
マーガレットは収穫を終えた農地へ歩いていく。
「休むことなく次へ進みましょう。」
「まず土魔法で天地返しを行います。」
農民たちは一斉に土魔法を発動した。
収穫を終えた畑が再び柔らかな土へと生まれ変わっていく。
マーガレットは袋から新しい種を取り出した。
「次は大豆を栽培します。」
農民たちは期待に満ちた表情で種を受け取る。
王都の農業改革は、一度の豊作で終わるものではない。
土を育て、人を育て、技術を積み重ねながら、一年を通じて安定した収穫を生み出す新しい農業が、ここから本格的に始まろうとしていた。
大量の芋を収穫した農民たちの表情は、これまでとは別人のように明るくなっていた。
「今年は飢える心配がない。」
「市場へ出荷する分まで残るぞ。」
「子どもたちに腹いっぱい食べさせてやれる。」
王都近郊の農地には笑顔があふれていた。
しかし、マーガレットは満足して立ち止まることはなかった。
「農業は一度の豊作で終わりではありません。」
「収穫を続けることが大切です。」
農民たちは真剣な表情で頷く。
「次の作物を育てましょう。」
マーガレットの合図で、収穫を終えた畑では再び土魔法が発動した。
「土魔法。」
農地全体がゆっくりと盛り上がる。
表土と下層の土が入れ替わり、収穫後の畑が再び柔らかな土へと生まれ変わっていく。
マーガレットは農地を鑑定した。
土壌の状態。
水分量。
不足している栄養素。
一つひとつ確認していく。
「こちらの区画は窒素が不足しています。」
「こちらはリン酸を補充しましょう。」
「この区画は問題ありません。」
農民たちは指示通りに土壌へ必要な養分を補っていく。
経験豊かな農民たちは、土の色や手触りも確かめながら作業を進めた。
「これなら次の作物も育ちそうだ。」
土壌の準備が終わると、マーガレットは新しい種袋を開いた。
「次は小麦を栽培します。」
農民たちは一粒一粒丁寧に種をまいていく。
種まきが終わると、水魔法で均等に散水した。
さらにヒールバレット。
ピュリフィケーションバレット。
農地全体へ光の弾が降り注ぐ。
「これからも毎日続けてください。」
「水魔法による散水。」
「ヒールバレット。」
「ピュリフィケーションバレット。」
「そして魔力循環。」
「毎日の積み重ねが豊かな実りにつながります。」
「はい!」
農民たちの返事は以前よりも力強かった。
彼らは魔法の便利さだけではなく、継続することの大切さを理解していた。
午後になると、場所を講堂へ移した。
農作業だけでは終わらない。
次は識字と計算の教導である。
黒板の前へ立ったマーガレットは、一文字ずつ丁寧に書いていく。
「今日から文字を学びます。」
「文字が読めれば、農業書を読むことができます。」
「契約書も理解できます。」
「作物の記録も残せます。」
農民たちは真剣な眼差しで黒板を見つめていた。
続いて数字を書く。
「計算も同じです。」
「収穫量。」
「種の数。」
「売上。」
「利益。」
「すべて計算ができれば、自分で管理できます。」
教導を受けながら農民たちは魔力循環を続ける。
文字を書き。
数字を書き。
何度も読み返す。
翌日も。
その翌日も。
毎日繰り返した。
努力を続けた結果、一人、また一人と変化が現れる。
「覚醒しました!」
「識字スキルです!」
「あっ、私も!」
「計算スキルも覚醒しました!」
講堂のあちこちから歓声が上がる。
その流れは止まることなく広がり、やがて教導を受けていた農民全員が識字スキルと計算スキルを覚醒した。
マーガレットは嬉しそうに微笑む。
「これで皆さんは農業だけでなく、知識でも自立できます。」
農民たちは大きく頷いた。
豊かな収穫を支えるのは魔法だけではない。
学び続ける力こそが、王国の未来を育てていくのだった。




